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選ばれなかった女。
用済みになって捨てられた女。
今後、社交界では、私のことをそんな風に囁かれるようになるのだろう。
なんとでも言えばいい。これは私自身が望んだ結果だ。なにを言われても構わない。
ただ、婚約破棄(正式には違うのだが)された女というレッテルを貼られたことによる弊害には頭が痛かった。
まず確実に、いわゆる訳あり物件になってしまった私を娶ってやってもいいぞという、上から目線の男達が現れる筈だ。
もちろん親切心からではなく、私を手に入れることでローダンデール侯爵家の権力のおこぼれにあずかろうと期待してのことだ。
もちろん、そんな馬鹿げた話にお父様が応じるはずがない。
王家の法の番人としての立場を守る為ならば、娘である私を切り捨てることすら厭わない人なのだ。下心有りでの婚姻の申し込みなど、一顧だにしないだろう。
そうやって断られて、ただ大人しく引き下がってくれれば良いが、実力行使で既成事実を作って婚姻に持ち込もうとする不埒者が現れる危険性もある。
だからこそお父様は、そんな面倒事を避ける為に、アルフレード様が婚約者を決めたら速やかに家に戻るようにと命じられたのだ。
もうひとつの弊害、これは私自身の心持ちに関わる問題だ。
これからの私には、アルフレード様に選ばれなかった女という、ネガティブなイメージがどうしてもついてまわることになる。
私があのふたりの側にいれば、人々はアルフレード様が婚約破棄をした(既定路線である婚約内定取り消しだけど)ことをどうしても連想してしまうだろう。
そして連想する度に、あのふたりの幸せは、この私の不幸の上に成り立っているのだと密かに囁かれ続けることになる。
なんて不愉快なことだろう。
私の存在が、あのふたりの幸せにほんの少しでも翳りを落とすなんて、私には耐えられない。
だからこそ、私は一刻も早くこの場から消えなくてはならなかった。
『せめて第一王子の陛下への報告が、卒業式の後なら。卒業式を目前にして学舎を去らなければならないなんて悔しすぎる』
そんな溜め息混じりの声が心の中で響く。
まったくねと、私も心の中で呟き返した。
◇ ◆ ◇
その夜、寮の部屋にフローリア様が訪ねて来た。
「アルフレード様とのご婚約が国王陛下に認められたこと、お喜び申し上げます」
微笑んでそう告げると、フローリア様は、ほっと安堵していた。
「ありがとうございます。アメリア様に祝福していただけて本当に嬉しいです」
「当然です。なにしろここにいる私は、フローリア様の夢の中の『悪役令嬢』とは別人ですからね」
「まあ、アルフレード様が話したんですね?」
「ええ。夢の中の私は、とっても苛烈な性格なんですって? 性格が違うと、顔つきも変わるものですか?」
「そうですね。夢の中のアメリア様は、いつも、こう……くいっと顎を上げて、見下すような鋭い目線を人に向けていました。ヘアスタイルも今と違って、こう……くるくるっとドリルのように見事な縦ロールだったんですよ」
「縦ロールですか。それは、毎日のセットが大変そうな……」
私の髪は黒で、生まれつき軽くウェーブが掛かっている。ちなみに、瞳はアメジストのような紫だ。
顔立ちは、若い頃は王国一の美女との誉れ高かったお母様に似ている。少々つり目がちなせいで無表情だと冷たそうに見えるのが気になるが、それ以外は特に問題もなく、なかなかの美人だと思う。
ヘアスタイルには特にこだわりはない。侍女のエリスに任せっぱなしで、普段は両サイドを軽く編み込み、残りはゆったりと背中にながしている。
とはいえ、エリスから縦ロールを勧められても断るだろう。
わざわざコテをつかって髪を巻くなんて時間が掛かるだろうし、面倒だとしか思えないからだ。
夢の中の『悪役令嬢』の私は、随分とマメな性格らしい。
「夢の中のフローリア様は、今と同じ姿ですか?」
ふと気になって聞いてみた。
フローリア様はあからさまに狼狽えて、うす桃色のさらさらストレートの髪の毛を両手で押さえた。
「違うんですね?」
「ええ。……あの、笑わないでくださいね? 実を言うと、夢の中の私……ツインテールにしているんです」
フローリア様は、恥ずかしそうに真っ赤な顔でそう言った。