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 故郷の親しい人達との別れを済ませ王都にとんぼ返りした後は、婚礼の準備に追われた。

 その頃には頬や身体に残っていた痣も綺麗に消え、右手をがっちり固定していた器具も無事に取り払われた。

 お医者様曰く、右手の骨は綺麗に折れていたそうで予後は順調だそうだ。冷えると痛む程度の後遺症しか残らないだろうとも言われている。


「キールハラルで暮らすのならば、さほど痛みを感じることもないでしょう」


 お医者様が笑って確約してくれた。



 報奨としていただいた領地から出る収益に関しては、ローダンデール侯爵領の為に使ってもらおうと思っていたのだが、お父様や叔父様達から自分の為に使いなさいと反対された。

 ならば、これから嫁ぐキールハラルの為に使おうかと考えたら、やはりオズヴァルド様に自分の為に使うようにと反対された。

 心の中の相談相手を失った私は、ひとりで真剣に考え抜き、最終的にフローリア様にお預けすることに決めた。

 正式には、王太子妃となった後のフローリア様が、女性王族として社会貢献をする際の資金として運用してもらうことにしたのだ。

 フローリア様は医療関係に力を注いでいくおつもりのようだから、王領から得られた利益はいずれオールモンドの民へと還元されていくことになる。

 私が自分の為に使うより、そのほうがきっといいだろう。



 慌ただしい日々の中、オズヴァルド様はお父様の目を盗んでは、頻繁に屋敷へと訪ねてきてくれている。


「アメリア、今日はそなたの為の花を貰ってきたぞ」


 そう言ってオズヴァルド様が見せてくれたのは、金銀と宝石で作り上げられた見事な造花だった。それぞれに違う宝石を使われた六本の造花は光を弾いてきらきらと輝いている。

 オズヴァルド様の学友達が贈ってくれた婚礼の祝いの品なのだそうだ。


「砂漠の国では花を手に入れるのも大変だろうからと、アメリアの目を楽しませる為に枯れない花を用意してくれたのだそうだ」

「まあ、嬉しい。……なんて綺麗なのかしら……」


 オールモンドにいる間にお礼状を出しておきたくて、学友達の名をオズヴァルド様から聞き出した。

 不思議な事に、オズヴァルド様が教えてくれた六人の学友達は、フローリア様から聞いた乙女ゲームの夢の中に登場した攻略対象者達だった。

 奇妙な共通点に私は首を傾げる。


(ねえ、アリア。これってどういうことかしら? なにか意味があると思う?)


 思わず心の中に問いかけてみたが、残念ながらやはり答えは返ってこなかった。




 国教を持たないオールモンドでは、結婚の際、一族の長や土地の有力者を立会人代表とし、結婚の証人となってもらう。いわゆる人前婚だ。

 私達の場合は、有り難いことに国王陛下が自らその役目を買って出てくださった。


 そして結婚式の後、王都の民へのお披露目を兼ねたパレードをしながら、そのまま私はキールハラルへと旅立つ。

 だから家族との別れは前日の夜に済ませておくつもりで、親族だけの食事会を開いたのだが、残念ながら仕事が忙しいからとお父様だけは欠席した。

 ここ一週間ほど王城から戻って来ないお父様に、弟のダージルなどは「姉上は明日には旅立たれてしまうのに、仕事を優先するなんて」とプンプン怒っていた。

 だが私は、怒りも悲しさも感じなかった。


(これも、アリアが教えてくれたことね)


 だって私は、お父様から充分に愛されていることを知っている。

 ただ、ほんの少し寂しいだけだ。



 結婚式当日の朝、やっとお父様が王城から帰って来た。

 その両脇を王城の護衛兵がかため、お父様の両腕をがっしり摑んでいる。どうやらいくら帰宅するよう命じても王城から動こうとしないお父様を見るにみかねた国王陛下が、強制的に帰宅させてくださったようだ。


「お父様、私の我が儘をいつも許してくださりありがとうございます。お父様に安心していただけるよう、絶対に幸せになります。どうかこれからも私を見守っていてくださいませ」


