21
お待たせしました。よろしくお願いします。
目覚めた時、私は豪華な寝台に横たえられていた。
ここはどこだろう。
ぼんやりしたまま周囲を見渡そうとした私を、アリアが慌てて止める。
『動いてはいけない。見張りがいる。目覚めたことを気取られるな』
その言葉で、私は意識を失う前の出来事を思い出した。
(私、攫われたのね)
慌てて目を閉じて眠ったふりをしたが、恐怖心から鼓動が早まる。自然と呼吸も荒くなり、身体が小刻みに震えた。
『アメリア、落ち着け。深く、ゆっくりと呼吸をするんだ。大丈夫、ワタシが付いている』
(……わかったわ)
アリアの言葉に励まされ、なんとか呼吸を整えて気を落ち着かせた。
(ここは、どこなの?)
『王城の外だ。さほど移動していないから、まだ貴族街の中だろう』
(時間は?)
『攫われてから、二時間といったところか』
私が気を失ってすぐ、アリアは強引に私の肉体の主導権を握ったのだそうだ。
だが薬物を使われた肉体を動かすことはできず、辛うじて周囲の音を聞くことで状況を把握しようと努めていたらしい。
(エリス達も一緒にここへ?)
『いや、違う』
(それじゃあ……)
一瞬で意識を刈り取るような強烈な薬を使われたのだ。きっとエリスや女性騎士達だって無事では済まなかったはずだ。そして、私に薬をつかった青年が、目撃者である彼らをそのまま放っておくとも思えない。
最悪の事態を想像した私を、アリアは『心配するな』と宥めた。
『彼女達は無事だ。あの愚かな青年はアメリアだけを連れてあの場を立ち去ったからな』
(そう、よかった……。エリス達が無事なら、私が攫われたこともすぐに明らかになるわね)
たとえ、あの青年が偽名を名乗っていたのだとしても、アルフレード様の側仕えだということがわかっているのだから、すぐにでも捜索の手が伸びるはずだ。
『いや、そう簡単にはいかないだろう』
(どうして?)
『あの愚かな青年も犠牲者だったからだ』
王城から私を連れ出した青年は、私の身を外で待っていた男達に引き渡した。そして、私の身と引き換えに、男達から鍵を渡されたらしい。
『その後の男達の会話から推測するに、あの愚かな青年は、あの男達に恋人を誘拐されていたようだ。そして、アメリアの身と引き換えに恋人の居場所を教えると言われていたようだ』
(じゃあ、その鍵はきっと恋人が捕らわれた部屋の鍵なのね)
『……』
(違うの?)
『アメリアの誘拐を企んだ者達が、あの愚かな青年をそのまま解放すると思うか?』
(それは……)
『愚直にも彼は、あの場で堂々と自らの名を告げただけではなく、目撃者である侍女達の口封じをせずにアメリアだけを連れだした。最初から罪を隠すつもりがなかったのだ』
たぶん恋人を助け出した後、すぐにでも出頭するつもりだったのだろうとアリアは推測する。
『だが、そんな甘い考えが彼らに通用するわけがない。あの鍵の部屋で彼を待っているのは、恋人の死体と口止めの為の刃だ』
(では、もう……)
『生きてはいないだろうな。天然王子との婚約が成った今のアメリアは、二国間において最重要人物だ。あの愚かな青年は、アメリアの誘拐に荷担することの意味を真に理解できていなかったのだろう。恋人を奪われて脅された時点で第一王子に相談できていれば、違う結末もあったのかもしれないが……』
(きっと恋人の命を楯に脅されていたのよ)
『だろうな。恋は人を愚かにする。……哀れなことだ』
(それで、私を攫わせた男達は何者なの? やはり帝国の工作員?)
『そうだ』
(では、ここは彼らの隠れ家なのね)
『それは違う』
――ご希望の花をお届けに参りました。
私を連れた男達は、この屋敷で出迎えた者にそう言ったのだそうだ。
『あの愚かな青年のように、帝国の工作員に踊らされている者がいるのだ。ここは、その者の縁者の屋敷らしい』
(ローダンデールの娘を手に入れたいと望む者がいるのね。誰だかわかる?)
『ああ、かつてアメリアが王都を脱出するきっかけを作った男だ』
(ルコント・イスナール?)
