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短編集  作者: こめぴ
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不死身な俺の殺し方

第3回書き出し祭り提出作品

第一会場9位全体22位でした

「私に命をよこしなさい」


 俺が幾多の人間に投げかけられたその言葉。それをレイナ・ベルベスは、こちらに手を伸ばし、言い放つ。


 堂々と。高圧的に、迷いなく。


「できるでしょ? あなたは――セティブは不死身なんだから」


 小さな体を震わせながら、しかし彼女は挑戦的に笑っていた。


「朝か……」


 数百回目の夏の朝。その始まりは、いつも通り憂鬱なものだった。

 辺境の森のほぼ中心、俺の家で目を覚ます。ゆっくり体を起こし、いまだ覚醒できていない頭で、右手に視線を向けた。


「……消えてるな」


 少しの傷も見当たらない、きれいな手の平だった。しかしそんなことはあり得ない。だって俺は昨日、皿を割ってここに傷を負ったのだから。

 つまりは、傷が消えた。だがそれも俺にとっては見慣れたこと。


 俺が不老不死になってから、気が遠くなるような年月が経った。どんな魔術、呪術、奇跡でも死なない。いかなる傷や痛みを負っても消えてしまう。そんな死にたくても死ねない、死にぞこないのバケモノ。


「はあ……」


 立ち上がり、キッチンに向かって歩き出した。そしていつも通りの朝食を作る。


 締め切ったカーテンの隙間から飛び込んでくる、白い朝日と小鳥の鳴き声。さわやかな朝の空気の中、何度目かもわからないため息をつい漏らす。そしてちょうど朝食の準備を終えた時――突然ノック音が響いた。


「久しぶりね」


 扉の先にいた人物は開口一番にそう言った。そいつを見て、俺は思わず顔をしかめる。

 見覚えのある少女だった。腰まで垂れた、燃えるような赤髪。吊り上がった強気な目つき。少し見ただけで上物と分かるその服は、泥や砂で汚れていた。


「久しぶり? 皇族のお前がここにあいさつに来たのは、久しぶりなんて言うほど昔じゃないと思うけどな」

「あいにく、普通の人間にとって一〇年は久しぶりなのよ。こんな田舎の森のど真ん中にいるんだから、時間の感覚も鈍ってるんじゃないかしら」

「相変わらず態度が大きいな。俺とお前、会うのはこれで二回目のはずなんだが」


 バケモノだからと俺をここに追いやった一族が、よくもまあぬけぬけと。舌打ちしたい気持ちを抑え、ふうと短く息を吐く。それから小さく吸い直した。


 その時ふと、焼けたベーコンやパンの香りが鼻腔をくすぐって、くぅと情けなく腹が鳴る。ああ、そういえば朝食を食べようとしていたところだったんだ。俺は彼女に背を向け家の中に戻った。


「お邪魔するわね」


 彼女は何も言っていないにもかかわらず家の中に入ってくる。彼女がおとなしく帰るとも思わない。諦めて一つため息をつき、朝食の前の席に着く。レイナは俺の対面に腰を下ろした。


 まだ二回しか会ったことはないが彼女は以前と変わっていない。あの時も、今みたいに随分と偉そうな態度だった。

 詳しくは知らないが、皇族にはある年齢になったら俺に挨拶に来るという習慣があるらしい。そうか、レイナが来たのはもう一〇年前か。レイナの言う通り、時間の感覚がおかしくなっているのかもしれない。


「客人をほおって朝食なんて、なかなかに無礼ね」

「事前に知らせもなく押しかけてくるやつを客なんて思えなくてな」

「私がだれか知らないわけじゃないでしょう、セティブ」


 当たり前だ。味気ないパンを頬張りながら渋々頷いた。


 レイナ・ベルベス。皇帝の長女であり、才にあふれ、神に愛された少女。男が皇帝になってきた歴史の中で、はじめて皇女になることが期待された少女。だがそれはもう過去の話だ。


「知ってる。臣下を十数名殺害。それで今は皇族から追放されて追われる身、だろ?」


 それは数日前起こった、皇国を揺るがす大事件。こんな森の奥にいる俺の耳にも届くほどの出来事だ。この国の人間、全員が知っていることだろう。


 ――ダン!


 大きな音とともに机が揺れる。勢いのまま絞り出すように、彼女は言った。


「あれは! わたしじゃない……!」


 怒りに震える彼女を、俺は冷めた目で見ていた。

 こんな森の中世間から隔離された俺には関係ない。話は終わりだと、視線を彼女から逸らしたときだった。


「私は、あなたに頼みがあって、ここに来た」


 シュルリと、布のこすれる音が鼓膜を揺らす。


「――は?」


 ついそちらに視線を向ける。その先で彼女は上着を脱ぎだしていた。彼女の肌は多少荒れているとはいえ、絹のようにきめ細かい。俺に真剣な視線を向ける彼女を見つめ返し、呆れたため息を一つ。


