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――きっと、私のせいだ。
思いがけないオズヴァルド様の呟きに、私は呆然とした。
私が毒を受けた原因がオズヴァルド様にあるかもしれないだなんて、一度も考えたことはなかったから。
「あの……オズヴァルド様、今の言葉はどういう意味なのでしょう?」
これは聞き流してしまっていいことではない。
私が問いただすと、オズヴァルド様は「実は……」と言いかけて、ふと口を閉ざし、周囲をぐるっと見回した。
その仕草につられて私も視線を巡らせると、同じ船に乗っているオズヴァルド様の従者や護衛達が、なぜか私達に注目しているようだった。
距離もさっきまでより少し近くなっていて、もしかしたら私達の会話をなんとかして聞こうとしていたのかもしれない。
彼らの立場上、主である私達に常に意識を向けるのは当然だが、故意に盗み聞きしようとする態度はあまりいただけない。
オズヴァルド様もそう思ったのか、じろっと主に自分の従者のラルコを睨んでから、私に視線を戻した。
「ここでは少々障りがあるようだ。話の続きは、後ほど場所を変えて改めて」
「わかりました」
とても気になるが、さほど広くない船の上では皆から離れることもできないのでしかたない。
その後は、毒のことはなるべく意識の外に追いやってゆったりと船遊びを楽しんだ。
天気も良く風も穏やかで、水晶湖の湖面が日差しを受けてキラキラと光る。
水が貴重な砂漠の国で生まれたキールハラルの皆さまにとって、清浄な水を豊かに湛えた水晶湖での船遊びは夢のような体験だったようだ。飽くことなく眩く輝く湖面を眺め、透明度の高い湖水を何度も褒め称えてくださった。
私も、子供の頃から慣れ親しんできた水晶湖を皆さまに気に入っていただけたことが嬉しく、そして誇らしくてならなかった。
とはいえ、やはり先程の話がどうしても気になる。
オズヴァルド様が、他の皆には聞かせたくないような話とはなんだったのだろうか?
ついつい私の思考がそちらに向かう度、心の中のアリアが溜め息をつく。
なあに? と聞いても返事はない。
わざとらしく溜め息をついておきながらだんまりだなんて、最近のアリアはやっぱり意地悪だ。
◇ ◆ ◇
叔父様の一家もまじえたオズヴァルド様との晩餐は、和やかで楽しいものとなった。
巨大魚のポワレやエサに拘って育てた牛肉のステーキ等、我が領地の誇る最高級の素材を使ったメニューの数々にオズヴァルド様は目を輝かせ喜んでくださった。ことのほか、最後のデザートはお気に召していただいたようだ。
「これが氷菓子か……。舌の上でとろりと蕩けるのがたまらないな。うん、これは美味い。できればキールハラルの民に食べさせたいが、可能だろうか」
「残念ながら無理だと思います。この氷菓子を作るには大量の氷が必要なのです。オールモンドの王都でも夏場は難しいので、キールハラルではとても無理でしょう」
ヴィロス城近くの山岳地帯にはいくつか天然の洞窟があり、そこを水晶湖の氷を保存する氷室としていた。だからこそ夏場でも氷菓子を提供できる目処が立つのだ。
「あの大きな湖が凍るのか……。想像もつかない」
「雪はあまり降りませんが、寒さはとても厳しい地なのです。夏場にふんだんに氷を楽しめるのは、冬場の寒さを耐えたご褒美だと言う者もいます」
「そうか。色々な土地があるのだな。――そういう話を聞く度に、国を離れ、オールモンドに留学して良かったと思う。ここで得られた知識や経験、人との繋がりは、私の一生の宝だ」
しみじみとした口調でオズヴァルド様が語るのを聞いて、軽く鼓動が跳ねた。
私との繋がりもまた、一生の宝と思ってくださるのだろうか?
オズヴァルド様の記憶に私の存在が一生残ることができたなら、それはなんと幸せなことだろう。
晩餐を終えた後、私はオズヴァルド様に誘われて、再び水晶湖に向かった。
ヴィロス城の庭にも通じている整備された湖畔の遊歩道を、ふたり並んでゆっくりと歩く。
護衛達は、オズヴァルド様のご命令で少し距離を開けて、周囲を警戒してくれている。
「見てくれ、アメリア。ほら、あれ! 北辰の輝きだと思わないか?」
立ち止まったオズヴァルド様が、湖面を指差した。
――三日連続で恋人と共に、水晶湖に映る北辰の輝きを見つけることができたなら、そのふたりは結ばれる。
晩餐の席でこの地に伝わるそんな言い伝えを聞いたオズヴァルド様は、自分も北辰の輝きを見つけてみたいと張り切っていたのだ。
湖面を見つめる横顔は神秘的なまでに美しいのに、その赤い瞳の輝きは好奇心いっぱいの無邪気な子供のようでとても微笑ましい。
実際に、この言い伝え通りに結ばれたカップルは多い。
だが、本当に北辰の輝きを見たのかと聞かれて、確信を持って頷く者はほとんどいない。
大きな月ならともかく、小さな星の輝きを湖面に見つけるなど至難の業だからだ。
それでも皆、この言い伝え通りに愛する者と結ばれる為に、北辰の輝きを湖面に見つけだす。
きっとあれがそうだと故意に勘違いしているだけで、決して嘘をついているわけではない。
幸せになるためには、時には真実から目を背ける必要もあるようだ。
だから私も、ほんのひととき幸せな夢を見るために、オズヴァルド様の言葉に微笑んで頷いた。
「私もはじめて見つけました。今晩はほとんど風がないせいか、星の輝きも捜しやすいようですね」
「やはり、風が吹くと難しいのか?」
「はい。ほんの些細な風でも湖面が波打ってしまいますから……。だからこそ、三日連続で見つけることに価値があるのですよ」
「そうか。明日にはこの地を離れなければならないのが口惜しいな。できれば三日連続で挑戦してみたかったのだが」
「……本当に残念ですね」
だが、一晩だけのことだから、こうして他愛のないお遊び気分で楽しく北辰の輝きを捜すこともできるのだ。
愛する者が側にいなくては、三日連続で星を捜したところで虚しいだけだろう。
「残念と思ってくれるか?」
「はい」
もちろん、私は残念だ。
これが他愛のないお遊びだと分かっていても、オズヴァルド様と共に北辰の輝きを捜せることがとても楽しく、幸せだから……。
そう思った途端、心の中のアリアがまたわざとらしく溜め息をつく。
なあに? と聞いても、やはり答えない。意地悪め。
「それならば、これを受け取ってもらえないだろうか?」
オズヴァルド様は、腰につけていたバッグから箱を取りだした。
夜目にも鮮やかな紫色のビロード貼りの箱の蓋を開けて、私にその中身を見せる。
「まあ、なんて美しい……」
そこには、見事なアメジストの首飾りがあった。
更新遅れ気味でごめんなさい。
GWで浮かれ過ぎて疲れちゃってました。