『そうだ』
ルコント・イスナール。帝国の工作員に踊らされるまま、一方的に私の恋人だと名乗り出てきた愚かな男。
イスナール侯爵家の嫡男だったが、素行の悪さから跡継ぎの座を弟に奪われそうになり、帝国の工作員に唆されるまま力を得る為にローダンデール侯爵家の娘である私を手に入れようとした。だが、その企みは挫かれ、現在は跡継ぎの座も追われて、領地で蟄居させられているはずだった。
『どうやら、あの卑劣な男を操っていた帝国の工作員は、暗部の手を逃れていたようだな。その工作員の手引きで領地から逃れてきたのだろう』
(企みは続いているのね)
『そのようだ』
(ルコントは、私がキールハラルに嫁ぐことをまだ知らないのかしら)
私とオズヴァルド様との婚約は、正式にはアルフレード様の立太子の儀で発表されることになっている。だが、王城に出入りする人々ならば、すでにその情報を得ているはずだ。そして、それを知っている者は、私を無理に手に入れようとは思わないだろう。
オールモンドとキールハラル、二国間の友好に傷をつけるような真似をしたら、オールモンドの貴族として生きていけなくなるのは確実だから。
(婚約の事実を知れば、すんなり解放してもらえないかしら)
『やれやれ。呆れたな。少しお気楽過ぎるぞ。すでに誘拐しているのだ。アメリアを解放したらその罪が明らかになるだけだ。なんらかの形で口封じをするに決まっている』
(だったらどうすればいいの?)
『帝国の工作員が関わっている以上、命の危険があると考えるべきだ。大人しく助けを待っていても手遅れになる。隙を見て逃げるしかない』
(……そうね)
だが、そう簡単に逃げられるとは思えない。
普通の貴族令嬢に比べて多少は体力があると言っても、所詮は女の身。ひとりでできることなどたかが知れている。
だからと言って、最初から諦めるつもりもない。
なにがなんでもあがいてみせる。
『その意気だ。ワタシもついている。絶対に逃がしてやるからな』
(頼りにしてるわ)
『では、とりあえず今わかっている情報を共有しよう。……とは言っても、音だけでは得られる情報にも限界があるのだがな』
門から玄関までの距離、そしてこの部屋に運び込まれるまでに歩いた歩数からして、ここはそれなりに大きな屋敷だろうとアリアは言った。
『ここは二階だ。一番上等な客室らしい』
(じゃあ、窓から逃げることはできないわね)
『木が近くにあれば、なんとかなるのではないか?』
(どうかしら。ダニエル兄様と一緒に木登りをしていたのは子供の頃よ。大人になった今、自分の力でこの身体を支えられるかどうかわからないわ)
この身体を支えきれる木の幹の太さだって見ただけではわからない。
木を伝って脱出するよりは、ロープを使って降りる方がまだ現実的だ。身体を支えることはできなくとも、滑り降りることぐらいならばできるだろうから。
『そういえば、そういう訓練もさせられていたか』
(ええ。万が一の時に部屋から自力で逃げられるようにって……)
ダニエル兄様は、遊びの中にちょくちょくそういう訓練を組み込んでくれていた。乗馬もその一環だったのだ。
『脳筋従兄殿に感謝だな』
(でも、ロープがないわ)
『代用品を見つけることは可能だ』
ルコントが、このあと私をどう扱うつもりなのか。それが分からなければ具体的な計画を練ることはできないが、それでも、今できる限りの対策をふたりで話し合った。
こういう時、心の中で会話できるのは本当に便利だ。
『あの下劣な男は、真っ先にアメリアの純潔を奪おうとするかもしれない』
ある程度の話し合いを終えた後、アリアが意を決したようにそう指摘した。
なるべく考えないようにしていた現実に、僅かに身体が震える。
『命を守ることを優先するのならば、抵抗せず大人しく従うのもひとつの手だ』
(……そうね)
分かってる。無駄に抵抗することで怪我をして、逃げるきっかけを失ってしまう可能性だってある。
でも、嫌だ。
なんの抵抗もせずに、従わされるなんて真っ平だ。
心底嫌がっていることぐらいは分からせてやりたい。
それに、たとえ純潔を奪われてオズヴァルド様に嫁げなくなったとしても、決してルコントの元には嫁がない。
私から幸せを奪った男の得になるような真似は決してしない。
『ならば、男の急所を教えておこう』
(あ、ダニエル兄様に習ったわ)
ダニエル兄様には、顔を狙えと言われた。鍛えようのない目を指で潰し、頭突きで鼻を潰せと。
『……そうだな。それでいいだろう。やり過ぎて逆上されるのも危険だ』
まずは逃げる為の隙を作りだそうと、アリアが言う。
なにがあろうと、どんな目に遭おうと、決して諦めないで欲しいと……。
『そろそろ日没の時間帯か……。アメリア、薬の影響は残っていないか?』
(大丈夫だと思うわ)
変な痺れは感じないし、特に怠さも残っていない。
『では、そろそろ決めようか』
このまま寝たふりをして時間を稼ぐか、それとも目覚めて相手がどういう態度に出てくるか確かめるか。
どちらを選ぶか相談していると、部屋に近づいてくる、どかどかとうるさい足音が聞こえてきた。
『どうやら決める前に、向こうから来たようだな』
(そのようね)
覚悟を決めて、耳をすます。
品のないうるさい足音は、部屋の前で止まった。
読んでくださってありがとうございます。
誤字報告機能を追加してみました。これって、テストの採点を待つ気持ちに似てるかもw