「お前、男の前で急に脱ぎだすなんて、下手すりゃ衛兵に連れてかれるぞ」

「う、うるさいわね! いいから見なさい!」


 そんなに顔を赤くして、自覚はしているのか。


 一応下着は着ているがその発言も十分危ない。しかし口にすれば余計に面倒くさくなるのは明らかで、俺はまた息を吐きながら彼女に視線を向け。そして、「ああ」と納得する。

 彼女の元まで行き、そっと肌に触れた。


「なるほど。これは重症だな」


 レイナの左肩から右の脇腹あたり。黒く変色した(・・・・・・)肌をなでながら、そう零した。他のところとは違って、感触にしろ体温にしろ、岩肌に触れているみたいだ。レイナは「ん……」と漏らしながら、くすぐったそうに震えた。なるほど、感覚はあるらしい。


「呪術か」

「それくらいわかってるわよ……」

「にしても随分と強力だな。いったい何人の命を使ったんだか――ああ、なるほど」


 強気なレイナの顔がわかりやすく歪んだ。

 呪術は自然の理に干渉する魔術と違い、人間に直接干渉できる。しかも一度使うと、ほとんどの場合解除することはできない。が、そのかわり多大な時間と手順、そして材料(いのち)が必要になる。ここまで強力なものとなると、生け贄一〇人はくだらない。


 ようするにここまでの呪術をかけられ、しかもその殺しの罪を押し付けられたのだ。この才にあふれた彼女は、その才ゆえに。


「どれくらい、もちそうかしら」

「一週間だな」

「――ッ! そう、ね……どうせそれくらいだと、思ってたわ……」


 彼女は上着を着なおしながら、俺に聞こえるほどに歯を食いしばる。真っ黒に染まった表情。彼女の奥底に眠る憎しみが垣間見えた気がした。


 その感情が、心底うらやましい。


「私があなたに望むのは、一つだけ」


 レイナはジッと俺を見つめ、そう言った。

 ああ、いやな予感がする。

 逃げ出したい俺にかまうことなく、彼女は続ける。


「私に命をよこしなさい」



「断る」


 俺ははっきりとそう言い放った。レイナはと言うと、それも想定内と言わんばかりに、どこか嬉しそうな笑みすら浮かべていた。


「断る、ね。よかったわ、できないわけじゃないのね」


 そう、できないわけじゃない。時間が余るようにあった俺は、様々なことを勉強し、研究した。もちろん不死についても。その過程で俺は確かに不死になる方法を見つけたのだ。たとえ見つけていなくても、俺が不死身になったきっかけを再現すればいい。

 彼女が言っているのは、自分を不死身にしろということだ。そんなこと、できてもやるわけがない。


「言い間違いだ、なんて認めないわよ」

「そんなことは言わない。俺は嘘が好きじゃないんだ」


 答えを変える気はないという意思表示。レイナも表情を鋭いものへと塗り替える。


「私は、死ぬわけにはいかないのよ」

「お前はわかってないな、死ねることがどれだけありがたいか」


 終わりが見えるというのは確かに恐怖だ。しかし、終わりが見えないというのはさらに強烈な不安感を生む。苦しい。終わりたい。が、終われない。終わらせ方がわからない。そんな状態の何がいいというのか。


「悪いことは言わない。死ねるうちに死んでおけ」


 俺は彼女を睨みつける。身長の問題からか俺が見下ろすような恰好。しかし彼女は物怖じすることなく、まっすぐ見返してくる。


「あなたがどう思うかは関係ないわ。私が(・・)、生きたいと望んでいるのよ」


 少しの間睨みあった。痛いほどの沈黙。耳に入るのは木の葉のざわめきと、なにかの鳴き声くらい。


 先に折れたのは俺のほうだった。大きく息を吐きながら、倒れこむように腰を下ろす。それに続いて、レイナの視線も弱くなった。


「……お礼ならいくらでもするわ」


 紡がれた言葉は彼女にしては暗い。でも、そういう問題じゃないのだ。


「お金ならいくらでもあげる」

「あいにく金には困ってない」

「地位名誉を与えることもできる」

「今更そんなことに興味はない」

「どんな女でも嫁がせることもできるし」

「これだけ長く生きてれば性欲も枯れる」

「なんなら私でも――」

「いらん」


 レイナは、なんでよ! と不服そうに吠えた。性欲が枯れてるといったばかりだろうに。受ける方がどうかしている。

 もともと欲がない上に、彼女が俺の望むものを用意できるはずがない。


 俺は気にすることなく、残りの朝食に手を付け始めた。口にしたベーコンは気がつけば冷めている。にしてもいつも以上に味がない。


「じゃあ――『死』なんてどう?」


 ピタリと、つい俺は動きを止めてしまった。


「私を生かしてくれるなら、死なせてあげる。そういってるのよ」


 何をバカな。

 そう思いながらも、言葉にはできなかった。

 俺が、死ねる? 終わりの見えないこのクソみたいな命から、逃げられる?

 気がつけば痛いくらいに喉が渇いていた。


 レイナはそんな俺をまっすぐ見つめ。



「ねえ、セティブ。――死んでみたいとは思わない?」



 彼女らしい笑みを携え、そう言った。

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