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アトロシャス・デイズ3

他の方の書き方を参考にしつつ地の文を弄ってみたけど結局納得しなくてあまり変わらない文章に落ち着いた。読んでると「いいな」って思ってしまうのはやっぱり隣の芝生は青く見える、ってやつなんでしょうかね。



「はむ………ん、おいしいね」

「でしょ。嗅ぎ分けるの、得意なんだよ」



 ノエルの紙袋からベニエをひょいと一つ摘まみ、イヴはその小さな口で齧りつく。揚げたてで外はサクサク、中はホカホカ。仄かな甘みが舌を刺激し、小腹が空いた昼前には丁度よい量だった。しかし少しずつ食べられるなら次いで次いでと手を伸ばしたくなるのが人の性。湧き上がってくるもう一個食べたいという衝動に駆られ、ふふん と自慢気なノエルの隙を突いて紙袋にもう一度手を伸ばすが、それはノエルの手でペチッと(はた)き落とされた。



「む……」

「あげるって言ったけど、何個も、とは言ってないよ?」

「流石ノエル。こういうことだけ抜かりがない」

「褒め言葉として受け取っておくね」



 姉妹だろうと“おいた”は許さない、言葉がなくともそうノエルの目は語っていた。欲しかったら買ってこいと、つまりはそういうことだろう。イヴは一瞬恨めしそうな顔をするも、ノエルはそんなことを気にする素振りもなしにもう一つを口に放り込んだ。



 別段、ノエルは頭が悪い訳ではない。頭の回転と柔軟さは良い方なのだが、如何せんその方向が悪戯に向けられているのがイヴの悩みの種だった。戦場でこそその柔軟さを発揮してくれれば頼もしいのだが、ノエルは戦場だと感情的になって本能的にしか動けなくなるため、自然とイヴが頭脳(ブレイン)役になるのだ。


 勿体ない。


 それがイヴの思う率直な感想だった。



「そう言えば、喉の調子、良くなった?」

「あ、そういえば。……ちょっと楽になったかも?」



 喉に手を当てて、ノエルは「あー、あー」と軽く発声をして感触を確かめる。

 ユミルに薬は処方して貰ったが、今飲んでおけと言われてあの場で一錠だけ服用していたのだ。時間はそう経っていないが、その効果は確からしい。長く息を吐き続けることができず途切れ途切れだった口調は、今は大分改善されていた。

 ここはかつて過ごしたアフリカの大地とは違い、気候は湿潤で風に舞った粉塵が喉を刺激することもない。酷い時には夜も眠れないほどだったが、ここの気候ならそうはならないだろう。



「うん、いい感じ。イヴの方は?」

「ボクはもう少し、かかりそう」



 イヴも自分の喉の調子を見て、努めて冷静にそう言った。

 薬の作用に個人差が出るのはままあることだが、改善の兆しがあるのなら吉事であることに変わりない。元よりこの喉の所為で声を張り上げることも、長く喋ることもままならず、距離を離せなかったがために二人はツーマンセルで行動していたのだ。そうして常に二人一緒で戦場に立ち戦果を積み続けたことから『双鷲』として名が知られるようになったが、その裏には単にそうせざるを得なかったという事情があっただけのこと。連中がケチらずにトランシーバーの一つでも持たせてくれればどれだけ楽だったか、なんてイヴは今でも過去に悪態をつくことがある。



「でも最悪、これなら少し離れてても指示は出せる」

「ふぅん……また誰か来るって思ってるんだ」

「来るよ。でもその時は、もっと厄介な相手だと思うから、別々になるのも考えてる」



 イヴは半ば確信を持っているように、そう言い切った。彼女の目は今、戦場にいる時のような鋭さを持っていた。その目をしたイヴの言葉に、ノエルは黙って耳を傾ける。

 こういう時、イヴの予想は当てになる。伊達に何年も戦場で頭脳役をやっている訳ではない。指示は的確で、半ば錯乱した自分を引っ叩いてでも引く判断力も備えているから、ノエルとしても安心して任せられる。



