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戦火に駆られた哀玩人形9

活動報告でも記載しましたが、前話の後半部分に大幅な改訂がありますので、まだ見ていない方はそちらから見て頂けると今話流れが理解できるかと思います。



 身を竦ませる冬の木枯らしに、空を覆う鉛色の雲を見て、まるで人々の心象を表しているかのようだと言ったのは誰だったか。今ではそれも遠い昔のことのように思える。雲の切れ間から顔を覗かせる太陽が人々を優しく照らし、陰鬱としていた心に光明を齎し、当てられた人に人らしい活力を分け与えている。

 そんな昨日までの様子が嘘と思えるほどに、冷たくとも暖かい景色をハンドルを握りながらスライドショーのように映す車窓から流し見る。



“ああ、やっと俺たちは解放されたんだ!”


“軍人さんたちがやってくれたんだわ!”


“これでもう、ビクビクしながら過ごさなくていいんだ!”



 窓から見える人々は互いに抱き合い歓声を上げ、恐怖が取り払われたことに喜びを露わにしている。その中には、件の少年と先程の少女が抱き合っている姿もあった。

 長らく街に巣食っていた悪を打倒し、人々に平穏を取り戻した功労者(イタリア軍)には惜しみのない感謝の言葉が向けられている。正義が悪を討ち、街に平和を齎すという勧善懲悪物語。その幕引きに相応しいハッピーエンドと呼べる光景に笑みの一つも零してしまうのだが、そんな街の様子を、双子は無感動に眺めているだけだった。



 所詮、自分には縁のないこと。



 そう割り切って、精神と身を擦り切りって、諦観しかできなくなった二人。悪意の坩堝に放り込まれ、欲望の泥沼に引き摺り込まれた哀れな人形。守るべきたった一つの信念のために他の全てを捨て去り、人らしさが欠落してしまった憐れな子供に向けて、マックスは何となしに言葉を投げかけた。



「そんな辛気臭ぇ顔してどうしたよ? あの(ケダモノ)共から助け出されたんだ。少しは喜んでもいいんじゃあねぇのか?」

「別に。どうも、思わない」

「ただ飼い主が、変わった、だけ」

「……そーかい。つれねぇなぁ」



 そう言うも、やはり二人の反応はどこか鈍く、言葉は鉄の様に冷たい。打てば響く音の様に、返ってくるのは素っ気ない機械的な返答のみで、分厚い扉に覆われた心は顔を覗かせる素振りも見せない。まるでそれ以上、こちらに踏み込んでくるなとでも言うように。窓の外を見るばかりで、一時も視線を合わせようともしなかった。



「お前らは─────いや、何でもない。まぁこれから長い付き合いになるんだ。よろしくやっていこうや」



 それでいいのか、と。喉まで出かかった言葉を曖昧に濁しながら、マックスはそう答える。二人の境遇を考えれば、こうなってしまうのも仕方のないことではある。だがしかし、このまま心を閉ざし、他者に興味を示さず、自分の中で全てを完結させ、“生きていればそれでいい”と他者に流されるままにいる在り方で、この先()きていけるのかと問われれば、マックスは否としか答えられなかった。

 マックスが事務所を構えるアトロシャスは、人の善たる外面(ガワ)を剥がされた欲望が渦巻き、他者を食い潰し、裏切りが横行する悪徳の街。生きられればそれでいいと、強者に呑まれることを良しとする弱者が、更に強大な強者によってその強者諸共に駆逐される世紀末の世界。



 そんな街の住人にとって、今の二人は恰好のカモでしかないだろう。悪として悪の街で生きる気概もなく、諦観に染まり、流されるままにあの街に流れ着いた者は、早々とこの世から消えていくのが常だった。そんな中で、運が良いのか悪いのか、アトロシャスにおいて最も注目を集めている個人であるマックスの下にそんな人間が席を置くとなれば、要らぬちょっかいを出す人間が少なからず現れるのは明らかだった。



