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「おまえが本心からキールハラルに嫁ぐことを望むのならば認めよう」


 お父様はあっさりオズヴァルド様との婚姻を認めてくれた。

 まるでオズヴァルド様を試すかのように、婚姻を認める為の条件をあれこれ言いつけていたから、きっとすんなり認めてもらえないだろうと覚悟していただけに拍子抜けした。


『父上殿の足を見てみろ。貧乏ゆすりをしているぞ』

(貧乏ゆすりって?)

『欲求不満やストレスを無意識に発散する行為のことだ。本心では認めたくなくて苛々しているのだろう』

(まあ、お父様ったら……)


 結婚を認めてもらえたことはもちろん嬉しかったし、ひとり娘である私を手放したくないと惜しんでくださることも嬉しい。


「認めてくださってありがとうございます」


 私は素直にお父様に感謝した。……のだが、数日後にはその感謝を少しだけ取り下げたくなった。

 せっかくオズヴァルド様との婚姻が正式に成立し、アルフレード様の立太子の儀で国内外にも婚約を公表することが決定したというのに、私はあれ以来オズヴァルド様と一度も会えずにいる。

 お兄様やラルコから聞いた話では、オズヴァルド様は王城で立太子の儀の準備を手伝っているらしい。それもお父様の差し金で……。


『実に往生際が悪い。まあ、娘を奪っていく男への意趣返しといったところか。大目に見てあげなさい』

(わかっているけど……)


 それでも互いの想いがやっと通じ合えてから、まだ一度も会えていないのだから、ちょっと恨めしい。


 そしてそんなやり取りの中、私もまた忙しく日々を過ごしていた。

 立太子の儀に着るドレスの最終調整と、嫁入りの支度をしなくてはならないからだ。


「これならば、当日にコルセットをきつめにすれば大丈夫でしょう」

「そのようね。領地の暮らしで少しふっくらしたと聞いていたから心配していたのよ。花嫁衣装の方は、少し余裕を持って仕立てましょうね。ただでさえ緊張しているのに、コルセットで締めつけられては倒れてしまいかねませんからね」

「そうしていただけると、とても助かります」


 私は、お母様と仕立屋さん相手に、しおらしく頭を下げる。

 この短期間の間に、国王陛下の命令でオズヴァルド様と私の結婚式が、オールモンドでも行われることが決定していた。

 日取りは、立太子の儀からちょうど一月後。

 結婚式の後、キールハラルの一行と私とで盛大にパレードを行い、そのまま王都を旅立ってキールハラルへ向かうという流れだ。


 王太子の婚約内定者という立場から解放された時には、アルフレード様やフローリア様の禍根にならぬよう、ひっそりと隠れるようにして生きていかねばならないと覚悟していた。それが、こうして愛する人と結ばれて、沢山の人々に祝福されながら華々しく旅立てるだなんて、まるで夢のようだ。


(……これ、本当に夢だったりしないかしら……)

『安心しなさい。天然王子と会えずにいるせいで実感がないのかもしれないが、確かに現実だ』

(そうよね。よかった)


 心から愛する人と結ばれる。

 私が夢のような幸せに酔いしれていると、思いがけずフローリア様から手紙が届いた。

 立太子の儀では、フローリア様もアルフレード様の婚約者として国民の前で挨拶をすることになる。その準備で忙しいだろうと思って、こちらから連絡を取るのは控えていたのだが……。


(立太子の儀の前に、どうしても私と直接会って話したいことがあるんですって……。それに、アルフレード様も私に会いたがっているって)

『あの娘、以前の手紙で、立太子の儀にアメリアが出席しないと王国に大変なことが起こるかもしれないと書いて寄こしただろう。それがらみではないか?』

(それなら、話を聞いて、フローリア様を安心させてあげたほうがいいかもしれないわね)


 学園の卒業式で、アルフレード様との婚約が発表されたフローリア様は、コール伯爵家の庶子という身分では王太子の婚約者となることは難しく、現在では大公家の養女となっている。

 そして王城に部屋を賜って、そこで王妃教育を受けながら暮らしていた。


(王城で、偶然オズヴァルド様にお会いできるかもしれないわ)

