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「ふられてはいないけれど、婚約内定が取り消されたのは事実ね」


 そもそも婚約内定を取り消すきっかけとなった第一王子の新しい婚約者は、私の友人でもあり、私がふたりの恋の橋渡しもしたことを告げると、トロンはなるほどと納得したように頷いていた。


「領内に広まっている噂では、第一王子にずっと尽くしてきたアメリアは、泣いて縋ったにも拘わらず、こっぴどくふられたって話になってるんだ。それにしては落ち込んだ様子もないし、変だなとは思ってたんだよ」

「まあ、なんだか皆から妙に同情されるなあとは思っていたけど、まさかそこまで酷い噂が流れていたなんて……。まったく、誰がそんな嘘の噂を流したのかしら」

「そう、それだよ。まさにそこが一番おかしいと思ってた点なんだ」

「はい?」

「この噂は、アメリアが領地に戻ってすぐに広まったんだ。だから僕は、君に同行してきた若手騎士達が広めたんだろうと思ってた」


 守るべき女性の醜聞を広めるとは、騎士としてあるまじき行為だと密かに怒っていたのだと、トロンは言った。


「でも、それは変だわ。彼らは私がアルフレード様との婚約内定取り消しに心を痛めていないことを知っている筈だもの」


 領地に戻るまで付き添ってくれた若手の騎士達は新人だったから、私がアルフレード様とフローリア様の仲を後押ししていたことまでは知らなかったかもしれない。だが、あの日、学園を見下ろせる丘でオズヴァルド様と共に過ごしていた私が、楽しそうに微笑んでいた姿を見ていたはずだ。

 あの表情を見てしまったら、アルフレード様にこっぴどくふられたばかりの傷心の令嬢だとは思えないだろう。


「そうなんだよね。今回の事件があって、改めて彼らに話を聞いてみたら、確かにそう言っていた。アメリアの噂を流してなどいないと先祖の魂に誓ってくれたよ」

「では、誰が噂を流したのかしら……」

「旅の行商人を名乗っていた間諜の仲間達の仕業だと思う。でないと、説明がつかないんだ。――アメリアが帰って来たあの日、同行してきたのはふたりの騎士だけだった。六日遅れで護衛隊長と王都の執事補佐達が追いかけてきたけど、その頃にはすでに噂は広まりはじめていたんだから」

「まあ、そうだったのね。……ああ、でも、そうね。私が婚約破棄されたという噂が流れること自体が変だったんだわ。だって、その情報はまだ()()()()()()()()()()んですもの」


 アルフレード様とフローリア様の婚約は、学園で行われた卒業式の舞踏会で発表された筈だ。

 学園の卒業式はちょうど私がダニエル達と山に遊びに行っていた日に行われていたはずだから、噂が流れた時点で、まだこの情報は公表すらされていなかったのだ。

 私が王都を出た時に王城では噂になっていたようだが、少なくともただの行商人の耳にその情報が入るはずがない。


 旅の行商人を名乗る者達は、最初から私に対する害意を持って、この領地にやってきたのだ。

 噂の流れた時期から考えて、私とさほど時をおかずに到着したことになる。


「……その間諜達、私の追っ手だったのね」


 もしもあの時、ほとんど休憩無しで馬を走らせていなかったら、隠れるように夜営せず普通に宿場町の宿に泊まっていたなら、きっと私は彼らに追いつかれていたことだろう。

 それを思うと、改めてぞっと背筋が冷えた。


「アメリアが倒れ込むようにヴィロス城に辿り着いた時は無茶をするなと怒ってしまったけど、今は間違いだったと思うよ。……ああしなければ、君はここに戻ってこれなかっただろうから……。――よく頑張ったね」

「……トロン兄様、ありがとう」


 改めて誉めてもらったことで、恐怖で固まっていた身体がふわっとほぐれた。


『そうだ。怯えていている場合じゃない。これからのことを考えるんだ』

(そうね。追っ手が領地にまで入りこんでいるんですもの。もっと警戒しなくては……)


「アメリアの噂だけど、最初からアビーとジューンを狙って流されたものなんじゃ無いかと思うんだ」

「ああ……そうか。それで行商人と偽って、ジューンの店に入り込んだのね」


 王都で王太子から酷く傷つけられた幼馴染みをなんとかして慰めたいと思わせ、おまじないという誘惑に応じる為に流された噂。

 アビーとジューンを狙った卑怯な罠だったのだ。


「君達が仲が良いのは領地では有名だから、調べるのは簡単だったろう」

「それなら、なおのことアビーに酷い罰を与えちゃ駄目よね。急いでお父様に手紙を書いて早馬で届けてもらわなくちゃ」

「待って」


 焦って立ち上がり掛けた私を、トロンが止めた。


「手紙を書くのは、今回の件での王都からの判断を一度仰いでからのほうがいい。入れ違いになっても混乱するだけだよ」


 王都から領地まで、早馬でも三日かかる。

 今ごろ王都では、私が毒を飲まされたことを報告されたお父様の返信を持った早馬がちょうど出発した頃だろう。


「それで、その返信に僕からの手紙も同封して欲しいんだ」

「……アビーのことを頼むのね?」

「それもあるけど……。アメリアのことがどうしても心配なんだ」

「私?」

「そう。……王都脱出に至る事情は、君の護衛隊長と王都の執事補佐から聞いている。伯父上は、今回のことを帝国の工作員の仕業だと考えられているんだよね?」

「ええ。お父様は、長期展望で王国を傀儡化する帝国の企みの一環ではないかというお考えよ」

「本当にそうだろうか?」

「え?」

「僕には、そうは思えないんだ。王都脱出から今回の毒の件に至るまで、彼らはあまりにも執拗にアメリアを狙っているように思える。伯父上の考えられた通りだったら、ここまで執拗にアメリアを害する必要はないんじゃないかな」

「……王都を脱出するときには、領地に戻れば安全だろうって言われていたわ」

「でも彼らはわざわざここまで追ってきて、『乙女殺し』の毒を使ってまで君を害そうとしてきた。――僕には、彼らがそんな長期展望のためではなく、なんらかの理由があってアメリア個人を狙っているようにしか思えない」

「帝国が私を……ってこと? まさか。そんなことあるわけないわ」


 第一王子の婚約内定者の座を降りた私は、ただの侯爵令嬢に過ぎない。

 帝国がわざわざ狙うだけの価値などない。


 そう考えてあっさり否定した私を、トロンは気遣わしげに見つめていた。

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