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クリスマス

「兄さん、今年のクリスマス会、参加するでしょ」

「どうしようかな……。伯母さん達、来るんだろ」

「そりゃそうよ。ホテル予約してるの、伯母さんなんだから」

「いちいち、そこじゃないと、ダメなのかね」

「勇樹も同じこと言ってたわね」

 勇樹は、安田兄弟の末っ子である。

「伯母さん、うるさいから……。僕は一応バツイチだから、少し引かれてるけど、今度は勇樹がターゲットだろ」

「大事な安田家の後継者問題が絡んでるんだから、気合が入るのよ」

「でもさ、もう伯母さん安田の人間じゃないんだから、そんなに出張ってこなくても……」

「暇なのよ、伯母さん。娘も息子も、全員独立したからねぇ」

「……」

 安田は、大きく溜息を吐く。伯母は、父親の姉である。千葉に嫁に行ったのだが、何かと本家の事に口を出してくるのだ。特に、結婚関係については、それが顕著になる。そもそも、本家だ分家だというほど、大した家系の家ではない。

 安田の結婚と離婚の時は、散々言われた。結婚相手に会う機会もなく結婚したかと思ったら、あっという間に離婚したもんだから、ひどく立腹された。安田家の長男が一体何を考えているのかと。

 ただでさえ滅入ってるところに追い討ちを掛けられて、結構メンタルやられたなぁと、4年前のことを思い出す。

「勇樹、対抗策を打つらしい。今年は彼女連れてくるみたいよ」

「うわっ、それ伯母さん知ってるの?」

「当然!」

「じゃ、僕がターゲットじゃないか……」

「兄さんも、誰か連れてこれば」

 一瞬、優吹子の顔が浮かぶ。いや、それはない。彼女が気の毒だ。

「やめよっかな。今年は……」

「真理が会いたがってるけどね〜」

「ずるいぞ、その誘い文句は……。またお前、楽しんでるだろ、僕達の苦労」

 ハハハと笑って、妹の鈴美が少し真面目な顔をして言う。

「でも、兄さん、なんだか少し落ち着いた様な気がするから……。彼女、できたのかと思ってたんだけど?」

 安田は自覚がなかっただけに、少し驚いた。

「いないよ、そんな人」

「そうかな〜、おかしいな〜。女の感は当たるんだけどな〜。さっき、ちょっと誰か浮かんだでしょ」

「……」

 これだから、女は怖い。……しかし、鈴美の言うことが全くの見当外れでもなかった。


 この間、優吹子と飲んだ時、璃帆のことを言われて、心の中の小さな引っ掛かりが、ひとつなくなったかのような感じがしているのだ。

 なんと言えばいいのだろう……。璃帆を失った苦しみは変わらない。変わらないが、それを、そのことを、ちゃんと受け止められるようになっている気がする。現実として。

 水の中で、ずっともがいていたのが、少し水の中から顔を出して、息ができるようになったかのような……。まだ、よく分からないが……。

「1度、聞いてみるよ……」

「ほら、やっぱりいるんじゃない!」

 自慢気に言われて、苦笑いしながら思わず視線を落とす。

「でも兄さん、今度こそ幸せになって欲しい。アメリカに行く前、ほんと酷かったから……」

「……」

 あの時のことを初めて言われ、分かっていたのかと更に驚いた。

「まいったな……」

「妹の観察眼、侮らないでよ〜。……大丈夫よ、誰にも言ってないから。クリスマス、あんまり無理しちゃダメよ。いきなり、伯母さんに会わせたら、刺激が強すぎて、その人きっとバックれるわよ」

「お前、もう一児の母なんだから、バックれるとか使わないの。高校生じゃないんだから」

 鈴美は高校生の頃、一時グレていた。安田の家に縛られるのが、嫌だったのだろう。まぁ、グレていたといっても、反抗期の延長みたいなもんだったから、かわいいもんだったが……。

