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交錯奇縁の新年パーティー3

今話からようやくパーティー本番。

視点は結構動くと思います。



 1月3日。東京都某所。

 聳え立つ摩天楼の一角に、この日は多くのリムジンたちが向かっていた。その建物の名は『帝京ロイヤルタワーホテル』。バブル華やかなりし頃に建てられ、当時の日本経済の成長ぶりを象徴するこの豪著な高層建築物は、今や上流階級者の権威の象徴として扱われていた。今日はその上流階級者たちが一堂に会する新年会のために、タワーを丸々一棟貸し切るという大盤振る舞いが為されている。

 リムジンから降りるのは、見目麗しい上流階級者たち。タキシードやイブニングドレスといった正装に身を包み、品性を携えた彼らの様相は、まるで中世の舞踏会を思わせた。



『なんだか、ここだけ別世界みたい』

『実際その通りだろ? 文字通り、オレらとは住む世界が違うんだから』



 そんな華やかな光景を見下ろしながら、隣でジュースを飲むイヴがボソリと呟く。今の俺たちがいるのは、新年会が行われるホテルの一室だった。常盤家の伝手を使って貸し切りのホテルに割り込む形で取った個室だったが、流石上級階級者ご用達と言えばいいのか、設備だけでなく調度品一つ一つにもかなりの金額が掛けられているのが見て取れる。おかげで仕事前だというのに、広いジャグジーで汗を流したり美味い食事をしたりと、至れり尽くせりを堪能できていた。

 しかしイヴ共々着替え終わってから、それからずっとイヴはそわそわとしていた。



『なんかこの服、ひらひらしてて、落ち着かない』

『似合ってるけどな。まぁ、その内慣れるだろ』

『そもそも、なんでボクがこんな恰好を……』

『護衛の見た目じゃねぇんから、参加者側に扮しなきゃいけないだろ? その服装なら、名家の令嬢と言っても通じるだろ』



 内部に潜入するにあたって、俺たちは周囲の人間に溶け込めるようそれなりの正装(ドレスコード)に身を包んでいた。俺はオーソドックスな黒のスーツで、イヴは令嬢らしさを出すために濃紺のイブニングドレスを身に付けている。腰回りに大きなリボンが(あしら)われ、スカートは三重に重ねられた生地が斜めのラインを描き、デザイン性もさることながら、正面の丈がやや短めに設計されているおかげで動きやすさも両立されていた。いつもはしていない化粧も合わさって、今のイヴはまるで別人のようだった。



『そろそろ頃合いか。………ノエル、配置に着けたか?』

《うん、ばっちり。ついでにここからでも二人はちゃんと見えてるよ?》



 ここにはいないもう一人の様子を聞くために、襟裏に仕込んだマイクにそっと話しかける。すると、その声と共に向かいのビルの一室から灯りが点滅した(合図が送られた)

 今回は狙撃手であるノエルは俺たちとは別行動を取り、向かいのビルに潜伏してもらっている。ホテル内に怪しい動きをしている連中がいないかの監視と、万が一があった際に遠距離から援護して貰うためだ。そしてそのための装備と逃走経路は、ちゃんと用意している。



『そこから見て、中の様子はどうだ?』

《特に何もないよ。みんな楽しそうに喋ってるし。………ホントに護衛の必要あるの?》

『あぁ、ある(・・)。少なくとも、俺らの動向を知りたい連中はいるようだしな』



 そう言って、ポケットに入れていた盗聴器の残骸(ガラクタ)を掌に出して弄ぶ。ルームサービスでやってきたホテルマンの動きに違和感を覚えたから探ってみたところ、運ばれてきた食器の中と、入口付近に盗聴器が仕掛けられていたのだ。こんなものを主催者側の客に仕掛ける時点で、裏に俺らを疎んじる連中が居るのは明らかだ。こちらの姿を視認しているノエルも、その意味をすぐさま理解したようだ。



《ふーん。じゃあ、ちゃんと仕事はありそうだね》

『あぁ、だから怪しい動きがあったら報告してくれ』

《わかった。ついでに、いつでも撃てるようにしておくね》

『十分だ。任せたぞ』

《はーい》



 疑念は晴れたようで、ノエルの声色は明るかった。気負いなんてものは、欠片も見られない。マイクの向こうでは、子供らしい喜色に満ちた笑みと、戦場を生き抜いた兵士の目が同居した、獲物を狙う捕食者の顔をしているのだろう。

 連絡を終えると、俺もイヴに向き合う。



『ノエルは準備ができたらしい。オレらもそろそろ行こう』

『わかった』



 一つ頷くと、イヴはベッドの上のトランクから用意した銃を取り出した。イヴは最近使い慣れてきた M&P9シールドとデリンジャーを、俺は今回用意したSIG SAUER P226と愛用のMP5を取り出して、マガジン交換やスライドの調子を確かめながら装備していく。イヴは慣れないながらも普段の場所に近いスカートの中に、俺は拳銃にサプレッサーを付けていつも通り両脇と背中にそれぞれ銃を忍ばせる。



