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間話 とある演劇指導員の独白

後期試験終わったぁ~と思って久々にログインしたら

評価がすごいことになってて暫くフリーズしました(笑)


久しぶりの投稿なので、今回はリハビリを兼ねた間話になります



 私は都内でそれなりに有名な演劇の倶楽部で指導員をして生計を立てているしがない男だ。これでもかれこれ二十年近くこの道に携わっており、倶楽部の中でもベテランと呼ばれるくらいには古株だ。倶楽部といっても、参加者はただ演劇を楽しみたいという人から、将来的にはそういった世界でプロを目指そうとする人まで様々な層がある。ここではそう言った人たちのニーズに応えられるようにコースがいくつか設けられており、プロの役者の育成を目指すトップクラスでは、見込みのある人を実地研修と称して実際の演劇に参加させたりしている。ここは多くの俳優や女優を生み出した名門として世間では認知されているため、業界では一目置かれているのだ。そのコネを使えば、それくらいは造作もなかった。



 おっと、話が逸れてきたな。それでは戻すとしよう。

 私がその子(・・・)を目にしたのは、今から10年近く前になる。当時は小学校高学年になったばかりだっただろうか、親御さんに連れられて事務所で顔合わせをしたのが初顔合わせだ。たまたまその時に手が空いていたのが私だったという理由から、その時の面接は私が担当したのだ。

 一見すればどこにでもいそうな男の子だった。黒髪黒目に、スッと伸びた鼻立ち。クセの少ない黒髪は適度に伸ばされ、目は年相応に好奇心に満ちてキラキラと輝いていた。体格は同年代ではやや筋肉質だったが、付き過ぎというほどでもなかった。少なくともインドア派ではないだろう。顔立ちも整っている方なので、このまま成長すればスポーツの得意な運動系男子になるだろうと思われた。



 保護者同伴の簡単な説明と、参加者である少年との一対一の面談。ここで落とされる者は歴代でもそうそういないので、この少年も問題なくクリアした。面接といっても、年齢が年齢なので簡単な質疑応答くらいだ。

 将来どうしたいか、得手不得手があるか、人付き合いは大丈夫か。そういった当たり障りのない範疇での質問だ。その子は初対面である私にちょっと緊張した様子も見受けられたが、緊張し過ぎず緩み過ぎずといった様子で、問題なく受け答えをしていた。



これは期待できそうな子だな



 私のその子に対する面接の総評はそんなところだった。

 演劇の倶楽部というだけあって、同じクラスでもその日その日によっている人間は変わってくるし、外部から臨時で特別指導員が派遣されることもある。同じ人が必ずいるというわけにはいかないのだ。これから先、演劇をする上では初対面の人と共演することなどザラにある。後から矯正することは可能ではあるが、見ず知らずの人にたいして自然体で受け答えできるというのはそれだけでアドバンテージとなるのだ。



 そして、その子が倶楽部に通い出して幾週間か経過したある日。私は臨時で受け持ったクラスで、久しぶりにその子と再会した。とはいったものの、日々の仕事に追われてその子のことはすっかり頭から抜けていた。期待を抱いたその子の様子はどうか、と普段その子の受け持っているクラスの指導員に聞いてみたのだが、彼からはどうにも不思議な返答が返ってきた



『ああ、あの子ですか。ええ、素晴らしい素養でしたよ。それに子供らしく『自分が主人公をやりたいっ!!』っていう駄々をこねたりしませんし、何より拙いながらもちゃんと役になりきれているんですよ』


『ですが何というか、その……うまく表現できないんですが、何処か不気味なんですよね。あの子は』



 不気味とはどういうことだろうか?

 子供らしくないというだけなら、それは早熟しただけにすぎない。そういった子供っぽさを無くした、所謂大人びた子供ならこれまでも何人も見てきたし、眼前にいる指導員も見てきたはずだ。


 その彼が、不気味だと言った


 最初は訳が分からなかったのだが、百聞は一見に如かず、という諺に則り、ならば目で見てそれがどういうことなのか判断することにした。

 今も変わらない、ほぼ毎日のように様相が変わる掲示板を横目があるリノリウムでコーティングされた廊下の先にあるのが件の少年が通うクラスだ。

 ここに在籍しているのは、総じて幼い子供ばかり。演劇に興味を持ち始めた子供を始め、友達と一緒に来たという子、体験レッスンに来たという子と参加している子供たちの動機は様々だ。所謂、本格的でなくただ単に演劇を楽しみたいと思う子供が通うビギナークラスというところだ。



