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伝説の始まり 2

あけましておめでとうございます


今年も、この拙作を読んで楽しんで頂ければ幸いです




 血と硝煙の香りが充満し、濃密な戦場の顔色をした裏路地。チンピラが屯するような穴場スポットといういつも通りの顔色は消え失せ、そこら中に血だまりができ、生死を別つ綱渡りのロープの如く張り詰めた緊張感が漂っていた。飛び交う鉛玉、飛び散る血潮、飛び交う言葉。

 物静かな夜の小道は、銃声と爆発が血生臭い(華やかな)演奏を奏でる舞踏会のステージへと様変わりしていた。



「いい筋してんなぁアンタ! 油断も隙も晒せやしねぇ!!」

「お褒めに預かり光栄だ。なんならもう一発、俺の鮮やかな手腕を味わってみてくれ」

「冗談よせよ。男に撃た(刺さ)れるなんて考えただけでゾッとするわ」

「なるほど、そりゃ違いない」



 銃声飛び交う戦場に似つかわしくない軽い言葉が、ステージ上で交わされる。しかして語り合う両者の手には得物が握られ、言葉を発すると同時に火を噴いている。銃口を向け合い、縦横無尽に跳び回り、立ち位置をとっかえひっかえに入れ替わる様は本物のダンスパーティーのようだ。


 無論、死の舞踏会(ダンスパーティー)とでも銘打たれるのだろうが


 劉が打ち合いを中断して手近な遮蔽物に身を潜めた瞬間、敵対する彼もまたその場から全力で離脱する。途端、その場が一瞬にして爆音と業火に包まれる。空気を裂くように甲高い音を響かせた後に訪れたその轟音は、周囲に存在する空気を押し出すようにして一気に膨れ上がり、人、モノを問わず全てを薙ぎ払う。

 咄嗟に直撃を躱したが、それでも遮蔽物に隠れられなかった彼は爆風までは防ぎきれない。なるべく身体への負担を減らすよう錐揉み状態になりながら地面を転がる。無論、周囲の伏兵に対しての牽制を忘れずに。



「人一人に向かってRPGブチ込むとか……。アレか、俺はお前らにとって戦車か何かか?」

「ハハハッッ!! 強ち間違いでもないかもな。現に生きてるじゃないか」

「うっせぇ!! オレをボルシチにでもする気か!!」

「いや、俺はポトフの方が好きだ」

「よぉーしわかった。今からお前で真っ赤なポトフ作るからそこ動くな。できたポトフは犬に食わせてやる」

「なんだ、食べないのか」

食人文化(カニバリズム)じゃないからな」

「しょうがない、なら鉛玉でも味わってくれ」



 言い終わるや否や、再びマズルフラッシュの嵐が焚く。四方八方から間断なく打ち込まれる銃弾を、しかし彼は巧みな身のこなしで躱し、地面、壁を問わず全てを足場として華麗に舞う。その身のこなしは宛ら蝶のごとし。されど持つのは蜂の毒針。打つ弾は一つとして外れることなく、必中必殺を体現するかのように全て劉の部下を穿っていた。それも急所を避け、しかして戦闘続行は不可能な傷を残していくという集団戦としてはこの上なく厄介な戦法で、だ。救護のための人員なんて持ち合わせていないため、メンバーは自力で戦線離脱をしなければならない。それを狙ってやっているというなら、とんでもない大物だ。

 因みに、当の本人は全て外れていると信じて疑っていない。未だ敵がいるのは腕の立つ人間がほとんどやられたために仕方なく劉が下の連中を掻き集めているからであって、決して最初からいたメンバーがまだ戦闘しているわけではないことを、彼は知る由もない。



 このRPGは、劉は当初は使うつもりはなかった。使えば戦闘をしていると他の組織に嗅ぎつけられるし、介入されるとこの上なく面倒だからだ。この一時的に低下している戦力の中で襲撃されるとなれば、最悪の場合は自身も死にかねない。故に使ったなら、早急にケリをつけなければならない。

 どちらが先に力尽きるか。彼は弾薬、劉は人員。先に尽きた方が負けのチキンレース。この戦闘は、そう言った色合いすら匂わせているのだ。



 それでも両者は互いの切迫した状況を悟らせないよう、軽口で誤魔化し合いながら撃ち合っていた。双方は正確無比な射撃センスを持つ強者(つわもの)だ。だがその彼らが対峙して尚、どうして双方が生き残っているのかと言われれば、それは二人ともが回避も上手いからだ。