 マックスは二人を引き取り、事務所の一員として庇護下に置くことを視野に入れているが、基本的に仕事以外で二人を拘束するつもりはない。そのためできることならば早い段階で心を開いて諦観を解き、自分の目が届かない場所でも火の粉を払える程度には前向きになって欲しいとマックスは願っているが、こればかりは当人の心の問題。外野がとやかく言ったところで劇的に変わるはずもなく、アプローチはするものの、このまま静観するしかないというもどかしい状況だった。



「よろしく、ね……」



 と、そこで。徐に二人の視線がマックスに向けられた。擦り切れて何も映さなくなったような濁った瞳が、途端に冷徹な色を帯び、4つの冷たい瞳がマックスを睨み付けるようにして見る。



「…………そんな気遣いは、要らない。どうせ最後は、本性が、出る」

「戦利品の扱いは、どこも一緒。優しい言葉なんて、なくても命令は、聞く」



 悪意のない何気ない一言に、敵意を持った言葉で返される。その言葉は悪意や欲しか向けられ慣れていない二人からしてみれば胡散臭さすら感じられるもののようで、返って敵愾心を煽ってしまったらしかった。低く、それでいて掠れていて、途切れ途切れになった言葉を繋いでマックスを威嚇する。まるで手の付けられない野良猫のようだと、マックスは小さく唸った。



「戦利品とはまた中らずと雖も遠からずだが………自分を道具のように言うのは止めておけ。オレが拾ったのは“ヒト”だ。“モノ”を拾った覚えはねぇよ」

「そんなもの、綺麗事、でしょ」

「そうやって絆して、懐かせて、最後は殺しと、ベッドの、相手だけを、させる」

「どうせあなたも、最後は奴らと、一緒に、なる」

「それなら最初から、優しさなんて、必要、ない」



 冷たく射貫くような瞳に、徐々に感情らしい熱が現れる。但しそれは、決して喜ばしい類の感情()ではない。猜疑と嫌悪と、何かに対する潜在的な恐怖心。それらが混在する負の感情。今までその手の相手の下にいた所為なのか、二人の思考が随分と悪い方向に偏っているのをマックスは薄々感じ取っていた。

 そしてその根底にあるものを、敵意を剥き出しにしている二人の幼子が抱えているものを、マックスは朧気ながらに理解していた。




「頑なだな。そんなに怖いか? …………心を開いて、もう一度壊されるのが」




 その一言で、必要以上に噛みついていた二人が一瞬にして硬直する。まるで冷や水でも浴びせられたかのように、ビクリ、と肩を震わせ、瞼が大きく開かれた。否定の言葉を出そうにも、口をパクつかせるだけで言葉が続かない。人は核心を突かれると否応なしに間が生じてしまうと言われているが、まさにその通りなのだろう。今の二人の行動が、それを全て物語っていた。

 一度か二度かまではわからずとも、本能的に心を守るための壁を作ろうと思う程度には、容赦なく心を壊されたのだろうということは推測できた。そして恐らく、その心の傷はまだ癒えていない。そうでなくてはここまで頑なに、心を開こうとしてくる相手に敵意を向けることはないだろう。




「───そ、れは……それは……!」



 ……キュルルルルゥゥ───



「…………」

「ク、クククッ。ハッハッハッ! 口の方はそうでもないが、腹の方は随分と正直者らしいな。……時間もいい具合だ。飛行機に乗る前に腹ごしらえするとしよう、それでいいな?」



 ようやく、言葉らしきものが口から零れ出たかと思えば、その先は可愛らしい空腹の知らせによって遮られてしまった。どちらのお腹が主張したのか、マックスはわかっていたが言及はしなかった。

 今ので、張り詰めていた空気は霧散してしまった。とてもではないが、話し合いを続ける雰囲気ではなかった。



「…………」

「…………」



 言いたいことはあれど、結局は言えず仕舞い。しかしこのまま続けたところで、言葉が出るはずもなく。どこかモヤモヤとした気持ちのまま、二人はマックスの提案に頷くのだった。






◆◇◆◇






“ありがとうございましたーー!”