 部屋のドアを潜れば、子供たちの元気な挨拶が出迎えてくれた。年相応にキャッキャッと騒いでいる子もいれば、比較的仲のいいメンバーで会話している子たちもいた。ふと、頭の片隅に少年のことが(よぎ)り、目線だけで探してみたが、思いの外早くに見つかった。その談笑しているグループの中に、件の少年は混ざっていたのだ。最初に抱いた大人びた印象は影を潜め、男友達と一緒に日曜の朝の特撮ヒーローについて熱く語り合っていた。



「あのシーンのレッドはやっぱりすごかったよな!」

「いや、あそこのブルーもかっこよかったぞ」

「なにいってるんだ!やっぱりイエローがいちばんだろっ!」

「おまえら、ブラックこそさいこうだろう!! なんでそれがわからない!!」

「「「いや、それはない」」」

「ひどいっ!!?」



 わいわいがやがやと煩いことだが、子供は元気なのが一番なのだろう。その年相応に溌剌とした様子に、知らぬ間に張っていた肩肘の力が抜けた。やはり、あの時の態度は”そういう場”だったからなのだろう。親御さんに他所では礼儀正しい態度でいなさい、とでも言われていたのだろうか。



───なんだ、ちゃんとTPOを弁えられるお利口さんな子供なだけじゃないか



 懸念は杞憂でしかなかったか。私の心は幾ばくかの重りから解き放たれたような気分になった。

 安堵の吐息を零した私は、一度頭を振って思考を切り替えた。



「よぉーし、皆いるかー? 今日もレッスンを頑張っていこうか!」


『はーーい!!!』



 子供たちの元気のいい返事と共に、その日のレッスンが開始された。この時の私は、懸念なんて言葉を、とうに放棄していたのだ。



 そして始まったレッスンは、いつも通りだった。発声練習に、舞台上で動くためのダンスの練習。人前で恥ずかしがって動きが萎縮してしまうのを無くすための、みんなの前での台本朗読。そして、役割分担をして行うちょっとした演劇。いつも通りのサイクルで、これまたいつも通りの展開。役割分担では子供たちが我先にと主人公やヒロイン役に立候補し、それでいてちょっと時間が押す。そんな微笑ましい光景に、クスリと笑ってしまった私は、既に当時でもおじさん臭かったのではないだろうか?



 その日に行われた演劇──いや、時間もそこまでかからないから寸劇の方がいいだろうか。内容は中世ヨーロッパを舞台にした伯爵家の娘と平民の従者の大恋愛の物語の一幕。本気でプロを目指す子供たちが少ないということで衣装などはないが、劇をするための小道具はこのクラスでも一通り揃っていた。子供たちは自分の配役が決まれば、せっせと──一部ぶー垂れた子もいたが、小道具を手に取っていった。



 劇の出来映えと言えば、まずまず、と言ったところだった。台詞もちゃんと言えていたし発声にも問題はないのだが、如何せん役に成りきれていない。具体的には身振りや手振り。覚えた台詞を詰まることなく言ったり、なるべく聞こえるようにとはきはきした声量で話したりすることはできているのだが、どうにもそっちに意識をもっていかれているようで、完全に棒立ちになってしまっているのだ。



──こればっかりは、経験だからなぁ



 おそらく、中学生にもなれば役に沿った動きをしながら台詞を言えるようになれるのだが、小学生には流石に荷が勝ちすぎている。そこまで求めるのは酷というものだ。


 と思っていたのだが



「どうか、どうか!」


「ならん!! きさまのようなゲセンなヤツが、ムスメとなかむつまじくすることなど、あってはならんのだ!!」



 悪役が、舞台の上で光り輝いていた。その光景に、思わず息を呑んだ。

 場面で言えば、従者である主人公とヒロインである貴族の娘の仲を危ぶんだ伯爵家当主が二人の接触を禁じたシーン。主人公が当主に、彼女との面会のために懇願しているシーンだ。

 しかして主人公であるはずなのに、その彼よりも存在感を示していたのが悪役だったのだ。高圧的な振る舞いの中に、気品の欠片を匂わせたそれは貴族そのもの。そしてそれを演じていたのは──あの子だ

