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 キールハラルの方々は、オールモンドの民より平均して背が高い。手足も長く、立ち姿はすらりとして美しい。

 私達とは違う褐色の肌はエキゾチックで、くっきりとした顔立ちによく似合っている。髪や瞳の色は濃淡の差はあれど、殆どが金茶色だ。

 熱い砂漠で活動する為に、鎧は金属ではなく砂漠に住む竜の革で作られ、その表面にはそれぞれの家系の家紋をイメージした文様が彫り込まれている。腰に下げている剣は、オールモンドでは見かけない反り返った半月刀だ。


 ローダンデール侯爵領の人々にとって、そんなキールハラルの人々の姿はとても珍しく、まるでおとぎ話の住人のようにも見えるのだろう。

 遠巻きに人だかりができていて、商店街を移動するキールハラルの人々の姿をずっと物珍しげに眺めている。

 見世物扱いされているようで不愉快にならないかと心配だったが、王都でも似たようなことがあったのか、キールハラルの方々は平然と人々の視線を受けとめていた。


『こうしてみると、末っ子王子は本当に目立つな』

(そうね。特別なお方だから)


 私は得意気に答えた。


 ここにいるキールハラルの人々の中、オズヴァルド様ただひとりが銀の髪と赤い瞳をしている。

 キールハラルの主神である白銀の太陽神と同じ銀の髪と赤い瞳は、王族にのみ現れる資質らしい。髪か瞳のどちらかが同じ色であることは良くあるらしいのだが、両方が主神と同じ色の持ち主はごく稀なのだとか。

 それ故にお国では、オズヴァルド様は主神の寵愛を受けたお方と崇められているのだと、従者のラルコが得意気に語っていた。


『アルビノの一種なのかもしれないな』

(アルビノって?)


 聞くと、直接アルビノの概念が伝わってきた。

 遺伝子がどうとかメラニンがどうとか、よく分からない情報が色々と入ってきたが、私の感想はただひとつ。


(そんなの、全然ロマンチックじゃないわ)


 オズヴァルド様のあの麗しいお姿は、主神の寵愛の賜だ。

 それでいい。


『……わかった。そう言うことにしておこう。恋する乙女には敵わないからな』

(賢明な判断だと思うわ)


 アリアのからかうような口調に、私は威張って頷いた。



 巨大魚の鱗を使った細工物の買い物を終えたキールハラルの一行は、次に毛織物の店に向かった。

 以前、私がオズヴァルド様の為に用立てた毛布が気に入ったようで、もっと欲しいらしい。


「砂漠の夜は冷えるからな。暖かな毛布があるととても助かる」


 しかも薄くて軽いから持ち運びもしやすくていいと、大量に購入してくださるつもりのようだ。

 店頭にある分ではとても足りなくて、オズヴァルド様達は急遽呼ばれてきた商店主達と納期や配送の相談をはじめた。


 しばらく出番はなさそうだと感じた私は、遠巻きにこちらを見ている人々の中に幼馴染みの姿を見つけて歩み寄って行った。


「ジューン、久しぶりね」

「……アメリア様」


 日傘を傾け、いつものように気軽に声をかけると、ジューンは泣きそうな顔になった。


「出歩いて平気なの?」

「え? ……ああ、もう大丈夫。心配いらないわ」


 もうすっかり体調は良くなっていたので、毒を受けたことを聞かれたのだとすぐには気付けなかった。

 今のところ、私が毒を受けたことは領主一族に近い者達しか知らない。

 周囲に居る者達に聞かれないよう、私の護衛騎士達に頼んで少しだけ人を遠ざけてもらった。


「ごめんなさい。私があの行商人を信用したせいで、アメリア様を傷つける結果になってしまって……」

「ずっと気にしていたのね」

「ダニエル様からは、お咎めはないって言われたの。でも、私が悪いのよ。私が、アビーにあの行商人を紹介しちゃったの。だから、アビーがお咎めを受けるのなら、私も一緒に受けるわ」


