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18

 次に目覚めた時、私は自分のベッドに横たわっていた。

 蒸されてはいないし、全身を拘束されてもいない。

 実に爽やかな目覚めだった。


 寝返りを打って枕に頬をすり寄せ、心地良い目覚めの余韻に浸っていると、心の中からアリアの陰鬱な声が聞こえた。


『……アメリア、すまない』

(なあに? どうして謝るの? 悪いことなんてなにもしてないでしょ?)

『いや、したんだ』


 実は……と、アリアが話してくれたことによると、私が浴室で意識を失ってから、なんともう三日が過ぎているのだとか。

 その間、アリアが表に出て、私の代わりにまるで拷問のような時間を過ごしてくれていたらしい。


(アリアったら、三日も蒸され続けてたの!?)

『ああ。気を失って水分を補充できない状態で蒸され続けたらアメリアの命に関わるし、かと言って中断したら解毒が進まないだろう? アメリアには耐えられないだろうと判断してワタシが表に出てしまった。――アメリアを守る為とはいえ、身体の主導権を奪ってしまってすまなかった』

(謝ることなんてない。むしろ、ありがたいぐらいよ)


 蒸され、揉まれ続けるあの拷問を代わりに受けてくれたのだから……。


(私達が入れ代わることが出来るなんて知らなかったわ)

『ワタシも出来るとは思ってなかった。アメリアが現実に戻るのを見送ったことで、やり方を学んでしまったようだ』

(あら、それなら私がそっちに行く方法も分かる?)

『分かるが、教えない』

(どうして? もう一度そっちに行って、アリアと顔を合わせてお話したいわ)

『それは駄目だ。アメリアはこちらに来る方法を学ぶべきじゃないし、ワタシももうそちらには行かない。ワタシが苦痛を肩代わりしてしまっては、アメリアが弱くなってしまうからな』

(苦痛を肩代わりして欲しいとは思ってないけど……。でも、そうね。そちらに行く術を覚えてしまったら、アリアに甘えすぎてしまうかもしれないわね)


 直接会って、穏やかに微笑むアリアの顔を見ながら話せたのは、とても幸せな体験だったと思う。


 アリアは、いつだって私に優しい。

 子供の頃からずっと側にいて助言してくれたし、挫けそうになれば励ましてくれた。悲しいときには慰めてもくれた。

 私のことを全て知っていて、私がなにをしても見捨てず、どんなときでも常に側に寄り添って助言してくれる守護者のような存在だ。

 いつでも会える術を覚えてしまったら、きっと私は頻繁にアリアに会いに行くようになるだろう。


 たとえば王都を脱出する決意をしたあの時。

 私がすでにアリアに会う術を知っていたら、ひとりで馬を走らせる決意をするより先に、嫌な現実から逃げる為にアリアの元へと逃げ込んでいたかもしれない。


『アメリアの心がワタシの元に来たら、アメリアの身体は抜け殻になる』

(そうね。そうなっていたら、きっと困ったことになっていたでしょうね)


 敵の手に落ちて、最悪の場合、殺されていたかもしれない。

 それを思えば、容易く優しい場所に逃げられる方法を学ぶべきじゃない。


(アリア、いつも正しい助言をありがとう)

『どういたしまして。……だが、ワタシの助言に頼り過ぎるのも駄目だ』

(私が弱くなってしまうから?)

『弱くなるというより、ただの愚か者になってしまうだろう。自分で思考することをおろそかにしてはいけない』


 確かにその通りだ。

 私は素直に同意した。



     ◇ ◆ ◇



 その後、私が目覚めたことに気づいたエリスが、私が止める間もなく年かさの侍女達を寝室に呼び入れてしまった。

 大挙して寝室に押しかけてきた侍女達は、集団で私の着替えを手伝ってくれた。

 その際、有無を言わさず下着ごと服をすべてはぎ取られ、見られていない場所がないぐらいに身体中をしっかり全て見られた。

 常日頃から身支度を手伝って貰っている身だから裸を見られることにも馴れているけれど、これだけの人数に一斉に見られるのはさすがに恥ずかしい。

 朝から気疲れしてぐったりした。


「いつも通り、いえ、いつも以上に綺麗なお肌です。安心いたしました」

「ありがとう」


 あれだけ蒸されて揉まれたのだ。

 解毒だけじゃなく、肌が綺麗になるぐらいの効果があって当然だろう。

 ついでに言うと、少しふっくらしていたお腹周りがきゅっと引き締まっているような気がする。


『確かに少し引き締まったように見える』

(そうよね!)


 よし、と私は密かに拳を握った。


「お嬢さま、今日は意識もしっかりしてらっしゃるようですね。お辛すぎたのか、ずっとぼんやりしてらして、お話ができない状態だったから心配してたんですよ」

「ええ、もう大丈夫よ」


 私とアリアが入れ代わっている間、人格の変化に気づかれないよう、アリアは殆ど口を効かずに過ごしていたようだ。

 だから、私が口にした毒のこともまだ詳しく聞いていないらしい。


「ところで、私が籠もっている間に、外ではなにが起きていたの? 毒をアビーに売ったという行商人は捕まったのかしら?」

「そのことは、トロン様から直接お聞きになってください」


 侍女頭の背後に控えてそんなやり取りを聞いていた初老の侍女が、少し表情を硬くする。

 確か彼女は、アビーの祖母だった筈だ。


「……アビーは今どうしてるかわかる?」

「今は自宅で謹慎しています。王都の旦那さまのご沙汰を待っているところです」

「そう。……あまり酷いお咎めがないよう、私からお父様に頼んでみるわね」


 普通の貴族家の場合、使用人が毒を持ち込んだりすれば、たとえ騙されてのことだとしても、有無を言わさず極刑か奴隷落ちになるのは間違いない。

 だが、我が家の場合は違う。

 きちんと事実を調査した上で、その罪に見合っただけの罰を下されることになるはずだ。

 そうであって欲しいと、心から願った。

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