8
「アメリア様が、今のアメリア様で本当によかった」
夢の中の『悪役令嬢』の私を思い出したのか、フローリア様は帰り際にそんなことを呟いて微笑んだ。
「私も、フローリア様が、今のフローリア様で良かったと思いますよ」
七人もの男性と同時に恋愛するような多情な人だったら、間違いなく友達にはなれなかった。
と言うか、そんな人を絶対にアルフレード様に近づけたりはしなかった。
なにがなんでも邪魔をして、ふたりの婚約を阻止しようとしただろう。
それこそ、フローリア様の夢の中の『悪役令嬢』のように……。
◇ ◆ ◇
『あの娘は転生者だ。たぶん、ワタシと同じ世界で生きていた人物が転生した存在だろう』
就寝時、ベッドに身を横たえるのを待っていたかのようなタイミングで、心の中で声がした。
『以前からそうじゃないかと疑っていたのだが、今回の『乙女ゲーム』の話で確信できた』
どういうこと? と心の中で問い返すと同時に、『乙女ゲーム』なるものの概念が頭の中に流れ込んでくる。
夢の中のお話ではなく、異世界の女性達を対象にした恋愛ゲームとして本当に存在しているのだと。
そして、その『乙女ゲーム』の内容と私が生きているこの現実が、どうやら似通ったものであるらしいとも。
(え? なにそれ? ワタシがかつて生きていた世界に存在した『乙女ゲーム』の中に、私が存在しているってことなの?)
物語の中の世界に入ってしまっているようなものだろうか?
『いや、そんなことが起こりうるはずがない。こちらの世界の歴史を知る人物が、向こうの世界に転生してその知識を下敷きに『乙女ゲーム』のストーリーを作り上げたのだろう。……もしくは、平行世界の歴史をなんらかの方法で覗き見る能力を持つ者が存在している可能性もあるか』
頭の中に時空間とか平行世界とか複雑怪奇な概念が流れ込んできたが、その概念の基礎知識を持たない私には理解できなかった。
『ワタシの魂がこちらに移動したように、こちらで生きた者の魂が向こうの世界に移動することもあると理解すればいい。時間軸のずれに関しては、アメリアでは理解しきれまい。考えるだけ無駄だ』
(私とワタシがひとつになれば、私にも理解できるようになるのではなくて?)
『……拒否する。ワタシと融合すれば、アメリアの人格は確実に損なわれるだろう。ワタシはそれを望まない』
(別に構わないのに……)
『ワタシは構う。お前の心に無駄な傷をつけたくない』
(お前と呼ばないで。私とワタシは同じ存在なんでしょう? せめて名前で呼んで)
『わかった。――アメリアはワタシの希望だ。どうか、そのまま素直に育って欲しい。それがワタシの救いにもなる』
私の中のワタシが、本気でそう願っていることが心に直接伝わってきて、それ以上食い下がることはできなかった。
ワタシの存在をはじめて感じたのは、私が四歳の頃だった。
私はその時、当時流行していた悪性の熱病にかかり、死にかかっていた。
高い熱が続き頭はがんがん痛み、胸のあたりも熱をもち、気管支は詰まり咳がひっきりなしに出た。
全身汗だくで、吐く息さえ熱い。
もう一週間近く高熱が下がらず、体力はもう限界だった。
(つかれた……つらい……もうイヤ……)
呼吸すら意識して頑張らないと出来ない状態に陥っていた私は、生きる気力を失い全身の力を抜いた。
と同時に、すうっと意識が闇に呑み込まれそうになる。
その時、心の中で声がした。
『諦めては駄目だ。お前の人生は、まだはじまってすらいないのだから……』
転生成分やっと入りました。