舌足らずで、言葉の意味もしっかり把握しているかどうかも怪しいはずなのに、その指先一つとして抜かりなく、その場にいるのは紛れもない“貴族”であった。



───これが……才能か…



 紛れもない金の卵の可能性を感じた私は、思わずその光景に見入ってしまった。ふと、現実に意識が戻ったのはちょうどあの子が舞台袖に退けた時だった。意識が戻るのを見計らい、待ってましたと言わんばかりに肺が空気を欲した。呼吸を忘れるほどに、私はあの子の演技に目を奪われていたのだ。



 舞台袖の暗がりに姿をくらませたあの子を追って私も移動した。逸る気持ちを押さえつけ、煩いほど脈打つ鼓動を振り払って彼の下に向かった。あれ程の逸材を、ここで腐らせるのは忍びなかった。そのため、プロを目指すクラスへの転向を打診してみることにしたのだ。




 そして暗がりの中で彼の姿を目にした瞬間、思い描いていた輝かしい思考は吹き飛ばされた




 場面転換の合間に水分補給にでも来ていたのだろう。片手で持ったスポーツドリンクを煽っていた。だが、その雰囲気は今までのそれと一変していた。

 暗闇の中にあって尚際立つ濃色の闇。見えないというよりも、近づくことさえ憚られるような、目を背けたくなるような闇。

 それは決して子供が持っていいような、それ以前に決して人が放っていいようなものでない。チラリと窺える横顔には子供特有の幼さなど微塵もなく、生気の抜けた目で何処とも知れぬ虚空を見つめているようだった。

 否、時折生気が戻ってきていることから、それは違うと感じた。


 彼は、必死に抗っているのだ。


 いや、抑え込んでいるといったほうが正しいのだろうか。

 彼が何故ここまでの演技を誇っていたのか、その一端を知ることができた。

 

 あの子が演技が上手いのは、才があるからではない。そう在らざるをえなかったのだ


 自分の本性が何なのか、それをあの子は理解し、そしてそれでは社会で生きていけないと悟った。集団では自分たちと異質なものは危険因子として排除される。それが法則であり、摂理なのだ。

しかしもって生まれたものは捨てられない。ならば、どうするか?


 簡単だ、隠すのだ


 本当の素を晒していては淘汰されるのは自分。それに気づいたあの子の生存本能が、自然と周囲に溶け込めるような能力を強制的に開花させたのだ。そのための演技。ここへ来たのも、その技術をさらに磨くためだったのだろう。そうでなければ、自分は平穏には過ごせないのだから。



「───ッ」



 あの子の瞳がこちらを捉えた。

 視線と視線が交錯する。その時間は、一秒にも満たなかった。あの子の顔が、いつも通り(・・・・・)の表情に戻ったからだ。漏れ出していた深い闇を、霧の如く霧散する。そしてぺこりと一礼して、その場から立ち去った。



「………」



 最早、何も言うまい。彼の擬態(演技)は、子供ながらに頭一つ抜いている。一瞬にして異質なナニかは感じ取れなくなり、一人の無邪気な子供に戻っていた。

 だが、子供故にまだボロがでやすい。あの子が求めているのは、それをなくすことだろう。極力周囲に知られないようにするための、さらに高度な技術。私は完全に気が抜けたところを目撃したために気づいたのだが、普段ここを担当していた彼は、時間経過と共に違和感に気づいたのだろう。彼はこの言い知れないナニかを抱え込んだ少年を、『不気味』と称したのだ。

 ならば、私からしてあげられるのは身を隠す術を授けることのみ。純粋に優秀な役者に育て上げるという概念からは外れているが、それがあの子のためになるというなら喜んで授けよう。



───これが終わったら、私の受け持つ上のクラスへの打診をしてみるとしよう



 彼の本格的な演技指導をどうするか考えながら、私は他の子供の下へと足を運んだのだった



































───よかったぁ、ステージ付近は飲食禁止なのに勝手に水分補給しちゃったから怒られるかと思ったぁ



 尚、本人には全くその自覚がなかったりするのは、終ぞ誰にも知られることはなかった。




先生(; ・`д・´)「あれ、そういえステージの傍で飲食ダメだったよね?」


俺Σ(゜ロ、゜;)「ハッ!? 今何か強烈に嫌な予感が……!」



後程、ちゃんと怒られました

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