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悪役令嬢とは気づかずに婚約破棄しそびれました。  作者: 黒田ちか(クロッチカ)
第二章

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 翌朝、木剣のぶつかりあう鋭い音で目が覚めた。

 汲み置きしていた水で顔を洗い、身支度を調えて外に出ると、案の定、脳筋とその弟子達が元気に暴れ回っていた。


「……私達は朝食の支度をしましょうか」

「そうね」

「エリスは向こうに行ってもいいわよ」

「いえ、大丈夫です。一緒に朝食の支度をさせてください」


 このメンバーの中では私が一番美味しいお茶を淹れられますからねと、得意そうにエリスが言う。仕事だから仕方ないといった風ではなかったので、好きにさせておいた。


 朝食の支度と言っても、昨日の残り食材でスープを作ったり、パンや肉を焼いて簡易サンドイッチを作ったり、生野菜のサラダを作ったりする程度の簡単なものばかり。

 普通の侯爵令嬢だったら、野菜ひとつ洗えなかったりするのだろうが、子供の頃から脳筋ダニエルに振り回されてきた私は違う。凝った料理は無理でも簡単な野営食程度ならお手の物だ。

 皆で着々と準備を進めていると、今まで姿が見えなかったトロンが両腕に荷物を持ってやって来た。


「おはよう。ここで放牧している農家の者が来て、朝食にと食材を置いていってくれたんだ。毒味も済んでいるから、有り難くいただこう」

「まあ、なにをいただいたのかしら?」

「絞りたてのミルクとチーズ、それに腸詰めと早摘みのベリーだね」

「早摘みのベリー!?」


 食いしん坊のジューンが、トロンが持っていた紙袋にお行儀悪く手を突っ込んで、ベリーをつまみ食いして、すっぱーいと口を押さえた。


「軽く潰してハチミツとミルクを掛けて食べましょうか」

「それいーね。あたしが作るわ」


 皆で和やかに朝食の支度を終えた頃、汗を拭きつつダニエル達も戻ってきた。


 雲ひとつ無い良く晴れた青空の下で食べたその日の朝食は素晴らしかった。

 美味しい湧き水と絞りたてのミルクで入れたミルクティー。農家の方に頂いた腸詰めは目の前でボイルして、熱々のものを頬張った。

 なによりも素晴らしかったのは、チーズだ。

 冬の間じっくり熟成したチーズを火で炙り、蕩けたところをナイフでこそげ取ってスライスした黒パンに乗せて食べるのだ。

 黒パンの仄かな甘みと練り込んだナッツの旨みが、蕩けたチーズに素晴らしく良く合う。

 王都のハイキング先でも似たような食べ方をしてみたが、不思議と同じ味にはならなかった。

 使われている素材全てが、我が領地のものであることが誇らしい。


(ん~、もう幸せ!)

『よしよし、沢山食べるといい』


 ()()()に唆されるまま、普段の倍は食べてしまったが、美味しいのだから仕方ない。

 甘味は別腹とばかりに、デザートの早摘みベリーのハチミツミルク掛けを食べていると、唐突にダニエルが言った。


「どうせなら、帰りは皆で走って行こうと思う」


 どうせなら、が、どこに掛かっているのか、さっぱりわからない。


「……脳筋め」


 思わず呟いた私に、のうきん? とアビーが不思議そうに聞く。


 『脳筋』という言葉は()()()が、ダニエルのことを『脳筋従兄』、トロンのことを『脳筋の外部頭脳』等とふざけた呼び方をしはじめたことで覚えた概念だ。

 説明するのは面倒だし、ダニエルを馬鹿にしていると誤解されても困るから、なんでもないと適当に誤魔化した。


 そんな私を余所に、エリスがダニエルに噛みついていた。


「アメリア様が病み上がりだということをお忘れ無く」

「分かってるって。アメリアはガラー羊に乗ってけばいい」

「他の女性陣もね。荷物と一緒になっちゃうけど乗れるだろう?」


 トロンのフォローに皆はうなづいたが、意外にもその後、でもいけるところまで一緒に走ってみると言い出した。

 エリスだけなら納得なのだが、アビーとジューンもだ。


「どうして走る気になったの?」


 脳筋が伝染したのだろうか?

 心配した私に、アビーとジューンは恐ろしいことを告げた。


「だって、昨日からちょっと食べ過ぎちゃったし」

「そーよ。このままじゃ太っちゃう。少しでも走って食べた分を消費しなくっちゃ」


 太っちゃう、という恐ろしいキーワードに、ここ最近の自分の食生活が脳裏を過ぎる。

 失恋したならやけ食いすべきだと言う()()()に唆されるまま、食べ続けたあれやこれやが……。


(ジャムやクリームを乗せたシフォンケーキとフローズンヨーグルトの試食は毎日していたし、体力が落ちているからとハチミツ入りのミルクを沢山飲んでたわ。それに、ここに来てからもいつもより多く食べてたし……)

『……すまない。体重のことは考えていなかった』

(いいの。私もうっかりしていたし……)


 昨夜の夕食もかなり多かった。その後、天幕の中で寝る前に有り得ないほど甘い物を食べまくった。そして今も、普段の倍以上は食べている。


「わ、私も走ろうかしら……」

「その意気や良し!」

「駄目です!」


 賛成してくれたのは脳筋だけで、他の皆からは止められて、けっきょく私はガラー羊の背中に揺られて下山することになった。残念。

 ああ、帰ったら体重を確認しなくては。


 ちなみに護衛達は、野営中は見事に気配を消していたが、下山の際は姿を現した。

 鎧を着けて延々と走って下山しながら隠密行動するのは、無理があったらしい。

 任務か訓練か分からないとぼやきつつ、走り続ける彼らがさすがにちょっと気の毒だった。

 苦情は、是非とも脳筋にお願いしたい。


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