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 ――なぜ、こんなことになったのだろう?


 老人は、これまでの人生の中で何百回、何千回と同じ疑問を繰り返し考え続けていた。


 かつて美しかったオールモンドの王都は、今では帝国の一領地へと成り下がった。

 国民を愛していた国王一家は、愛した国民に背を向けられ、今では辺境の地の一貴族だ。

 本当に、なぜ、こんなことになったのだろう?


 帝国とキールハラルが共謀して攻めて来た時、敗北を悟った王族は国民の被害を最小限に抑えるべく、自らその軍門に下った。

 それから二十年ほどの間は、まだ王族が王都を守っていたのだ。

 だが帝国の影響がじわじわと王都に広がるにつれ、その影響力は減衰していくことになる。


 最初は焚書だった。

 虐げられた民の為に戦って、オールモンド王国を建国した王族の歴史を記した書籍が、全て集められ焼き捨てられた。

 次いで偽の歴史書やおとぎ話が王都に広まった。

 王族を貶める内容の歴史書、そして美しく優しい侯爵令嬢を国内の貴族に売り渡す為に、愛する異国の王子の手から卑怯な手段で奪い取り死に追いやった薄汚い王族を、帝国の騎士が退治するおとぎ話。


 それらを最初に読んだ時、まだ青年だった老人は笑い飛ばしたものだ。


 こんな嘘偽りをいくら広めても、誰も信じるものかと……。


 確かに最初の数年は誰も信じなかった。

 だが十年、二十年経ち、真実を知る者達が老いていくに従って、偽書は子供達に真実として受けとめられるようになった。

 そして王族の権威は失墜し、やがて王都を追われていったのだ。


 かつて王族がいた王城には、今では帝国の貴族どもが巣くっている。

 有力貴族だった老人の一族は、今では殆どの財を失い王都の片隅で細々と暮らすばかりだ。


 ――本当に、なにが悪かったのか……。


 老人は、何百回、何千回と同じ疑問を繰り返し考え続ける。


 そして、その答えはいつも同じだ。


 ――あの人が失われなければ、あの美しい侯爵令嬢を救うことさえできていれば、この歴史の流れは変わったのかもしれない。


 美しき侯爵令嬢、アメリア・ローダンデール。


 キールハラルの王子に望まれて、砂漠の国に嫁ぐはずだった彼女が死ななければ、キールハラルが王国の敵に回ることはなかった。


 アメリアの死を知った時、彼女を知る全ての人々が嘆き悲しんだ。


 かつては王国の王太子の婚約内定者という立場だった彼女と、王太子を巡って喧嘩ばかりしていた令嬢達などは、このままではアメリア様の死が無駄になってしまうと、彼女の死の原因が王族にあると信じているキールハラルの王子の誤解を解くべく、王太子やフローリア様と共に奔走していたと聞いている。

 彼女達の願いが叶う前に、キールハラルの王子は戦いの中でその命を散らし、その死に激怒したキールハラルの王族によって戦いはさらに激化していくことになるのだが……。


 当時、まだ青年だった老人は、なにもしなかった。

 ただ、後悔していただけだ。


 アメリアが王太子の婚約内定者という立場から解放されるのを悠長に待っていないで、この想いを伝えておくべきだったと……。


 キールハラルの王子ではなく、国内の有力貴族であった自分との間に縁談が進んでいたら、彼女は帝国に狙われることはなかった。

 悲劇は起こらず、王国が急激に衰退していくこともなかったはずだ。


 当時、彼女は王太子の婚約内定者だったが、ふたりの間にあるのが友情で、愛情ではないのは一目瞭然だった。

 王太子が真に愛する者の手を取る時、彼女は自由の身となる。その時こそ、彼女に向けてこの手を伸ばすつもりだった。

 学友の中にも同じことを考えている者達が他にもいて、互いに牽制しあっていたものだ。


 だが、キールハラルの王子との縁談が進んでいるらしいとの噂話が耳に入った時、全員が自らの想いを封印した。


 キールハラルの麗しの末っ子王子とオールモンドの紫の百合、ふたりが並ぶ姿は実にお似合いで、とてもじゃないが太刀打ち出来ないと思ったのだ。

 それに、王太子の婚約内定者という立場だった彼女は、きっと国外に出たほうが幸せになれるはずだとも考えた。そう、考えてしまった。


 ――もしもあの時、諦めずに声をあげていたら……。


 アメリアは国王夫婦のお気に入りだった。

 異国に嫁がせるよりはと、考え直してくれた可能性があったかもしれない。


 自分では駄目でも、他の学友達ならなんとかなったかもしれない。

 宰相や騎士団長の息子等、有力貴族の子息ならば……。


 老人は考える。


 アメリアに想いを寄せていた学友達の名前をひとりひとり思い浮かべながら、もしかしたらなんとかなったのではないかと、取り返すことのできない過ぎ去った日々を後悔し続ける。


 何度も、何度も……。




     ◇  ◇  ◇




「なぜ、もしもって、うじうじぐじぐじと鬱陶しいんだよ爺っ! そんなだからアメリア様に振り向いてもらえなかったんでしょうが!」


 あまりの夢見の悪さに、瑞歩(みずほ)は布団をバサッとはね除けて飛び起きた。


 シワシワの老人が延々と後悔し続けるだけの夢。

 子供の頃から、何百回と繰り返してきた悪夢だ。


 瑞歩はずっと繰り返されるこの悪夢に悩まされ続けて来た。


 親に泣きついたこともあったが、おかしな漫画を読んでるからよと、所有していた漫画を全て没収されただけで、なんの解決にもならなかった。

 夢占いとやらに救いを求めてみたこともあるが、どれも的外れでやっぱりなんの解決にもならなかった。


 今ではすっかり諦めて、夢の中の爺を罵ることでストレスを解消しているが、効果はおもわしくない。


「……仕事帰りに、ぱーっと飲みにでもいこうかな。亜希の予定空いてたらいいんだけど……」


 がっしがっしと寝乱れた髪を掻きむしりながら洗面台に向かう。


 顔を洗ってばっちり化粧して、今日も一日スマイルゼロ円。


 化粧品メーカーのビューティーアドバイザーにとってクマは敵だというのに、夢の中の爺のせいで今日は化粧に時間がかかりそうだ。

 瑞歩は心の中で夢の中の爺に文句を垂れ流しながら、ざぶざぶと顔を洗った。

 

ここまで読んできてくださってありがとうございます。

ここに来て大事な伏線を回収しきれていなかったことに気づきまして、3章26に加筆修正を行いました。

キーワードにかかわる大事な伏線だったので、完結する前に気づけてよかった。

ストーリーに大きな変化はありませんので、気になる方だけどうぞ。

さあ、これで残り一話。

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