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かつてワタシは、異世界で生きていたことがあると聞いている。
その時の姿を取り戻せばいいだけの話ではないのか?
(……かつての自分の姿を、忘れてしまったの?)
聞いたが、ワタシはだんまりだ。
この頑固者は質問に答える気がないらしい。
それならそれで構わない。
こっちも勝手にやるだけだ。
(私達は同じものなのよね?)
ひとつの魂にふたつの人格、コインの裏表のようなものと理解すればいいと以前言われたことがある。
かつてのワタシが生まれ変わったのが私なのだから、ワタシもまた私の姿になってしまえばいいのだ。
『アメリア、待ちなさい』
心の動きが筒抜けなだけに、ワタシには私がなにをしようとしているのかすぐにばれた。だが、すでに手遅れ。
さっき自分の身体を作ったときの要領を思い出しながら念じると、目の前にいる白い影のような人型は、あっさり私の念じるままにその姿を変えた。
(ほら、できた)
目の前には、まるで鏡に映ったかのように、私と同じ姿のワタシがいた。
『物凄く違和感があるのだが……』
(……そうね)
生真面目な顔で眉間に皺を寄せるドレスアップしたワタシの姿を見て、私も同意した。
私とワタシでは性格がまったく違う。
性格が違えば好みの服も替わるだろうし、顔の印象だって変わる。
(もしも私の人格の表側が、私じゃなくワタシだったら、きっとこんな風になってたんじゃないかしら……)
ワタシは性格がさっぱりしているから、きっと華美な服装は好まない。
念じ直して、シンプルでスレンダーなラインの濃紺のドレスに、賢者の塔の住人達が着ているような銀灰のローブを羽織らせてみた。髪の毛は、オズヴァルド様のようにすっきり首の後ろでひとつに括ってみる。
『なるほど、これはいい』
ワタシが気に入ってくれたようなので、調子にのった私は更に変更を加えてみる。
(ここは現実の世界じゃないんだから、好きに変えてもいいわよね)
私がイメージするワタシは、私より少し年上の中性的な女性だ。
だから年齢を少し引き上げ、顔立ちも頬の丸みを少し削ぎ落として中性的なものにしてみる。
(どう?)
『確かに、このほうがしっくりくる。どうせならもう少し変えよう』
私のやり方を体感して、ワタシもコツを摑んだのか、ワタシの体つきが更に変わっていく。身長は私より手の平分ほど大きくなり、体つきも凹凸が減りすらりとしていく。
(胸も無くしてしまうの?)
『こんなもの邪魔なばかりだ』
(あったほうがドレスが似合うのに……)
そう呟いた途端、服装まで替わった。
ローブはそのままに、中の服はまるで騎士のような男物へと。
生来のつり目がちな目も相まって、そんな恰好をしていると本当に男性のように見えてしまう。
(ワタシって、男だったの?)
『……どちらとも意識したことはない。ただワタシは、常に守るものでありたいと願っていたから、このほうがしっくりくるようだ』
意識したことがない、だなんて、変な言い回しだ。
私は不思議に思って小首を傾げたが、ワタシは困ったように穏やかに微笑むばかりでなにも言わない。
いつものように答える気がないのだろう。頑固者め。
(まあ良いわ。その姿も、なかなか素敵だし……。そうだわ。ついでと言ってはなんだけど、名前も新しくしてみない?)
声だけで会話していたときより、今のほうがワタシに対して我が儘が言いやすい。
声だけだとただ生真面目で厳しいイメージがあったが、こうして表情が見えるようになると、ワタシは私が思っていたよりずっと穏やかな性格をしているのが実感として分かるからだ。
だから、以前より一歩だけ踏み込んで聞くこともできる。
(以前、生きていたときの名前は教えてくれる気がないんでしょう?)
『……教える気がないわけじゃない。ワタシには最初から名前が無かったのだ』
(名前が……ない?)
今、私が生きているこの世界にも、親から名前をつけられない子供がいる。その子らの境遇を思い出して、思わず胸を痛めた私に、『違う』と、ワタシが慌てたように告げた。
『それとは問題が根本的に違う。アメリアが心を痛めるようなことではない。……それに名はなかったが、あだ名……のようなものはあった』
(どんなあだ名?)
『賢者』
(まあ)
それはなかなかぴったりくるあだ名だ。
でも親しみやすくはない。
(新しい名前、アリアはどう?)
『アリア?』
(ワタシは私なんだから、アメリアをちょっとだけ変えて、アリアよ。どう?)
『アリア……歌のことだな』
(そう? 初耳だわ)
『かつてワタシが生きていた世界では、独唱曲を意味する言葉なのだ』
大規模な歌劇などの見せ場で歌われる華やかな旋律の独唱曲をアリアと言うのだと、ワタシが教えてくれる。
その表情は穏やかで、この名前をワタシがどう思っているのかが伝わってくるようだ。
(気に入った?)
『とても。――ありがとう、アメリア』
(どういたしまして、アリア)
やっと名前を呼び合える嬉しさに、ふふふっと、自然に笑みがこぼれる。
そんな私を見て穏やかに微笑んでいたアリアが、ふとなにかに気づいたように上を向いた。
『そろそろアメリアは目覚めた方が良さそうだな。心配そうなエリスの声が聞こえる』
(そうなの? 私にはなにも聞こえないわ)
『この状態に馴れているワタシのほうが、外界には通じやすいのかもしれないな』
そもそも目覚めろと言われても、どうやっていいのか分からない。
困って小首を傾げると、アリアも一緒に首を傾げた。