 どうやら中途半端な情報しか与えられていなかったようだ。

 そのせいで、ジューンはずっと罪悪感に苦しんでいたのだろう。可哀想に。


「アビーのことなら、心配しなくて大丈夫よ。まったくお咎め無しとはいかないから、王都の屋敷で侍女頭から厳しく躾しなおしてもらうことになるけど、それでも一年経てば領地に戻って来られるから」

「本当に? アビーのお父さんが追放処分になるかもしれないって言ってたけど……」

「そんなことさせないわ。この通り、私は無事なんですもの。過剰な罰は必要ないの」


 胃を丸洗いされたり、蒸され揉まれたりと酷い目に遭ったが、途中でアリアが代わってくれたお陰で随分と楽をさせてもらった。

 それに、蒸され揉まれたお陰で、領地に戻ってから増えてしまった体重が元に戻ったのだ。それを思うと、私の心情的にはお礼を言いたいぐらいで……。


『馬鹿なことを! お礼などとんでもない。どれだけ皆が心配したと思ってるんだ』

(ご、ごめんなさい)


 ついうっかり甘いことを考えた私をアリアが叱る。

 私は素直に謝った。

 幼馴染みだからと、なあなあで済ませてはいけないこともあるのだと、自分に言いきかせる。


「王都でアビーが躾しなおされてる間、ジューンももう一度商売のことをきちんと学び直してね。もう二度と騙されて利用されないように」

「……わかった。もう二度と失敗しないから……」

「がんばってね」


 その後、アビーと一緒に私も王都に戻ることになったことを伝えて、ジューンにしばしの別れを告げた。



     ◇  ◆  ◇



 昼食を挟んで午後からは、水晶湖で船遊びをした。


 水晶湖に浮かぶ船の半数近くは恋人同士が乗るふたり用の船で、オズヴァルド様もそれに乗りたがったが、船を漕いだこともないのに危険だとラルコと護衛達に却下されていた。

 こちらとしてもオズヴァルド様に危険なことはさせられないので、領主一族が船遊びの際に使う中型の船に乗っていただいた。


「これほどに大きくて深い湖を見るのははじめてだ」


 水晶湖のちょうど中央に差し掛かった時、オズヴァルド様が船縁から身を乗り出して湖面を覗き込んだ。

 キールハラルの山岳地帯にもいくつか湖があるらしいが小さいらしい。


「透明度の高い水なのに、底がまるで見えないな」

「底は見えませんが、ごく稀に巨大魚が泳ぐ影が見えることがありますよ」

「細工物に使われていたあの大きな鱗の持ち主か……。大きいのだろうな。どうやって釣り上げるんだ?」

「釣り上げません。皆で引っ張り上げるんです」


 漁師達が湖に潜って、巨大魚にロープをつけた銛を何本も打ち込み、陸で待機している人々がそのロープを引っ張って陸に引き上げるのだ。

 巨大魚はそう簡単に捕れるものではないし、一頭捕れただけでも領地に充分な恵みをもたらしてくれるので、上手く銛が打ち込めた時には、引き上げるために我先にと岸辺に集まってきた人々でお祭り騒ぎになる。


「巨大魚の肉を全て氷室に収めることはできないので、その場で解体して集まった人々に配るんです。その場で焼いたり、新鮮な内に生のままでいただいたりもするんですよ」

「どんな味なんだ?」

「生だと、とろりとして甘いです。焼いたものは今日の晩餐で実際に召し上がってみてください」

「おお、それは楽しみだ」


 嬉しそうにオズヴァルド様が微笑まれる。

 つられて微笑んだ私を見つめて、オズヴァルド様は不意に笑みを消してしまわれた。


「オズヴァルド様?」

「先程、護衛から聞いたのだ。アメリアが毒を受けたと……。真実か?」


 たぶん、これから王都までの道のりを共に護衛するにあたって、私達の護衛同士が情報交換をしたのだろう。

 それで私が毒を受けたことも伝わってしまったに違いない。


「……はい」

「なんということだ」


 仕方なく頷くと、オズヴァルド様は苦しげに眉を寄せた。


 ――きっと、私のせいだ。


 そして、絞り出すような声で小さく呟いた。

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