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戦火に駆られた哀玩人形4



 通行止めの標識を悠々と突破したマックスは、ハンドルを握り締めて眼前の景色に意識を向けていた。景色は街並みから荒野へと。建物という障害物がなくなった視界は大きく開け、代わり映えの無い風景が現れては流れていく。そんな景色を運転席で眺めるマックスが、ぼそりと一人ごちる。



「出だしは上々。後はこっちの腕次第、ってところか」



 チラリと後ろに目をやれば、そこにはマックスが接収と称して運び入れた大量の武器弾薬がこれでもかと押し込まれていた。六連グレネードランチャーが押しも押されず後部座席に詰め込まれ、RPGが肩を寄せ合って壁に寄りかかり、足元には所狭しと寝かされている手榴弾が入った袋。これら全ての武装が高火力・広範囲なもので揃えられているのは、より確実に拠点を破壊するためのものだ。



「そんでもって、時間的にはそろそろ───」



 視線を戻し、右手でバックミラーの角度を合わせると、鏡に映るのは遥か遠くにぼやけて見える石材とレンガ造りの街並みと、過ぎ去った土黄色と緑の道筋。───その道先に灯る、横並びな黒い点。行儀良く道に列成して進む訳でもなく道から大きくはみ出して走行する斑紋は、徐々に距離を詰めてその姿を明らかにしていく。



 クライスラー社製 ジープ・ラングラー



 第二次世界大戦においてアメリカ陸軍が企業に要請して造られたものが元祖となり、今や世界中で愛用されているジープの現行モデルの一つ。オフロード走破性を高めた機体性能はクロスカントリー家に好まれ、そして荒れ地や傾斜の急な山岳部を狩場とする山賊紛いにも愛用されている車両だ。

 そして他でもない、マックス自身が奪取したものと同じ車種でもあった。



「ハッ! 退屈はしなさそうだなぁッ!!」



 口端を上げ、勇ましく啖呵を切る。威勢と共にアクセルを踏み込み、車体が土煙を上げて更に加速した。後方の車両も更にアクセルを踏んで加速し、静かな荒道は巨大な鉄の塊が互いに死力を尽くすデッドレースコースに様変わりする。後方を追いかける車両、そのいずれもハンドルを握っているのはターバンで、窓から銃を覗かせているのもターバンなのは目に見えずとも明らかなことだった。



 言葉なくして発砲。タイヤを狙って放たれた鉄粒を、マックスはハンドルを切って華麗に避ける。道端に転がっている石に乗り上げグワンと車体が浮き上がるが、悪路を走破するために作られたジープはそんなものを悠々と乗り越え、煙幕となった向かい風に煽られた砂をものともせずに力強い駆動音で荒野を掛けていく。



 しかし、逃げているだけでは一向に振り切れない。背中のMP5を取り出し、マックスは反撃に転じる。ストックを膝に押し当てて左手でコックを引く。窓を開け左腕ごと外気に晒したサブマシンガンの銃口が、勢い良く火蓋を切った。照準を合わせるのはバックミラーとサイドミラーに限定されるため照準は無茶苦茶だが、躊躇わず発砲してきたという事実を相手に植え付ける。



『こけ脅しだ! 構うな撃ちまくれ!!』


『これ以上奴を進ませるな!!』


「ハッ! 生憎と、オレはあんたらが行かせたくない場所に用があるんでなぁ!!」



 対話は絶望的。いや、そもそも互いの目的が互いの殺害であるが故に対話など成立する余地もなく、マックスは彼らの言葉を一蹴して銃火を放る。見晴らしの良い荒野の直線道路を硝煙と土煙を上げながら行われるカーチェイス。マックスはハンドルを巧みに左右に切り返し、被弾を抑えながら畦道を突き進む。だがしかし敵は四両。横に広がった編成故にジープの車体では完全に避けきることはできず、幾つかの弾丸がリアウィンドウを抉り取った。



「チッ。防弾仕様じゃねぇのか……!」



 飛び散るガラス片を尻目にマックスが悪態をつく。

 敵から拝借した代物に文句を言うのもアレだが、防弾ガラスは施すのには存外に金が掛かるもの。軍事費などの資金源がない彼ら武装教徒にはそんなものを買う余裕はなく、こうして戦っていられるのは彼らのバックにマフィアが就いているからに外ならない。そして、そのマフィアたちも態々他の組織に無駄に高価なものを送りたくはない。つまりは彼らはセカンドハンド、もしくは未使用で倉庫に眠っていた新古品を支援物資という名目で掴まされたのだろう。比較的安価な防弾ガラスフィルムを送る気遣いすらないあたり、ギャングたちが宗教家たちをいかに軽視しているのがよくわかる。