 間延びした店員の声を背に受けて、二人は目の前の男の背を追ってついていく。手には世界的に有名なハンバーガーショップの定番メニューがあり、ハンバーガー二つにポテトとドリンクが一つずつ乗せられたトレイを持って適温に設定された店内を歩いていく。軍による一連の制圧作戦があったばかりなのか、店内には喧騒が溢れており、そのどれもが軍についての内容だった。一部では軍が突入するところを見た、と自慢気に言ってたまたま撮影した映像を囲んで大いに盛り上がっている者たちもいる。そんな談義に花を咲かせているのが幸いしてか、二人のボロボロの服装を気にする客はいなかった。でなければ、焦げ跡や切れ跡のある土色のズボンに、体格に付図り合いで破れた跡がある長袖シャツ、明らかにただのアウターに思えないゴツゴツとした常盤色のベスト。首に巻いている年季の入った白のスカーフが辛うじてファッションに見えるという怪しい服装をした双子を見て訝しむ者が少なからず出ていたことだろう。



「さて、今回はオレの奢りだ。遠慮せずに食っていいぞ」



 窓際に空いていたテーブル席に腰を落ち着けると、体面に座った男がそう言った。

 名前は───確か、マックスと言ったか。つい先ほどまで敵として殺し合いをし、そして二人が敗れた男。誘導狙撃に、迎撃用に広域に展開させた“庭”。兵として駆り出されて、そして今まで負けなしだった二段構えを食い破った男。

 そんな相手が今、自分たちに昼飯を奢っている。どうしてこんな展開になったのだろうと、二人は顔を見合わせるばかりで手を付けようとはしなかった。



 だがその代わり、手よりも先に口が動いた。



「なんでここまで、してくれるの……?」

「メリットなんて、どこにもない、はず」



 恐る恐るに問う口調には、疑念と警戒と──ほんの僅かな困惑。

 今までは支給品のレーションや残飯くらいしか食べさせられていなかった二人にとって、ジャンクフードは贅沢品という認識であり、そんなものを雇われたその日の内に奢られたならば、二人にとってそれは当然の疑問であった。

 そしてそれは同時に、了承と拒否の二択しかなかった二人の心に新たに選択肢ができ始めたという、ほんの小さな変化の兆しでもあった。



「何でも何も、オレはお前らの雇用主だ。内定だがウチの従業員が腹空かせてるっていうなら、飯の一つくらい奢ってやるのが義務だろう」



 そして当の本人はそれを何とも思っていないようで、そのまま包装を剥がしてパクついていた。それは本当に自然体で、悪意すら向けて来ず、今まで自分たちを飼っていた人間とはまるで違う様子に、そんなわけあるかという拒絶と同時に、戸惑いを覚えてしまう。



大丈夫(だいじょぶ)大丈夫(だいじょぶ)。生きてりゃきっと、いいことあるさ”



 不意に、姉の言葉が頭を過る。これが姉が言っていた、いいことなのだろうか。

 昼夜を問わず戦わされて、夜は知りもしない相手に犯されて、次の日にはまた戦わされて……。迎撃要員としてこちらに飛ばされたと思えば、気持ち悪い笑みをした男たちに言い寄られ続けて、失敗すれば発案だけして大した仕事もしていない現場の上司に一方的に嬲られ、そして今日は複数の男たちに強姦された。

 そして今日も今日とで耐えるだけだと自分に言い聞かせていた時に、自分たちを負かした男が施設を襲撃し、何の因果かその男が二人の新たな身元引受人となった。そして、これが出された。これは自分たちを油断させるための手段ではと疑ういつもの思考がある一方で、脳裏にチラつく姉の言葉と目の前から漂う匂いが相まって、二人の中で食べてみたいという思いが強まっていく。



 ゴクリ、と。喉を何かが通り過ぎた。



「それとさっきの話の続きだがな。まぁ、お前らがオレを警戒するのはもっともな話だ。ウチは万屋で、しかも場所が場所なだけに今日みたいな物騒な依頼は幾らでも来る。当然、中には殺しの依頼もある。……けどだからこそ、それをやらせるからにはお前らをどこぞの物好きな連中に突き出すつもりもないし、然るべき対価は払うべきだとオレは思っている。装備の工面然り、報酬の支払い然り………新しい従業員への飯の奢り然り、な」



