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ネックレスの中央にはめ込まれた雫方の大きなアメジストが、月明かりでもはっきりとその紫の色が分かるほど鮮やかに輝いている。
全体的に流水を摸した彫金が施されていて、その所々にキラキラと小さなルビーの粒が光っていた。
「お祖母様から譲り受けた大粒のアメジストをふたつに割って、そのネックレスとこのイヤーカフを作ったんだ」
オズヴァルド様は再びバッグから小箱を取りだす。中には、耳の三分の二を覆うほどの大きさのイヤーカフが入っていた。
やはり流水を摸した彫金が施された一品で、その所々にアメジストとルビーの小さな粒が輝いている。
「どうだ? 似合うか?」
馴れた仕草でイヤーカフを左耳に装着したオズヴァルド様が自分の耳を指差す。
そのお姿は、うっとりするほど美しい。
オズヴァルド様の手首には私と同じように、かつて王都でフローリア様からいただいた、四種の宝石を使った皆とお揃いのブレスレットも輝いていた。
「はい。とても……。これも、お揃いの品なのですね」
「そうだ。アメリアと私、ふたりだけの大切な記念の品だ」
お揃いのブレスレットは学園で共に過ごした友情の証。
ならば、このネックレスも同じ意味なのだろう。
だが、友情の証にしては、このネックレスは値が張りすぎた。
オズヴァルド様の祖母といえば、キールハラルの皇太后様だ。そのお方から譲り受けた宝石ならば、価値は計り知れない。
特にキールハラルでは、夜の女神の瞳の色であるアメジストの人気が高いと聞いている。これだけ大粒のアメジストならば、かの国ならば国宝級の扱いを受けている可能性だってある。
私がそれとなくそのことを告げて、お気持ちだけ有り難くいただきますとネックレスの箱を返そうとすると、オズヴァルド様は私の手ごと箱を摑んで首を横に振った。
「これは私の想いそのもの。どうか、返すなどと言わないで欲しい」
「ですが、あまりにも高価過ぎて……」
手を握られ、至近距離から瞳を覗き込まれて、頭がぼうっとなる。
ずっとアルフレード様の婚約内定者だったせいもあって、私は男性に対してあまり免疫がないのだ。
手を握る相手が、密かにお慕いするお方なのだから、なおのこと……。
「だからこそ、オールモンドの夜の女神であるアメリアに相応しい。――貴方が毒を受けたと聞いて、私は自分の迂闊な行動を心の底から後悔したんだ。二度とこのようなことがないようにすると誓う。どうかこの品を受け取って欲しい」
「私が毒を受けたことを、どうしてご自分のせいだとおっしゃるんですか?」
私の問いに、オズヴァルド様はハッとしたように身を引いた。
手を包んでいたオズヴァルド様の温もりが離れてしまって、すこし寂しい。
「本当に私のせいなのだ。私が迂闊にも、オールモンドで花嫁を見つけたと本国に向けて公表してしまったから、貴方が狙われてしまったんだ」
「まあ、そのようなことが……」
オズヴァルド様には、既に心に決めたお方がいる。
その事実に、私はガツンと頭を打たれたような衝撃を受けた。
滲んだ瞳に気づかれないよう視線を落とすと、箱を持つ手がブルブルと小刻みに震えている。オズヴァルド様に気づかれないよう、その手をそっと下ろした。
この一年、学園で学んだオズヴァルド様は、王族同士ということでアルフレード様とよく行動を共にしていた。
アルフレード様の婚約内定者という立場上、その側にいた私もやはり一緒だったが、オズヴァルド様がどなたかと恋に落ちていたとはまったく気づかなかった。
「キールハラルとオールモンドとの婚姻を、快く思わない者達がいるのですね」
キールハラルの王族がオールモンドから花嫁を得れば、ふたつの国の絆は更に深まる。
有事の際、距離がありすぎて武力的な協力は望めなくとも、キールハラルもオールモンドも豊かな国だから、互いに経済的な後押しならば可能だ。
国土拡大を狙う帝国にとって、この婚姻は望ましいことではないのだ。
「アルフレードの婚約内定者を降りた今、それ以外にアメリアが狙われる理由は思い当たらない」
「そういうことだったのですか……」
王都から脱出する際、執拗に追われたこともそうだが、領地に帰ってもなお私が狙われて毒を盛られたことに、トロン兄様は違和感を覚えていたようだった。
長期的展望でオールモンドを狙う企みの一環などではなく、私個人を狙っているのではないかと……。
その理由が思い当たらなかったせいで疑惑どまりだったが、どうやらトロン兄様の考えが当たっていたようだ。
キールハラルの末っ子王子であるオズヴァルド様がオールモンドから花嫁を娶ることを知った帝国側は、婚姻を阻止する為に花嫁となる娘を狙うことにしたのだろう。
そして、その花嫁候補とみなされたのが私だったのだ。
とても光栄だが、なんと迷惑な勘違いだろう。
ずっとお側にいた私でさえ、オズヴァルド様に恋の相手がいたことに気づかなかったぐらいだから、帝国側も花嫁候補を限定するのに苦労したのかもしれない。
アルフレード様との関係上、オズヴァルド様に比較的近い位置に居た令嬢は、私とフローリア様だけだ。
そして、アルフレード様が正式な婚約者としてフローリア様を選んだことで、フリーになった私が恋のお相手として浮上してしまったのだろう。
アルフレード様の婚約者が決定したと王城で噂になった直後のタイミングで、私が狙われるようになったのもきっとそのせい。
私は、ふと持っていたネックレスの箱に視線を向ける。
先程オズヴァルド様は、私が毒を受けたと聞いて自分の迂闊な行動を心の底から後悔したとおっしゃった。二度とこのようなことがないようにすると誓ってくださった。
そして、その上で、この品を受け取って欲しいとおっしゃった。
つまりこのネックレスは、真にオズヴァルド様が愛する者の身代わりとして狙われた私に対する、お詫びとお礼の気持ちなのだろう。
自分の迂闊さで危険な目に遭わせて済まなかった。そして、愛する者の身代わりになってくれてありがとう、と……。
愛する人の命の代価なのだと思えば、これだけ高価な品を贈りたがる気持ちも分かる。
このネックレスは、私が命を賭けたことにたいする正当な報酬だったのだ。
そういうことならば、このネックレスを受け取らなければ逆に失礼に当たるだろう。
(愛する人の身代わり……か)
アルフレード様の婚約内定者としての役目を果たす為にずっと生きて来た。
自分の恋を後回しにして、アルフレード様が真に愛するお方の手を取れるよう、その恋を応援し続けた。
無事にお役目を果たし終え、自由の身に戻って自らの恋に向き合った途端にこのような目に遭うとは……。
(……また、ふられてしまったわね)
二度目の恋でも私は選ばれなかった。
その代わりに、こうしてまた恋した人からの友情と感謝の気持ちは与えられた。
なんと、私らしい恋の終焉だろう。
ネックレスが入った箱が、手にずっしりと重かった。
……ハッピーエンドですから。




