戦火に駆られた哀玩人形8
9/16 場面展開が見直していてもあまり納得がいくものではなかったので、後半部分を改稿しました。
場所は変わってコテージ前の開けた広場。
元は敵が使用していたジープを停める場所だったが、今はジープとは別に森に同化する深緑色で塗られた軍用四輪駆動車が何台も停車し、物々しい装備に身を包んだ軍人たちが毛布や厚手のコートを羽織らせた女性たちを介抱して回っている。保護した女性は20と……2人。中々の数だが、予めレオニダに連絡して手配してもらっていたため、用意した輸送車で十分に彼女たちを街まで運べるはずだ。
そこから少し離れた場所にあるジープに背中を預け、その光景を眺めていると、不意に隣にやってきたレオニダが俺と同じように車両に凭れ掛かった。
「まったく、つまみ食いをしたかと思えば次に間食とは……君はまた随分と食い意地が張ってるねぇ」
「そう言ってくれるなよ。労なくして実を取れるんだ。それ以上は野暮ってもんだろ?」
「その結果別のところに飛び火しちゃったら収支ゼロどころか赤字じゃないか」
「ハッハッハッ。そいつぁ違いねぇ」
半ばわかってはいたが、裏路地での一件が予想以上にマズかったのだろう。肩を竦めておどけてみせるが、レオニダの言葉にはやはり棘が含まれている。皮肉が飛んできているのが良い証拠だ。
輸送車を手配してもらった時にも、電話越しとは言え通達はしたはずなのにこれはどういうことか、と問われたし、近くに敵対する人間がいないのを確認した上で襲撃したと言ったが、向こうが分かってくれているかどうかは微妙な所。説明したところで殺気感知は俺個人の感覚でしかなく、そして事は政治的な問題に発展する恐れのある内容のため、慎重になっている向こうの信用を完全に得られるわけでもなく、下手に弁明を繰り返せばその分だけドツボに嵌りそうだった。
───チッ、こりゃぁ完全に裏目に出たな……。
この失態を些事と言い切って有耶無耶にすることもできるが、それが最善でなければそういうわけにもいかない。レオニダをはじめとした『フォラータ・アルマ』の人間を見て何となく思ったことだが、こいつらは与えられた仕事をキッチリこなすことを第一とし、それ以外の行為を余剰と考える節がある。要はこいつらは10を求めるが、11までは要らないと考える人間なのだ。軍というチームプレーに重きを置いた組織であるため、その傾向が強いのだろう。
そんな彼らからしてみれば、俺の行動は余計でしかないのだろう。今回の案件は否応なしに表沙汰になるものだし、向こうからしてみれば俺には手順通りに事を運んで欲しかったのだろう。直接的に言ってこないあたりまだ問題にはなっていないようだが、後々この問題が大きくなった時に何を言われるかわかったもんじゃない。
違反には、それなりの対価を。
違反の度合いが高まれば高まる程、こちらが払う対価がより大きくなってしまう。向こうがこの一件を問題視している“だけ”の段階で如何に手打ちにできるように持っていくか、それが問題だ。それも失敗という負い目でこちらを下と見られないようにという条件付きと来たもんだ。あの時の余計な行動が今になって悔やまれる。
───ん?
