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伝説の始まり 3

お待たせしました。エピローグ回です


 その日、アトロシャスに知らぬ者がいないほどにこの事件は街中に広まった。

街の三勢力の内の二角、玉樹會とフォラータ・アルマの抗争とそれを生き延びた一人の東洋人の話を。


 曰く、『玉樹會の総動員を意に介さず、全てをあしらった東洋人がいる』


 曰く、『その東洋人は二大勢力を相手どって生き延びた』


 曰く、『玉樹會の劉とその東洋人は軍隊相手に対等に渡り合える』

 


 街中がこの話題に持ち切りになり、こうして日が暮れた今でさえ噂話は後を絶たなかった。




……俺のことだな




 おかしい。どうしてここまで事が大きくなった……。確かにある程度名が売れれば余計なドンパチをする必要がなくなると思って『オレ』を演じていたが、何もここまで大層なモノを求めていたわけではない。

 俺の求めていた立ち位置は街の凶悪にして強大な組織から一歩引いた中立の立場だ。それでいてそこそこのコネクションさえ持てれば上々で、チンピラから絡まれない程度に名が知れていればそれでよかったのだ。



 だから敢えて言おう。どうしてこうなった……!




「お前さん、また随分と派手にやったそうだな」

「よせよ、マスター。オレはあくまでちょっかいかけられたから相手しただけさ」

「その結果がこれ(・・)、か。……頼むからウチの店でことを起こすなよ?」

「安心しろよ。オレは平和を愛する男だ」

「どーだか」



 こうして再び酒場にやってきて酒を煽っているのも、半ば自暴自棄と現実逃避のためだ。俺はただ『オレ』を演じて生き延びることに必死になっていただけだというのに、一夜明けてみたらこれだ。面子を大事にするマフィアの粛清被害を銃による牽制と経験則を基にした予測で逃げ切ったら、知らない内に話に尾鰭がついてオレが軍隊相手に渡り合う人外みたいになっていたのだ。当然、『オレ』にそんな大層なことできはしないし求められても困る。そんな人外を演じろと言われても無茶だ。

 しかし、一度出来ると思われた現状、それをやらざるを得ない。できないことがバレたら、それはそれで俺の人生が詰む。なんだ小物だったのか、なら死ね。と今回よりもさらにデカい戦力を投入されて物量で圧殺される未来が容易に想像できてしまう。

 つまり俺は、噂に見合うだけの成果を挙げなければならなくなったのだ。いつも通り演じていればいいだけのはずが、自ら死線飛び込まなくてはならなくなったのだ。

ヤケ酒だって、したくなるものだ



『お、おい……あれって』



 誰かが発した声を皮切りに、酒場の喧騒はより一層大きくなった。チラリと流し目で視線を向けた途端、全力で視線を元に戻した。それはもう、首の骨がバキリッ!といかんばかりの速度でだ。

 酒場の入口の押戸をのけて入ってきたのは黒髪に黒のサングラス、黒のコートに黒の革靴という黒づくめの男


玉樹會幹部、劉 伊健



 昨夜俺を追っかけまわして殺そうとしてきた組織の親玉だった。

 なるほど、遂に俺の首を取りに来たということか……!



『おいおいおいおい、なんで噂の渦中の一人がここにいるんだよ……』

『生き延びたってのは本当だったのかよ』

『あれが玉樹會の幹部、劉 伊健……』



 客の視線を一身に浴びるも堂々とした態度は崩さず、淀みはなく歩みは進められる。一歩進む度に足音が大きくなり、何処に向かって歩いているのか見なくともわかる。今頃、背後では客の視線はあいつに釘付けになっているだろう。客の喧騒が一層大きくなっている。

 そして次第に大きくなっていた足音は、俺の斜め後方でピタリと止まった。

 マスターの視線が突き刺さる。俺に言うな、俺は何も悪くない。



「よお、まだ生きてたか。劉」

「お前こそ、そこらで野垂れ死んでくれればこちらとしてもありがたかったんだがなぁ」

「ハッ! 抜かせよ」



 昨晩と同じく軽薄そうな物言いだが、俺は知っている。この手合いは裏で腹黒いことをさも当然のように考えている輩だ。油断してはいけない。友好的に接して油断させ、いつか俺の首を狩るつもりだろう。



