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「この中から誰かひとりを選べと言うのなら、やはりアメリアを選びます。でもアメリアに恋はしていないから、婚約者にはできません」
婚約者選定の儀で、アルフレード様はそう言った。
王位継承権を持つ王子は、五歳で婚約者候補を三名選び、十二歳で婚約者を決定する。
これは、建国以来引き継がれてきた王家のしきたりだ。
王族として産まれた以上、しきたりは守らなければと周囲の者達は説得したが、アルフレード様は頷かなかった。
「僕も、父上のように、愛する人を妃に迎えたいのです」
国王夫妻も、かつてしきたり通りの手順で婚姻したが、その仲むつまじさは国民皆に知られているほどに有名だ。
王家の歴史を振り返っても、国王夫妻の仲が良かったと言われている時代は穏やかな治世であることが多く、逆に複数の側妃が存在する時代は乱世となることが多いように思えるんです。そんな風に、アルフレード様は国王夫妻を説得した。
実際の話、側妃が多く存在するのは、その時代の貴族の派閥バランスが乱れていたせいだ。それ以前に、王族の力が弱まっていたからこそ、側妃を娶れと圧力を加えてくる貴族達を抑えられなかったのだとも言える。
まだ幼かった頃のアルフレード様の発言は問題の本質から少々ずれていたが、両親こそが自分にとっての理想の夫婦だと、愛息子から憬れの目で見つめられた国王夫妻の心を動かす力は充分にあったようだ。
「それなら、立太子の儀まで猶予を与えよう。それまでに皆を納得させられる婚約者を見つけられなければ、王家が用意した婚約を受け入れるように」
立太子の儀は、第一王子であるアルフレード様が、十七歳で学園を卒業した直後に行われることになっている。
この決定にアルフレード様は大喜びしたが、その場にいた宰相達はそれは困ると顔を青くした。
王位継承権を持つ男子にこんな面倒な婚約のしきたりがあるのは、他国との縁組みを避ける為だ。
建国以来平和を享受しているオールモンド王国だが、広大な山脈に隔てられた向こうには国力に勝る大国が存在している。
山脈の存在が自然の要塞として機能している為に実力で侵略される心配はほぼなく、海路による細々とした交易のみが行われている状態だが、縁組み等が行われることで内部から侵略されていく危険性はある。
隙は見せられないのだ。
その後の話し合いで、他国からの縁組みの打診を拒む理由とする為に、私がアルフレード様の婚約内定者になることが決まった。
そして、アルフレード様が立太子の儀まで自力で婚約者を得られなかった場合は、そのまま私と正式に婚約することになる。
アルフレード様が自力で婚約者を得られた場合は、婚約の内定は取り消しとなる。
つまり私は、十七歳まで王家にキープされることになってしまったのだ。
中途半端な状態で拘束されることになったものの、私にも利はあった。
そもそも我がローダンデール侯爵家にとって、王家からの婚約の打診は迷惑な話でしかない。
もしも正式に婚約者として選ばれた場合、侯爵家が王太子妃となった私の後ろ盾になることはないとも言われていた。
お父様は、法の番人としての公平性を守る為に、王族入りした娘と絶縁することも止む無しと決断されていたのだ。
私自身、少々変わったところのある自分には王太子妃は務まらないだろうと思っていたし、親しくしている一族の者達と絶縁するのは嫌だった。
婚約内定者というイレギュラーな期間を得られたことで、私もまたアルフレード様同様に猶予期間をもらえたのだ。
私は王太子妃になどなりたくなかった。
だってアルフレード様は、私に恋をしていないと断言したのだから……。
そんな状態で一族から引き離されてしまったら、きっと私は孤独な人生を送ることになってしまう。そんな悲しい予感もあった。
だからこそ私は、学園に入学してからは、アルフレード様が婚約者を探す上での最高の協力者になったと自負している。
アルフレード様が自分の意志で婚約者を選ぶと周知された途端、アルフレード様に群がってきた肉食系令嬢達への壁役になって、ぼろぼろになったことだってあるぐらいだ。
そして今、アルフレード様はかつての望み通り、愛する者を婚約者に選ぶことができた。
それに伴い、私も婚約内定者の座から解放された。
ただし婚約内定者の立場を失ったことで、私の名誉が損なわれることは避けられない。
婚約者に選んでもらえずに捨てられた、惨めな女だと……。
説明回。
千文字程度を目指して書いていると、どうしても山もオチもない平坦な回も発生しますね。辛い。