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戦火に駆られた哀玩人形10

 立ち寄ったハンバーガーショップから車を飛ばし、ここまで乗り継いできたジープに別れを告げて、マックスは空港のロビーに足を運んでいた。内と外に通じる境界線。国と国とを繋ぐ空の玄関口。人種は様々、顔立ちは十人十色。しかしその顔は皆、喜色満面。行きと違い、今は住人の心を縛っていた恐怖が取り除かれたことで空港内は随分と活気に溢れており、すれ違う客や遠目に見える従業員の顔には皆等しく笑顔があった。



 そして変化は、それだけではない。マックスの後ろには今、新たに仲間に加わった二人───イヴとノエルの姿があった。二人はこれほど活気のある空港に足を運んだことがないのか、それともまだ表の世界に馴染みがないのか、務めて平静を装っているようだが度々視線があちこちに動いてしまっている。今は目に映る物全てが、どれも物珍しく映ってしまうようだった。



「すごい活気……」

「人で酔いそう……」



 もっとも、肯定的に映っているかは別として。

 物珍しくはあれど、二人にとってはこの歓声と喧騒の混じる空間はどうも苦手なようで。知らず知らずに蓄積されていた疲労感が好奇心を上回り、どこか疲れたような表情をしていた。



「お前らが元居た場所も十分に賑やかだったが、こっちは戦場(それ)とはまた違った賑やかさだ。今のうちにこの空気を覚えておけよ? これから向かう先は、ここと戦場の賑やかさが混ざったとってもハッピーな街だからな」

「「…………」」

「そんな顔をするなよ。なぁに、あそこは手荒な歓迎さえ乗り切れば俺たちみたいな奴にとって住みやすい街だ。………まぁ、ゴロツキと賞金稼ぎ供のちょっかいを撥ね退けられれば、だがな」



 その言葉を聞いて、胡乱気な二つの視線がマックスへとぶつけられる。振り返って見れば、最低限の喜怒哀楽表現(主に目だけ)で、うへぇ、とでも言いたげな顔がこちらを向いていた。



 その様子にクスリとだけ笑い、気が滅入る話は程々に切り上げて航空券の券売機に足を運ぶ。直前の購入は割高の価格となってしまうが、予定の見通しがわからなかった以上これは仕方がないとマックスは割り切っていた。運よく、似たような駆け込み購入客がいなかったため、券売機ではスムーズに購入まで運ぶことができた。淀みなくボタンをタップしていき、3人分の航空券がすぐさま発券される。



「ほれ、こいつを持っとけ。飛行機に乗るのに必要な航空券だ。……それと、ついでにこいつも渡しておこう」

「? これは……?」

「……手帳?」

「いいや、そいつはパスポートさ。勿論、偽物だがな」



 そう言って、二人分の航空券と一緒にパスポートを握らせる。ピアニーカラーの手触りのいいカバーに、三日月と星を黄色で象ったデザイン。二人の掌に納まってしまうサイズのそれは、この国で正式採用されているパスポートで、当然これらは正規の手続きを踏んで入手した代物ではない。アトロシャスの裏通りに位置する偽装証書を扱う専門店。その手の偽装パスポートに精通している店主にマックスが依頼して用意しておいた簡単に作れる使い切りタイプのものだ。手の込みようは熟練のそれ。パッと見ただけでは到底気付けない出来栄え故に多少値が張るが、写真を用意さえすれば出来は折り紙つきのためどこの組織からも依頼が殺到する代物だ。無論、マックスが使っているパスポートも同じく偽造されたものだ。

 二人はパスポートを裏返したり、パラパラとめくってみたり、下から覗いてみたりと様々な角度から見つめているが、一向に不備らしい不備を見つけられずにいた。



「……よく、こんなのが作れる、ね」

「パスポートを作るのは、お行儀よくお役所を通すかこっそり作るのかのどっちかさ。まぁ、(こっち)側なら態々お偉いさんの認可なんて要らねぇから後者だな。使い切りにはなるが、写真さえありゃあ案外簡単に用意できるもんだぞ?」

「写真を撮るのに、寄り道するって、言ったけど。こういうこと」

「そういうこった」



 ここへ来る途中、マックスたちは空港付近に設置されていた証明写真機へと立ち寄り、二人の写真を撮っていた。その場では説明をしなかったため多少困惑した様子だったが、今渡されたパスポートに自分の写真が載っているのを見て、二人は得心がいったようだった。歩きながら、なるほどといった顔をしている。



「このままここを発ちたいところだが……時間が微妙に余るな」



 そっと左腕の腕時計に目をやり、マックスはそう一人ごちる。なるべく早い便をと思っていたのだが、生憎とフライトの時間が合わず少しばかり時間を余らせてしまっていた。そのためどこかで時間を潰そうかと考えていたのだが───その矢先、チラと視線の端に映った光景を見てすぐさまマックスは考えを改めた。二人の前に片手を出し、立ち止まるように指示を出す。



“街の武装勢力が取り払われたとのことですが、どう思いますか?”


