1歳
就職活動をするにあたって問題はあーちゃんの託児である。
私たち親子が暮らす王都は託児所は多いがそれ以上に子供も多い。託児所入所は狭き門なのだ。
「ちょっと召喚してみようか」
私の独り言を聞きつけて絵本を読んでいたあーちゃんが寄ってきた。魔素図録は絵本で良いと思う、うん。私は読まないけど。
「おかーしゅーかんある?」
あーちゃんは新しいこと知らないことを見つけると目がキラキラ輝く。召喚に興味があるらしい。
「あーちゃんごめんね。魔法に召喚はあるけどお母さん苦手なの。あーちゃんのお世話をしてくれる人を呼び出そうと思ったのよ」
連絡機で相手を呼び出す。応答あり。
「瑠偉、あなたうちの子の世話しなさい。明日からよ、わかった?」
「はぁ?姉さん何言ってるの。俺大学あるし。まず子どもって何」
「瑠偉あなた大学行ってるのにお馬鹿さんね。子どもがわからないなんて…あらでもほんとうに子どもって何かしら難しい。うちの子天才だからあーちゃんに聞けばわかると思うわよ」
「まさかそのあーちゃんが姉さんの産んだ子?あれ姉さん結婚したの?」
「してないわよ、弟に内緒で結婚するわけないじやない」
「えっ、なんかおかしいような」
「明日朝あーちゃんを大学に連れて行くからよろしくね」
「待って姉さん俺承諾してな…」
連絡機の接続を切る。
よしこれで託児は手配完了。できるお母さんは仕事が早いのだ。
「あーちゃん明日からおじさんと遊んでてね」
「おじ?だー?」
「お母さんの弟で瑠偉っていうのよ。大学で魔法関係の研究者、あれ学生?まあそんなかんじ」
「まほ!まほ!」
あーちゃんの小さい手からくりだされる拍手は悶絶するくらいかわいい。
うちの子ちょっとかわいいすぎるのではないだろうか。
瑠偉の大学は王都大学だ。王都には他の大学はもちろんあるが王都の名を冠しているのはここだけである。王族だって難関試験を通らなければ入学できない。王国一の大学だ。弟は意外と賢い。
最寄り駅に降りると古書店や資材屋が軒を連ね、学生の街がつくられている。あーちゃんは乳母車の日よけの下であっちこち見回している。
王都大学は古い貴族の屋敷を元にしているので所々面影を残している。
今通り抜けた正門もやたら秀麗で、王都大学の野太い文字が似合わない。
構内に入るとすぐに瑠偉が待っていた。
「おはよう姉さん」
瑠偉はあいさつもそこそこに乳母車の日よけを開けた。
「あーい」
あーちゃんは元気にご挨拶した。うちの子礼儀正しい。
今日のあーちゃんの格好は三毛猫耳帽子に同柄のつなぎ、遮光眼鏡。可愛さにチョイワルを加えたら心を鷲掴みにされた。
瑠偉はあーちゃんの帽子と遮光眼鏡をずらして、あーちゃんをまじまじと見た。
「姉さん…なんていうことを」
「じゃあ瑠偉、これがあーちゃんのオムツと着替え、飲み物、おやつ、お昼ご飯などなど入ってるから詳しいことはあーちゃんに聞いてね」
「姉さん赤子に受け答えはできないでしょう」
あーちゃんはさっと文字盤を取り出し瑠偉に見せた。
「なに?ワ、タ、シ、ハ、ア、キ、ラ、デ、ス、ヨ、ロ、シ、ク、オ、ジ、サ、ン…。私はあきらです。よろしく叔父さん、か?姉さんいったいどういうこと?」
あーちゃんのちっちゃな指が一つづつ文字をさしていった。
「おか、ばーばい」
お母さんいってらっしゃい。
私はわめく弟にあーちゃんをあずけ大学を後にした。
向かったのは大月警備保障だ。警備関連企業の大手で従業員の福祉厚生もしっかり。よれば大樹の影というし、子育て中の私に優しいはず。
本社ビルに入り受付に要件を伝える。
「大月宗治さんと面会の約束をしている松本と申します」
大月さんの名前を出したら受付はギョッとした顔を一瞬見せた。むむ受付よこのくらいでうろたえていたらいけないぞ。まだ若い受付を心の中で叱る。
「ただ今確認いたします。少々お待ちください」
