表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/73

 外出してもいいという医者の許可が出るまでの間、私はとても暇だった。

 仲良くしていた幼馴染み達は医者にシャットアウトされたようで訪ねてきてはくれなかったし、王都にいる弟やフローリア様への状況説明の手紙も書き終えてしまった。

 それならばと、今後の為にも、お父様の代わりにヴィロス城で領地経営を担っているギャレット叔父様に仕事を教わろうとしたのだが、無理するなと断られてしまった。


「恐ろしい目にあっただけではなく、婚約内定も取り消されたのだろう? 心の傷が癒えるまで、ゆっくり休んでいていいんだよ」


 どうやら領地には、私がアルフレード様に失恋したという誤報が伝わってしまっているようだった。

 優しいギャレット叔父様に労りと同情の目を向けられて、なんと反論していいか分からず私は曖昧に笑うことしかできなかった。


『第一王子のことなどなんとも思っていなかったとはっきり言えばいい』

(そんなことできるわけないでしょう)


 心の中で()()()が唆したが、それはさすがに無理だ。

 婚約内定者だった私は、建前上、アルフレード様をお慕いしていなければならない。実は以前から友情以上の感情は抱いていませんでしたと、堂々と口にするわけにはいかないのだ。

 うっかり口にして領地内にそんな噂が広まったりしたら、不敬だと王室関係者に睨まれてしまう。それではお父様にも迷惑がかかってしまう可能性もあった。


(しょうがないわ。ここは失恋したってことにするしかないのよ)

『そうか。ならばやけ食いだな』

(なあに、それ?)

『古今東西、失恋したらやけ食いすると相場が決まっているのだ』


 ()()()はそう言うが、私はそんなこと今まで聞いたことがない。

 たぶんこれは、()()()が生きていた異世界の常識なのだろう。

 だが、これは名案だと思った。

 自然豊かな我が領地は、食べ物の種類が豊富で美味しいことでも有名なのだ。

 私はさっそく城の料理長を呼び寄せて、以前フローリア様から頂いていたレシピを手渡した。


「これは王都で流行っているレシピですか?」

「いいえ。これは私のお友達にいただいたレシピなの。我が領地で作って流行らせてもいいと許可もいただいているから、試しに作ってみてくれないかしら?」


 料理長に渡したのは、アイスクリームとシフォンケーキのレシピだ。

 我が領地では卵も乳製品も新鮮な物が手に入るし、冬場に大量の氷を切り出して氷室に保管してあるから氷菓子を作るのだって王都よりも容易くできる。

 料理長は見たことのないレシピに半信半疑だったが、一度試しに作ってみた途端に目の色を変えた。


「これは素晴らしいレシピですな! 味も食感も素晴らしい!」


 興奮して試作品を持ってきてくれたので、アイスクリームには果物の果汁を、シフォンケーキにはメイプルシロップや茶葉を混ぜ込んでも美味しいらしいとフローリア様から聞いた追加情報を伝えたら、大喜びで調理場に戻っていった。


「これで毎日美味しいお菓子がいただけるわね」

「はい」


 一緒に試食していたエリスもにっこりだ。

 その後、このレシピに夢中になった料理長によって、様々な試作品が持ち込まれた。

 春先で生の果物がまだ手に入り難かったからかリキュールで戻したドライフルーツを混ぜ込んだ大人向けのアイスクリームや、チーズ風味のシフォンケーキ等、料理長が自ら考え出したものもなかなか美味だった。

 特に驚いたのが、ヨーグルトを使ったアイスクリームだ。

 卵は使わず泡立てた生クリームだけを混ぜ込むことで手間を省いてみたら意外に素晴らしい出来だったと料理長本人が自慢していたが、これは本当に美味しかった。

 ヨーグルトのほのかな酸味と生クリームのコク、そしてアイスクリームとは違うしゃりっとした食感が目新しい。真夏に食べたい爽やかさだ。


「卵は処理すれば確かに生で使っても大丈夫なようですが、下手にこの方法を広めるのもどうかと思いまして……」


 うっかり低温殺菌に失敗して、卵にあたる者が出たら困ると料理長が言う。

 その点、このヨーグルトを使ったアイスクリームなら心配ない。


『これはフローズンヨーグルトだな。ジャムを添えたり、メープルを掛けても美味い』


 心の中で()()()がそんなことを言う。


(もしかしなくても、()()()も以前からこのレシピを知っていたのね?)


 卵の低温殺菌のことも知っていたし、きっとそうなのだろう。

 なにか他に知っているレシピがあったら教えてと頼んでみたのだが、あっさり断られてしまった。


()()()はこの世界に()()()が知る知識を広めるつもりはない。知識には危険と責任が伴う。傍観者である()()()にはその資格はないし、アメリアに責任を負わせたくもない』

(たかがお菓子のレシピよ。大袈裟じゃない?)

『油断は禁物だ。なにごとも失敗してからでは遅い』


 やっぱり大袈裟だと思う。

 美味しいお菓子に目が眩んでいた私は、なんとか新しいレシピを教えて貰いたくて食い下がったが、()()()は頑なに無言を貫き通した。

 相変わらずの頑固者っぷりだ。

諸事情により数日更新を休むかもしれません。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