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四方に灯したかがり火の揺れる光に照らされて、私達はのんびりとおしゃべりをしながら食事とワインを楽しんだ。
肉に関してはちゃんと下ごしらえ済みのものを持ち込んだが、他の食材はただ切って塩と香辛料を振って焼いただけ。それだけなのに、普段食べている手の込んだ料理と遜色なく美味しい。
強火で一気に焼くことで野菜の旨みがぎゅっと中に閉じ込められているのか、それともこの場の穏やかな雰囲気のせいか。
乾杯をしたときにゆっくりと沈みかけていた太陽は、すっかり大地に隠れてしまった。
風に吹かれてシャランシャランと鳴っている家畜除けの鳴り物が、かがり火に照らされて七色にキラキラと光っている。
空を見上げると、濃紺の空に驚くほどの星が瞬いていた。
「王都で見るより星の数が多いような気がするわ」
「きっとアメリア様を歓迎しているのよ」
「いや、山の上で明かりが少ないせいだろう」
「もう、トロン様ったら、もうちょっとロマンチックなことが言えないんですか」
「そーですよ。ちょっとお堅すぎです」
「ロ、ロマンチック?」
アビーとジューンに叱られて、トロンはたじたじだ。
トロンは頭が良いが、ちょっとだけお堅すぎるのが欠点で、女性に対してお世辞のひとつも言えないらしい。
それに反して脳筋の兄のほうは、その天然ぶりを発揮して、なんのためらいもなく思うままあちこちで女性を褒め称えているようで、気さくで優しく、そのたくましさも好ましいと領地の女性達の人気は意外に高かったりする。
私の目から見ると、情緒を解さない脳筋としか思えないのだが……。
ちなみに今、その脳筋ダニエルは少し離れたところで木剣を振り回していた。
最初のうちは比較的大人しく肉を焼いて食べたり、ワインを飲んだり、肉を焼いて食べたりしていたのだが、そのうち酔いも回ったのかジッとしていられなくなったようなのだ。なぜか持参してきた木剣を手に素振りをはじめた。
それを見たロランとマテオも、うずうずしてきたようでやはり木剣を手にダニエルに稽古をつけてもらうために席を外した。
それからしばらくして、やっぱり我慢できなくなったエリスがその後を追いかけて、今は四人で賑やかに剣の稽古中だ。
なぜわざわざ遊びに来た先で、剣の稽古などしなくてはならないのか。私にはちょっと理解できない。
「ロランとマテオは随分と剣の腕を上げたみたい」
「そーなの。二人とも商店街の自衛団に入ってから、ダニエル様に剣の稽古を付けてもらっているのよ」
頑張ってるんだからと、ジューンが得意そうに微笑む。
「それより、エリスだ。彼女こそ、随分と腕を上げたな。王都でいい師匠に出会ったのか?」
「そうね。学園でお友達になった方々の護衛達と訓練を積んでいたようなの」
エリスからは、私達が安全な教室で授業を受けている間、アルフレード様やオズヴァルド様の護衛達と腕を磨き合っていたと聞いている。
特にキールハラルの独特な剣術は学ぶことが多いと……。
「学園と言えば、キールハラルの王族がいらっしゃっていたのでしょう? どんな方だったの?」
「噂では、暁の瞳に銀細工のように輝く髪の、それはそれは麗しい殿方だという話だけど……」
「まあ、驚いた。領地にまでオズヴァルド様の噂が届いていたなんて」
「当然よ。だって、キールハラルなのよ」
「まあ、僕らからすれば、遠い異国であるキールハラルは、おとぎの国のようなものだからね」
「おとぎの国……。そうね。確かに、オズヴァルド様は物語から抜け出てきたかのように素敵なお方だったわ。――ちなみに、オズヴァルド様の瞳は暁の色ではなくて、キールハラルに沈む夕陽の色なのよ」
私は、みんなにキールハラルのことを話した。
白銀の髪に夕陽の瞳、艶やかな褐色の肌の麗しの末っ子王子のこと。
そしてオズヴァルド様から聞いたキールハラルの神々の話や、キールハラルでの生活のことを……。
「キールハラルでする野営は、ここみたいに穏やかなものじゃなくて、とても厳しいんですって」
寒暖差の激しい砂漠の夜。
たき火をする燃料にも限りがあるから節約して使い、バターと強い酒精を加えた甘い珈琲で暖を取り、小さな天幕を張って体温を維持する為に寄り添い合って眠る。
そして砂漠の一番美しい時間帯を見るために、みんな夜明け前には起きて、一瞬だけ紫色に染まる砂漠を待ち望むのだと……。
「砂漠が紫色になるの?」
「そうなの。空も砂も紫色に染まるらしいの」
――透き通った紫の空に、消え残った星々がきらきらと瞬く。まるで、アメリアのその瞳のように綺麗で、見飽きることがない光景だ。
いつだったかオズヴァルド様に賜ったそんな言葉を思い出して、私はひっそりと頬を染めた。
「ラクダに半月刀に褐色の肌……。素敵ね」
「アビー。話で聞くより、砂漠の国の現実は厳しいと思うよ」
うっとりとキールハラルに想いを馳せるアビーに、頭でっかちなトロンが砂漠で生きる厳しさを説きはじめた。
いわく、砂漠の国では水が貴重品で、ローダンデール領のように気安く入浴することもできないし、食糧事情だって厳しい。異国の者にとって砂漠の太陽は厳しく、白い肌はすぐに焼けて赤むけになってしまうだろうと……。
『……キールハラルはそこまで酷くはないだろう。片寄った知識がまかり通っているのか?』
(たぶん、違うと思うわ)
私達がいま住んでいる城にも、キールハラルの現状を知ることができる書物はある。トロンがそれに目を通していないはずがなかった。
(トロン兄様、たぶんアビーがキールハラルに興味津々なのが心配なんじゃない?)
『なるほど、そういうことか』
私とワタシは、必死でアビー相手にキールハラルを否定しようとするトロンを生温かな気分で眺める。
ローダンデール侯爵家は、身分の上下にはとても寛容だ。
元々が、貴族の派閥に取り込まれないようにと、政略結婚を拒む家柄なのだ。
そうなると恋愛結婚が主体となり、結婚相手は自分で見つけてくることが多かった。
さすがに主家である我が家の跡取りは、それなりの家柄の女性を妻と迎えることが多いが、分家はそうじゃない。他の貴族家では、きっと考えられないことだろうが、平民との結婚も有りなのだ。
現に、ギャレット叔父様の奥さまは、ヴィロス城で女中をやっていた方で、叔父様に一目惚れされて口説き落とされたのだと聞いている。
だからトロンが、兵士の娘であるアビーを娶ることになんの障害もない。
(うまくいけばいいわね)
従兄の不器用な恋が叶うことを、私は心から願った。




