出会い
展望室はちょうど空いていた。
昼食時間だったので乗客たちが食堂に向かったり客室に戻ったためだった。
アレンはゆったりとその部屋の開放的な窓から外の宇宙空間を眺めていた。
「気をつけて。少し揺れるかもしれないから」
ユーサがしゃべると目の前にいた金髪巻き毛の碧眼の少年はさも驚いたように目をパチクリした。
「……ありがと。君、もしかして再生頭脳船?」
「ええ、そうです」
ユーサが答えると少年はにっこり笑った。
「信じられないな、君みたいな気さくな船もいるんだ」
再生頭脳船とは人間の脳をコピーして組み立てられた頭脳を持つ宇宙船である。
生前功績のあった者や天才と言われた人間の場合、最先端技術によってその脳を機械の体にコピーする、ということが行われていた。
それは主にヒューマノイド型ロボットが多かったのだが、稀にユーサのように宇宙船や車といった体を与えられる者もいた。
記憶のコピーなので生きた人間ではないが、AIと組み合わせることによって人間のような成長を得ることができ、天才たちの脳は受け継がれていた。
つまりユーサの場合、宇宙船すべてが彼女の体なのだった。
いわば彼女は人間の脳を元にプログラムされたマザーコンピュータだった。
他のAI船と区別して、再生頭脳船は生まれ変わりを意味する単語から頭文字をとってRAIシップと呼ばれていた。
「RAIシップってさ、頭のいい人たちが多いから近寄り難いのかと思ってた。そこいくと、君はとても親近感もてるな」
こんな風に言われたのはユーサにとって初めてだった。相棒のロッドはこんなこと決して言わない。相棒といっても彼は人間の操縦士で年齢も11も上だけれど。
「ロッド叔父さんはちっともそんなこと言ってくれなかったなぁ」
それを聞いて、ユーサは驚いた。
「あなたロッドの甥なの?」
「ああ、言ってなかったっけ。僕、アレン・シュナイダー。叔父さんの船に乗るのはこれが初めてさ。今年で15になる。君は?」
「ユーサM-8904。人間でいえば17かしら……」
「17!? ひょっとして君、若くして亡くなった天才少女のユーサ?」
アレンは3年前に亡くなったIQ200超えの少女のことを思い出した。
「そう……私は3年前にユーサからコピーされて生まれたAIよ」
「若いんだね……。ひょっとしてこれが処女飛行かい?」
「ええ、そういうことになるわ。でも、ロッドのことは前々から知ってたの。訓練校にゲストとして度々講義や実地訓練を行ってくれたの。それで私、彼にナビゲーターになってほしかったの」
「なんでさ?」
「彼の意志の強さや実行力に憧れていたから。ほら、私にはできないでしょ、勝手に進路を決めるなんてこと」
ユーサの最後の言葉に少し同情するアレン。でも、ユーサは気付かない。
「あっ……今言ったことはロッドに内緒にしてよ、恥ずかしいから」
恥ずかしい……?
アレンはこんなことをよもやAI船から聞けるとは思いもしなかった。なんと初々しいんだろう。いや、経験が浅いせいじゃないだろう。たぶん、彼女の性格なのだ。しかし、あの軍隊並の訓練校でそんな謙虚な性質が育つのだろうか?
アレンはその疑問を口にした。
「ええ、アレン。あなたの言うように、訓練校は外界との接触が少ないから、つまり閉鎖的で独特だから、優越意識に陥りやすいと思うわ。でもね、そういう人たちは高齢で亡くなっているから少し頑固になっていたり、身近な肉親や家族がもういなかったりするの。私には家族もいてその結果、他の人間とも交流があったから……。生身の人間と接する機会があったから、そういう意識が少ないんだと思うの。彼らには人間らしい触れ合いのチャンスがあまりにもなかったの。それをわかって。たぶん、つき合っていくうちに彼らの良さもわかると思うわ。根本的には人の役に立ちたいと思ってる善良なブレーンたちだから」
ユーサにそう言われてアレンはこれまで抱いていた高慢な再生頭脳たち、という考えを改めた。
「そうか、わかったよ。僕の偏見だったね。これからはもっと友好的な目で君たちを見るよ」
「どうもありがとう、アレン。」
アレンは言いようのない感動を覚えた。
「まるでほんとに人としゃべってるみたいだ」 そう言ってから、しまったと思った。
「あっ、ごめん。そういう意味じゃなくて……。えと、つまり、目の前に一人の人間がいるみたいで……あっ、これもフォローになってないか」
ユーサには彼の言わんとしていることがわかった。本来ならRAIシップは乗客と私的な会話をすることは慎まなくてはならなかった。それがRAIシップを人間から遠ざけて非人間的にしている要因のひとつであり、ユーサにとってはつらい規則でもあった。
だがアレンはいい。いいとしょう。ロッドの甥なのだから。別にナビゲーターとの私的な会話が許されているわけでもないのだけれど。