と、そこで。差し当たってこの問題をどう解消したものか、と思っていると、遠くからゆっくりと人影が近づいてきているのに気が付いた。支給された寒さを凌ぐ毛布を羽織っていることから、被害者の内の一人だろう。レオニダもそれに気付いてか、視線が動く。
「お話し中にすいません。どうしても、お伝えしたいことがあって……」
芯のあるソプラノ声。その声の主は、ウェーブのある黒髪を持った優しげな少女だ。軍から支給された毛布に身を包んでいるが、未だ目に光があり、足取りもしっかりとしている。他の被害者同様、後は街に帰るだけの彼女が俺に一体何の用か。そう思った俺を他所に、彼女は俺に向けて綺麗な一礼をとった。
「この度は、私たちを助けて頂いて…………本当にありがとうございました!」
混じり気のない、綺麗な言葉だった。その言葉は心から思ったものだろう。他にも色々と言いたいことはあっただろうが、ここでは飾り気のないその言葉の方がよっぽど良かった。
「ああ。どういたしまして、だ。帰りを待ってる家族もいるだろう。早く帰って無事を知らせてやりな───」
と、そんな折。まるで天啓のようにフッと頭の中に悪い考えが沸いてきた。
思いつきではあるがこれは中々使えるなぁ、と頭の中で悪魔な俺が囁きかける。たぶんこの一瞬だけ、俺は悪い顔をしていたと思う。目の前の少女が見ていないのもここでは好都合だった。
であれば、即実行。
俺の良心がそれはどうなのかと歯止めを掛ける前に、俺はすぐさま行動に移した。
「───それに、ここの場所を割り出して救援に行くように言ったのはコイツらさ。連絡がなかったら、オレがここに来ることはなかった。……感謝はこっちの軍人さんに向けてやりな」
「えっ───」
親指でクイ、クイ、と隣を指差してやれば、横合いから間抜けな声が聞こえてくる。コイツいきなり何言ってるんだろう、とでも言いたげな声。おそらく急展開故にまだ思惑には気付かれていない。これに必要なのは勢いだ。気付いて介入される前に全て終わらせるのがベスト。時間が命だ。
そして俺の意図を汲んでくれたのか、レオニダが言葉を紡ぐよりも目の前の少女の方が一歩だけ早かった。
「そうだったんですか……! 軍人さん、ありがとうございました!」
「え、いや───」
グッジョブ。俺は心の中で彼女にサムズアップを送った。顔立ちの良い少女の純粋な瞳を向けられれば、例えそれが誤解だろうと人間らしい大人なら一瞬でも狼狽える。
欲しいのはその一瞬だ。何故なら後は、正しい情報を聞かさられる前に情報の発信源を帰せばいいのだから。
「そら、もう車も出る。早く行きな」
「はい。では、私はこれで」
「え、いや、ちょ───」
それは文字通りの“あっ”という間の出来事。少女は足早に輸送車まで駆けていき、そのまま車両に乗り込んでしまった。最早訂正したくてもここからじゃあできまい。
グレイト、パーフェクト。心の中では拍手喝采が巻き起こり、この即興劇に付き合ってくれた少女を称えている。全ての仕込みが完了し、一仕事終えた顔で横を見やれば、案の定レオニダが何とも言えない顔でこっちを見ていた。
「やってくれたね………これは貸しのつもりかい?」
意味ありげに笑みを浮かべれば、応じて恨みがましげな視線が返ってくる。
俺が咄嗟に思いついた今回の失態を帳消しにできそうな策。それは、この地下施設での一件を全て向こうが解決したことにすることだ。
武装教徒から街を解放したことに加え、誘拐された慰安婦たちを保護した実績も得られるのは、向こうとしても思わぬ収穫のはず。メディアを通してこの事実を周知させれば、世論は彼らを称賛するのは間違いないだろう。そのままイタリアが援助を申し出ることは自然な流れだし、その援助の名目さえ取り付けられれば向こうとしては万々歳だろう。支援物資として物流が盛んになればそれに紛れて色々と流すこともできるはずだし、向こうにとっては美味しい話でしかない。
それに、後から何かしらに理由を付けて無関係な外野が彼らを批判するとは考えにくい。国として面子を保つためなら外聞が悪すぎるし、火中の栗を拾おうなどとは考えないはずだ。大衆受けのいいこの行為は、余計なやっかみの牽制にも使えるだろう。
「こんなもん貸しにするつもりはねぇよ。精々が詫びの粗品さ。要らねぇって言うなら捨ててもらっていいぞ?」
「…………いや、攫われた女性たちを保護した事実は表向きにも受けがいい。ありがたく貰っておくよ」
「そりゃぁいい。大事に使ってくれよ」
そしてここで重要なのは、これを有無を言わせず強引に受け取らせること。
