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目覚めた後にお兄様にから教えてもらったのだが、オズヴァルド様がここ最近忙しくしていたのは、帝国の動きを探る為でもあったらしい。
「アメリアが安心して嫁げるよう、少しでも不安要素を減らそうと父上の仕事を手伝ってくれていたんだ」
立太子の儀に出席する為に王都へと集まってくる貴族達と交流をもちながら噂話を集めたり、奇妙な働きかけをしてくる者はいないかと、ずっと探ってくれていたのだとか。
私が捕らわれていた屋敷は、その調査の中であやしい動きがあると注視されていた場所だったらしい。だから、あれほど早くに助けに来ることができたのだ。
右手の治療の際に眠り薬を使ったらしく、私が目覚めたのは立太子の儀の前日だった。
周囲の者達は、私が立太子の儀を欠席するものだと思っていたようだが、無理を押して出席した。
私が帝国の工作員達に誘拐されたことは既に皆の知るところとなっている。ここで寝込んだりすれば、誘拐されている間になにかあったのではないかと、心無い者達に噂されることになってしまうだろう。
私はなにを言われても良い。元々変わり者だと言われてきたし、悪評には慣れっこだ。だが、今回の件で悪い噂を立てられたら、私を娶ることになるオズヴァルド様の名誉まで傷つけられてしまう。
それに、ずっと側で見守り続けて来たアルフレード様の晴れ姿を見届けておきたかった。
だから私は、殴られた頬の痣もそのままに、なんら後ろめたいことは無いのだと堂々と一連の儀式に出席することにした。
立太子の儀の中で、オズヴァルド様と私の婚約も正式に発表された。
同時に、私は国王陛下より報奨をいただいた。
一代限りではあるものの、男爵位と領地とを賜ったのだ。
「其方の王家に対する献身に感謝する」
「謹んでお受けいたします」
表向きは、二度に渡って帝国の企みを潰す為に協力したこと対する恩賞ということになっているが、婚約内定者としての勤めを果たしたことに対する報奨でもあるらしい。
領地は王領の一部で、実際に私が統治する必要は無く、そこから得られる税収のみを受け取れることになっていた。
「アメリア、そなたの友情に心から感謝する」
「ご婚約おめでとうございます、アメリア様」
「ありがとうございます」
国王陛下より目録を受け取った私は、立太子の儀を終えたアルフレード様と、婚約者としてその隣に寄りそうフローリア様からも祝福の言葉を贈られた。
そんな二人に微笑み返しながら、私は心の中のアリアにも感謝していた。
(ねえ、アリア。婚約者選定の儀で、あなたが言った通りだったわ)
婚約者選定の儀でアルフレード様に選ばれなかったことにショックを受けた幼い私にアリアは言った。まだ育ちきっていない未熟な自我が初恋と認識したその感情が真に愛に至る感情だとは限らない。ただの憧れだった可能性もあると……。
まさに、その通りだ。
幼い私は、きらきらしい王子様に憧れていただけだったのだと思う。
そして、怪我をした私を気遣い、ずっと寄り添ってくれているオズヴァルド様を見上げた。
「ん? 傷が痛むか?」
「いいえ。この日を迎えられて幸せだと思ってました」
「そうか。私もだ」
私に微笑み返してくれる、キールハラルの麗しの末っ子王子。
このお方に対する感情も、最初のうちはただの憧れだったのかもしれない。
でも今は違う。
間違いなく、今の私はオズヴァルド様に恋をしている。
そう確信した途端、かつて遠い日にアリアが言った言葉が脳裏に甦った。
――世の人々は皆、未熟な時代に破れた初恋などなかったことにして、初めての恋人を初恋の相手だと堂々と嘯き、自分と相手を騙しているのだ。
(違う。私は騙してないわよ!)