“やっぱり、不安でしたか?”


“今回出動してくれた軍人さんに、何か一言!”



 爽やかな笑顔や、愛嬌のある笑顔。人好きのしそうな、柔和な笑み。その傍らにマイクを添えて、そんな表情を浮かべている3人の男女に、それぞれに付きそう機材を持った集団。緑・白・赤のトリコロールのロゴが入ったバックを持っているのが2組に、赤地に白で三日月と星のロゴを持ったのが1組。早速事態の収拾を嗅ぎつけ、我先に情報を得ようと報道陣たちが空港の利用客たちに声を掛けている所だった。受け手も吉報に気が緩んでいるのか、報道陣たちの質問に気前よく答えている。



「チッ、やっぱりいやがったか」

「マスコミ……?」

「そうだな。できるならかち合う前にここを出たかったが、この際仕方ない。どこかでやり過ごすか」



 予定が狂ったと、マックスが苦々しく舌打ちをする。ここでマスコミが介入してくるのは『フォラータ・アルマ』が外部勢力の横やりを嫌い、電撃作戦を決行した以上予想できていたことだが、その到着が思いの外早かった。一連の事態の収拾を迅速に、且つ大々的にプロパガンダにすることで世論を味方に付けるつもりで予め待機させておいたのだろうが、それがマックスにとっては裏目に出た。



「? 聞かれても、適当に流せば、いいんじゃ……」



 未だマックスと出会ったばかりで、彼の経歴を知らないノエルが思い浮かべる疑問は至極当然のものであり、二人からしてみればマックスがメディアを避けている理由に見当がつかず、その様子を見てきょとんと首を傾げるばかり。しかしマックスはあくまで理由を言いたくないのか、その頭をワシワシと撫でることでそこから先を言わせないようにした。これは自分の問題、だから深く突っ込んでくれるなと。そう言うように。



「よし、それじゃあ適当にイスにでも座って───」

「へぇ……。あなた、メディア嫌いだったのね。ちょっと意外だったわ」

「───ッ」



 鈴の鳴るような、澄んだ声色。

 突如として認識外から投げ掛けられた声に咄嗟に振り返って見れば、透徹な蒼と視線が交錯した。



ハァイ(привет)、マックス。久しぶりね」

「……アナスタシア。何でお前がここにいる?」



 『S.R.H』所属 アナスタシア・S・アリーニナ。

 組織お抱えの精鋭部隊の一角、『ポインター』のエースを担う、類稀なる美貌と手腕を持った一級の工作員。今は白のトレンチコートに、流麗な銀髪を後ろで纏めて黒のベレー帽を被り、サングラスを胸ポケットに差して完全な旅行客の恰好をしているが、彼女が旅行などという目的でここに来ているわけでもなし。本来ここにいるはずのない人物の登場に、マックスは警戒を引き上げた。いつでも拳銃を抜けるように、構えを取った。



「あら、私がここに居たらマズかったのかしら?」

「観光地にしちゃあ、随分と物騒(ナンセンス)な街だぜここは。来る場所を間違えてるんじゃないか?」



 剥き出しの敵意を言葉に乗せて、妖艶に微笑む彼女に皮肉を飛ばす。

 この場は本来、『フォラータ・アルマ』と『ブラック・ギャング』の小競り合いが起きていた場所。常に流動し形を変える情報を得ようと、各勢力が工作員(耳と目)を飛ばすのは理解ができるが、その美貌と相手を墜とす手練手管に長けた彼女(エース)をこの場に送り込むのは明かに不自然だった。彼女は組織の中の、それこそ重鎮の側近として潜り込ませてこそ真価を発揮するタイプの工作員。情勢を見極めるためなら、他の工作員で十分なはずなのだ。



「ふふふ、そうでもないわよ? だってここは、マカロニを転がすのに十分な火が通った街、そうは思わない?」



 その彼女がここにいるということは、つまりは彼女は元々関係者であったということに他ならない。久しぶりね、と。屈んで親し気にイヴとノエルに笑顔を向ける姿は二人と面識があるということを裏付けるようで、二人は伸ばされた手にも嫌がる素振りを見せずに受け入れていた。その様子から全てを察したマックスは、サングラスの奥で胡乱気に目を細めた。



「なるほど……連中を焚き付けたのはお前らか」

「焚き付けた、なんて言うほどでもないわ。私はただ、向こうに情報を流していただけよ」

「敵の動向を筒抜けにしておいてよく言うぜ。そんなものを流されたら、野心のある連中は動くに決まっているだろう」



 そして実際、こうして行動は起こされた。

 レオニダから情報を得ていたマックスは、最適なタイミングと半年もの間バレずに行動できていた彼らに武力以外にも狡猾な一面があると認識していたが、何てことはない。ただその情報を、更に強大で狡猾な組織(『S.R.H』)から流されていただけに過ぎなかったのだ。