『それにしても、敵が居たら内密にに始末しろだなんて、今日の仕事は思ってた以上に厄介そうだね』

『退屈するよりいいだろう?』

『殺り方も指定されたから、退屈はしないけど面倒だよ』

『誰しも身内の集まりは邪魔して欲しくないんだろうよ。特に日本人は余計な水を差されるのをかなり嫌うからなぁ』



 日本人らしい気質と言うか。日本人は仲間意識が強く、そして和を乱す者には団結して排斥する傾向が強い。島国という閉鎖的な空間で、外国からの脅威に対抗し続けた歴史がある所為か。それよりはるか昔、大宝時代の五保制度なんてものの所為で下地ができていたのかは知らないが。

 ともかくそういう歴史を歩んできた日本人には、そういった一面があった。そのためこのパーティーに良からぬ連中が紛れ込めば、彼らは協力し合いながら敵を排除しようとするのだろう。しかしせっかく開催されたパーティーを、そんなことで台無しにされては堪らない。今回のクライアントの要望には、そういった思いが色濃く表れていた。



『まぁ、その分報酬は上乗せされるんだ。気前のいいクライアントには、それに見合うだけの働きをしなきゃな』

『わかってる。報酬と対価は絶対対等。それは骨身に染みてる』



 どんな内容であれ、正当な報酬が支払われるなら完遂する。それは傭兵時代に教え込まれた教訓であり、今もイヴの中には息衝いている。そう思わせるだけの説得力が、怜悧な顔に現れていた。



『それなら安心だ。………さぁて、オレらも仕事をするとしよう』



 ポンッとイヴの肩に手を乗せてから、握り潰した盗聴器をゴミ箱へと放り込む。これが敵対者の末路だと言い聞かせるように。ゆっくりと閉める扉の隙間から、最後までその残骸を見つめていた。






◆◇◆◇






「聞いたか? 常盤家の御令嬢と尾末家の令息が婚約するらしいぞ」

「らしいな。引く手数多だったから、遂にってところか」

「俺らに取っちゃ高嶺の花だったけど、やっぱり羨ましいよなぁ」

「まぁ、尾末家も歴史は浅いが国内でかなり力を伸ばしてる家だしな。政略結婚だとしても悪くない相手だ」

「常盤家は海外にも事業展開しているし、この婚約で国内の地盤固めも狙っているんだろ」

「盛者必衰なれど衰えは遥か先、だな」

「まったくだ」



 イヴと別れ、ホールのある階に移動すれば、マックスの耳に彼方此方からそんな会話が聞こえてくる。今日の披露宴は周知のことらしく、参加者は思い思いにそのことで話し込んでいた。こうしたパーティーでは普段知り合うことのない人間とコネクションを繋ぐこともできる場であるため、野心のある人間は一人きりになることはまずない。そんな中だからこそ、態々護衛にまで気を配る人間はおらず、護衛に扮したマックスは怪しまれずに移動できていた。



 そしてさりげなく周囲を見てみれば、いくつか人だかりができていた。

 人だかりの大きさはその中心人物とどれだけ接点を持ちたい人間がいるかによって大きく変わり、その家の影響力を如実に表している。この人だかりが大きければ大きいほど、力のある家の関係者がいるということだ。

 マックスはその人だかりを注意深く見ていき、そして目的の人物がいるのを確認した。



「今宵はまた、おめでたい日となりましたな」

「あの見目麗しいお嬢様にも、ついに婚約者ですか」

「めでたいことですが、父親としては少々複雑でしょうなぁ」

「いえいえ、そんなことはありませんよ。娘も納得した相手なら、親としては祝福してやらないと………おっと失礼、少々席を外させて頂きます」



 視野の端に映る位置でマックスが壁の花になっていると、向こうもそれに気付いたらしく歩み寄ってくる。依然として色褪せない長としての立ち居振る舞いと、それに見合う風格は自然と人に畏怖を抱かせる。そんな長然りとした彼は今日は珍しく、スーツの上に翼を配ったチェーンブローチを付けていた。



 彼の名は、常盤 (しげる)

 世に知れた『常盤コーポレーション』の現社長であり、婚約を発表する常盤 美弥の実の父親であり、今回の依頼主である。そんな彼は、マックスの下まで来ると、一瞬だけ眉尻を下げた。



「………君に会うのも、随分と久しぶりだな」

「えぇ、お久しぶりです。以前にお会いしたのは8月でしたので、4ヶ月ぶりになりますね」



 外から見れば護衛に挨拶をする珍しい主従として見られているのだろうが、その胸中には色々と複雑な思いがあった。娘の友人とその父親。関係性はそれほど強くなくとも、互いに長年顔を合わせてきた間柄であり、相手の為人も知っている仲である。