思わず心の中に向かって叫んだが、残念ながら答えは返ってこなかった。
立太子の儀の後の舞踏会では、オズヴァルド様とダンスを踊った。
骨折した右手は不格好な器具で固定されているのを長い袖で隠している状態だったので手は握れず、少々変則的なダンスになってしまったが、それでも私は充分に幸せだった。
卒業式を間近に控えながら学園を去らねばならなくなった日、一度でいいからオズヴァルド様とダンスを踊ってみたかったと悲しんでいたことを思えば、この程度のことなど気にもならない。
それでも、ダンスは一曲しか踊れなかった。
ステップを踏むごとに怪我に響くものだから、体力が続かなかったのだ。
「アメリア、やはりもう休んだほうがいい」
「……はい。残念ですけど」
オズヴァルド様に促されるまま、私は会場内の一画にある談話スペースのソファに座った。
オズヴァルド様も一緒にいたがったが、次々に挨拶にくるオールモンドの貴族達の相手をする必要があったので、絶対にひとりで行動しないようにと私に言い残して、名残惜しげに会場中央へと戻っていった。
ひとり残された私は、きっと噂好きの人々が寄って来るだろうなと覚悟していたのだが、なぜか寄ってきたのは学園で一緒だった令嬢達だった。
我先にと近づいて来た彼女達は、私の左右に座ると興味本位で近づいて来ようとする者達から私を守ってくれた。
ちなみに彼女達は、学園時代にアルフレード様を露骨に狙っていた令嬢達だ。当時まだアルフレード様の婚約内定者だった私とは、しょっちゅう衝突していた間柄だった。
だから絶対に好かれていないだろうと思っていたのに、不思議と私に好意的で、オズヴァルド様との婚約も我が事のように喜んでくれていた。
「アメリア様と学園生活をご一緒できたこと、光栄に思いますわ」
「毎日が刺激的で楽しい日々でしたわ」
彼女達は皆、アルフレード様を巡ってキャットファイトを繰り広げた日々を、それはそれは楽しげに語る。
その楽しげな表情に偽りは感じない。
(顔を付き合わせれば喧嘩ばかりしていたのに、人って分からないものね)
もう少し早くに、彼女達とこうして落ち着いて話す機会を作れていたら、もっと違う関係を築けていたのだろうか?
このまま離れてしまうのはなんだか惜しいような気がして、別れ際、キールハラルから手紙を出してもいいかと聞いてみた。
「まあ、嬉しい。もちろんですわ」
「こちらからもお出ししますね」
彼女達はそろって嬉しそうに頷いてくれた。
立太子の儀が終わると、すぐに私はオズヴァルド様と共にローダンデール侯爵領に向かった。
「求婚されたと気づいていなかったのなら、故郷の者達との別れも済ませてはいなかったのだろう?」
キールハラルに嫁いでしまえば、そう簡単に戻ってはこれない。子供が生まれれば、ある程度成長するまでは砂漠に足を踏み入れることすら難しくなるだろう。
だから、一度きちんと別れの挨拶をした方がいいとオズヴァルド様が言ってくださったのだ。
一ヶ月後に行われる私達の結婚式に出席するのは叔父夫婦だけだったので、従兄達には会えないまま別れることになるのかと残念に思っていただけに、この申し出はとても嬉しかった。
それに、私と共にキールハラルに赴いてくれる侍女のエリスを、ご両親に会わせてあげることもできる。
私は心からオズヴァルド様に感謝した。
「うちの王子、アメリア様に送る求婚の石を自分で磨いて、水晶湖の水で洗いたいんですよ」
ローダンデール侯爵領の求婚の作法を聞いて以来、同じことをしたいとごねていたのだとラルコがこっそり教えてくれた時は、ちょっと笑ってしまった。
実を言うと、私も同じことを考えていて、オズヴァルド様にいただいた求婚のネックレスのお礼に、自分で磨いた石を水晶湖の水で洗って贈るつもりでいたのだ。ちなみに、水晶湖の水は結婚式に出席してくれる叔父夫婦に持ってきてくれるよう頼む予定だった。
求婚の石に選んだのは紫のフローライトだ。
最初は、オズヴァルド様の瞳に似た赤い石榴石を選ぼうとしたのだが、侍女のエリスに止められた。
「アメリア様、逆です。こういう場合は、自分の瞳か髪にちなんだ色の石を相手に贈るものなんですよ」
変なところでぬけてらっしゃると言われてしまった。
自分の瞳の色の石より、オズヴァルド様の瞳を思わせる色の石を磨く方が楽しいのに……。
今までは実行に移す前にアリアと相談していたから、失敗せずにすんでいたのだろう。これからは、もっとちゃんと考えてから行動しなければと反省した。
右手を怪我してしまったことで、宝石の研磨作業は遅れに遅れたが、エリスの手を借りながら地道に進め、なんとかローダンデール侯爵領に到着した日には完成した。
そしてヴィロス城に滞在中に、オズヴァルド様から求婚の石としてルビーを差し出されて、二度目の求婚を受けた。
私は今度こそ妙な勘違いなどせずに求婚の石を受け取り、こちらからも承諾の証としてフローライトの求婚の石を返すことができた。
少し離れたところでこっそり見守っていた周囲の者達が、一斉にほっとしていたのは見なかったことにした。




