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「君が『悪役令嬢』じゃなくて本当に良かったと、フローリアが言っていたよ」
「悪役……ですか? 私、演劇をたしなんだことはありませんが?」
学園に併設された高位貴族専用のサンルームで、色とりどりの花々と紅茶をゆったり楽しんでいた私は、アルフレード様の唐突な発言に首を傾げた。
オールモンド王国でも屈指の名家、ローダンデール侯爵家の娘である私が積極的に演劇に関わろうとしたところで、出来ることは寄付か観劇だけだ。演者になれるわけがない。
まかり間違ってそんなことになってしまったら、ただでさえ低い私の侯爵令嬢としての評判が、さらに地に落ちてしまう。
「演劇ではなく、フローリアの夢の話だ」
「夢? 夜に見る夢ですか?」
「そう。夢の中でフローリアは、『乙女ゲーム』なる遊びに巻き込まれていたのだそうだ」
それはシナリオのあるゲーム。
フローリアが現実に出会った事のある人々がそれぞれに役割を振り分けられ、主人公であるフローリアを中心として、フローリアの行動によって変化するシナリオに添って発言し行動するゲームなのだとか。
その中で私は、『悪役令嬢』なる役割を振り分けられているらしい。
「その『悪役令嬢』という役割は、どのようなものなのですか?」
「『悪役令嬢』はオールモンド王国第一王子たる私の婚約者なのだそうだ。その『乙女ゲーム』の中の私は、不実なことに、婚約者である『悪役令嬢』がいてもフローリアに心惹かれてしまうらしいよ」
「……アルフレード様の浮気者」
「アメリア? あくまでも夢の中の話だからね?」
心外だと言わんばかりに、アルフレードが眉をひそめる。
「もちろん、アルフレード様の誠実さはアメリアが一番わかっていますとも。それで、その夢の続きは?」
「『悪役令嬢』だけあって、夢の中の君はかなり苛烈な性格らしくてね」
婚約者を目の前で奪われそうになった『悪役令嬢』は、あの手この手でフローリアに嫌がらせをするらしい。
ノートを破ったり、わざとドレスに紅茶を零したり等のイジメはもちろんのこと、最後には侯爵家の暗部に命じてフローリアを亡き者にしようとさえするらしい。
「夢の中とはいえ、お友達を殺めようとするなんて恐ろしいこと……」
「安心して。その計画は失敗するんだ。……まあ、失敗したせいで、父君に内緒で暗部を動かしたことが表沙汰になって罪を償うことになるんだけどね」
『悪役令嬢』の悪事は全て卒業式の舞踏会で明らかにされ、断罪されるのだそうだ。
『乙女ゲーム』の中では、それを『婚約破棄イベント』と言うらしい。
「……私、『婚約破棄』された上に罰せられるんですか?」
「あくまでも夢の中の話だからね。……良くて修道院送りだそうだ」
「悪い場合は?」
「愚者の塔送り」
「……それは、また……」
「ローダンデール侯爵家の暗部は、実際は国家の影だからね。私的に利用することは許されないから、あり得ない話ではないね」
愚者の塔とは、罪を犯した高位の貴族達が幽閉される場所だ。
一度入れば二度と出ることは叶わず、日差しの入らないじめじめとした冷たい石壁の中で、一日一度、水とパンだけを与えられ、短い生涯を終えることになる。
幽閉なんて表向きで、実際は処刑場だ。
「愚者の塔でじわじわ死んでいくぐらいなら、さっくり首を落とされた方がマシですね」
「アメリア、何度も言うようだけど、あくまでも夢の話だよ?」
さっくり断罪されることを望んだ私を、アルフレード様は苦笑してたしなめた。