 その最後の言葉が、引き金となった。

 恐る恐る手を伸ばしてみれば、そこから先は止まらない。大雑把なハンバーガーの味の付け方も、若干濃すぎるポテトの塩加減も、少し時間が経って薄まったドリンクの味も。そんなものを気にすることもなく、一心不乱に食べ物を胃の中に押し込んでいた。途中で半分になったハンバーガーが追加されたが、それも一瞬の内に消費されてしまった。気が付いた時に残っていたのは、食べた後の満足感と、中身のなくなった包装紙だけだった。



「いい食いっぷりじゃねぇか。そんなに美味かったか?」

「……別に」

「……そんなこと、ない」

「まぁ、そういうことにしておくか」



 目の前のマックスのどこかニヤニヤした笑みがどこか腹立たしくて、ドリンクのストローに口をつけたまま視線を逸らす。しかしそこは双子である所為か、二人とも同じ仕草をしたためにそれを見たマックスが再びクツクツと笑ってしまった。そしてそれが癪に障ったのか、不貞腐れたように水しか出ないストローを吸い続ける。



「ああ、そう言えばゴタゴタしていて大事な事を聞きそびれていたな。お前ら、名前は何ていうんだ?」



 それを聞いて、二人は咄嗟に答えることができなかった。

 二人は幼くして人攫いに遭い、そして幾人もの手を伝って『ブラック・ギャング』の下に売り飛ばされた。そこでは似た境遇の者たちと識別するための番号のみが与えられ、名前などは存在しなかった。既に心を壊されていた二人にとって以前の名など無意味なものであり、与えられた番号だけが二人の名前だった。今まで機械的に受け入れていたその名前を言うことに、僅かながらに躊躇したのに疑問を覚えながら、二人はマックスにその番号を伝えた。



「1224。名前は、ない」

「1225。向こうにいた時は、ずっと番号で、呼ばれてた」

「……親からの名前は?」



 ふるふると首を横に振る。もう覚えていない、と。言いたくはなかったが、そのことは伝えたかった。



「そうか…………なら1224、お前はイヴ。1225、お前はノエルだ」

「え」

「え」



 突然の出来事に、理解が追い付かずに硬直する。ドリンクを持った手でそれぞれを指し、マックスは順に名前を挙げていく。……否、頭の片隅では、その意味を理解できている。ただその事実を頭の中で消化するのに時間が掛かるだけであり、徐々に噛み砕いていくほどに、身体の奥に仄かな暖かさが湧き上がってくる。



 これは何だろうか。どういう想いなのだろうか。



 長らく覚えのなかった感情。名前すら忘れてしまった気持ちに躊躇こそあれど、そこに拒絶の思いはなかった。



「お前らの名前だよ。イヴ、ノエル。今日からそれが、お前らの名前だ」

「イヴ……」

「ノエル……」



 噛みしめるように、己のものだと刻み付けるように、何度もその名前を復唱する。

 番号ではなく、歴とした名前。モノではなく人間らしい(・・・・・)、ちゃんとした名前。それが自分に与えられた。その事実が、自らが人間として認められたと、人間の仲間入りをしたんだという思いを喚起する。



 自然に、口角が吊り上がる。抑えようと堪えてみるも、口端がピクピクするばかりで余計に変に見られてしまいそうで、伏せたままに顔を逸らし、誤魔化しついでにストローを吸うも、ゾゾゾゾォ──っと底を鳴らすばかり。



 味もない、無味で無意味な行為。しかし何故か、もう少しだけ味わっていたいと、心のどこかでそう思っていた。


難産……こういう主人公以外の登場人物の心理描写が入る話はかなり苦労します。(;´д`)トホホ

世界観や過去の経歴やらを背景にちゃんと“生きている”人間が何を思い、どう動くのか、どう喋るのか。そこら辺を考えながら文字にするのは遣り甲斐がありますが、やっぱり大変な作業ですね笑


それとご報告なのですが、自分は来週から12月中頃まで臨地実習がある関係で更新頻度が非常に不規則になります。一応コツコツ書きはしますが、何分就職にも関わるのでそちらに本腰を入れさせていただきます。更新を楽しみにされている方には大変申し訳ないことですが、ご理解の程よろしくお願いいたします。


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