ギター
就活に行き詰って別のことを考えたいと思いついたのは隣の女に言われた下手糞なギターのことであった。
ほぼ幽霊部員だが一応所属している軽音部の部室で少し練習することにした。
誰に教わったわけでもないから正しいやり方なんて知らない。だがそれなりに弾けると思っていた。
しかし、あんなふうに言われたのだからまだまだなのだろう。
そうして誰もいない部室で一時間ほど練習していると見知った顔が通りがかった。
ハイトーンに染めた髪が特徴的な後輩の女だ。
「この時期に下手糞なギターが聞こえてくるもんだから新入部員かと思いましたよ。というか先輩、飲み会にだけ顔出す人じゃなかったんですね」
こいつも失礼だとか思わないんだろうか。
「一応部員だからなたまには練習でもしとこうかと思ってな。というかお前部員じゃないのになんでここに来てるんだ?」
隣に座った名前も知らない後輩は下手糞なギターを熱心に見ている。あまり見られると恥ずかしいんだが。
「音楽好きな人ってかっこいい人多いじゃないですか」
あっけらかんと彼女は言う。なるほどね。
「先輩はなんかさえないですけど」
「さえないは余計だ」
「何かに一生懸命な人は多少ましには見えますけど先輩は一生懸命には見えませんしもう少し頑張ってください」
一言余計だ。
「あとミュートちゃんとした方がいいですよ。音が汚くなっちゃうんで」
「お前弾けるの?」
少し驚いた。ただのビッチじゃなかったのか。
「弾けはしないですけど皆さん教えてくれるんで何が良くて何が良くないのかは何となくわかります」
それにわかってた方が話が盛り上がりますしねと俺の至らないところを次々と指摘していく。
「今までそんなこと言われたことなかったな」
「先輩まず人とやらないからわかんないんでしょ。いっつも飲み会しか来ないし」
確かに誰かとやろうとは考えたことなかったな。いろいろ面倒そうだし。
「じゃあお前が教えてくれ。ちゃんと上手くなりたいんだ」
「え?今更ですか?別にいいですけど」
と少し驚いた顔をしながらも了承してくれた。
「別にいつ始めようが遅いということはないだろう?」
「確かにそうですけど。普通ライブでチヤホヤされたいからライブまでにそれなりに仕上げるって人が多いと思います」
「サークルのライブでチヤホヤされたいわけじゃないからいいんだよ」
彼女を強引に納得させた後も意外とスパルタな指導は続いた。なんだかんだと3時間くらいは二人で練習していたみたいだ。
「また今日みたいに教えてくれないか」
「いいですけど連絡先とか交換しますか?」
と言って連絡先を交換。
「お前の名前何て言うんだ?」
「いまさらですか?というか名前知らないで話してたんですか?」
ジト目を向けてくるみのりに向かって冗談だと笑ってごまかす。
実は連絡先を登録したときに知りましたなんて言えるわけがなかった。
そうして少し生意気な後輩の先生ができた。
これで隣の女を少しは見返せるだろう。