 今回の表立った実行犯であり、己が思想のために奮起して立ち上がった武装教徒たちを裏から操っていた『ブラック・ギャング』たちは、更に裏から『S.R.H』によって操られていたというのだ。傀儡が傀儡によって操られていたなど、これを滑稽と言わずして何と言うのだろうか。



「確かに、彼らは上手く動いてくれていたわ。今回は問題なく終わるはずだった……あなたが来るまでは、ね」

「生憎と、何とかしろと言われて何とかするのがオレの仕事でな。それはお前も知ってるだろ?」



 しかしそれもこれも、マックスという一人の男の存在で全てが台無しとなった。

 彼が最初に何と呼ばれていたか、新しい二つ名が呼ばれるようになってから、それを覚えている者はアトロシャスでも一部の人間だけだろう。


孤高の軍隊(ワンマンアーミー)


 その実力は、単騎で軍隊に相当する。一体誰が言い出したのか、一時期彼は確かにそう噂されており、そしてその実力に嘘偽りはなかった。



「はぁ……こういう時のためにこの子たちを呼ぶようにしたのに。次からは軍隊でも呼ぶようにしようかしら」

「争いごとを回避するって方向に頭は回ってくれないのか?」

「それができるならこっちは苦労してないわ。あなたは投げたら爆発する爆弾なんだから。投げ込まれたら素直に諦めるしかないじゃない」

()っでぇ言いようだな」



 しかしそれが、今のマックスの立場を表す最も的を射た表現である。

 “孤高の軍隊(ワンマンアーミー)”、“紛争潰し(ウォーマッシャー)”。そう呼ばれるだけの実力を持つ彼だが、万屋として活動している以上、依頼を受けた場合はクライアント側の所属に付く形になる。彼がそれとなしに流しているため、三大勢力との衝突を避けていることは広く知られていることだが、今回の一件のように背後にある組織が明るみになっていない場合はどうしても衝突が起きてしまう。よくもやってくれたな、と報復するのは簡単だが、それでは今後彼に依頼することができなくなってしまう関係上、他勢力は当たってしまったら“仕方ない”と言って諦める外ないのだ。

 無論、態と他の三大勢力にぶつけようものなら彼から反感を買うのが分かり切っているため、今ではそれはしないというのが彼らの暗黙の了解となっていたりする。



「にしても、やっぱりこいつらが名持ち(ネームド)だったか。道理で苦戦するわけだ」

「あら、知らなかったの? “ダルフールの双鷲”って、アフリカの界隈ならそれなりに名の知れた二つ名よ?」

「そーかい。名持ち(ネームド)が居るってのは知っていたが、誰かまでは知らなくてな。……なら、これは良い拾い物をしたわけだ」

「そう。薄々思ってたけど、やっぱり引き取るつもりなのね」

「元々人手は欲しかったからな。……………………おっと、カメラが遂にこっちに向いたぞ」



 マックスが視線を動かしてみれば、報道陣のキャスターがマックスたちを取材対象に選んだところだった。トルコの放送局の一団が、マイクを持ってこちらに向かってきている。どうやら話している間に思っていた以上に時間が過ぎていたようで、報道陣も他の旅行客に聞き終えたようだった。アナスタシアを始めとしてテレビ映えのする美男美女がいるならば、報道陣が見逃すはずもなく。遅かれ早かれこうなるのは自明の理と言えた。



「それじゃ、私が相手をしておいてあげるから、あなたは先に行きなさい」

「……なに?」



 しかしどういう風の吹き回しだろうか、アナスタシア自らが囮役を買って出ると言い出した。何のつもりだと、その言葉を紡ごうとして───ふわりとした甘い香りとともに、柔らかな感触が頬に伝わった。



「─────────────」

「お前……」



 耳元でそっと呟くと、彼女はマックスが何か言う前にその場を翻して報道陣たちの方へ悠々と歩いていってしまった。彼らもお目当ての人物が近づいてきてくれたのをいいことに、早速彼女へ取材を始めてしまい、マックスは言及するタイミングを逃してしまった。

 勝手に借りを作って断られる前に対価を払うという、奇しくもマックスと全く同じ手段を使われてしまい、マックスは何も言うことはできずその対価を受け取る外なかった。



「……行くぞ、お前ら」

「わかった」

「うん」



 そうして、彼女が作ってくれた隙を突いて、マックスたちは報道陣の横合いを抜けてロビーを後にした。



 ほんの一瞬、ただの一言だけ。

 たったそれだけではあるけれど、マックスは初めて、彼女の本心を垣間見た気がした。






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