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『目覚める方法か……。ワタシにも分からない』


 このまま、ずっと眠ったままなんてことになったらどうしよう。

 不安になった私に、アリアは穏やかに微笑みかけた。


『そんなに心配するな。ワタシがついている。……とはいえ、なんとかして、意識を外界に切り替えないと……。――そうだ。こちらで一度眠ってから目覚めれば、自然に向こうに戻れるかもしれないぞ』

(眠るって言われても……)


 なにもないこの空間でどうやって眠れば良いのか……。


『まずは横になるといい。たぶん、さっき服を変えたイメージを使えば……』


 なにもない空間にふわっと雲の固まりのような形のベッドが現れた。


『よし、できた。さあ、アメリア、おいで』

(ありがとう、アリア)


 手を引かれるままベッドに横になると、アリアが私の目を覆うようにして、その手の平を乗せた。


『素敵な名前を貰ったお礼に、子守歌を歌ってあげよう』

(まあ、歌が歌えるなんて初めて聞いたわ)

『子守歌は得意なんだ。昔よく歌っていた。――さあ、気持ちを落ち着けて……。おやすみ、アメリア』

(おやすみなさい、アリア)


 私は、アリアの手の平に覆われたままの瞼をゆっくりと閉じた。

 すぐにアリアの歌が聞こえてくる。


 男とも女とも判別のつかない穏やかな声が、私の知らない言葉で、知らない旋律の子守歌を歌う。


 それはとても優しい歌声で、すっかり安心しきった私はやがて深い眠りに落ちていった。



     ◇ ◆ ◇




 そして私は、穏やかな眠りを台無しにする物凄い不快感によって強制的に目覚めさせられた。


「……え?」


 その時、私はなぜか蒸されていた。


 自分でも、ちょっと状況がよくわからないのだが、とにかく見慣れた天幕が見えるから、ここが自室のベッドなのは間違いない。 

 そして私は有り得ないぐらいの量の毛布と羽布団に包まれていて、しかも布団の中にはご丁寧に温石があちこちに置かれているようで、とにかく物凄く熱かった。

 頭や顔まで熱い蒸しタオルで包む念の入れ用だ。

 今すぐベッドから出たいのだが、寝袋のようなものに入れられているようでまったく身動きが取れない。


 喉が渇いてヒリヒリするし、汗だくで気持ち悪い。


「これって、拷問なの? ……ねえ、誰か……。そうだ、エリス! 居るんでしょ?」


 眠る前に、エリスの声がするとアリアが言っていたことを思いだして呼んでみる。

 すると、すぐに身動きできない私の視界の中にエリスが顔を出した。


「ああ、アメリア様。目が覚めたのですね」


 よかったと、微笑むエリスの瞳には涙が滲んでいた。

 私の目は滲んだ汗が染みて、ちょっとヒリヒリしていたけれど……。


「ねえ、エリス。どうして私、蒸されているのかしら?」

「それは……」

「お話は後です! お退きなさい、エリス。今は一刻の猶予もないんですからね。――さあ、お嬢さま。目覚められたのならお風呂に入りましょう」


 汗で気持ち悪いでしょうと、さっき私の胃を丸洗いしてくれた年かさの侍女達がまたしても大挙して襲撃してきて、私の上からわっさわっさと布団や毛布をはぎ取っていく。


 もうなにがなんだか分からない。

 が、とにかく布団蒸しから解放されて、お風呂でさっぱり出来るのならばいいかと、私は年かさの侍女達に身を任せた。


 薄めたレモネードをストローで飲まされながら、毛布を全部はぎ取られていくうちに分かったのだが、私は全身を布でぐるぐるまきにされていたようだった。布団の中に配置した温石で火傷しないようにとの気遣いだったのだろう……と思う。拘束されていたんじゃ無いと思いたい。

 なんとかベッドから解放されて、侍女達に抱えられるようにして浴室に向かう。

 すると、浴室もまた異常に熱かった。

 大量に運び込まれた温石にお湯が掛けられ、浴室は熱い湯気に満ちていたのだ。


「……換気してからお風呂に入りたいのだけれど」

「駄目です! さあ、行きますよ」


 怖じ気づく私を強引に浴室に押し込んだ侍女達は、私をひりひりするほど熱い浴槽に肩まで漬け込んだ。

 もはや抵抗する気力すら無くぐったりしたところで浴槽から引き上げられて、浴室内の長いすに横たえられて粗塩のようなもので全身を揉みまくられる。

 顔や頭も熱いオイルのようなものでマッサージされまくった。


(……なにこれ。やっぱり拷問なんじゃない?)

『違うと思う。とにかく水分を取れ。このままでは脱水症状を起こすぞ』


 声を出す気力すらなくなった私は、アリアの助言に従って、侍女が差し出す飲み物を必死に飲むことしかできない。


『侍女達をよく見てみろ。みんな必死だ。たぶん、なにか事情があってのことだろう』


 アリアに促されるままに侍女達の顔を見ると、みんなこれまで見たことがないほど真剣な顔をしていた。

 そして、みんなも私同様に汗だくで苦しそうだ。


 熱い湯気に満ちている浴室内で、せっせと私を揉み続けるのは重労働に違いない。

 それなのに、みんな汗をぬぐうことすらせずに、荒い息を吐きながら、休むことなく必死の形相で手を動かし続けている。


「……あの……みんなも水分を取って。少し休めないの?」

「まあ、お気遣い、ありがとうございます。でも、私どもなら大丈夫。今は本当に、一刻の猶予もないのです。なんとしてでも、お嬢さまを、お助けしますからね」


 ギュッギュッと私を揉みながら、もう少しだけ耐えてくださいねと侍女が言う。


(助けるって……)

『そうか。きっとこれは解毒法の一種なんだ』


 トロンは、命に関わる毒ではないと言ってくれたが、それでもやっぱり私が毒を口にしている事実に変わりはない。

 これが解毒法だというのならば、大人しく我慢するしかない。

 正直、熱いし怠いし全身ヒリヒリするしでとても辛いけれど……。


『頑張れ、アメリア。これに耐えればきっといいことがある』

(……いいこと?)

『ああ、これだけ汗をかいて揉まれまくったら、きっと体重も減るはずだ』

(それは、凄くいいことね)


 こんな状況で不謹慎かもしれないと、私はつい緩みそうになる口元を引き締めた。


 そんなご褒美があるのならば余裕で耐えられる。

 と思っていたのに、しつこく揉まれているうちに限界を迎えてしまったらしい。

 あまりの熱に耐えきれなくなった私の意識は徐々に薄れていった。

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