 東洋人の彼はその抜群の運動神経でアクロバティックかつ合理的な避け方で全ての銃弾を紙一重に避け、劉は場数を踏んだことで得た絶妙な位置取りで遮蔽物を上手く使い、直撃を避けているのだ。

 ただ、双方とも一流のガンマン。避けきれず服を掠るものも仕方ないと言える。直撃はなくとも、その身体には至る所に銃弾が掠めた痕が見受けられた。



「おいおい、この服はそれなりに値が張る代物なんだぞ? こんな穴だらけにして、ちゃんと弁償してくれるんだろうな?」

「風通しがよくなっていいじゃねぇか。夜風に当たって気持ちよく寝れるぞ?」

「生憎とこんな状態で寝たことはないんでね」



 言って再び銃を構える。彼の持つSV インフィニティの一挺が吼え、劉の隠れている壁面を穿つ。劉は即座にその場を離れ、近くにあった小窓からガラスごと彼に向かって発砲する。飛び散るガラス片に甲高い破砕音。それらをすり抜けて、劉の放つ弾丸は彼に迫る。

 しかし、彼はそれを不敵に嗤い回避する。バク転の要領で空中へ身を投げ出し、上体を後ろに倒して弾丸の軌道から回避する。牽制を含めてほとんど直撃コースだったそれらを、いっそ称賛したくなるような鮮やかさで避けて魅せる。



 そしてそんな彼が銃口を向けたのは遥か上空。劉の部下は確かにすぐそばの屋内の最上階に配置展開しているが姿は見えない。では何故か、その理由は目を凝らせば自ずと見えてくる。


月を背にし、無音でこちらに落ちてくる幾つもの愉快な果実(手榴弾)


 一度喰らえば満開に花開き天に召されること請け合いの極上の果実が、彼に迫っていた。だが、彼は動じない。いつだって不敵に、不遜に嗤ってことを成す



「知ってるか? 手榴弾(そいつ)は爆発までラグがあるんだよ」



 はたして、先に花開いたのは彼の銃だった。二挺から高速で放たれる弾丸の嵐は正確無比に手榴弾に当たり、その勢いを以て上空に押し返した。

 直後、爆発。RPGにも負けず劣らずの大花火が裏路地を緋色に染める。

 手榴弾は、ピンを抜いたところで即爆発するわけではない。ピンを抜いてから数秒間が開くのだ。だから彼は、爆発位置を遠ざけ爆風が自分にまで飛んでこないよう空中を落下中の手榴弾を全て弾丸で弾いて、さらに上空へ弾き飛ばしたのだ。


 弾丸という点の攻撃(ピンポイント)で、手榴弾の重心を全弾正確に当ててみせたのだ。


 これには劉も言葉すらでない。弾切れを起こして装填し直していたマガジンを入れる手が思わず止まった。なんとデタラメな男か。どこの映画から飛び出してきた主人公なのか、正面切って問いかけてみたい。



「ヒュ~、イカした野郎だぜまったく」



───さぁて、どうするのが正解か……



 言葉尻は軽薄そうに、しかして内面は冷徹に状況を俯瞰し頭を回す。

 組織に喧嘩を売った不届き者に、組織の長としてここで落とし前を付けて置かなければならないという思いがあるのは確か。しかしコソ泥風情と侮っていたが、それはとんだ計算違いだった。藪を突いて現れたのは、蛇どころではなく人食い虎であった。犠牲を考慮に入れるとしても、無理をして斃すには余りに元が取れない。これ以上の戦力低下を避けて停戦に持ち込むべきだという思いもあるが、しかしそれでは組織の面子に関わる。ここでおめおめ引き下がればこちらの名で裏取引をしている相手から舐められることだって考えられるし、他所の組織から余計なちょっかいを掛けられるかもしれない。

 選択にはメリットとデメリットが付き物だ。それらを天秤にかけ、どの選択が一番メリットがあるかを見極め、選びとる。

 だから今回も、彼は最善を選び取る。掛け金(ベット)は自分の命、得るのは全てを解決させる結果。オッズは張った。得られるのは最高の結果。ハイリスクハイリターンの賭けだが、それを全て左右するのは自分の腕のみ。


 ならば、信じて賭けようじゃあないか



───さぁて、ひと肌脱ぐとするか



バァン! バン! バン! バァン!