『あの広い王城で、なんの約束もなく会うのは難しい。希望的観測はお勧めしない』


 アリアの冷静な忠告は聞き流し、フローリア様へ使者を立てて訪問の日取りを決める。

 やはりフローリア様も忙しいようで、指定された日付は立太子の儀の二日前だった。





 その日、屋敷を出た私は、馬車に付き添う騎士の数に驚いた。


「お母様の護衛達までいるなんて……。どういうこと?」

「お嬢さまの身を守る為です。前のような失策は決して許されませんから」


 今度こそお守りしますと、真剣な面持ちで私の護衛隊長が言う。

 過敏になりすぎではないかしらと思いながら、私はエリスの手を借りて馬車に乗った。


『結婚が決まって浮かれすぎだ。アメリアが毒を受けたのは自分のせいだと天然王子が言ったのを忘れたのか?』

(え? ……あ、ああ! そうね。そうだったわ)


 帝国は、オールモンドとキールハラルの間の婚姻を阻止する為に、私に『花嫁殺し』を使った。

 まだ危機は去ってはいなかったのだ。


(これからもずっと狙われるのかしら……)

『その危険はある。だが、婚約が発表されれば危険も半減するだろう』

(どうして?)

『ただの侯爵令嬢を害するのと、天然王子の婚約者を害するのでは意味合いが変わってくるからだ』


 私達の婚姻は、オールモンドとキールハラル、両国にとって友好の証となる。

 婚姻が公式に発表された後に私が害されるようなことになれば、両国の関係にとって大損害となる。

 これは今までのような挑発行為とは違い、歴然とした敵対行為だ。当然、両国は本気で主犯を炙り出しにかかるだろう。

 密かにオールモンド国内に食い込もうと企んでいる帝国にとって、それは面白くない事態だろうとアリアが言う。


『現状、帝国は両国と目に見えるカタチで敵対するつもりはないように思える。だから、正式に婚約を発表しさえすれば安全になるはずだ』

(あら。だったら、今は出掛けない方がよかった?)

『そうだな。だが、あの娘だけならともかく、第一王子からまで誘われているのでは断るわけにもいくまい』

(それもそうね)

『とにかく油断はするな。幼馴染みの侍女を常に側に置き、護衛隊長の目の届く場所にいろ』


 王城にある物には迂闊に素手で触れないよう、食する物は毒味されたもののみにすること。

 アリアが執拗にくどくどと王城での注意事項を言い続ける。

 さすがにこれは聞き流せない。

 私はしつこすぎる注意を、大人しく聞き続けていた。



 王城に到着し、フローリア様の賜った部屋に案内される。

 今代の国王の御代では後宮を廃止しているが、それでも王妃や王女の住まう一画は、決まった護衛騎士以外の男性の侵入を禁じている。

 フローリア様の賜った部屋もその一画にあり、残念ながら私の護衛隊長達とはここで離れなければならなかった。


「ご安心ください。ここからは私どもがお守りします」


 代わりに私の護衛を務めてくれるのは、普段お母様に付き従っている女性騎士ふたりだ。

 お父様自ら選出した方々だと聞いている。護衛隊長も信頼しているようだし、実力的には問題ないのだろう。


「よろしくお願いします。――エリスもよろしくね」

「はい」


 フローリアの部屋のドアが開き、中へと招き入れられる。

 そこは明るく、ほっとする雰囲気の部屋だった。

 華やかさはないが品の良い落ち着いた調度類、大きな窓からは外光が燦々と取り入れられ、広々とした部屋のあちらこちらに瑞々しい花々が飾られてかぐわしい香りがする。

 ひとめ見て、フローリア様が大切に扱われているのがわかった。

 私がほっとしていると、突然、フローリア様が駆け寄って抱きついてきた。


「アメリア様! お会いできて嬉しいです」


 淑女教育や王妃教育の進捗状況はどうなっているのか。

 そんなもの構っていられないほどに再会を喜んでくれているのかも知れないが、さすがにこれはよろしくない。


「私もです。フローリア様。――ですが、場をわきまえないと。ここは学園ではありませんよ」

「あ、そうでした。私ったら……」


 こっそり耳元で忠告すると、フローリア様は周囲の侍女達の存在を思い出したのか、悄々と恥ずかしそうに頬を染めた。

 初々しくてなんとも可愛らしい表情に、ちょっとほっこりしてしまう。


「久しぶりの再会なんだ。大目にみてやろう。おまえ達は下がっていなさい」


 私と同じように感じたのか、フローリア様の後ろから姿を現したアルフレード様も、微笑ましそうな表情を見せていた。

 アルフレード様の指示で、信頼する侍女や側仕え以外の者達が部屋から姿を消した。

 それを確認したアルフレード様は、改めて私に向き直ると、深々と頭を下げた。


「アメリア、君には本当にすまないことをした」

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