650字短編「月,夏」
地元の、とある古ぼけた神社。参拝客もまともにこないそこだけに、彼女は現れる。しかもなぜか夜だけに。
偶然彼女と出会った俺は、不思議な雰囲気もあってか、夜中その神社に足をたびたび運ぶようになった。
「おや、また来たんだね」
1メートル先も見えないような暗闇の中から、彼女の声。手に持った懐中電灯で彼女を照らすと、まぶしそうに眼を細めながらも嬉しそうにほほ笑んで見せる。
「もう亥の刻だ。良い子は寝る時間じゃないのかい?」
「俺はもう高校生だ。べつにいいだろ」
不満気に彼女を見つめると、「それでもまだまだ子供だよ」と笑みを向けてくる。
「……あんただって見た目は16くらいだろ」
「見た目は、ね。年齢はずっと君よりも年寄りさ」
そういうと、彼女は本殿前の石階段に腰かけ、隣をポンポンと叩く。それに促されるようにそこに腰かけて、しばらくたわいのない雑談をする。それがいつもの俺たちだった。
「もう夏だね」
初めに口を切ったのは、彼女の方だった。
「ああ、でも夏は嫌いだ」
「おや、どうしてだい? 夏休みとか、いろいろ楽しいことがあるだろうに」
彼女は少し驚いた顔をする。興味津々といった様子。こういうところは無駄にこどもっぽい。じっと離れそうもない視線は、理由を聞くまで帰さないぞとでも言わんばかりだった。
諦めたように、一つため息。なんだか恥ずかしくて彼女から視線を外し、ぽそりとつぶやく。
「……月がすぐ沈むから」
すると今度はさっきよりもずっと驚いた顔をする。かと思うと子供のように破顔して口にする。
「それは……うれしいね」