 彼の着地のタイミングを狙って放たれた弾丸は正確無比に。しかして彼はおくびにも出さず、獣の如き俊敏さを以て全てを避ける。そして振り向きざまに、4発の銃声がこだまする。お返しのつもりだろうか、愉しそうな笑みを浮かべたまま、劉の放った弾と同じ数だけ返ってくる。

 生粋の戦闘狂(バトルジャンキー)を体現したかのように、彼は戦闘を愉しんでいるように見える。この手合いには同じ土俵には立たないのが鉄則だが、劉の瞳に迷いはない。意を決して、その身を大胆に戦場に晒した。



「ハァァッッ!! 愉しくなってきたじゃねぇか!!」



 豪快に笑い飛ばし、動きを最低限に止め、急所を外れたものは意に介さず撃ち返す。脇腹、肩に銃痕が空き、鮮血が服を濡らすも気にも留めず、劉はただその引き金を引き続ける。それまでの劉にしては考えられない奇行。自殺行為にも等しいそれは、仲間ですら度肝を抜くものだった。

だが、何も考えなしに行動に移した訳ではない。ただ、劉は相手の土俵に立ってやっただけだ。戦闘狂は同じ土俵での戦いが白熱ればするほど苛烈さを増し、頭に血が上る。それこそ残弾数すら考慮する(・・・・・・・・・)暇を無くすほどに(・・・・・・・・)


 肉を切らせて骨を絶つ


 劉はその身を危険に晒すことも厭わず、ただ相手を煽ることに徹したのだ


 煽る、煽る、煽る


 恰も自身も戦闘狂だったかのように演じ、苛烈さを増すように誘導する。それが功を奏したのか、東洋人の口もさらに口角が上がる。注意が自分に向き、部下から注意が逸れる(・・・・・・・・・・)

劉が苛烈に攻め立てることで余裕がなくなってきたのか、避けはするもののもう部下に対して撃ってはいない。思惑通りの結果に、劉はさらに口角を吊り上げる。



「テメェ……それが本性か。『サイコ』の『ノーマン・ベイツ』もビックリするくらいの豹変ぶりだぞ?」

「血が騒ぐのはしばらくぶりでなァ。そら、俺を愉しませてくれ!」

「ハッ!! いいねぇ、そうじゃねぇとな!! 上等だ、ノッたぜ!!」



 そこから先は、もはや獣の織りなす決闘であった。


 踊る、躍る、踴る。

 そこにあるのは二人の獣畜生(ダンサー)による闘技場(独壇場)。血潮を求め、得物を振るい、二転三転と状況が動き回る。見る者全てを魅せる闘い(ダンス)を両者は繰り広げる。拍手喝采の如き銃弾降り注ぐ舞台の上で、両者は相対し殺し合う。

撃ち合う度に両者はどこかに傷を負い、そして傷を与える。終わりなく繰り返されるその惨劇は、しかして唐突に響いた通信によって幕引きとされた。



『り、劉の兄貴!! 周囲に展開する武装集団が! おそらくイタ公のr──ア”ア”ア”ア”ァァァァ!!!──』



 インカム越しに響き渡る断末魔。劉の首元に取りつけられたそれから発せられた音声は、ワルツを踊っていた二人にとって雑音でしかなく、それでいて劉の自傷行為すらも裏目に出るような最悪の凶報でしかなかった。危なげなくも順調に事が進んでいったというのに、横合いから土俵すらひっくり返すダークホースが現れた気分だった。

 唯一助けとなったのは昂っていた彼の気も収まり、こちらとの交戦の意思が薄れていたことだろうか。

───実際、内面(なか)では始終どうやって生き延びるか思考を巡らせまくっていたので、これは彼にとって渡りに船なのだが。それを知る者は誰もいない。



「やれやれ、漁夫の利を狙われたか」

「なんだ、オタクは敵が多いのか?」

玉樹會(ウチ)は大組織なんだ。そりゃあ敵だって大勢いるさ」

「なら、しょうがねぇか───ッ!!」

「チッ、思ってたより随分早いな」



 野生の勘と熟練の勘が屋上に敵影を捉え、踵を翻して全力で駆けだす。その二人を追随するかのように、地面に無数の穴が空く。捉えた者を冥府の門へご案内する死神からの洗礼のスコールである。捕まれば、一瞬で挽き肉にされることは目に見えていた。H&K MP5の連続射撃音が夜闇を裂き、二人が走るコンマ数秒後ろを弾丸が穿ち地面を穴あきチーズに変えていく。間一髪で屋内の物陰に滑り込んだ二人だが、それでも暫くはスコールは止みそうにない。今尚撃ちつける9パラの弾雨(スコール)は窓を貫き、ガラス片は飛び散り続けている。



