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アルフレード様の元を辞去して温室を出ると、侍女兼護衛であるエリスが控えてくれていた。
学園の敷地内とはいえ、高位貴族専用のこの温室の周囲は、私達の為に一時的に人払いしてあったから護衛が必要なのだ。
「部屋に戻ったら、馬車に手持ちで運べる分だけでいいから、荷造りをお願い」
その言葉で、エリスは事情を察したらしい。微かに眉がひそめられるのがわかった。
「お言葉ですが、お屋敷に戻られる必要はないのでは? ドレスなら私が受け取ってまいります。せめて卒業式まで学園でお過ごしください」
「いいえ、帰ります。全て覚悟の上です。こうなってしまったからには、お父様の指示に従わなくては」
――学園を卒業する前に、アルフレード様が自らの意思で婚約者を決められた場合、お前は速やかに身を引き、家に戻るように。
それが、私が学園に入学する際、ただひとつお父様から命じられたこと。
お父様がそんな命令をしなければならなかった理由を、私は誰よりもよく理解している。
◇ ◆ ◇
アルフレード様とはじめて会ったのは五歳、婚約者候補選定のお茶会の席だった。
その場には、私を含め十名の貴族令嬢がいた。
その中から婚約者候補を三名選ぶ予定だったのだが、運の悪いことに私はその中のひとりに選ばれてしまった。
そう、運の悪いことに……。
他の貴族家にとっては名誉なことでも、わがローダンデール侯爵家にとっては違っていた。
我が家は、代々オールモンド王国の法を司る家柄だ。
だからこそ、他の貴族家とは意識的に距離を置いている。
当然、政略結婚などで他家との利害関係が生じることも避けている。王家といえど例外では無かった。
それなのになぜ私が婚約者候補選定のお茶会に出席したのかと言えば、王家のしきたりとして十名の婚約者候補を用意する必要があったのに、年齢が合う高位貴族の女の子の数が足りなかっただけ。
ただの数合わせの間に合わせだったのだ。
当時の私は、王都ではなく領地で暮らしていた。
最低限の淑女教育を受けてはいたものの、普段は分家の男の子達に混ざって、野山を駆け回っているような子供だったのだ。
はじめてのお茶会に興味津々で興奮していたし、こんがり日焼けもしていて見目もよろしくなかった。
誰もが皆、私が婚約者候補に選ばれるとは思っていなかった。
だがアルフレード様は、そんな私を真っ先に選んだ。
普通に考えて、五歳の子供が婚約者候補を正しく選べるわけがない。色恋なんてまるでわからない年頃なのだから。
アルフレード様の選考基準は、一緒にいて楽しいか否かだった。
子供の目には迷路のようにも思える綺麗な王城の庭園を、ドレスが汚れるのも気にせずアルフレード様と一緒に駆け回ってしまった私は、彼にとって恰好の遊び相手になってしまったのだ。
一度選ばれてしまった以上、こちらから断ることはできない。
やがてアルフレード様が十二歳になれば、三人の婚約者候補から正式にひとりを選ぶことになる。
さすがに色恋にも興味を持ちはじめる年頃だし、侯爵令嬢としては一風変わった癖を持つ私が選ばれることはないだろう。
周囲の者達はそう予想した。
が、やはりここでも予想は裏切られる。
またしても、真っ先に私の名前が挙げられてしまったのだ。