 かつて私が勝手に婚約内定者になることを決めた時も、オズヴァルド様の求婚を受けると決めた時も、お父様が内心では反対していたことを私は知っている。

 家長の命令を振りかざして自分の望み通りにすることだってできただろうに、いつでも私の選択を尊重し、はらはらと心配しながらもずっと黙って見守っていてくださった。

 ここにいるのは、どこまでも娘に甘い父親だ。


「……なにかあったら手紙を寄こしなさい。すぐにこちらから迎えを出す」

「父上! おめでたい日になにをおっしゃるんですか!」

「いいから、おまえは黙っておいで」

「……っ」


 プンプン怒るダージルの口をお兄様が塞ぐ。

 私はお父様に微笑みかけた。


「はい。いつでも帰れる場所があること、心強く思います」

「……そうか」


 歩み寄ってきたお父様は私の頭を撫でようとしたが、すでにティアラをセットされた頭に触れるのを躊躇って、途中で手を止めた。

 私はお父様の手を取り、自分の頬にその手の平を触れさせた。


「……幸せになるといい」


 お父様は私の頬をそっと撫でながら、私にしか聞こえない小さな声で囁いた。



 結婚の宣誓の儀は、殆ど覚えていない。

 緊張していたのと、キールハラルの最上位の正装姿で迎えてくださったオズヴァルド様のあまりのお美しさに、ぽうっとなってしまっていたからだ。

 後からオズヴァルド様にそのことを話したら、オズヴァルド様も同じ気持ちだったのだそうだ。


「私の夜の女神は、どんな姿でも美しいが、銀糸で繊細な刺繍を施されたオールモンド風の純白の花嫁衣装姿はまた格別に美しかったぞ」

「まあ……。オズヴァルド様の方がずっと素敵でしたわ」


 光沢のある白のターバンを留める鮮やかな赤い宝玉、金糸銀糸で編まれたトーガに宝石を散りばめたサッシュ、そして成人の際に父王から賜ったという見事な半月刀の宝剣。

 キールハラル特有の煌びやかな民族衣装よりも、もっと眩く美しい麗しの末っ子王子。

 うっとりとお互いを誉め合う私達を、周囲の者達は生温かい目で見つめていたようだが構うものか。幸せだからいいのだ。


 その後のパレードも素晴らしいものになった。

 沿道には王都中の住民達が詰めかけ、私達が進む道に沢山の祝福の花を投げ入れてくれた。

 輿の上から手を振る私達は、まるで花の絨毯の上を進んでいるように見えたことだろう。

 多くの人達に祝福された私は、きっと誰よりも幸せな花嫁だ。

 別れの寂しさを忘れさせてくれる程に、幸せな旅立ちとなった。





 そして今、私はキールハラルの王都に向かい砂漠を旅している。


 最初のうちはおっかなびっくりだったラクダへの騎乗も、今では慣れたものだ。

 それでも私の体力を考えて、一行はゆっくりとしたスピードで進んでいる。


「見渡すばかり砂だらけで、退屈ではないか?」

「いいえ。白い砂はキラキラして綺麗ですし、一つとして同じものがない遠くの砂紋も見飽きることがありませんもの」

「ならばよかった」


 並んで進むオズヴァルド様がほっとしたように微笑む。

 私は、ふと気になって聞いてみた。


「砂漠を旅するのならば、夜のほうが楽ではありませんか?」


 じりじりと痛いほどに照りつける太陽の中を進むより、穏やかな月明かりの中を進んだほうが楽だと思うのだが。


「確かに楽だろう。だが、砂漠で昼日中に天幕を張って休んでいたら、干上がってしまうぞ」


 なにより暑くて眠れない。横になっていても体力を消耗するばかりだから、涼しい夜に休んで、日中に少しでも先に進む方がいいのだとオズヴァルド様が教えてくれた。

 言われてみたら、確かにそうだ。


(ねえ、アリア。あなたが生きていた世界の砂漠と、この世界の砂漠は、少し違うのかも知れないわ)