それにしても。
なぜ彼、アレンにはこんなにベラベラしゃべれるのだろう。
相棒のロッド、しかもアレンの叔父さんであるロッドとはこんな風にかつてしゃべったことはなかった。こんな私的な、こんな……。
「生前の君に会いたかったな……」
「えっ?」
ふとアレンの言葉に我にかえる。
「もし、君が普通に人間として人間の肉体を持ったまま成長してたらどうなってたかなぁって思ってさ」
「……」
しばらくの沈黙のあと、ユーサは自分でも信じられないことに……。
「ハハッ……ごめん、バカなこと言って。気にしないでくれよ」
「いいえ」
「……」
「いいえ、バカなことじゃないわ。可能よ。今、見せてあげる。私の姿」
ユーサは何かを作動させた。
部屋の照明が少し暗くなる。そして、部屋の中央部から何やらテーブルのようなものが出てきた。
「何だいユーサ、これは?」
「見ていて」
彼女に言われるまま、アレンはテーブルを見つめる。
と、その上に徐々にではあるが何か光がゆらめき出した。
「あっ……!」 アレンは驚きのあまり叫んだ。
光はやがて立体的な映像となった。
肩まで垂らしたストレートな黒髪。すらりとした華奢な体型。肌の輝くような白さがまぶしく、それに対比するかのように濡れた黒い瞳が優しく彼方を見つめている。
これはユーサの立体映像だった。
生前の彼女の姿。
アレンは言葉もなく、台座(であることが判明したテーブル)の上に立つ天女の像にしばし見とれた。
気づまりになってとうとうユーサが弁解を始めた。
「見せるつもりはなかったんだけど……。せっかく卒業祝いとしてパパが研究所に頼んでインプットしてくれたものを誰にも見せないのはちょっともったいないかなぁって思って……」
「きれいだ。」
「えっ……」
「思ってたよりずっときれいだ」
そのあまりにも上ずったアレンの感嘆の声にユーサは何も言えなくなる。
「ずっと、このままにしておけるかい?」
「それはダメ」
「なぜ?」
「……恥ずかしいもの」
アレンは笑って、「君は恥かしがり屋だね」と言った。
「だけど、ほんとにもったいないよ。これを見るのが君のパパ以外、僕が初めてなんてさ」
「あんまり、見せるもんじゃないわ。これは私の大事な思い出なの。持てなかった面影」
「……でも、僕には見せてくれるんだね?」
彼は茶目っ気のある笑顔で聞いた。
「……ええ」
それで彼は満足した。
「いいや、これは二人の秘密にしよう。……ロッド叔父さんも知らない僕たちだけの秘密」
ユーサはなんだかすごく楽しい気分になった。
(こんな気持ち、家族以外の人に対しては初めて……。この人は私を人間扱いしてくれる。ロッドさえもこんな風に接してくれなかったわ……)
「何だい秘密って?」
「ロッド叔父さん!」
「……!!……」
その時突然現れたのはロッドだった。
あわてて、ユーサはホログラムを消去する。
幸い(?)ロッドからはアレンの人影が邪魔してユーサのホログラムは見えなかったようだ。
横目でチラと取り残された台座を見てからロッドはにやっと笑った。
「また新しい3Dゲームで遊んでたんだろう。中央船室はお前だけのもんじゃないんだぞ。それにもう、睡眠時間だ。早く部屋へ戻って寝た方がいい」
それだけ言うとロッドは操縦室へ向かうドアに歩を運んだ。
後ろからアレンが声をかける。
「ユーサに挨拶をしてたんだよ。彼女とってもいかすね。」
「そりゃそうだろう……」
「それに、とっても美人だし」
アレンの今の言葉にゆっくりふり返るロッド。
「今、何て言った?」
「おやすみって言ったんだよ、ロッド叔父さん」
「……」
「それじゃ、ユーサ、僕は部屋に戻る」
「ええ、おやすみなさいアレン」
「ああ、おやすみ。……って言っても君は眠らないんだっけ?」
「ええ、一部はね。でも、コピーされた人間の脳の部分は休養をとるわ」
「君も……夢を見るの?」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと部屋へもどったらどうだアレン」
「叔父さんは年齢より年をとりすぎだよ。とても28とは思えない。僕は頭が良くなくてよかったよ、叔父さんみたいにさ」
「アレン!」
「……叔父さん、僕には見えるんだよ、ユーサの姿が。叔父さんも見えるように努力してみれば?」
「……」
訳がわからなくてポカンとしているロッドを見て二人は笑った。
そう、アレンと……ユーサが。
「クスクスクス……」
船内に響く心地良い金属音のような笑い声。
今度はロッドとアレンがハッとする。
つられてユーサも気付く。
(今、私、笑った……。まるで自分の声じゃないみたい)
アレンが何か言おうとする前に、ユーサは照れ隠しのため、こんなことを言った。
「私も、夢をみるわ、アレン」