「は〜い。兄さんも、バックれないでよ。ホントに真理が楽しみにしてるから」

「はい、はい」


「クリスマスは、どうしてるの?」

 「Green」で、安田は優吹子に聞いていた。飲みかけていたカクテルを、思わす吹きそうになる。ビックリした……。

「急に、どうしました?」

「……いや、ちょっとどうしようかって思ってる誘いがあってね。こっちに来て優吹ちゃんがいるなら、こっちの方がいいと思って……」

 正直な人だ。私がいなければ、そちらに行くわけだ……。どうしても会いたい、わけではないらしい……。

「20代独身女性に、そんなこと聞いちゃダメですよ。楽しい予定、入れてるに決まってるじゃないですか」

「そうか……」

 ちょっと残念そうに答えてくれて、優吹子はすごく嬉しい。でも、それは内緒だ。

「一応これでも妙齢の女性なんですからね。3ヶ月前には予約入れてくれなくちゃ、無理ですよ〜」

 笑って答える。

「根暗なパソコンオタクじゃ、ないんだな」

 染吉姐さんにそう言われたと、何かの時に言ったのを、ちゃんと覚えてくれている。これも、実はすごく嬉しい。でも、きっと私ではダメなんです……。だから、

「うわぁ、いじわるだなぁ。……安田さんも、ちゃんと、お誘い受けてくださいね」

「はい、はい」

「『はい』は、1回ですよ」

 いつも怒られているから、仕返しです。苦笑いしながら「はい」と彼は答えた。


 結局、安田は1人でクリスマス会に出席することにした。

「あら耕二さん、お久しぶり。やっとアメリカから帰ってきたのね」

「お久しぶりです、伯母さん。お元気そうで」

「ええ、お陰様で。今年は初孫が出来て、とても忙しくしてるのよ。今ちょうどミルクの時間になっちゃったから、後で会ってあげてね」

 これは朗報だ。従兄である伯母の長男に、待望の初孫が誕生し、いつもの年より当たりが柔らかい。ありがたいと思いつつ、それまでは、と見せられたスマホの写真を眺める。男の子だ。こりゃ、伯母さんの自慢の孫になるな……、見たままを口にする。

「可愛いですね」

「そうでしょ。耕二さんも、いい加減身を固めて、早く跡継ぎを見せて頂戴」

 たった一言が、こうなる。全くどこに地雷があるか分からない。

「いずれ……」

 とごまかすが、そりゃこのままじゃ終わらないよな。と、諦めた。心を仏にする。

「あんまりあなたが悠長に構えてるから、今日は素敵なお嬢さんをお連れしたのよ」

「……!」

 そういえば、伯母さんの後ろに知らない女性が立っていた。誰かの関係者かと気に留めてもいなかったため、不意を突かれた。

「白井さんとおっしゃるの。主人の会社の、受付令嬢さんよ」

 伯母さんのご主人は、小さな会社を経営している。従業員50人程で、千葉が本社だが、東京にも支社を持っていた。清掃業の業務用洗剤や用品を扱っている。ここ数年で、2倍に従業員も増え、伯母の、何だか分からない勢いも、2倍になっている。

「伯母さん、聞いてませんよ。突然では、僕も困ります」

「あなたに都合なんて聞いていたら、一生素敵な人を紹介できないわ。ちゃんとバツイチということもご承知の上で来てくださったんだから、ありがたいと思いなさい」

「……」

「初めまして。白井と申します。突然押しかけてしまって、申し訳ありません」

 と、優しい笑顔の女性だった。鈴美が、後ろの方で「お気の毒様〜」と小さく手を振っている。あいつ、知ってたな! と思うが、後の祭りである。せめて癒しに、真理に会わせろよ!と探すが、見当たらない。踏んだり蹴ったりとは、このことである。

「いえ、こちらこそ。安田耕二です。何だか無理に伯母がお連れしたみたいで、ご迷惑でしたでしょうに」

「いいえ。安田さんの写真を拝見して、素敵な方だなって楽しみにしておりました」

「それならよかったですが……」


 どうやら、この見合いを知らなかったのは安田だけだったようで、食事のテーブルも2人席を用意されていた。

「白井さんは、お幾つでらっしゃるんですか? 随分お若いとお見受けしましたが」

「23歳です」

「……、僕と一回り以上も違うじゃないですか。よく、この話、受けられましたね。社長の紹介だからとはいえ、イヤなものはイヤだと断っても構わなかったのに」

「いえ、本当に楽しみにしてきました。安田さんこそ、ご存じなかったようで……。大丈夫ですか? 私とでは、楽しくないですか?」

「いや……、そういうわけでは」

 素敵な笑顔の女性だと思う。伯母さんが勧めるのだから、きっと家柄もしっかりしているのだろう。ふ〜、まいったな……。とりあえず、食事が終わるまで失礼がない様にと、腹を括った。

「せっかくのクリスマスですから、シャンパンどうですか?」

「私、お酒苦手で。安田さんお好きなら、どうぞ飲んでください」

 優吹子なら、喜んで白にピンクにとお代わりしそうだな、と思いながら、当たり障りのない質問をする。

「いえ、大丈夫。日頃、お休みは何をされてるんですか?」

「ショッピングとか、お友達と遊びに行ったり、ネイルに行ったり。たまにヨガに行ったりもしてます。家にいるより、外に出る方が好きなので」

 とニッコリ笑う。そういえば、優吹子は休みの日、何をしているのだろう。聞いたことがなかったな。会ってると、話が尽きなくて、そんな話になったことがなかった。三味線の稽古でもしてるんだろうか……。