しばらく待つと私は大月さんの秘書に連れられて社長室に案内された。
社長室だ。
大月さん社長だった。
前職のとき、やたら仕事の引き抜きかけてきたから、てっきり人事かと。
別人かもしれない。兄弟多いと言ってたし。
「入ります」
社長室に入ると正面に私の知っている大月宗治さんがいた。
大月さんはにっこり笑ってから口を開いた。
「静流くん久しぶりだな。王室警護官は辞めたのか?」
大月さんは社長としてはまだ年若く四〇に手が届くか届かないかくらいだったと思う。身に付けているものや立ち振る舞いが成熟した大人を感じさせる。現場で会った時は頼れる兄貴分だった。
「はい退職してから2年ほどになります」
「腕は落ちてない?」
「自己修練はつんでいましたが、現場に出ていませんのでやや落ちます。しかし現場に出ればすぐ勘を戻します」
「なんでやめたの?」
「出産と育児のためです」
大月さんが持っていた万年筆を落とした。良い品なんだろう、重厚感があり落ちた音も万年筆を落としたと思えないほどだ。
「えっえっ子供いるの!」
「はい。うちの子かわいいです」
「何無表情で淡々と…『氷の堅牢』と言われた静流くんが」
「うちの子のためにも働かないといけないのです。大月さんぜひ私を雇ってください。9時から5時くらいまでしっかり定時で働きますし、転勤出張はしたくありません。年休に扶養手当もたっぷりつけて下さい」
あーちゃん見ててねお母さんは働くために手段は選ばない。
要求を畳み掛け、最後に胸の前で手を合わせ大月さんを小さく見上げる。
友人に教わった、こうすると高い確率で要求が通る高等交渉術らしい。
「宗治さん…お願いします」
声量は抑え目に。友人曰く『中身はともかく、外見は綺麗系でいい乳してるんだから強調しろ』らしい。王室警護官を勤める女に儚げは無いと言い返したら、人は見た目で印象が決まる中身が山猿だろうが効くと返された。さて肝心の大月さんの反応は。
大きな手で顔を覆っていた。
反応が読めない、失敗か。
「ダメでしょうか」
大月さんは顔を覆ったまま首を振る。
しかし大月さんは、こんな様子で社長ができるのだろうか。最初見た時の成熟した大人はどこに行ったのか。
案内してくれた秘書を見る。
「では松本様用意していただいた履歴書を預かります。採用については後日連絡いたします」
きっと秘書がしっかりしているので会社が運営できるんだろう。いい会社だ。
「よろしくお願いいたします」
私は頭を下げて会社を後にした。
大学に戻るとあーちゃんと瑠偉が意気投合して仲良くなっていた。帰るよ、と声をかけると瑠偉にもらった新しい文字盤をみせてくれた。指差し式から鍵盤入力になり画面に表示されるようになった!
『お母さん瑠偉くんすごいよ!すぐ作ってくれたの!』
あーちゃんの鍵盤入力は一本指だけどとても早い。カタカタっと軽やかに文字を打ち込んでいく。
やっぱりうちの子すごい。
「あーちゃんすごいねえ!天才!」
「姉さん輝なら毎日連れてきて。なんならオレ迎えに行くよ」
『瑠偉くんほんと!やったー!』
なんか二人とも仲良くなりすぎじゃない?
お母さんすねちゃうぞ。
ちょっとは寂しいとか、会いたかったとかないのかな。お母さんはあーちゃんのぎゅーを待ってるよ。
でも瑠偉とはしゃぐあーちゃんはかわいい。
うちの子、ものすごくかわいい。
週刊誌「蝶々」23号
過熱する託活!
近年出生数が爆発的に増加し、託児所の入所者定員の3〜5倍の希望者が殺到している。
政府の対応は遅く子を持つ親は生まれる時期を募集に合わせるため出産を早めたりしていることもある。また無許可託児のトラブルも絶えない。
「私なんて託児所決まったと喜ぶのもつかの間転勤でその託児所を辞退することになったの、会社は働けというけどどうしようもない」
仮名ゆー子30代女性