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王都を離れてから、ワタシは以前よりずっとおしゃべりになった。
たぶん、急激に変わってしまった状況に戸惑い、不安がっている私の気持ちを紛らわせようとしてくれているんだろう。
『焼き餅を焼くより、父上殿が心配してくれたことを喜ぶべきじゃないか? 愛されていると確認できて嬉しいだろう?』
(からかわないで! もう子供じゃないんだから、確認なんてしなくても、愛されてるってことぐらいよく分かってるわ)
法の番人、ローダンデール侯爵家の当主であるお父様は常に無表情で、その感情を絶対に顔には表さない。鋭利な刃物を思わせる冷徹な視線の持ち主だ。
滅多に顔を合わせず、笑いかけてもくれない。それどころか冷ややかな視線を向けてくるお父様の愛情を、子供の頃の私ははっきり言って疑っていた。
熱病にかかったあの幼い日、病床を見舞ってくれたお父様が珍しく心配そうな顔をしていたところをこの目で見ていなければ、疑うどころではなく愛されていないと確信していたかもしれない。
それぐらい、お父様は自分の子供相手に対しても常に冷徹な態度を崩さなかったのだ。
私がお父様の愛情を確信できるようになったのは、婚約候補者に選ばれた後だ。
『困ったことになった。もしもお前が正式に婚約者に選ばれたら、私はローダンデールの当主として、お前を我が一族から切り離さねばならない』
いつもの無表情のまま一人娘に対して非情なことを言うお父様に、その時の私はそれはそれはショックを受けたものだ。
そして、やっぱり愛されて無かったんだわーと、我が身の悲劇に酔いしれかけていたのだが、その時ワタシに指摘されたのだ。
『父上殿をもっと良く観察しろ。特に手が一番わかりやすい』
言われるままに良く見てみると、お父様の手は指が白くなるほどにぎゅうっと握り締められていた。
目線を上げてお父様の顔を良く見てみると、いつもより眉間の皺がほんの少し深くなっているし、口角の角度もいつもよりほんの少し下がっているようだ。
『辛いのだ。ひとり娘に非情なことを告げねばならないことが辛くてたまらないのだ』
だが、法の番人たるローダンデールの当主である以上、ローダンデール侯爵家の独立性を保つ為にも、娘が王家に嫁ぐ事になったら切り捨てざるを得ない。
これはお父様にとってとても辛い苦渋の決断なのだと、ワタシがお父様の気持ちを代弁してくれる。
正直言って、その時もまだワタシの勘違いなのではと半信半疑だった。
だが、その後、私が婚約内定者になった時や、アルフレード様がフローリア様と親しくなったと報告した時等に、お父様の表情をよくよく観察してその感情を推測し続けるうちに、やっと私も本心からお父様に愛されているのだと確信するに至った。
もっとも、ワタシがいちいち指摘して、お父様の気持ちを代弁してくれていなければ、気づけずにいたかもしれないが。
そう言う意味でも、ワタシには感謝しかない。
『……ワタシが私自身の為にやったことだ。礼を言われるようなことではない』
心で考えていることが筒抜け状態だから、そんな私の気持ちが通じたのだろう。ワタシが、妙に一本調子な口調で告げる。
たぶん、照れているのだろう。
こういうところは、ちょっと可愛いと思った。
「一、二年の話ではなく、十年、五十年、百年と、オールモンド王国が内側から弱体化するよう、少しずつ人の心に毒を注入しようとしているのではないかと、旦那さまはおっしゃっています」
そんなフォスターの言葉に、私はハッと現実に立ち戻る。
「もしもアメリア様になにかあったら、ローダンデールとイスナールの間には修復不可能な亀裂が入る。そんな風に、オールモンド国内の貴族間に少しずつ不和の種を蒔こうとしているのではないかと……」
「なんの為にだ?」
「王家を弱体化させて喰らう為にです」
自然の要塞たる山脈を越えて侵攻するのは無理がある。かといって、海路を使うのも難しい。ローダンデールを攻め落とせるだけの多くの兵士を運ぶ船を準備するのが容易ではないからだ。実際、過去には海から攻め込まれたこともあったようだが、一度たりとて上陸を許したことはない。
だからこそ帝国は、内部からの攻略を長期的展望で企んでいるのではないかと、お父様は推測しているらしい。
少しずつ王国内部に不和の種を蒔き王家の力を弱めながら、自分達の息が掛かった者を王国内部に増やしていく。そして、やがてそれらの者達にクーデターを起こさせて、王権を奪うのだ。
「つまり、帝国の傀儡となる王家を新たに作り出す企みだと?」
「旦那さまはそのように考え、以前から警戒しておられたようです」
「随分と気の長い企みだなぁ」
「帝国との境の山脈に、兵を進軍させるトンネルを掘り進めるよりずっと現実的だと思いますよ」
「確かにそうかもしれないわね」
自らの軍を動かすことなく、武器や財力等を融通するだけで豊かな国を内側から支配できる体制を作り出すことが出来るのならば、少しぐらい時間がかかってもやる価値はある。
『半植民地国家を狙っていたわけか』
ワタシの知るその概念が流れ込んできて、私はなるほどと頷いた。
「これは、秘密裏に見張りを続けている工作員達の行動を分析した上での推測なのだとおっしゃっていました。ここ数年、帝国の息の掛かった者が国内に定住しようとする企みが増えていたようで、旦那さまもどのタイミングで奴等を排除するか、その機会を窺っている状況だったと。ですが、今回の一件で一気に暗部を動かす決意がついたようです。さすがにお嬢さまを狙われては我慢ならなかったのでしょうね」
フォスターは当然のようにそう言ったが、私は首を傾げてしまった。




