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悪役令嬢とは気づかずに婚約破棄しそびれました。  作者: 黒田ちか(クロッチカ)
第三章

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お待たせしました。よろしくお願いします。

『帝国の工作員は、アメリアを自害に見せかけて殺した後、駆けつけた天然王子にその死体と国王の偽の書状とを見せて騙すつもりなんだろう』


 表向きは婚姻を認めておきながら、その裏では自国の有力貴族の娘の持つ影響力が国外に流出することを惜しみ、国内の有力貴族に下げ渡すことで王家になんらかの利益をもたらそうと画策していた。

 その結果、犠牲となったアメリアは汚れた我が身を嘆いて命を絶った。


 そんな風にオズヴァルド様が誤解するように誘導して、オールモンドに復讐心を抱かせるつもりだろうと、アリアが言う。


(オズヴァルド様は騙されたりしないわ!)

『どうかな? ()()()()()()()()()ものだ……。もうじき手に入れられるはずだった最愛の者の亡骸を見せられて、あの極端に純心な青年が正気でいられるとは思えない』


 愛する者を守れなかったという自責の念が、オズヴァルド様の狂気に拍車を掛けるだろう。

 そう冷静に告げるアリアの言葉には否定できない重みがあった。


(……どうしたらいいの? どうしたら、オズヴァルド様をこの企みから救えるの?)

『救われるべきは天然王子ではなく、アメリア、おまえだ。……まったく、本当に恋は人を愚かにする』


 冷静になれと窘められて、私は深呼吸して動揺を抑えた。


(そうね。……これから、どうしたらいい?)

『ワタシはその問いには絶対に答えない。自分で考えなさい』

(そんな……。どうして急にそんな冷たいことをいうの?)

『今のこの状況が、どうしても乙女ゲームのバッドエンドに向かっているように思えてしかたないからだ。――ここが乙女ゲームの元になった世界で、歴史の流れがバッドエンドに向かっているのならば、なんとかしてその流れを変えなければならない』


 危機的状況に陥っている時、通常なら、アリアが打開策を考えて私がその指示通りに動く。

 だが今は、そうするわけにはいかない。


『それでは歴史の流れは変わらない。ワタシ達には新しい()()()が必要なのだ』

(選択肢?)


 聞くと、頭の中に乙女ゲームの情報が入ってきた。

 主人公の前に三つの選択肢が現れ、それを選ぶことでルートが分岐してストーリーが進んで行くシステムなのだと……。

 アリアは、私達の現実にもそのシステムを流用しようとしているようだ。


(新しい選択肢を増やす為に、私が考えなきゃいけないのね)

『そうだ。できるか?』

(やってみるわ)


 私は深呼吸して、もう一度今の状況を考えてみた。


(さっきのあの人達、オズヴァルド様の行動が予定より早いと言ってたのよね? ということは、オズヴァルド様はもうじきここに来るんだわ)

『たぶん、そうだろう』

(だったら私は、オズヴァルド様がいらっしゃるまで隠れていればいいんじゃないかしら)


 さっきまでは、とにかくなんとかして逃げようと思っていた。

 だが、発見されればすぐに殺されると知ってしまった以上、もう迂闊には動けない。


『では、どこに隠れる?』


 今現在、帝国の工作員達は私を探す為に屋敷内を歩き回っている。

 逃げられたという先入観から、私がまだこの部屋に留まっていることには気づいかれていない。だが、たぶんそれも時間の問題だろう。

 私が見つからなければ、いずれはこの部屋にも捜索の手が伸びる。


(そういえば、かくれんぼをする時は目線より上に隠れろって、ダニエル兄様が言ってたわね)


 木の上や天井裏、貴族令嬢らしからぬ遊びに興じていた子供の頃を思い出す。


(この部屋の天井裏に隠れるとか……)

『どうやって?』


 残念ながら、高い天井まで上れそうな足がかりはない。机や椅子を積み重ねても、片づけてくれる人がいないのだから、どこに隠れたか一目瞭然だ。

 う~んと真剣に考えた結果、私はひとつの結論に達した。


(とにかく、上の階に逃げるわ)

『……本気か?』

(もちろん。彼らは私が逃げたと思ってるんですもの)


 この屋敷から脱出するにあたって、私達は二階の窓から直接逃げる方法を考えていたけれど、普通の貴族令嬢だったら、まず一階に降りてから出口を捜そうとするだろう。

 だから、その逆を行くのだ。

 三階か屋根裏部屋か、この屋敷の構造がわからないからはっきりと言い切れないが、とにかく上に逃げよう。


『自ら袋小路に逃げ込むようなものだぞ』

(……止めたほうがいい?)

