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「当然です。領主一族だからってだけじゃなく、以前からお嬢さまの美しさに懸想していた者だっているんですよ。婚約内定が取り消されて、これからは領地で暮らすってことが分かって、もしかしたらと夢を見てしまってもしょうがないです」
私用で半日休みを取っているエリスの代わりに、侍女として側についてくれているアビーに面接の席でのことを愚痴ったら、そんな風に言われた。
山に遊びに行ったときと違って、仕事中のアビーはちゃんと侍女モードだ。
「懸想って……」
『仕える領主の娘だ。高嶺の花というところか。アメリアは美人だからな』
心の中でワタシが得意気に呟くのが、ちょっとくすぐったい。
「そういう目で見られるのが嫌なら、早めにお相手を決めた方がいいですよ。領主様に仕えている方々の恋人達が、お嬢さまの決断に戦々恐々としていますから」
「……そう」
これは、たぶんアビーの本心だろう。
私にその気はないと確認していても、もしかしたらなにかのきっかけでトロンに心を動かされるかもしれないという不安を消しきれずにいるのだ。
きっと、同じような立場の娘達は他にもいるんだろう。
彼女たちの為にも、私の心の平穏のためにも、なるべく早い内に王都のお父様に相談して、なんらかの対策を考えてもらわなくては。
これから来る予定の来客のためにせわしなく働いていたアビーが、私の前にシフォンケーキを置いた。
「あら、ちゃんと一切れあるけどいいの? エリスに怒られない?」
「お客さまの前でまで一口ルールはないでしょう。あれは、試食の時だけのルールですよ」
いや、違う。
最近はティータイムや夕食のデザートですらエリスの指示で一口だったのだ。だが、この機会にちゃんと一切れ食べたかった私はあえて黙っていた。
「それに、今日は素敵なジャムがあるんですよ」
「素敵なジャム?」
「ええ、これです」
「……まあ、綺麗な色」
アビーはワゴンから小さな小瓶を取り出した。
私は、オズヴァルド様の瞳を思わせる綺麗な赤いジャムを受け取って、光にかざして眺めてみる。
「なんのジャムなの?」
「砂漠で取れるベリーの一種だそうです。キールハラルでよく食べられているジャムなんですって」
「キールハラルで……」
では、きっとオズヴァルド様もこのジャムを食べていたんだろう。
あの方は甘いものが大好きだから……。
「甘酸っぱくてとっても美味しいんですよ」
赤いジャムをうっとり眺めていると、アビーが得意そうに言った。
ジューンの店に遊びに行ったときにたまたま行商が来ていて、ちょうどこのジャムを店に卸していたところだったのそうだ。
アビーもジューンと一緒に試食して、美味しかったから一瓶買ってきたのだと言う。
「あら、じゃあこれアビーの私物なのね。キールハラルからきたジャムならお高いんじゃない? 城で買い取るようにしましょうか?」
「大丈夫です。残った分は持って帰って自分で食べますから。お嬢さまにも味見して欲しくて持ってきたんですよ」
ちょっと酸味が強いから、きっとクリームと一緒に食べると美味しいですよと、アビーがテーブルにクリームの器を置いた所でノックもなしに応接室のドアが開いた。
「おう、来たぞ。リストはどれだ?」
脳筋の従兄殿が勢いよく部屋に飛び込んでくる。
鍛錬の合間に来てくれたようで少し薄汚れていたが、ダニエルだけにご愛敬だ。
「これよ。最終的に十人選ばせてもらったわ」
「十人? 多いな」
「視察に行く地域ごとに連れて行く人を変える予定なの」
街道の状態や賊の情報に詳しい兵站科の者だけは固定として、他の兵士達は訪ねる先の地元の者をその都度貸し出してもらうことにしようと、護衛隊長と話し合って決めたのだ。
訪ねる先とそのスケジュールを書いたリストも渡したら、ダニエルからそのまま突っ返された。
「こういうのはトロン向きだな。あいつなら方々と上手く調整してくれるだろう」
「あ、それなら私、トロン様を呼んできます! お嬢さまとダニエル様はゆっくりお茶を召し上がっていてください」
ささっと二人分の紅茶を淹れたアビーが、浮き浮きと部屋から飛び出して行った。
それを、見送るダニエルの目がいつになく優しい。
「うまくいけば良いがな」
「あら、ダニエル兄様も、あの二人のこと気づいてたの?」
「当たり前だ。大事な弟のことだからな。――今日の茶菓子はシフォンケーキか。こいつは美味いが、どうもスカスカして食った気がしないんだよなあ」
「まあ、兄様ったら……」
ダニエルらしい感想につい笑ってしまった。
「今日は、アビーが珍しいジャムを用意してくれたんですよ。キールハラルのジャムなんだそうです」
瓶の蓋を開けて、赤いジャムをスプーンですくって、小分けにされたケーキの皿の上に乗せた。
とりあえず味見してみようと、ジャムを口にしたのだが……。
「……ん?」
「どうした?」
「甘酸っぱいジャムだと聞いていたんだけど、違っていたから……」
酸っぱさはなくただ甘いだけ。しかもなにかの香料が大量に加えられているようで、ベリーの香りがまったくしない。
「どれどれ」
ダニエルがスプーンですくってジャムを口にして、思いっきり顔をしかめた。
「なんだこりゃ。香水入りのジャムか? キールハラルの奴等の味覚はどうなってんだ?」
「香料入りを好むなんて聞いたことなかったけど……」
保存性を重視し過ぎて、砂糖を大量に使い過ぎるのが難点だと聞いたことがあるが、香料を好むとは聞いていない。
キールハラルの風土を思えば、使うとしたら香料ではなくスパイスだろうと思うのだが……。
あまりの香りの強さにすっかり食欲を無くし、口直しとばかりにふたりして黙って紅茶をすすっていると、ノックの音と共にアビーがトロンを伴って戻ってきた。
「アメリア様、キールハラルのジャムはいかがでした?」
「う~ん、ごめんなさいね。香料が強すぎて、ちょっと口に合わないみたい」
妙に浮き浮きしているアビーには申し訳なかったが、素直な感想を言うと、アビーは不思議そうに首を傾げた。
「前に味見したときは、香料なんて入ってませんでしたけど……」
その言葉に、真っ先に動いたのはトロンだった。




