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「国王陛下にご報告は?」
「済ませた。フローリアの出生のことで少しばかり渋られたが、最終的に私の決意を認めてくださった。卒業式の舞踏会で婚約を発表する予定だ」
「そうですか。よき決断をなさいました。おめでとうございます。友として、そして忠実なる臣下として心よりお喜び申し上げます」
立ち上がり、まるで紳士のように右足を引き胸に手を当て膝を曲げて一礼する。
侯爵令嬢としては、カーテシーをすべきなのかもしれないが、諸事情あってそれは避けた。
長いつきあいで事情を知っているアルフレード様は、特に気にせず鷹揚に頷いてくれた。
「ありがとう。私達ふたりにとって、君は大切な友人だ。共に過ごした時間が長いせいか、私は君を妹のようにも思っているんだ。これからも今まで通りよろしく頼む」
……妹ですか。
私にとってアルフレード様は、弟のような存在だったのですが……。
同い年の幼馴染み同士、互いを庇護すべき存在と思いあっていたことがなんだかおかしく、そしてこそばゆく思えた。
ここで喜ばしい気持ちのまま、はい、と頷けたら、どんなに良かったか。
だが、現実はそんなに甘くはないのだ。
「申し訳ありませんがそれはできかねます」
「なぜ? 祝福してくれたんじゃないのかい?」
「祝福すればこそです。今まで同様、こんな風にアルフレード様と二人きりでお茶会などしていたら、口さがない者達を喜ばせるだけです。それに、おかしな噂でフローリア様を煩わせたくはありません。これからは、一貴族女性として、節度を持った距離感でアルフレード様にお仕えいたします。――その分、フローリア様とはこれまで以上に親しくさせていただくつもりですが」
「そうか……。残念だが仕方ない。フローリアと三人でなら構わないのだろう?」
「望むところです」
「そうか。良かった。君とは五歳からの付き合いだ。完全に縁を断たれてしまってはやはり寂しいからね」
「そう言っていただけたこと、生涯の宝といたします」
再び一礼して、アルフレード様に促されるまま元通り椅子に座る。
少ししんみりしてしまった場の空気を変えようとしてか、アルフレード様はベルを鳴らし側仕えを呼んで紅茶を入れ換えさせた。
「そうそう。この週末に皆で乗馬を楽しむ予定なんだ。君もどうだい?」
アルフレード様が、侯爵令嬢にも拘わらず殿方なみに乗馬をたしなむ私をいつものように誘ってくださる。
いつもなら喜んで頷くところなのだが、残念ながらここでも私は頷くわけにはいかなかった。
「申し訳ありません。この週末は家に帰らなければならないのです」
卒業式の舞踏会用のドレスが完成したから受け取りに来るようにと連絡があったのだ。
いつもは学園の寮に配達されるのに、どうしてかと不思議に思っていたのだが、先ほどの話で事情を理解できた。
「そうか。学園を卒業してしまえば、今までのように気楽に遠乗りも出来ないだろうから、一緒に行きたかったのだが……。残念だな」
「本当に残念です。いつか、いい機会がありましたら、是非またお誘いください」
「わかった。必ず誘うよ」
「その日を楽しみにしています」
私は微笑む。
そんな日が来ることはもうないのだと知りながら……。