「じゃ、その時はイヴに任せるね」



 最後のベニエを口に放り込み、紙袋をくしゃりと纏めながらそう言った。

 命の掛かっている状況でそう言い切れることこそ、信頼の証。その言葉さえ言ったならば、二人にはそれ以上の言葉は不要だった。イヴもコクリと頷くだけだ。



「ん。じゃあ辛気臭い話は終わり。せっかくの買い物なんだからイヴもちゃんと楽しもう?」



 両手で袋をパンッと叩いて、ノエルははにかみながら話題を切り替えた。イヴもそれに倣って、鋭利な瞳を元に戻した。



———でも、もしまた誰か来たのなら……



 その時は、持てる手段で以て全力で退けよう。手持ちは仕込みナイフ一本だけだが、それでもやれなければこの先()きていくことなどできないのだから。

 漸く見つけたこの居場所、そう易々と手放してやるものかと、笑顔の下で密かな覚悟を決めて、イヴはノエルの後についていくのだった。






◆◇◆◇






「いやぁ~眼福眼福。今回の標的(ターゲット)はまた可愛い娘ちゃんだねぇ。女の子は兎も角、男の子も売る所に売ればガッポリ儲けられそうだ」



 とあるマンションの一室。ブラインドを閉め切り、その合間から双眼鏡を覗き込む一人の男が声を漏らした。年の瀬は30ぐらいの、黒髪に紫のメッシュを入れた細身の男で、その声は聞く者を絡めとるかのような、どこか粘性を帯びた声質だった。双眼鏡が向けられているのは今まさに買い物を楽しんでいるイヴとノエルの二人。インテリア雑貨の店主と二人並んで話している様子が、男の目に映し出される



「おいおい、資金繰りが厳しいからって妙な気は起こすなよ? 今回は『あの男の戦力を削げ』って依頼だろうが。売ったら売ったで先方から睨まれるのは俺等だ。()()も揃ってねぇのに黒豹(・・)に睨まれて過ごすなんてまっぴら御免だ」



 その男の背後から、クセのある黒髪を逆立てた別の男が面倒くさそうに苦言を零した。咥え煙草に薄い顎鬚が特徴的な男で、持っていた二つのグラスをテーブルに置いて瓶のブランデーを注くと、そのまま近くのソファにドカリと腰を下ろした。双眼鏡を見ていた男は無言でグラスの一つを掴むと、中身を一気に煽った。



「いやぁそうは言っても、今回の依頼料(コミッション)だとどーしてもこの前の出費と±ゼロにしかならないんだよねぇ。……ていうか、ウチのメンバーでも特に出費の多い君に言われたくないんだけど」

「ほーん? 俺に弾薬代をケチれと?」

「いやぁね? 少しくらい協力してくれてもいぃんじゃないかなーと」

「そんなこと言ったら俺が気兼ねなくぱぱーッと撃ち込めなくなるじゃねぇか。寡黙にグレランぶち込む俺の姿を想像してみろよ。気持ち悪いったらありゃしねぇ」



 考えただけで身の毛がよだつ。そう言って男も自分のグラスを煽った。爆発による火力と範囲攻撃こそ至高と言わんばかりに、毎回ドカドカと擲弾やら手榴弾やらを撃ち込むのがこの男のスタイルだった。チマチマしたのが苦手なこの男らしい戦術だが、そんな男がいきなりもの静かになったらどうか。聞いた男も想像してみるもやはり同じ結論に行き着いたのか、違いないと言って苦笑した。



「ま、君のソレは今に始まったことじゃないからもういいけど。……あぁ、金策はしたいけど今回はちゃぁんと依頼通りに殺るよ。売っちゃえば足がついちゃうし、何より彼の報復は恐いからねぇ」



 標的は、三大勢力に比肩すると言われる男が連れてきた、双子の兄妹。

 どこの誰なのか、どこから連れてきたのか、どれだけ戦えるのか。それら全てが未知数で、そして連れてきたのが『孤高の軍隊(ワンマンアーミー)』とさえ呼ばれる男なのだから、彼に注目している人間からすれば、その存在には否応なしに警戒心を抱かされていた。

 中でも今回の依頼主(クライアント)は、二人の認識が定かではない現状でも二人を脅威と断定して排除する方向で動いた。たった一人ですら組織を相手取れる存在に仲間が加われば、敵に回った時が恐ろしい。それを考慮しての行動だった。

 しかし、馬鹿正直に自分たちの手で潰すと噂が立ちやすい。そこで依頼主はフリーの殺し屋に白羽の矢を立てたのだ。それもちょうど金欠気味な人間に、高額な報酬という餌をぶら下げながら。



 そして、まんまと釣られたのが彼らだった。



「そーそ。前金も貰ってるし、報酬も確約されてる。ならそれ以上は求めちゃいけねぇ。今回の相手はそういう相手だ」

「欲出したら首がぽーんって飛びそうだしねぇ」



 それで最悪な結果を出せば、依頼主とマックスの双方からの二重報復が待っている。方や仲間に手を出されたため、方やバレないための口封じのため。街に蔓延る悪党たちの更に上、そんな階級にいる者たちに銃口(敵意)を向けられては、彼らに生き延びる術はない。

 いずれは、その地位へ。その野望は確かに有れど、今はまだその時ではない。志を同じくする者同士だからこそ、その線引きはしっかりしていた。



「っと、言ってる傍からいい頃合いじゃん。それじゃぁこっちも準備っと……」



 そう言って男はブラインドを中ほどまで上げると、傍に置いてあった狙撃銃を取り出した。



 イズマッシュ社製 軍用狙撃銃 ドラグノフ。


 1960年代にソビエト連邦で開発された軍用狙撃銃で、今尚生産が続いている狙撃銃の中のベストセラーだ。市街戦を視野に入れた速射性と軽量化による運搬のし易さ、そして頑丈さから今でも広く愛されている信頼性のある一品だ。この街でもこの銃を持っている者は多い。



