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主人公と小さな女の子が酷い目に遭うシーンがあります。ぼかした描写にしているつもりですが、苦手な方は片目をつぶって読むなり、飛ばすなりして対処してください。よろしくお願いします。

 乱暴に扉が開く音がして、どかどかと男の足音が部屋の中に入ってきた。


「目覚めたか?」

「いえ。先程、少し身じろぎされたようですが、まだです」

「ちっ。2時間程度で目覚めると聞いてたんだがな」


 苛々とした落ち着きのない声に不快感だけが高まっていく。


(ねえ、アリア。この声の主がルコントで間違いない?)

『ああ。随分と苛立っているようだ。まずいかもしれないぞ』


 可能ならば話し合いに持ち込んで、少しでも時間を稼ごうと思っていたが、これではちょっと難しそうだ。


「もういい。お前は下がってろ」

「はい。失礼いたします」


 見張りの女性が出て行くのと同時に、足音が近づいてくる。

 これ以上眠ったふりはしていられないと、私はぱちっと目を開けた。


「おや、やっとお目覚めか、アメリア嬢。少しばかり乱暴な招待になってしまったが、もう大丈夫だ。安心してくれていい」


 なんだそれは。

 誘拐して連れてきておきながら、安心しろとは笑わせる。

 ルコントとは一年以上前に一度会ったきりではっきりと顔を覚えていた訳ではないけれど、それでも随分と顔つきが変わっていた。

 粗野な印象はそのままだが、妙にやつれて酷く顔色が悪い。


「……貴方は、確かルコント様でしたか。ここはどこでしょう?」

「私の知人の屋敷だ。誰にも知られていないから安心しろ」

「残念ながら、私には貴方がなにをおっしゃっているのか理解しかねます。――私の侍女はどこです?」


 寝台の上に起き上がり、乱れた髪にそっと手で触れる。

 普通の常識ある男性なら、寝起きを気にする女性をそのままにはしておかない。身支度を調えさせるべく、自分は退室してメイドを呼ぶなりしてくれるところだが、残念ながらルコントにデリカシーを期待しても無駄のようだ。


「おまえの侍女は招いていない。近々こちらで新たな侍女を用意するから、それまで我慢しろ」


『身支度で時間稼ぎはできないようだな』

(そうね)

『仕方ない。とりあえず、今は寝台から離れたほうがいい』


 確かにその通りだと寝台から降りようとしたが、困ったことに靴がない。

 ルコントに履き物を用意して欲しいと訴えたが、必要ないと拒否された。


「邪魔が入る前に婚姻の契りを交わしておこう」

「……本当に、なにをおっしゃっているの?」


 ぞわっと背筋に悪寒が走る。

 最悪の状況が目の前に迫っていることに手が震えたが、弱みを見せないよう努めて平静を装った。


「照れることはあるまい。陛下に救いを求めたのはおまえだろう」

「なんのことです? 私は陛下に救いなど求めておりませんが」

「隠すことはない。私はおまえの協力者だ」


 協力者? 本当にいったいなにを言っているのだ。


「野蛮な砂漠の国には嫁ぎたくないと、陛下に密かに訴えたのだろう? 陛下はおまえを哀れんでおいでだ。そして私におまえを救うようにと命じられたのだ」

「そのようなこと、ありえません! そもそも貴方は、陛下より蟄居を命じられた身ではありませんか」

「あれは世間の目を欺く為の詭弁だ。キールハラルからおまえを救う為には、水面下で動く必要があるからな。だから今だけは汚名を甘んじて受け入れるようにと陛下に言われたのだ」

「……陛下から直接お言葉を賜ったと?」

「いや、書状を賜ったのだ」


 王家の紋章入りの書状だぞと、ルコントが自慢げに言う。


『この男はもう駄目だ。正気ではない。眼球を見てみろ。不自然に揺らいでいるだろう? 肌の色も悪い。たぶん操りやすいよう、帝国の工作員に麻薬か薬物でも投与されているんだ』