『うう、だが、新しい選択肢を得る為にも、これぐらい無茶な行いも必要なのかも……』


 アリアが私を案じて酷く迷う気持ちが伝わってくる。

 その気持ちが本当に有り難かった。


(ねえ、アリア。私、自分でやってみるわ)


 これは私の人生、私の運命だ。

 だからこそ、自分で決断しなくては。

 その結果が成功でも失敗でも、自分の選択ならば納得して運命を受け入れることもできるだろう。


『……わかった。頑張りなさい。だが行動に移す前に、辛いかも知れないが、ルコントの身をあらためておけ。さっき抵抗した時、ルコントの脛の辺りに堅いものの感触があった。隠しナイフかもしれない』

(わかったわ)


 なるべくルコントの死に顔から目を背けつつ、ズボンをまくり上げると、本当に細身のナイフがくくりつけてあった。

 我知らず震える手に苦労しながらも、なんとか革のベルトを外して、鞘ごと手に取る。


(軽いわ。これなら、私にも使えそう)

『とりあえず鞘から抜いて、刃に毒が塗ってないかだけ確かめておけ』

(大丈夫そうよ)


 ドレスの隠しポケットにナイフを入れて、出口の扉に耳を当てる。


『気配はないようだな。……そっと開けるんだぞ。ドアを開く音は立てないように』


 心配性のアリアがあれこれ注意してくれるのに心の中で頷きながら、扉をそうっとあけて外を見た。廊下には運良く誰もいない。

 今のうちにと部屋から出て、左右を確かめる。


『あちら側に階段があるようだな』

(そうね)


 足音を忍ばせて廊下を進み階段に向かっていると、賑やかな人の声が聞こえてきた。


「一階にはいないぞ」

「出入り口に異常は無い。娘は、まだ屋敷内にいるはずだ」

「見張り以外は総出で二階を捜せ!」


 階下から聞こえてくる会話を聞いた私は、とっさに声のする方へと走り出していた。


『え? アメリア? ちょっ、なにを』


 慌てた声が心の中から聞こえてくるが今は相手をしている暇はない。

 階段に辿り着くと、そのまま必死で階段を上がる。

 三階に到着すると、その場にしゃがみ込んで耳をすませた。


「扉という扉は全部開けろ。クローゼットの中やカーテンの裏も捜せ。絶対に見逃すな!」


 二階に到達した男達が、左右に散っていく足音を聞きながら、私は詰めていた息をほっと吐いた。


(ぎりぎり見つからずに済んだみたいね)

『そのようだな。だが、無茶をする』

(だって、逃げる場所が他になかったんですもの)


 二階のどの部屋に逃げても、きっとすぐに見つかる。だから私は一か八か三階へと駆け上ったのだ。

 廊下や階段が絨毯敷きだったこともあって足音が響かず、気づかれずに済んだのは僥倖だった。


『……そうだな。上出来だ。ワタシが指示していたら、きっと今ごろ捕まっていただろう』

(オズヴァルド様がいらっしゃるまで、なんとか時間を稼がなくちゃね)


 二階を捜索している者達は、いずれ三階にまで到達するだろう。

 少しでも時間を稼げるよう、三階で隠れる場所を捜した私は、やがてひとつの扉を見つけた。

 飾り気のない扉を開けると、中は薄暗い。通路の灯りが扉から漏れて、上に向かって伸びる階段が見える。


(屋根裏部屋ね)


 階段を上がると、思いがけず広い部屋に出た。

 窓から差し込む月の明かりで照らし出された部屋の中には、チェストや椅子などの小ぶりな家具や、予備のリネン類や食器、掃除道具など、色々な物が置かれてあった。


『ここには隠れる場所がない。他を捜そう』

(いいえ。ここがいいわ。どこに隠れたってどうせ見つかるんだもの。せめて時間稼ぎをしなくっちゃ)


 幸い、この部屋には時間稼ぎに使える物が沢山ある。

 ダニエル兄様やエリス達と遊んだ幼い日々を思い出しながら、私はポケットからナイフを取り出した。

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