どちらにしろ向こうが欲しいものに変わりないが、渡し方で印象というものは大分変ってくる。弱みを握られて泣く泣く渡すのか、何とも思っていない風体で押し付けるのか。前者なら間違いなくこちらを下に見られるが、後者ならそうはならない。後々の利益を鑑みれば馬鹿にならない権利だ。そんなものをポンッと渡してくる相手を小物と見ることはしまい。良くも悪くも“大物”と見てくれるだろう。
そして彼らは、既にこの権利を受け取った。取り消しをしようにも情報を持った少女はもうこの場にはおらず、彼らはこの権利を事実上受け取ったとしか言いようがない。そして裏の人間らしからぬ“筋を通す”ことができる彼らのことだ、受け取るつもりがなくとも詫びの粗品を受け取ったのだから、それはこちらからの謝罪を了承したのと同義と捉えるはずだ。少々強引ではあるが、彼らが相手だったからこそできた強硬手段だ。
それにレオニダは“これでチャラ”ではなく“貸し”と言ったのだ。これは向こうの間ではこの失態はそれほどデカい問題に捉えられていない良い証拠。“貸し”ができてしまうほどのものを“チャラ”で片付けられるのだから、向こうがこの提案を断る理由もない。
「さて、と。時間外手当が詫びの粗品になっちまったから、俺は代わりに臨時ボーナスでも貰うとしようかねぇ」
そう言って、ジープから背を離し、人気の消え出した広場を歩きだす。その言葉に反応したレオニダが、後ろから呆れ混じりに野次を飛ばしてくる。
「おっと? この一件は僕らが解決したんだから、君に支払う追加報酬はないはずだよ?」
「知ってるよ。だからオレは、丁度いい拾い物を貰っていくだけさ」
後ろは振り返らずに、片手だけ振ってレオニダの返答に答える。
俺の視線は己が見据える先、未だコテージの一角に身を寄せ合って残っている───金髪の双子に向けられていた。
◆◇◆◇
「───行ったか。やれやれ、今回は完全にマックスの一人勝ち、か……」
マックスが去って少しした後。ライターで煙草の火を付けたレオニダはポツリとそう零し、紫煙を吐き出した。
そこへ、一人の部下がやってくる。ヘリの中でも同室だった、長年一緒にやってきた部下の一人だ。
「中尉。保護した20名の収容が完了しました」
「報告ご苦労。順次丁重に街まで送るように、と伝えてくれ」
「了解」
報告した部下は模範的な敬礼の後、ハンドサインで車両発進の旨を伝える。そして今一度レオニダへ振り返った時には、顔には部下としてでなく、気心の知れた友人の顔があった。
「それで、そんな顔してどうされましたか、中尉殿? あ、もしかしてコーヒーが切れてストレス溜まっています?」
「そんなことなら、今頃もっと荒ぶっているはずだよ」
「止めてくださいよ、中尉の禁断症状止めるの面倒なんですから。………で、頭を悩ませてるのはやっぱり彼の事ですか?」
「流石。よくわかってる」
「何年あなたの部下やってると思ってるんですか。それくらいはわかりますよ」
そう言ったレオニダに、付き合いの長い部下は自慢げに胸を張って返す。
「獲物を一部横取りされたあなたが、何事もなく彼を泳がせるなんて考えられません。どうせ何かしらあったんでしょう?」
「ははは、敵わないなぁ」
部下から今に起こったことをほとんど言い当てられて、レオニダは苦笑するしかなかった。
今回の依頼において、マックスは彼らが提示した内容を見事履行してのけた。だが一方で、その過程で追加で求めた街中での戦闘を極力控えるという禁則事項を破ってしまっていた。元より好戦的───否、好戦的な上司に当てられて皆染まってしまったが故に、彼らは街の潜伏兵も駐屯地の兵力も纏めて相手取ってのびのびと闘いたかったというのが本音だ。しかし今回は政治方面に強い幹部からの仕事依頼故に事を荒立てる訳にもいかず、こうして追加戦力として雇ったマックスと獲物を分けることで問題を解決しようとしたのだ。
マックスを街ではなく駐屯地へ行かせたのも、そして敢えて街の事情を伏せたのも、全てそちらに気が向かないようにするためだった。
が、しかし。予想に反してマックスは街中で武装教徒を襲撃してしまった。
これには流石に彼らも遺憾の意を示した。
折角問題が起こらないように獲物を分けたのに、こちらの取り分をつまみ食いするとはどういうことか、と。マックスに問いただしてみれば、本人は並行で行われるこちらの作戦を知らずに襲撃をかけたと言っていた。が、もしそれが本当なら、マックスはこちらが言わなければ依頼ついでにあの街にいた武装教徒を皆殺しにするつもりだったのだろうとレオニダは考えている。
「僕としても、まだまだマックスには言いたいことはあるよ? ……けれど、マックスからこの一件を解決した手柄を譲られたんだ。こっちに貸しを作れるだけの代物を、物珍しいアクセサリーを渡すみたいにポイってね」