 そんな相手が、昨年の飛行機事故を生き残り、今や裏社会でも名の通った人物になってしまった。これから社会に飛び立つはずだった若者の、文字通り地に堕ちた姿を見て、如何ともしがたい感情がこみ上げてくる。



「……お気になさらず。私はこれでも、自分が選んだ道に後悔したことはありません」



 そんな彼の心情を汲み取って、苦笑を一つ零したものの、しかし毅然とした態度のままに、マックスは静かに首を横に振った。己が選んだ道と、その十字架は己が背負うものである。だから貴方が悔やむ必要はないと、そっと伝えるように。

 そしてそれを受け取った彼も、少しだけ相好を崩した。



「それと、あまり表立って動けない私に配慮して頂き、ありがとうございます」

「構わんさ。私から頼んだことなのだからな………そういえば、この後美弥に会うのだったな」

「えぇ。ですので、なるべく婚約者殿(フィアンセ)の来ない時間帯と、彼女の居る部屋を教えて頂けたらと」



 無論探せば見つかるのだが、婚約する女性の部屋を年の近い男が大っぴらに探して訪ねるのは体裁が良くないため、タイミングを見計らって訪ねることになっていた。そのタイミングと場所を知らせるのが彼の役目である。


 ……再開の顔合わせのための場でもあることは、知っていてもお互い口を挿まなかった。



「娘の控室は、このフロアの2013号室だよ。婚約者の倬遂君との面会はもう終わっているから、彼を気にする必要はないだろう。30分後に入場の予定だから、それまでは控室にいるはずだ」

「わかりました。では、すぐに向かいます」

「あぁ、それから………」


「おお! これはこれは。栄殿ではないか。今年は良い一年になりそうですな」



 何かを言い掛けた時に、横合いから彼に声を掛ける者が居た。マックスの今の立場は護衛。彼らの話の邪魔にならないよう、一礼をしてからその場を去ることにした。



「……君っ」

「……はい。何かありましたか?」



 しかし、マックスが去ろうとしたところを、彼はもう一度呼び止めた。怪訝に思いながらも、顔に出さないようにマックスが振り返れば、そこにあったのは彼らしからぬ葛藤の色だった。間は数瞬。他に言いたいことがあったろうに、しかし彼の口から出たのは別の言葉だった。



「……娘を頼んだぞ」

「えぇ、勿論です。お嬢様を御守りするのが、私の仕事ですので」



 そう言って、マックスは今度こそ立ち去った。






◆◇◆◇






 マックスが立ち去った後、話し掛けてきた男が盛大に溜息をついた。



「らしくないな、栄殿。護衛相手に長話をしていると、周りに色々勘ぐられるぞ」



 そう言って、男は彼を窘める。先程無理をして会話に割り込んだのも、ある種の警告のためだった。ここは上流階級者のパーティー。そのパーティーの主役の家長が、他でもない護衛の人間と話し込んでいれば、何かあったのかとあらぬ考えを巡らせてしまうのが人というもの。

 現に先程話を切り上げられた人たちは、護衛と話すために話を切られたのかと、内心面白く思っていなかった。



「すまんな。後で詫びに何か奢ろう」

「そういえば、娘がハワイの有名チョコレート店のチョコを食べたいと言っていてな」

「なるほど。では後でそちらに送っておこう」

「一応言っておくが、経費で落とすなよ?」

「わかってる。私の懐が少し寒くなるだけだ」



 こういった場所で、自分では気付かない部分でフォローをしてくれる味方の存在は大きい。そしてこういう味方を作るのがこの場所でもあるため、参加者は皆仲間探しに必死になっているのだ。



「愛娘のためとは言え、そこまで熱心に護衛に指示を出さなくともいいだろうに。向こうも何かあっても対応するプログラムは持っているだろう?」

「そうだな。……私も少し、過保護になっているのかもしれないな」



 チラリと去り行く彼の後ろ姿を見やり、そんな言葉を零す。しかし本当に言いたい言葉は胸に秘めて、そっと零した。せめて胸中だけでも、彼に伝えようと思って。



———生きていてくれてよかった



 そしてこれから先、面と向かって会うこともなくなってしまうのだろうと思うと、何処か寂しさを覚えてしまう。



 彼が思う、いつか酒を酌み交わしながら語り合おうという淡い希望は、淡いままに消えていった。




厳しい言葉を言うパパですが、根は普通に良い人です。

美弥が主人公を何度も家に呼んでいたので、このままいい縁談話がなければ美弥と婚約させて会社を継がせるためにスパルタ教育をする計画があったとかなかったとか。

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