 ただ、今現在その敵の装備を使っている手前、マックスからしたら素直に喜んでいいのかは微妙なところではあったが。



『RPGを出せ! 車ごと吹き飛ばしてやれ!!』


『了解っ。異端者を粉微塵にしてやりますよ!!』


「性能云々つっても、数だけは一端揃えてんだよなぁこいつらはっ……!」



 バックミラーに映るRPG(凶器)を目視し、悪態を吐きつつ急いでMP5を引っ込める。

 右後方から放たれた一射目を、右足で急ブレーキをかけることで減速。射線から車体を外すことで直撃を避け、前方を弾頭が横切って行ったところで再度アクセルを踏んで急発進。一射目が撒き散らした炎と煙が視界を彩り、飛び散った土砂がフロントガラスに飛んでくるも、マックスはハンドルを右に切り返して回避する。一射目の爆発を回避すると同時に左の後輪を狙って放たれた二射目の弾頭から逃れ、更に左右にフェイントを掛けて三射目と四射目を振り切った。



 だが、マックスも積め込めたようにこの車両には大量の火器を持ち込むことができる。それは相手も言わずもがな。第一射を放った襲撃者が、すぐさま次弾を構え終えていた。

 チッ、と舌打ち一つ零すも、マックスは両の手で握りしめたハンドルを手放さず、彼は縦横無尽に車体を操り襲い掛かる火の手を払い続ける。しかし操縦テクニックが如何に卓越していようと、それに車両が耐えきれるかどうかは別問題。ふとした時に、車から軋むような音が聞こえ出す。マックスの背中がヒヤリとする。



「頼むから持ってくれよ? アレに捉まったら中身ごと月まで吹っ飛ぶぞ」



 無茶苦茶な走行を強要しているのは百も承知だが、途中で音を上げて貰っては後ろの荷物諸共爆破心中するハメになる。もっと労え、と軋み声で訴えかける車に心中で謝罪をしつつ、前方の景色が切り替わるのが目に付いた。荒野の黄土色から草木を思わせる緑へと。地形は荒れた大地から命の芽吹く森へと景色が移り変わろうとしていた。



 敵拠点はここから先の小高い山の上に存在しているが、問題はそう易々と行かせて貰えるのかということ。敵の重要拠点が今こうして余所者の侵入を受けている状況で、街に配備している人員を差し向けてくるたけで迎撃をしないというのも考えづらかった。迎撃用の人員が如何ほど待ち構え、どこで、そしてどのタイミングで仕掛けてくるのか。マックスが気にしているのはそこであった。



『チィッ! 当たらねぇ!!?』


『武器を変えろ! こっから先はそんなモン撃ち続けても当たらねぇぞ!!』


機関銃(マシンガン)だ! そいつで一気に薙ぎ払ってやれ!!』


「いいッッ!?」



 だが、現実はそんなものを考える暇をも与えない。思わずマックスの口から、蛙を轢き殺したような声が漏れる。

 一台の車両の天井が縦にスライドし、ハンドル式のジャッキで持ち上げられた機関銃が外気に晒される。全長1.6mを超える巨大な銃身を支える丈夫な三脚に、1mを超す長大な銃身。歴史という名の風化を撥ね退け、今尚機関銃の完成形と謳われた歴戦の古強者が、マックスに銃口()を向ける。



ブローニングM2(そいつ)は一人に向けて撃つもんじゃねぇだろうっ!? この似非教徒ども!!」



 アクセルを踏み込み加速。凶器の射線(矛先)から逃れようとハンドルを切って的を絞らせない。つづら折りになっている車道から躊躇なく外れ、マックスは木々が乱立する森の中へと突貫した。ガタガタと未整備の道が車体を揺らし、無造作に生えた木々が視界を覆う中、後方からの爆音が森の小鳥たちを追い払う。



 手持ちのMP5とは比べ物にならない音が轟く。一発一発に込められた威力が、既に手持ちの装備とは並外れていた。一度引き金を引けば、立ち尽くす木々に深々とした傷が刻まれ、穿たれた大地から土が舞い上がる。文字通り、圧が、違う。



 しかしいくら深々とした傷を木々に刻もうと、貫通しないのであれば対処のしようはある。絨毯爆撃もかくやという勢いで弾丸が地面を蹂躙していく中で、幹が太いものを中心に車をその影に隠し、文字通り木々の間を縫うようにして進む。断層によりできた段差を車体性能に物を言わせて強引に乗り上げ、敵を攪乱する。申し訳程度に散らされる敵のアサルトライフルも、掠る気配もない。

 一発一発の威力の代償に、重機関銃は照準を合わせるのが非常に難しい。ただでさえ反動を腕に受けながらの射撃であるため、照準が大雑把になりがちなのだ。そして更に、ここでは揺れる車両(台座)という撃ち手泣かせの要素まで盛り込まれている。左右に振られる視界に、手元を狂わす上下の動き。そして当てなければならないという逼迫した精神状態が、照準の乱れを加速させていた。