 心の中に話しかけてみる。

 やはり返事はなかった。




     ◇  ◇  ◇




 ねえ、アリア。

 あなたの声が聞こえなくなってから、私、随分と変わったような気がするわ。


 相談すればなんでもすぐに答えをくれる人がいなくなったから、自分でちゃんと考えて言葉を慎重に選んで話せるようになってきたの。

 それに、オズヴァルド様への気持ちも、以前とは少し変わったわ。


 以前の私は、あなたがオズヴァルド様のやることなすことを天然だ脳筋だと茶化すたびに、むきになってオズヴァルド様を庇ってばかりいたわよね。

 でもあなたがいなくなった今では、庇う必要もなくなった。

 そのせいか、以前は気づいていなかったオズヴァルド様の欠点のようなものも見えるようになってきたの。

 落ち着いてよく見てみれば、確かにオズヴァルド様は天然で脳筋なのよね。

 でもね、だからといって失望してはいないのよ。

 我が儘で衝動的でまったく困った人だ、と、ラルコが嬉しそうにオズヴァルド様のことを愚痴る気持ちが理解できるようになっただけ。


 単純で純粋で、愛すべき麗しいお方。


 私はこの生涯をかけてオズヴァルド様のお側に居続け、衝動的に行動するあの方にはらはらしながらも、ずっと支え続けていくことになるんでしょう。

 そのことを、とても幸せだと思えるの。


 そしてね、アリア。

 私、あなたのことをちょっと信じすぎていた自分にも気づいたのよ。


 幼い頃からずっと側で助言して導いてくれた私の守護者。


 あなたから、このまま眠りにつくと言われた時、あなたの言うことを疑わない私はすんなり信じてしまったけれど、本当は違うんじゃない?


 過保護で心配性だったあなたのことだもの。

 侍女のエリスだけを連れて異国の地へと嫁ぐ私を、心配していないわけがないわよね?


 はじめて会うことになる義理の家族とうまくやっていけるか。

 異国の地の風習を知らずに失礼なことをして、人々に呆れられたりしないか。

 馴れない砂漠の地で、体調を崩したりはしないか。


 きっと心配で心配で眠ってなんていられないんじゃないのかしら?

 それでも眠ったふりをしているのは、きっと私の成長を促す為なんでしょう?


 あなたを失ってみてはじめて、自分がどれほどあなたに依存してきたのかわかったの。

 確かにずっとあのままだったら、私はいずれなにか取り返しのつかない失敗をしていたかもしれないわ。


 私はまだまだ子供だった。常に助言して守ってくれる保護者が側にいたのでは、大人になんてなれないもの。


 私はいずれオズヴァルド様の子を産む。

 母となった時、自分の子を守れる強さを得る為にも、私自身が子供であることをやめなくてはならなかったのね。


 私を強制的に親離れさせて、成長させる為に突き放してくれたんでしょう?


 なんて聞いてみたところで、頑固なあなたが声を聞かせてくれるわけないわよね。

 きっと今ごろ、あなたはあの乳白色の空間の中で私の声を聞きながら、「ばれたか」と苦笑いしていることでしょう。

 大丈夫、長いつき合いだもの。ちゃんとわかってるわ。

 あなたの声が聞けないのはやっぱり寂しいけど、私の為を思ってのことだもの。これからも我慢します。


 でもね、夢の中だけでもいいから、たまに声を聞かせて欲しいの。


 私が酷く疲れた時や悲しんでいる時、あの懐かしい異国の童謡を聴かせてちょうだい。


 夢の中であの歌を聴けたら、きっと思い出せる。

 夫への愛だけを持って異国の地へと嫁いでいく、今のこの幸せな気持ちを……。


 最初のこの気持ちを忘れなかったら、きっとこの先にどんなに辛いことがあっても乗り越えて行けるような気がするの。


 だからお願い。歌ってね?


 夜の砂漠をラクダに乗って旅する、王子様と姫君の歌を……。


読んでくださってありがとうございます。

これにて本編は終了です。

残りはエピローグが二話。伏線回収エピソードです。

なんとか年内中に終わらせたいのですが、大掃除がががが……。

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