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 私個人が帝国に狙われるなんてことが、本当にあるんだろうか?


『その可能性がないとは言い切れない』


 トロンが帰った後でぼんやり考え込んでいると、アリアがぼそっと呟くように言った。

 どうして? と聞いてみたが、それに対する返事は沈黙だった。


『山に野営に行ったとき、こっそり護衛達がついてきた。あれは父上殿の指示だったのかもしれない』

(お父様は、まだ危険が去っていないと考えているのかしら)

『たぶん……』

(どうして?)


 答えはまたしても沈黙だ。

 愚か者にならないように自分で考えろということだろうか。

 だが、この問題は私には少々難しすぎたようで、午前中いっぱい考えても答えはでなかった。



 午後になると、王都から手紙が届いた。

 早馬ではなく週に一度届く定期便で、以前王都に出した手紙の返事のようだった。

 私はさっそく文箱に入って届けられた手紙を受け取ろうとしたが、エリスに止められた。


「アメリア様が手に取られる前に、毒の有無を調べさせてください。決して内容は読まないと誓います」

「少し覗く程度なら構わないわ。でも、そこまでしなきゃいけないの?」

「はい。護衛隊長から、しばらくの間は警戒するようにと言われました」

「そう。それならお願いね」


 エリスは王都の屋敷で毒物関係の対策も学んでいる。侍女の嗜みのひとつなのだそうだ。

 手袋をはめたエリスが様々な手順で毒の有無を確認してから、大丈夫でしたと私に手紙を手渡してくれた。

 届いた手紙は四通。お父様と弟とアルフレード様とフローリア様から。

 オズヴァルド様からのものはない。

 こちらから手紙を出さなかったのだから返事がないのは当然なのに、少しだけ寂しいと思ってしまった。そんな我が儘な自分に呆れてしまう。


 まずは一番気楽に読めるだろう弟の手紙から手にとった。

 内容は、お父様に対する不満が七割と私への心配と気遣いが三割。予想どおりといったところでちょっと笑ってしまった。

 続いて手に取ったアルフレード様の手紙には驚くことが書かれてあった。

 まず一番に驚かされたのは、私が王都を出た理由をアルフレード様が誤解していることだ。

 なんと私は、帝国の間者達を引きつける為に自らが囮となって行動し、その結果として王都を出たことになっていた。

 実際に王都では、私の行動によってあぶり出された(ということになっている)帝国の間者達の隠れ家を王家の騎士団が急襲したらしい。


『父上殿の仕業だろうな』

(……でしょうね)


 私のこの行動を、王家は高く評価してくれたらしい。

 アルフレード様の立太子の儀を行う際に、私に報奨を与えることになったので、それまでに王都に帰還するようにとのことだった。


(これ……まずいことになるんじゃない?)


 婚約内定を取り消された私は、世間的に見ればアルフレード様から選ばれなかった女だ。

 その私が王家から誉められる立場になってしまっては、逆にアルフレード様の立場が悪くなるような気がする。


『確かに。人を見る目の無い王子だと言われそうだな』

(……なにか理由をつけて、立太子の儀は欠席しようかしら)


 悩みつつ、今度はフローリア様の手紙を手に取った。

 フローリア様の手紙もまた私に王都への帰還を求めるものだった。

 ただし私に戻って欲しい理由が、アルフレード様とは違っていた。

 立太子の儀に私が出席しないと、王国になにか大変なことが起きるかもしれないから戻って来て欲しいのだと書いてある。


(大変なことってなんだと思う?)

『ワタシに聞かれても困る。この文面だと、あの娘自身もはっきり分かっていなさそうだぞ』


 私ごときが立太子の儀を欠席したとして、なにかが起きるとは思えないのだが……。

 訳が分からずもやもやしながら、最後にお父様の手紙を手に取った。

 お父様の手紙には、私が王都を出ることになった()()()()()()が書かれてあった。

 アルフレード様の手紙にも書かれてあったこの()()()()()()は、お父様が国王陛下と相談の上で決めたことだったらしい。

 アルフレード様の『愛する人を妃に迎えたい』という我が儘をかなえる為に、婚約内定者という立場を引き受けて娘盛りを犠牲にした私に、王家としてなんらかの形で報いたいからと……。


 そしてお父様は、ひとりで王都を脱出せざるを得ない立場に私を追い込んでしまったことを謝罪してくださった。

 同時に、そのような行動を取れる強さを持つ私を誉めてくださった。


――アメリア、私はおまえを誇りに思う。


 そんな一文が目に飛び込んで来ると同時に、視界が涙でにじんだ。


 ローダンデール侯爵家は、オールモンド王国の法の番人であることをなによりも尊ぶ。

 当然ながら、王家への忠誠や家族への愛情は二の次だ。

 だからこそ、アルフレード様の婚約内定者という立場を受け入れた日から、なにかあれば自分は切り捨てられるのだと覚悟して生きていた。

 覚悟したからといって平気だったわけがない。

 子供にとって親から切り捨てられるかもしれないと考えることは恐怖でしかないのだから……。


(お父様が、私を誇りに思ってくださる)


 私の強さは、そんな恐怖に耐えたことで得た強さだ。

 誇りに思うとお父様に認めて貰えたことで、婚約内定者となった日から頑張ってきたこと全てが報われたような気がした。


『良かったな』

(……ありがとう)


 零れた涙を拭いて、私は手紙の続きを読んだ。

 そこには、堂々と胸を張って王都に戻って来るといいと書いてある。

 同時に、帰路への懸念も書いてあった。


 残念ながら、まだ完全に安全だとは言い切れない。だから、新たな護衛をそちらに向かわせたので、彼らと一緒に戻って来るようにと……。


(戻っても……いいのかしら)

『父上殿がわざわざ迎えまで用意してくれたのだ。いいに決まってる。王家もアメリアに報いたがっているし、第一王子だって戻ってくるように言っているのだろう?』


 余計なことを気にしていてはかえって不敬になるぞ、とアリアが言う。

 私はためらいながらも頷いていた。

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