「まあ、ここに来たのは昨日の続きをしに、ってわけではないんだろ?」

「ほお、察しが良くて助かるよ」

「まあいいさ。駆けつけ一杯としゃれ込もうじゃあないか」

「おお、そうかい。なら、遠慮なく頂こう」



 言うに及ばず、ここは酒の席。多少は心象を良くするために俺は酒を一杯奢った。礼節と気遣いは大事であるということは日本にい時に嫌と言うほど知っていたので、さりげない心遣いも問題なくこなせる。

組織というのは面子にこだわるものだ。筋を通さず事を運べば敵を大勢作りかねないし、それはそれで組織の看板に泥を塗ることになるからだ。だからこういった場面では先ず手は出ない。場数を踏むにつれ、相応のマナーは身についているはずだ。これで多少は、逃げの一手を考える時間が稼げた。

 考えろ、考えるんだ俺、でなけりゃ死ぬだけだぞ!



「ウチを相手にして単騎で生き残ったのはお前さんくらいだ。以前はどこにいたんだ? アフガンか? 南米の紛争地帯か? それとも昨今話題になったトルコの宗教戦争か?」

「なんでそんな物騒なトコに行かなきゃならん。……詮索屋は嫌われるぞ?」

「ある程度把握しときたいのさ。ウチが仕留めきれなかった相手なら尚のことな」

「……争いの少ない平和な場所さ。今回みたいにドンパチやると、歯止めが効かなくなるんだ。なるべく平穏無事に過ごしたいものだ」



 主に俺の身に覚えのない噂についてだが

 知らないうちに拡大解釈が多分に含まれた噂が出回っていたらすえ恐ろしい。街中でちょっとしたアクション映画の役を演じていただけで人外扱いされていてはたまったものではない。できれば争いごとの少ない場所に行きたいものだ。



 まあ、あの場所へだけは絶対にゴメンだが



「意外だな。あんなに愉しそうに狂笑し(わらっ)ていたから、てっきりそっちの出かと思ったが」

「見る目がねぇなぁ、俺は平和を愛する男だぞ?」

「ハッ!冗談もほどほどにしとけよ」



 本音を語ったはずなのに即答で切り捨てられた。解せぬ。



「そら、注文の品だ」



 カウンター席に座って語らっている俺たちの間に、低めの声質と共にグラスとウイスキーのボトルが置かれる。一応未成年であるが、酒の耐性が強いことは確認済みなので大丈夫だ。

相手方が酒に強いかどうかまでは分からないが、ここに来たのなら酒が飲めないほどではないはずだ。こ こにいる連中のほとんどがラム酒やウォッカといった度数の高い酒をジュースの如く煽っているので大丈夫だろうという勝手な偏見でチョイスした酒だ。



 さぁて、ここから先は肉体でなく頭を使った戦いだ。言動一つで俺の今後の進退が決まる大一番。間違っても即死にはならないが、俺の歩む人生が荊道どころか地雷原になることはお察しだ。

 選択肢は多数、アタリは少数。一瞬の判断ミスも命取りとなるデスゲームの開幕である。



「それじゃ、取り敢えずはしぶとく互いが生き残れたことと──」

「お互いの健闘を祝して──」



「「乾杯」」





 予定は予想外を以て大きく狂った。一定の距離を置くはずだった三大勢力とは命の張り合いを演じた間柄になってしまい、得られるはずの栄誉は存外すぎる代物だった。これでは突っかかってくる輩のレベルが総じて高くなっただけで、むしろさらに厄介なことになってしまった。

 だが、俺の指針は変わらない。この殺伐とした血と硝煙の蔓延る地で、俺は生き残るために足掻き続けるだけだ。




──さようなら、俺の平穏な人生。そしてようこそ、物騒なオレの人生




 静かに紡がれた心根は喧騒に消えていき、俺は劉との話し合いに身を投じるのだった。






◆◇◆◇






「劉の兄貴、お疲れ様です」

「ああ、車を回せ。すぐに事務所に戻るぞ」

「はい、すぐに」



 フラット・フラッグの店先から出てきた劉を、黒スーツにサングラスという出で立ちの男が出迎える。服装から判断できるように、彼の部下だ。昨晩の戦闘でも真っ先に鉄火場に立った腕の立つ部下の一人で、ずっと治療に専念していたため完治はしていないものの戦闘は可能な程度に動けるようになっていた。