「おいおい、こりゃあやばくないか?」

「ま、確かに状況は芳しいとは言えないな……ウチの部下も交戦してるだろうから増援も呼べそうにない。完全に手詰まりだな」



 つい先ほどまで命のやり取りをしていた間柄だというのに、二人の会話に微塵も陰りの色は見えない。しかし、それは第三勢力という双方にとって共通にして厄介な敵がいる状況故の仮初の休戦に過ぎない。それさえなければ、二人がこうして同じ場所で、共同で問題の解決に当たることはなかっただろう。何しろ、相手は組織のナンバーツーを殺した男だ。



「敵の検討はついてるか?」

「発砲音からしてH&K MP5……ヨーロッパの軍隊で主流に使われている(やつ)だな。あそこはマフィア撲滅運動期にEU加盟国内で武装を統一させていたはずだ。その銃を大量所持している段階でおおよそ検討はつく。(やっこ)さんらの名は『フォラータ・アルマ』──現役のイタリア軍人共だ」

「おーおー、軍隊とは穏やかじゃないな」

「この街に穏やかさを求めること自体が場違いだろう」

「違いねェ」

「で? そっちは何か手があるのか?」

「あるぜ? これだよ」



 そう言って、彼は手にする二挺の得物を上に向ける。嗚呼、なるほど、シンプルでわかりやすい。変な策を弄するより、よっぽどこの鉄火場に相応しい策じゃあないか。


 圧倒的窮地? 絶体絶命?


 それがどうした。この欲望と策謀が渦巻く混沌のみが支配する裏の世界に、安寧の地など存在しない。どれだけ過酷な地でオアシスを創り上げようとも、寛いでいる時に寝首を搔かれることなどざらである。オアシスを求めるのならば、圧倒的理不尽(砂漠の砂塵嵐)を生き延びるだけの実力と頭脳を持たなければならないのだ。それに、自分は幾多の修羅場を乗り越えてここにいるのだ。なら、やることは何も変わらない。

 劉の口角が獰猛に吊り上がった。



「フッ、聞くまでもなかったな」

力こそがすべてシンプル・イズ・ベスト。この世界じゃ常識だろ」

「ああ、そうだ。そうだった。どれだけ策を講じようとも、結局最後に頼るのは己の力のみだ。なら、今回も愛銃(コレ)で切り抜けるまでだ」

「何なら、オレが手伝ってやろうか? オレはこっちで万屋をやろうと思ってるんだ。依頼料はそっちの幹部を手に掛けたことをチャラにするってことでどうよ?」

「ほう? 万屋ね……だが、いくらなんでもその依頼料は承認できんな。今回は玉樹會(ウチ)が手を引くというのが妥当なトコだろう」

「ちぇ……オーケー。今回はそれで手を打とう」



 いいことを聞いた。そう言わんばかりに怪しい笑みを浮かべる劉だったが、値負けするつもりはない。東洋人の要求をぴしゃりと打ち切り、落としどころを提示する。彼からしても、別段悪くない条件だったため渋々合意した。

 本心としては今後の火種を消しておきたいところだったが、取りあえずこの場は依頼をこなせば安全が確約されるのがわかったので仕方なく手打ちとしたのだ。



「そういえば、俺はお前の名前を知らないな」

「ああ、言ってなかったか。そうだな……────、と名乗っておこうか」

「────か、なるほど。じゃあ────、イタ公どもの額にマカロニ拵える準備はいいか?」

「いつでもいいぜ!」



 こうして二人は、再び銃弾飛び交う戦地へと赴くのであった。


 この後、劉は身を以て知ることになる。────の名の、本当の意味を。


 これから繰り広げられる戦場は、カーリ・マリア・フォン・ウェーバーが創りしオペラの舞台であったことを。






この後、後日談を一話挟んで一区切りです

構想はできてるので、なるべく早く投稿するつもりです

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