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神域ヴァンダリズム  作者: 瀬戸内弁慶
~海神の男嫁と晴天の剣士~
1/11

1.

 水上に浮かぶ社殿に、燈火が列をなしていた。

 それを持つ神官たちが一歩、また一歩と礼法にのっとって歩くたびに、大きく揺れて、暮色の濃くなった水面を照らしていた。


 その中心に、白無地の小袖を打ちかけた花嫁が囲われていた。

 ただでさえ透明度の高いその肌は、恐怖と緊張でさらに血の色が抜けていた。まるで水に溶けるかのように。


 祝言の席に通された花嫁は、膝を揃えて身を固くさせていた。


 ただぢ、通常の席と違い、膳はない。ただ濁り酒だけが、花嫁に供されていく。何より、花婿の座は空であり、本来欠かせぬ席の隙間の異様さがそこにはあった。


 だが、不自然さに異を唱える者はいない。

 粛々と宴は続けられていく。

 嫁に酒を飲み干させた後、巫女が盃を持ったままに奥殿へと入っていく。

 その後、この式を取り仕切る神官が、花嫁の父が口に含み、また嫁の盃に酒が満たされる。強制されることはできない。だが拒むこともできない。無理やりにでも、流し込むしかない。


 それを三度繰り返せば、いよいよ寝所入りとなる。巫女に支えられるように水を清められる。だが衣服を取り払った身体は、華奢ではあるものの、脂肪のやわらかさには欠けている。

 その肉体は、性は、まぎれもなく……少年だった。

 すべらかな巫女の手が触れるたび、酒気で熱をもった肌が過敏に反応する。これからされることでゾクゾクと背筋の神経が逆立つようだった。知らず、声が漏れそうになるのを、指を浅く噛んでこらえる。


 そうやって改めて白無垢に着替えれば、ふたたび切れるような美しさと甘やかな愛らしさの同居した、花嫁の出来上がりだ。

 否、と酩酊した頭で思った。

 酒に漬けて柔らかくして、余剰な酒分を洗い流し、飾る。これでは、嫁というよりかは、調理された贄に近い。膳が出ないのではない。自分こそが、供物なのだ。


 禊を終えた彼を、巫女や神官が床の間に運ぶ。

 床、と言っても布団はない。ただ座敷の中央にぽっかりと穴が空いて、そこが海への入り口となっている。海水が満ちている。


「待っ……て……助けて……ちちうえ」


 酒には、伝来の薬も仕込まれている。熱を持った身体を持て余しながら、彼はそれでも必死に声を絞った。


 だが、彼らは顧みない。これまで何百年と同じことを繰り返して、それに相当する数の巫女や娘が同じように助けを求めながら淡々と突き放されて、贄とされたのだろう。

 今と同じように、男は、いなかっただろうが。


 浸かる足を、味見するかのように何かが触れた。重厚な肉と、柔軟さを持ち合わせた何者かの一部。

 必死に出ようとする彼を、それは見逃さない。戯れるように足首を絡めとり、そこから滑らかな脚を這う。


 怖かった。いや、酒を帯びた肉体は、恐怖を麻痺させていた。それどころか、肉体も、精神も新たな主人を受け入れようと開きかけている。それ自体が、恐ろしかったのだ。


 力の入らない身体がそのまま海へと引きずりこまれる。その冷たさが、残された思考さえも一気に消し飛ばす。


 やがて、海の底を埋め尽くす巨大な、いや無数の群体の影が、花嫁を抱きすくめた、呑み込んだ。

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