 アリアの指摘で、改めてルコントの顔を見ると確かに眼球が小刻みに動いていた。普通の状態じゃないことは一目瞭然だ。

 帝国は、私をこの男に汚させることで、オールモンドとキールハラルの友好に傷を入れるつもりなのか。


「……その書状を見せてはいただけませんか?」


 少しでも時間を稼ごうと頼んでみたが、あっさり断られた。


「後にしろ。今は一刻も早く婚姻の契りを交わさなければ。それが陛下の指示なのだ」

「……ひっ」


 危険を感じて寝台の上から降りて逃げようとしたが、手首をつかまれてあっさり止められた。 

 そのまま、寝台に上がったルコントに上から押さえ込まれてしまう。


「いやっ、放して!」

「なぜ抵抗する? おまえが望んだことだろうに」

「望んでいません! 私の望みは、キールハラルのオズヴァルド様に嫁ぐこと! 貴方の助けなど必要ありません!」


 放してと叫んで、私は暴れた。

 ダニエル兄様の教えを思い出し、目を狙って近づいてくるルコントの顔に指を突き立てる。

 だが残念ながら避けられて、その頬を爪で薄く引っ掻くことしかできなかった。


「ちっ、面倒だな」


 ならば鼻に頭突きをしてやろうと狙っていると、ルコントに首を摑まれた。


『頸動脈か。アメリア! しっかりしろ!』


 ぐぐっと首を絞められ、頭がぼうっとなる。

 それでも私は必死で首を絞めるルコントの手を引っ掻いて暴れた。


「安心しろ。眠っている間にすべてすませてやる」


 嫌だ嫌だ、絶対に嫌だ。

 それなのに、ルコントを引っ掻く指先の力が抜けていく。

 意識がすうっと薄れていく。


(いやっ! 助けてアリア!!)

『アメリア!』


 私の意識は闇に沈んだ。




     ◇  ◇  ◇




 そして次の瞬間、私は闇の中にいた。


 かつて、アリアとはじめて直接会った時は乳白色の空間だったが、ここは真っ黒な空間だった。

 指先すら見えない闇の中、私はぼんやり佇んでいる。


 これは、やはり気を失っている状態なのだろうか?


 絶対に意識を失うものかと最後まで抗っていたせいか、自分では意識が途切れた感覚がない。

 現実からこの闇の中へと、ただすんなりと移動したような感覚だ。

 身体ごとこの闇に移動したのなら良かったけれど、残念ながらここにあるのは私の意識だけ。

 身体は、無防備なままルコントの元にあるのだろう。


(アリア。ねえ、どこにいるの?)


 闇の中で呼んだが、返事はない。

 もしかしたら、私の代わりに、私の身体を動かしているのかもしれない。

 たとえ常に冷静なアリアであっても、非力な女の身だ。

 男の力に抵抗する術はないだろう。

 こうしている今も、アリアが私の代わりにルコントから酷いことをされているのかもしれないと思うと、たまらなかった。


(アリア! こっちに戻ってきて! 貴方が私の代わりに酷い目に遭うことはないわ!)


 何度も叫んだが、私の声が闇に吸い込まれるばかりで返事はなかった。


(……アリア。私、どうしたらいいの?)


 途方に暮れていると、微かな音が聞こえたような気がした。

 その音に意識を集中すると、やがて声が聞こえてくる。


 助けを求めて泣き叫ぶ少女の声が……。


(誰? どこにいるの?)


 周囲を見渡したが闇が広がるばかりでなにも見えない。

 それでも少女の声に意識を集中していると、やがてぼんやりと映像が見えてきた。


 大人の男に酷い暴力を受けて、泣き叫ぶ少女の姿が……。


(駄目。止めて! 止めてちょうだい!!)


 叫んだが、声は届かない。

 近づくことさえできなかった。

 私の周囲にあるのは闇だけで、酷い目に遭わされている少女の姿は、私の意識の中にあるものだから……。


(……あの少女は、アリアなのね)


 あの少女は、生前のアリアだ。そしてアリアは、かつての私。


 なぜだろう。

 私はその事実をすんなりと認識できた。


 あの映像は、前世の私の姿なのだと……。

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