「口止めにしては、全く価値が釣り合ってませんね。…………あぁ、つまりは文句を言うに言えない状況というわけですか。狙ってやったなら彼、意外にキレ者ですね」
これだけの情報でその見解に辿り着くこの男も、大概かなりのキレ者では。
そんな何度目かわからない益体もない考えが沸いてきたが、その意見はそっと心にしまっておくことにした。伊達にレオニダの補佐を長年務めているわけではないということだろう。
「そういうこと。そして今回の彼の行動……ここの中は見ていないけど、どうだった?」
「そりゃあ酷いものでしたよ。まるで鬱憤を晴らすみたいに見事に食い散らかされてました。奥にいた敵なんて、相当数を入念に撃ち込まれて死んでましたよ」
「だろうねぇ。一部つまみ食いしたのはあるけど、それでも平らげる予定だったものの一部しか食べれなかったわけだし、不満が溜まるのはよーくわかる」
「……あれ? 彼って中尉と同類ですか?」
「さらに頭もキレる、のおまけ付きさ。今回のこれも、趣味と実益を兼ねた丁度いいものだったんじゃないかな?」
うへぇ、と。部下が嫌な顔をする。面倒な手合いが増えた、とでも思っているのだろう。しかし、レオニダからすればマックスが立ち回りを考えれるだけの頭を持ち合わせているということを知れただけでも僥倖だった。
マックスは慰安施設の襲撃により得た慰安婦たちの保護というカードを効果的に切ることで、自分たちの矛を収めざるを得ない状況にさせた。言葉にすればそれだけだが、それをするにはこちらの事情とそれにより齎される利益を当然理解していなければならない。本人は勝手に動いた詫びの粗品などと言っていたが、その価値は粗品という言葉で片付けられないほどに大きいものだ。こちらが貸しにしてもいいのかと思う程のものを、詫びとして半ば強引な手段で押し付けてきたのだ。貸しを作らずにこれを得られるというなら───否、得てしまったというなら、これ以上こちらからマックスを責めるわけにはいかなくなった。
結果、マックスは隣の獲物までもつまみ食いした挙句に追加の間食まで食べるという好き勝手なことをしたにも関わらず、こちらに文句を言わせないというなんとも美味しい状況に持って行ったのだ。これにはレオニダも思わず脱帽する外なかった。
「実に敵にしたくないタイプですね。直接の衝突を避けつつ嫌味な妨害してきそうです」
「任務に行ったら敵が全滅してました、とかかな?」
「向こうは『依頼だったから』の一言で済ませそうですね。……うわぁ、考えただけでも頭が痛い」
そして同時に、二人はマックスに強い警戒を抱いた。元々只者ではないと知ってはいたが、今日新たに警戒すべき知力までもがあると判明してしまった。マックスの運用方法もこれを機に見直さなければならない、とレオニダは密かに決意した。
しかし逆に考えてみれば、運用次第によってはこちらに利益を齎してくれるという優良物件でもあるのだ。
『犯罪横行都市』、『悪の掃き溜め』などと呼ばれるアトロシャスには、欲に溺れ、己の欲のために考えなしに悪事に走る獣畜生が多数存在するが、その一方でそんな欲を理性で抑え、悪事を一つの手段として為す稀有な人間が存在しているのもまた事実。彼らは一様に混沌とした街の中でもヒエラルキーのトップに居座っており、そういう観点で見れば、マックスは間違いなく後者なのは確かだ。
こちらの出方次第で毒にも薬にもなる男。それがマックス。
今後は即戦力としてほいほい依頼するのは控えようと、二人は意見を一致させるのだった。
「おう、そっちの話は終わったか?」
「ああ、もうこっちは済ん───」
そんなやり取りの折、見計らったようにマックスが二人に声を掛けた。タイミングも丁度良く、二人ともマックスに振り返り───そのまま視線がマックスの背後に釘付けになる。
「…………えぇと、マックス? 後ろの二人は、一体どうしたんだい?」
恐る恐る、まるでそうあって欲しくないという希望に縋るように、視線が金髪の双子に向けられたままレオニダがマックスに問いかける。その内心にどんな考えが浮かんでいるのか傍目からは窺い知れない。が、臨時ボーナスや拾い物という言葉が恐らく悪い方向で考えに拍車を掛けているのだというのは理解できた。
しかしその思惑を知ってか知らずか、マックスは更に二人の頭を悩ませる発言をさらりと投下してしまった。
「ああ、丁度人手が欲しかったところでな。コイツ等は街の住人じゃないし、人員補充も兼ねてウチで引き取ることにしたんだ」
マックスが、慰安施設にいた年若い少年二人を引き取った。その事実が後にどう尾鰭がついて噂されるようになるのか、彼はまだ知る由もない。