「安田さんは、何をされてるんですか?」

「ああ、本を読んだり、たまに美術館とか行きますね。家で映画を見たり」

 酒を飲みながら……、という言葉は飲み込む。

「一人暮らしなので、家のことをしたりしています。掃除に、洗濯。結構、色々あるでしょう。ウィークデーはなかなかできませんからね」

「じゃ、お料理もされるんですか?」

「いやいや、男の料理なんて、学生時代の延長みたいなもんですから。夜は外で食べることがほとんどですね。白井さん、お料理は?」

「私、実家なので、手伝いでするくらいです。でも、母が料理好きなので、割となんでも作れると思います」

「そりゃ、すごいな……。ところで、受付嬢って、なりたかった職業ですか? お綺麗だから、配属されるのは当然だとは思いますが」

「ありがとうございます。特に、なりたい職業とかはなかったので。25歳までに素敵な方と結婚をするのが、小さい時からの夢だったんです。大学を出て、少し社会勉強をしてから家庭に入った方がいいと、両親が言うものですから」

 この子は、自分が綺麗だと知っている。美しいと言われることに躊躇がない。優吹子なら、間違いなく真っ赤になって俯いてるなと、内心笑ってしまう。綺麗な顔なのに、本人には自覚がないらしい。

 しかし、こういうのが、普通の若い女性なんだよなと、安田は思う。綺麗になることに一生懸命で、それはそれでいいことだと安田は思っている。それは、女性の特権だからだ。安田の会社の女性社員も、多くがこのタイプだ。もちろん、仕事に喜びを見つけ出し、ものづくりに目覚める女性も大勢いるが、やはり結婚相手を見つけることが大きな目的のひとつである女性も多い。

 だから、あのユーザー会は衝撃的だったのだ。そこにいる技術者を圧倒するソフトに対する知識、その場を、女性の柔らかさを含みつつも掌握する術、すべてが初めて見るタイプの女性だった。安田の上司にも、女性幹部はいる。しかし「男性と肩を並べる」という緊迫感が溢れていて、優吹子の様な柔らかさは存在しない。

 結局、芸者の地方という別の顔が、あの柔らかさに繋がっているのだろうと、分析する。男の強いところも知っているが、きっと弱いところも嫌と言うほど見てきたのだろう。

「安田さん?」

「……、あぁすみません。何でしたか?」

「いいえ。手が止まってらしたので。コースのお料理、次のお品が出るようです……」

 よく見れば、白井のお皿は綺麗になくなっていた。手のついていない自分の皿を見る。

「これ食べる?」と、相手が優吹子なら聞いているなと思う。きっと、「食べま〜す!」といきなりフォークが伸びてきて、それを見た僕は「あんまり食べると、太るよ」と言い、彼女は口を尖らせて、プーと膨らむ。ふっ、目に浮かぶな……。

「安田さんは、アメリカに行ってらっしゃったんですよね」

 という声で、ここにいなかった自分が引き戻される。

「ええ、4年程。白井さん、海外出張とか、転勤とか、もし結婚相手にあるとしたら、どうされますか?」

 ちょっと踏み込んで聞いてみる。これは、大きな価値基準の判断になる。

「東京で家を守って、待っています。私の父も転勤族で、ずっと単身赴任でしたので。母がそんなに不幸だとは見えませんでした。ですから、それでも夫婦は成り立つのだと思っています」

「なるほど。素敵なお母様ですね。きっとお父様も、安心して仕事ができたでしょうね」

 優吹子なら、……。

 ここまできて、自分がずっと優吹子と比較していることに気が付いた……。

 そんな君は、今、誰といる……。

「……、ワイン飲ませてもらいますね」

 と白井に声を掛け、赤ワインを口にした。もう、今日は考えるのはよそう。


「耕おじさ〜ん、なんでこっちにいるの? 真理と一緒に、食べよ〜」

 天使の登場だ。やっと今日の目的が果たせる。

「おっ、今日はまた可愛いの着てるな。やっぱり、シンデレラですか?」

「おじさん、古いの〜。これは、エルサ。知らないのぉ」

 いやいや、エルサも割と古いぞ。

「まずは、抱っこさせて下さい。お姫様」

 1度ギューとしてから、安田に抱っこされる。こちらのお姫様も、男心を掴む術をすっかり熟知しているようだ。

「この人、だ〜れ?」

 白井を遠慮なく指差し、安田に聞く。

「大伯母さんのお友達」

「……」

 白井が、一瞬怯んだ。申し訳ないとは思うが、この話は断られることになるだろう。それでいい。食事は、デザートまで済んだ。伯母さんへの義理は、ほぼ果たしたのではないか。