 男は不要になった双眼鏡をもう一人の男に投げ渡すと、弾倉(マガジン)の装填に支障が出ないようバレル寄りに取り付けたバイポッドを窓枠に置き、スコープのピントを合わせる。そしていつでも始められるよう、弾の入った弾倉を近くに置いておく。それは彼なりのルーティーンだった。



「っておい、また酒飲むのかよ」

「いいのいいの。ちょぉっと酔ってた方が頭がすっきりするんだから」

「酔ってるのに頭がすっきりするって何だよホントに……」



 男が呆れた声を出すも、もう一人は相変わらずケロリとしていた。

 そしてすぐ傍のトランシーバーを素早く拾い上げると、男は粘っこい声のままで連絡を入れる。



「もっしもーし。そっちは準備できてるー?」

『問題ねーっスよ。っていうかまだ来ねぇんですか』

『まぁまぁ。今連絡寄こしたってことはそーいうことでしょ?』



 トランシーバーの向こうから、二つの男の声が聞こえてくる。一つは気だるげな声、一つは飄々とした声。しっかり連絡は繋がっているのを確認すると、男は言葉を繋げた。



「流石だねぇレオ君。勘が鋭いのは君の美徳だよ」

『お、おお!? ウィルさんに褒められるなんて今日の俺はツイてるぅ!』

『まーたいつものやつが始まった……』

『あ゛ン!? 俺の興奮に水差すんじゃねぇぞクソ野郎!』

『騒ぐなよ馬鹿レオ。そんなんだからいつまでも三下感が抜けねぇんだよ』



 やいのやいのと、トランシーバーを通して気の抜けた会話が繋がる。とてもこれから自分たちの首が飛びかねない仕事に行く者たちとは思えない会話だ。

 男——ウィルはトランシーバーを握ったままで、向こうの彼らに言及する様子もなく、只々表情を変えることなく彼らの会話を聞いていた。



「チッ、あいつらホントに今回の依頼の危険度わかってンのか?」

「わかってないだろうねぇ。この依頼持ってきたの彼らだし。酒で酔ってる時に依頼主側から大金積まれて即受けしたらしいよ」



 向こうに聞き取られない距離から、苛立ちに任せて舌打ちした男は感情を隠す気がない声でそう言うが、ウィルは相変わらずいつも通りの声だ。これは寛容と言うものだろうか。



 寛容の対義語は狭量だが、組織にとってはどちらが良いのだろうか。

 行き過ぎた狭量さは仲間から自由を奪うが、規律を重んじると言うのであればある程度諌めることは必要だろう。逆に度が過ぎる寛容さは仲間が自由に行動することができるが、だからと言って仲間の行動を全部許してしまっていてはいずれ組織は崩壊する。

 仲間だからこそある程度は許し、仲間だからこそある程度は諫めなければならない。その塩梅は大事だが、ウィルの場合、彼らに対する姿勢は明らかに寛容さに比重が傾き過ぎていた。仲間であるはずなのに、しかしその対応はまるで他人事のように———。



「はいはーい、お喋りはその辺にしといて。そろそろ始めるから合図出したらいつでも動けるようにしといてねぇ~」

『ウィーっス』

『わっかりましたー』



 いい加減二人の思考を切り替えさせるために、ウィルはそう言って会話を中断させる。

 二人が思い思いの返事を返したのを聞き届けると、ウィルは弾倉をセット、コッキングをする。カシャンという音と共に初弾が装填され、いつでも撃てる状態になった。スコープを覗きながら、ウィルはトランシーバーを口元に近づける。



「それじゃぁカウントダウンいくよ~。……………3」



———今日の仕事、実際成功しなきゃかなりヤバいけど、ちゃんと裏道もあるんだよねぇ。



 スコープ越しに見る双子の兄妹は、今も楽しそうに買い物をしている。しかし注視すれば、勘の良い人間はすぐに気付く。



「……………2」



———要はさ、失敗しても彼にバレなきゃいいんだよ。



 警戒を怠っていない。敵がいると疑っていない。いつでも対応できるぞと、常に周囲の様子に気を配っている。戦いに慣れている者の所作だと、わかる者にはすぐにわかる。



「……………1」



———バラす口さえ全部封じちゃえば、どっちに転んでもいいんだしねぇ



 だから、それは必然だった。引き金に指を当てた。その瞬間、向こうと目が合った。



躊躇は要らない、殺れ(Here we go)



———まだ殻を被った小鷲かどうか、しぃっかり見極めないとねぇ



 獰猛な猛禽類の如くこちら睨み付ける金眼に向けて、ウィルは躊躇なく引き金を引いた。




次回は戦闘回です!

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