 そこに、更に追い打ちが掛けられる。



「こいつは先までとっておくつもりだったが……この際だ。テメェらにもくれてやる」



───ピンッ。



 いつの間にか助手席に乗せられた手榴弾入りの大袋。マックスは取り出した手榴弾のピンを口で外し、左手のスナップを利かせて開けた窓から放り投げた。

 それが計三つ。コロコロと、地面の上を三つの果実が転がっていく。



 一拍遅れて、爆発。

 飛び散る黒煙に巻き上がる土煙が目隠しのカーテンを作り上げ、刹那の間だけ視界を封じる。タイヤに直撃させて再起不能にできればベストであったが、視界を一瞬でも封じられればマックスにとって御の字であった。

 一台は目の前に迫った大木を避けるためにハンドルを大きく切り、一台は段差に乗り上げ一時宙に浮き、バランスをとるために操縦に専念せざるを得ない。操縦にまごつく隙にマックスはもう一つを取り出し、今度は前方に向かって放り投げる。狙いは木の一つ。絶妙な力加減で根元まで転がった手榴弾は、マックスの意図したタイミングで盛大に爆発した。




ミシ、ミシミシミシミシミシミシ─────!!




 そして奏でられる、恐怖と不安を煽られる不協和音。

 マックス自身は聞き取れたが、隊列を揃えるのにまごついていた後ろの車両には聞こえていない。それをいいことに、マックスは間髪入れずにもう一つの手榴弾を投げ込んだ。




──ピキッ、ベキベキベキベキベキ──────!!




 それがダメ押しになったのだろう。爆発の煽りを受けた木は周囲に憚ることなく不協和音をまき散らし、自重を支えられずにこちらに倒れこむ。

 木々の枝を物ともせず、自らを押し潰さんと迫る大質量は正に巨人の鉄槌。反応が遅れた彼らは一様にポカンと呆けていたが、事態を把握した瞬間に全力で回避に移った。

 斜め左前方から倒れこむ長大な物体を前に、彼らは焦りを見せつつも恰も連携が取れているかのように一様に左へハンドルを切った。内一台は避け切れない位置に樹木があったようで、ボンネットを大きく歪ませて再起不能となったが、3台は本能と悪運で何とか被害なく生き延びていた。

 右に切っては巨木の倒壊に巻き込まれるという状況判断と、危険予知の本能に裏打ちされた無意識の判断。



「ハッ! いくら信徒を騙っても、考える知恵は授けて貰えなかったみたいだな」




 だがそれに従ってしまったことが、彼らにとって致命的な仇となった。




 声が聞こえた右側(・・)に向かって、彼らの視線が一斉に動く。

 倒れた巨木が巻き上げた土色のカーテンから割って入るマックスの声。その奥に乱立する木々の中を疾走する姿を目にし、彼らは一様にその目を見開いた。



 ()なのだ。その位置が。



 それもそのはず。巨木が倒されたあの位置。そこからぐるりと右回りに迂回すれば、つづら折りの中腹地点に合流するルートになっていたのだ。

 その一方で、そんなルートに囲まれているこの先は行き止まりとなっている。ただでさえこの囲い込まれた地形から逃れようとも、長径100mの瓢箪状になっている周囲一帯は3m以上の垂直な岩肌に囲まれており、如何にジープと言えどそこを登ることはできない。引き返して追いつこうにも、見失うのが関の山だろう。



 やられた、と。その場にいた誰もが思った。

 破れかぶれであろうとも、せめて一矢報いてやろうと機関銃やアサルトライフルの銃口がマックスに向けられるが、引き金を引く前に銃口の数だけ銃声が鳴る。相手より高い位置にいるというポジショニングと、既に拳銃を取り出していたことが掛け合わさり、車外に身を晒していた敵兵が一斉に沈黙させられた。



「一丁あがり、ってな」



 トリガーガードに指を引っ掛けくるくると銃を弄んでいたマックスがそう零し、その姿は木々の奥に姿を消した。

 その姿を、敗北者たちは口惜しくも静かに見送るしかできずにいた。






◆◇◆◇






 撃てば撃ち返される物騒なデッドレース。その様子を、遥か遠くから眺めている影があった。



『様子、は?』



 地に伏せていた影に向かって、後ろから近づいたもう一つの影が声をかける。

 その声は、擦り切れて摩耗したオルゴールのように、実際よりも低く聞こえてくる。



『こっち、向かってる』


『追いかけてた、方は?』


『撒かれた、みたい』


『…………使えない、ね』



 落胆を隠そうともしない言葉が、影から零れる。



『しょうがない、よ。所詮は、寄せ集め』


『うん。じゃあ、今度は私たちの、番』



 そう言って、伏せていた影は振り返る。まるで初めから期待なんてしていなかったかのように、既に失敗した彼らのことは頭の中から消えていることだろう。



『そうだね。早く、片付けよう』


『そうだね。ちゃっちゃと、殺しちゃおう』



 互いが互いに呼応する。まるで口癖のように、儀式の祝詞ように。無機質な声が二人の間を行き来する。一斉に、獲物に向けて視線が向く。



『『さぁ、狩りのお時間だ』』



 光を吸い込む無機質な目が、車を走らすマックスを射貫く。



 ダァンッ! と。寒空の中を破裂音が突き抜けた。




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