「真理ちゃんにクリスマスプレゼントがありますが、見たいかなぁ?」

「わーい! 見る見るー! どれー」

「白井さん、少し席を外させていただきますね」

 そう言って、真理を連れて荷物を置いた場所に向かう。途中、妹が声を掛けてきた。

「可愛い人なのにねぇ。ちょっと兄さん、興味なさすぎ」

「お前、知ってたんだろ。ちゃんと、教えとけよ」

「お詫びに真理を差し向けたでしょ。感謝してよね」

「早く〜」

 と真理に手を引っ張られ、まぁ確かに助かったと、文句は飲み込むことにした。

 

「マスター、悪いけど、何か食べるものない? 食べ損ねた」

 「Green」で、安田はいつもの席に落ち着いた。

「サンドイッチでも、ご用意いたしましょうか?」

「そんなメニューもあるんですか。助かります。それ下さい」

 さすがに今日は、カップルの客が何組かいた。それを横目で眺めつつ、まずはウィスキーを口にする。とにかく、余分な疲れにため息が漏れる。今日、ひとりでゆっくりできる場所は、どうやら日本国中どこを見渡しても、ないらしい。ここは、仏教の国のはずだが……。


「うわぁ、疲れた顔して、アラフォー男性がひとりで飲んでちゃ、ダメじゃないですか〜」


 優吹子だった。思いもかけない顔を見て、感情が止まる。

 安田の横に、ひょっこり顔を出し、「情けないなぁ」顔で、笑っていた。

 気持ちが戻ってくると同時に、身勝手な感情も甦る。

 今まで、誰といた……。えっ!?

「……そういう君こそ、なに三味線持ってるの?」

「もう、安田さんったら、今日が何の日だと思ってるんですか? お座敷、朝から予約で満杯ですよ! イヤんなっちゃう。どっち向いても、ハートマークが飛び交ってて」

「……楽しい予定、入れてあったんじゃないの?」

「……ゲッ」

 忘れていた。確か、クリスマスの予定を聞かれた時、そう答えた気がする。

「妙齢の女性が、『ゲッ』なんて、使っちゃいけません」

 安田は愉快でたまらなかった。よく考えれば、想像できたことだ。僕は何を焦っていたのか……。

「やだぁ、もう。そういえば、安田さんこそ、お誘いはどうしたの?」

「ちゃんと、ディナーしてきたよ。フランス料理」

「すごいじゃないですか! ん……、で、なんで今ひとりなんです」

「大人の事情でね」

 あの後、真理にプレゼントを渡して、早々に引き上げた。白井にはきちんと挨拶をしたが、伯母は初孫に構っているところを確認し、挨拶もせずとっとと退散してきた。


「お待たせしました」

 と出されたサンドウィッチを見て、優吹子が目を輝かせる。

「ふわぁ、安田さん、何ですか、この魅力的な光景は……」

「いや、ちょっとお腹が空いてね。裏メニューらしい」

 優吹子は、安田とサンドウィッチを交互に何度か見て、最後に安田の目をじーと見つめる。

「分かったよ。お腹が空いてるんだな。じゃ、半分ずつだよ」

「いっただきまーす」

 と言ったかと思うと、パクバクッと、あっという間に一切れ食べてしまう。

「お礼はどうした。27歳の分別ある女性が……」

 安田がたしなめるが、そんな声は届いていないらしく、顔が幸せに崩れていく。

「安田さん……、これ、おいしい〜」

「……、マスターすみません。もう一人前、追加してもらえますか」

 ニコニコ笑って、マスターは「かしこまりました」と調理にかかる。他の客が、皆2人の世界に入っていて、あまり注文は入らないらしい。かえって助かった。


 結局、最初の1皿目は優吹子が全て平らげ、安田の口に入ったのは2皿目の方だった。

「ごちそうさまでした。もう、朝からほとんど食べてなくて。なんかもう、空しくなってきて……。ここで一杯頂いてから帰ろうと思ったんだけど、来てよかった〜。安田さん、グッジョブです」

「毎年、こうなの? クリスマス」

「イベントに呼ばれたり、ホテルでのパーティーに呼ばれたり。みんな出払っちゃうんです。で、私にも声が掛かって、一見さんが多いんですよ。皆さん、カップルですので、結構大変なんです」

