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「私の気持ちを、受け取ってもらえるだろうか?」

「はい。ありがたく頂戴いたします」


 緊張した顔で言うオズヴァルド様に、私はすんなり頷いた。

 これが、自分でも知らぬ間に身代わりを務めた報酬だというのなら、受け取るべきだろうと思ったからだ。


「ありがとう、()()夜の女神よ。この先、決して貴方を危険な目には遭わせない。私が貴方を守りぬくと白銀の太陽神に誓う」

「まあ……」


 誓いを立てるオズヴァルド様は、眩いばかりの笑顔だ。

 私は、神に誓うなど大袈裟すぎですと言おうとしたが、それより先にオズヴァルド様からぎゅうっと抱き締められてしまった。


「オ、オズヴァルド様?」


 婚約者同士ならともかく、身分ある未婚の男女がこのように身体を寄せ合うなど、ダンスを踊る時以外では許されない。

 突然のことに狼狽えてしまったが、それでもこの腕の中から逃げる気にはなれなかった。

 こんな風に抱き締めて貰えるのも、きっとこれが最初で最後の機会だろうから……。


 オズヴァルド様の胸に頬を寄せ、抱き締める強い腕の感触にうっとりしていた私は、不意に腕を捕まれオズヴァルド様から引き離された。


「失礼。侯爵様にご報告できないような真似は、どうかお慎みを」


 引き離したのは私の護衛隊長だった。

 お父様が見ている前でも同じことができるのかと、オズヴァルド様に言いたいのだろう。

 オズヴァルド様も、さすがに正気に戻ったようで私に向けて広げたままだった手をしぶしぶながらも下ろした。


「そうだな。迂闊な真似をしてローダンデール侯爵のご機嫌を損ねたら大変だ」

「はい。明日は朝早い出発になります。お二人とも、そろそろ就寝の準備を」


 護衛隊長がそう言った途端、従者や侍女達が現れて、私達を引き離すようにして城の部屋へと連れ戻してしまった。

 どうやら皆、こっそり隠れてついてきていたらしい。

 失恋したところを盗み聞きされていたなんてあんまりだ。

 それにきっとあれが最初で最後の抱擁だったのに、途中で引き離すのも酷すぎる。

 こういうことを、確かアリアは『空気が読めない』と言っていたような気がする。

 そのアリアはというと、やっぱり空気が読めずにいた。

 私が自分の失恋を確信した頃から、ずっと『ンンッ!』と何度も咳払いをし続けていたのだ。

 うるさくて、失恋気分に浸ることもできやしない。


(風邪でも引いたの?)


 侍女達に自室に連れ戻され、入浴しながら私は心の中のアリアに話しかけた。


『肉体のないワタシが、風邪などひくはずないだろうが』

(そういえばそうね……。だったら、どうしたの?)

『それはこっちが聞きたい! アメリアはどうして一足飛びに失恋したなどと考えるのだ?』

(どうしてって……。だって、そうでしょう? オズヴァルド様は、花嫁を見つけられたとすでに本国に公表なさっているのよ)

『本人が花嫁にしたい者を見つけただけで、まだプロポーズしてないかもしれないぞ』

(ぷろ……ぽーず?)

『求婚のことだ』

(ああ、そういう意味。……その可能性はないと思うわ)

『ある! あの天然王子だぞ。一目惚れした相手を花嫁にすると勝手に決めて、自分がふられる可能性も考えずに勝手に本国に報告したかもしれない』

(まあ……。無邪気なお方だから、そういうこともある……のかしら?)

『ある。諦めるのはまだ早い。少なくともワタシは、あの末っ子王子は、出会ったときからアメリアのことを特別扱いしているように感じている』

(……やめて頂戴。もういいのよ)


 恋したお方に選ばれない。

 そんな悲しみを二度も経験した。

 三度も同じ悲しさを味わいたくない。


『三度目の正直ということもある』

(なあに? どういう意味?)

『最初の二回は失敗しても、三回目にはうまくゆくこともあるという諺だ』

(まあ、素敵ね。……でも、いいの)

『臆病になりすぎては、目の前の幸せを摑み損ねてしまうぞ』

(もう、アリアったらちょっとしつこいわよ。なぜ自信満々にそんなことを言うの?)

『末っ子王子は単純だからな。言動を見ていれば自然と分かることもある』

(オズヴァルド様の言動?)

『そうだ。アメリアは、自分が特別扱いされていると感じなかったか?』

(夜の女神に似たこの髪と瞳のお陰で特別扱いしていただいているけれど、私個人には友情以上の感情は持っておられないと思うわ)


 夜の女神の現し身として特別視して讃えられているだけだ。

 男性が愛する女性に向けて囁く甘い言葉だって、一度も聞かされたことはない。


(アルフレード様の時と一緒よ。オズヴァルド様にとって、私は良き友人なの)


 王都に戻れば、きっとオズヴァルド様の花嫁となる令嬢とも顔を合わせることになるだろう。

 このままオズヴァルド様に心を残していては、その時に心から祝福してあげることができなくなる。


 アルフレード様がフローリア様を選んだと聞いた時は笑顔で祝福できた。

 オズヴァルド様の時にも笑顔で祝福できるよう、きちんと心の整理をつけておきたい。


『ワタシが思っていた以上に、第一王子とのことで、幼い日のアメリアは傷ついていたんだな。――わかった。今日のところはこれで引こう。だが、忘れないでいて欲しい。ワタシの存在意義はアメリアを幸せにすることだ。おもしろ半分で説得しているわけではない』

(……ありがとう)


 自分の幸せを願ってくれる存在が心の中にいる。

 それの、なんと心強いことか。

 恋愛運はないけれど、それ以外のことに関しては、私は本当に恵まれている。


 今もこの浴室には侍女達が複数人いて、王都への旅の間は満足できる入浴はできないだろうからと、髪や身体を洗ったり丁寧にマッサージしたりとあれこれ世話を焼いてくれている。

 私が王都に戻ってしまったら、またお世話できなくなるからと、とても名残惜しそうに……。


「お嬢さまのお好きな、ナッツ入りのクッキーとヌガーを荷物に入れておきましたから、馬車の中でお食べになってくださいね」

「ありがとう。嬉しい」

「あら、でもお好きだからって食べ過ぎちゃ駄目ですよ。せっかく体重が元に戻ったんです。このまま維持してくださいね」

「お嬢さまを痩せさせる為に、腕が筋肉痛になるぐらい皆で揉みまくったんですからね。私達の苦労を無にしないでくださいませ」


 あら? 毒を排出する為だけに、蒸して揉んだわけじゃなかったの?


「立太子の儀まであまり日にちがないのでしょう? 今お太りになられると、向こうで用意している儀式用のドレスが着れなくなってしまいますからね」

「そうそう。王都の屋敷に戻ってから、三人がかりでギリギリとコルセットを締められることになりますよ」

「……気をつけるわ」


 親身になって心配してくれる人達に囲まれて……とても幸せだと思う。

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