 数十秒も経たずに黒塗りのリムジンが劉の前で停められ、開けられたドアからリムジンに乗り込み、車は夜のアトロシャスに繰り出した。



「アイツはどうでしたか?」

「ピンピンしてたさ。奴の脇腹に一発ブチかましてやったが、動きにまったく違和感はなかった。昨日の戦闘で分かり切っていたが、奴は相当鍛えてる。生半可なものじゃあないな」



 部下から投げかけられた疑問に、劉は言葉を返す。彼はメンバーの中でも特に張と交流があり、それ故に今回の弔い合戦に掛ける思いは人一倍強かったのだ。

 だが、ほぼ全戦力を投入したにも関わらず結果はこのざまだ。こちらの戦闘員は誰一人として殺されず、戦闘不能にされただけ。まるでお前ら如き相手にならないと手を抜かれた気分だった。自ら先頭に立ったというのに、ロクな戦闘もできずに利き腕を撃たれただけで終わった。自分の無力さが、恨めしい。

 自然と、拳に力が籠る



「だけどまあ、今回でわかった。アレは下手に刺激するよりも互いの不可侵と適度な友好関係を築いておいた方がよっぽどウチに利がある。適度に恩を売っておけば、少なくともこちらに牙を剥くことはないだろうさ」

「では、張さんの一件は……」

「残念だが、手を引くしかないな」

「はい……」



 悔しさを堪える部下を尻目に、劉は思考を整理する。

 彼は言った、「平和を愛する」と。その言葉は昨晩の戦闘を見る限り噓か冗談に見えるかもしれないが、劉はそれは真実ではないかと考えていた。

 彼を仕留めるために監視させていた部下から上がってきた報告を精査していても、彼の何処も悪党には見えなかったのだ。いたって普通。根は善人なのではないかと思えるほど、血生臭い世界で生きている人間だとは思えなかった。

 しかし戦闘になれば一転。闘争に飢えた獣の如き獰猛さを身に纏った戦闘狂に様変わりだ。


 そして彼の言った台詞、


『……争いの少ない平和な場所さ。今回みたいにドンパチやると、歯止めが効かなくなるんだ。なるべく平穏無事に過ごしたいものだ』


 これらのことを総括して、劉は一つの仮説を立てた。彼は己の中に宿る真っ黒な一面を認識しているのではないか。黒く、黒く染まった闇は戦闘によって表層に現れてしまう。しかし、なまじ善性を帯びた強固な理性を持っているが故にそれを強引に押さえつけているのではないか。その理性のタガが外れてしまわないよう、平穏な場所で生きてきたのではないか。と



 欠けていたパズルのピースが組み上がり、全ての話に筋が通った。仮説ではあれど、真実に近いのは間違いないのだろう、と劉は確信していた。

 だが、問題はこういった自身の内面に潜む闇を無理矢理抑え込んでいるといつか暴発する恐れがあるということだ。劉の属する玉樹會だって、マフィアの一角。真っ黒なことなど平然とやっているし、多少強引な手段もとることがある。そういった時に彼の琴線に触れて爆発を起こさせてしまうのが、一番面倒なのだ。

 今回のが遊びと思えるような、凄惨な結末が脳裏に過る。



 だが、彼はこの地で万屋を営むとも言っていた。これは劉にとって僥倖だった。依頼という名目でこの街の外の厄介事を仕事としてこなさせれば、多少はガス抜きになるだろう。言動からして彼はこの地で平穏に過ごすために、全力で動くはずだ。ならばこの街に余計な争いを持ち込む火種を、彼に対処させればいい。

 外の厄介事をすべて排除させ、それでいてこちらは街の内部に専念できる。双方がwin-winな関係にある理想的な構図のできあがりである。



「手始めに、何をやらせようかねぇ」



 車窓から見える夜景は走馬燈のごとく映っては去っていくの繰り返し。劉の呟きは、その一幕の中に流れて消えていく。



魔弾の射手(マックス)か……できればもう、お前とは事を構えたくはないよ」



 聞き取れるかどうかの微かな声で呟かれた言葉は、部下に気づかれるわけでもなく、夜の街並みに消えていった。



これを持ちまして、一区切りとさせていただきます

次の更新なのですが、リアルの関係上、来月になってしまうと思います

それまでは暫しの間お待ちいただけると助かります

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