「何が?」

「ほら、どうしても男性は姐さんを見ちゃうでしょ、本能的に。それを見て、彼女さんはヤキモチ焼かれて……。姐さんは、いつも通り踊ってるだけなんですけどねぇ。皆さん、ぽぉっとした顔になっちゃうわけです。クリスマスにお座敷って、チョイス、間違ってますよねぇ」

「なるほどなぁ。意外と、お疲れ様なわけだ、今日は」

「そうですよ〜。フランス料理のディナーって人と、一緒にしないでください」

「……今日は、安田家恒例のクリスマス会でね。真理にプレゼントをね」

「えっ……、そんなお誘いだったんですか……」

 優吹子の心に、1つ小さな明かりが戻る。だれか女性からの誘いだと覚悟していたから、これで、もう少しそばにいられるのだと安堵した。でも、それは、安田には覚られてはいけない……。

 安田はスマホを操作して、動画を見せてくれる。

「アナ雪ですね。可愛い〜。歌、上手ですね、マリちゃん。幼稚園で演ったのかしら」

「ちょっと前でしょ、アナ雪。どうしてかなぁと思ったら、マイブーム再燃らしい。ビデオ見て、毎日踊ってるって。妹も不思議がってたよ」

「へぇ、でも振り付けも完璧。人の前でできるなんて、すごいなー。マリちゃん、撮られるの好きでしょ」

「そうみたいだな。カメラ向けると、ポーズ取るからなぁ。優吹ちゃんもそうだったんじゃないの。お祖母さんに見込まれるくらいだから」

「私は、人前は苦手で。三味線だって、祖母を見ててカッコイイって思っただけで、誰かの前で弾こうなんて、思ってもいなくて……。でも、小学校上がって初めて教えてもらった時、嬉しかったなぁ」

「そういえば優吹ちゃんって、三味線のお稽古、今でもしてるの?」

「はい、できる時は必ず。ホントは、毎日やらなきゃなんですけど。音が出るから、難しくて……。だから、休みの日に見番場に行って、練習します」

「知らなかった。大変なんだな、やっぱり。じゃあ、日曜はずっと練習?」

「さすがに、ずっとってことはないですよ。日曜日は、お稽古の後、よく家で映画見てます」

「――お酒飲みながら」「――酒飲みながら」

 声が重なる。最後のセリフを、安田が一緒に呟いていた。

 目をパチパチさせながら、優吹子が驚いている。安田は、優吹子の顔を確認して、笑いながら続けた。同じ……か。

「昼間の酒は、少し背徳感があって、美味しいんだよな」

「たまに、シャンパンとか贅沢したりして……」

 どちらからともなく、笑いがこぼれる。

「妙齢の女性が、ダメなんじゃないのか? ショッピングしたり、ヨガしたり、ネイルしたりするもんだろ。なんか、おじさん臭いぞ、やってることが」

「三味線弾けなくなるから、爪は伸ばせないし、素敵なお洋服着る暇ないですし……。そもそも、美しくなることは、端から諦めてますから。これだけ、姐さん達みたいな綺麗な人ばっかり見てたら、何してもダメだなぁって思いますから」

「十分綺麗だと……、思うけどね」

「姐さん? そっか、染吉姐さんのこと、見たことありましたね。姐さん、綺麗でしょ〜」

「いや、君のこと……」

「えっ……」

 見る間に顔が赤くなる。やっぱり、俯いてしまった。これでほんとに、お座敷に出ているのだろうか。

「ありがとう……ございます……」

「クリスマスだし、シャンパンでも飲む?」

「わぁ、いいんですか」

 それからやっぱり優吹子はピンクもお代わりして、楽しそうだった。

 ふと、5年前のクリスマスが脳裏をかすめる。璃帆と過ごしたクリスマス……。いや、今日はその記憶は思い出さなくていい。心に、痛みが走ることなく、自然にそう思えた。


「そういえば、さっき置屋のお母さんからケーキ貰ったの。マスターと3人で食べましょ」

「甘いのは、ちょっと……」

「もぅ、そういうこと言ってるから、クリスマスにボッチなんですよ」

「君に言われたくない……」

「一口でいいから、食べましょうよ。マスター、このケーキ切って。マスターの分は、普通に切っていいから。1個は、薄―く切ってね。残ったの持って帰るから」

「残り、一人で食べるの? 太るよ……」

「もう、ほんっと安田さんって、口が悪い。その「綺麗な顔」が泣く」

 と、口を尖らせて、やっぱりプーと膨らんだ。

 これで今日はゆっくり寝られそうだと、安田もクリスマスを楽しんだ。

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