戦火に駆られた哀玩人形3
地に足付く人が見上げる空の上。
ルーマニア-ブルガリア間を隔てるドナウ川上空には冬の寒気が流れ込み、強風が吹くやや荒れた空模様となっていた。そこを次々と横切る黒い影は、イタリア空軍が正式採用した軍用輸送機──『G.222』。モーターの駆動音に加え、殴りつけるように風が襲ってくる機内の一室、部隊上官用の部屋では、厳重な戦闘服に身を包んだ男たちがシートに身を預けて談笑を交わしていた。その中には、マックスに依頼をしたレオニダ・アルべルジェッティの姿もあった。
「う~ん、早く帰ってコーヒーが飲みたい……」
「また悪いクセが出てますぞ、レオニダ中尉」
「軍服に硝煙よりもコーヒーの匂いが染み着いているのは流石に問題では?」
「酷い言われようだなぁ、僕はコーヒーを飲んでいる方が落ち着くんだよ。……あぁ、あの頭の中がどんどんクリアになっていく感覚。身体が機械の様に最速で動いてくれるあの感覚を早く取り戻したい」
「「中尉、今すぐそのコーヒーを辞めましょう」」
言い知れぬ危機感を覚えた仲間たちが、ぼやくレオニダに物申す。絶対に真っ当な成分が入っていないと確信した男たちは、一斉にレオニダを拘束しにかかった。
一つは危険な薬に手を出していた仲間への制裁のために。一つは銃火が飛び散り硝煙に彩られた戦場でこれ以上コーヒー臭を漂わせないため。彼らは一致団結してレオニダを止めにかかった。「ノネ ヴェーロォォ!!」なる叫び声が聞こえたが、そんなものは彼らには届かない。任務中に薬入りコーヒーを欲しがった彼が悪いのだ。
閑 話 休 題
胸元からの呼び出し音に、レオニダは縺れ合っていた同僚二人を掻い潜って携帯を手に取った。軍務中に所持できるということは、それは任務に使われる秘匿回線用のもの。レオニダは呼び出し主を確認した後、ハンドサインで同僚に仕事関係の電話だと伝えて通信をONにした。
「やぁ、マックス。どうしたんだい? まさか、もう依頼を完了しちゃったのかい?」
『残念ながら現地に着きはしたがそこまでだ。お前らが態々オレに依頼まで出した案件だ、着いて早々に片付くとは思ってないだろ?』
「ハハハ。まぁ、そうなんだけどね」
───はぁ、まだ動いてくれてなくてよかったよ……
とは言ったものの、彼の内心は全く穏やかではなかった。別段レオニダはマックスならば終らせても不思議ではないと思っているが、問題は手早く終わらせるのと引き換えに負わなければならないリスクの方だ。先のハムドチェラ地区において、マックスは文字通り血と硝煙の蔓延る紛争地帯を、死臭の香る死体置き場へと変えてみせた。だが、今回は単純に敵を斃せばいいわけではない。肝となるのはタイミング。まだ自分たちが着いていない段階でこの案件を片付けられても寧ろ困ると、彼は内心で安堵した。早急に事を片付けられても、こちらが動けないとあっては今回依頼した意味がなくなってしまうのだから。
「そうなると、今回は別件かな?」
『ああ。街中に武器を持った似非教徒供が蔓延っていてな。連中の掃除はしてもいいのかを聞きたかったんだが』
「え、もう接触したのかい?」
『ああ、着いて早々にな。後ろからせっつかれて、言うことが『金を出せ』だってよ。笑えるぜ。連中は宗教を担いで武器さえ持てば、徴税吏員になれると思ってるらしい』
「あちゃぁ、彼らには心よりお悔やみ申し上げよう」
憐れみを、真心込めて。
よりによってあの街で三大勢力全てから真っ向から敵対したくないと思われている個人に喧嘩を吹っ掛けてしまうとは。藪蛇とはこのことか、と彼は一人ごちる。だが、こうして事を起こす前に電話を一本寄こしてくれたのは僥倖であった。下手に暴れられては、向こうも躍起になって応戦して住民の死傷者数も膨大となり、他国からの非難と干渉があっては後処理が非常に面倒になる。
ヨーロッパは我らがホームグラウンド。この地で実質的な裏社会の覇権を握っているのは彼らフォラータ・アルマであり、内密に事を収める特殊部隊を持たない国では、こうした表にしたくないトラブルは内々的に彼らが処理しているのだ。見返りとして自国内で彼らが違法物品の売買をすることを黙認するというものがあるが、それは外部の敵対勢力が入り込んで彼らと衝突するリスクを考えればまだマシな方だ。どこの首脳部も、自国の都市を地図から消したくはない。特に、世界に名だたる合衆国が支援の名目で武器を片手に笑顔でやってきた時は目も当てられない。
故に、決行は電撃的に。事が明るみになった頃には万事解決済みにし、他国から横やりを入れられなくするのが望ましいのだ。
「しかしすまないね。こちらとしても騒ぎを大きくして他国に気取られるのは望ましくない。だから街中での戦闘は極力抑えて欲しいな」
『つまりオレは敵拠点の破壊だけに集中していればいい、そういうことか?』
「そう、それでいいよ。街の連中の処理は僕らの領分だ」
『……なるほど。ならそっちは任せるとしよう』
そう言って、通信が途切れる。電話を胸ポケットにしまいこんだところで、静観していた同僚が声を掛ける。
「誰からで?」
「マックスからだよ。街に潜伏していた武装教徒と早速コンタクトしたらしい」
「……少々、接敵が早いのでは?」
「接触してきたのは向こうからみたいだよ。そしてその内容が、武器をチラつかせての金品強奪らしい」
「つまり、向こうはそれができる程度には武装が整っている、ということか」
うーむ、と男三人が思案気に顔を歪ませる。
現状判っているのは敵の武装はそれなり以上に整っていることのみ。規模、編成、位置、etc……。判っていないことが多い中、それを踏まえて迅速に、且つ確実に敵を殲滅し、加えて一般人に被害が及ばないようにしなければならないのだ。難易度は割と洒落にならない。
「やはり、察知が遅れたのが悔やまれますな」
「過ぎたことを言ってもどうにもならないですよ」
そもそも、今回の敵性勢力の侵入は行政を司る内閣の一部議員───否、元議員らが彼らを隠匿していたことに起因する。
日本とは違いトルコでは少数政党の乱立を防ぐべく、選挙にて得票率が10%を超えなかった政党には議席が一つも与えられないという厳しい方式がとられている。彼らは以前は大多数の議席を獲得していた与党の議員であったが、先の選挙で大敗し党は解散。一部の議員は他の党へ移籍をしたが、彼らは圧倒的支持率を維持していたかつてのプライドが邪魔をし、中途半端に影響力を持ったまま日の当たらない影で燻っていたのだ。
そしてその彼らが思いついたのが、今回の策。地元警察まで抱き込んで国内へ不穏分子を手引き隠蔽し、遅々として進まない対応に世論を煽り、不信感を募らせて現与党に大打撃を与え、それに付け込んで自分たちが与党へと返り咲くことが彼らの目論みだった。
だが、そもそも信用が失墜したのは相次ぐ党員の不祥事が明るみに出たためであり、例え今回の件が上手くいったとしても彼らの夢見た未来が訪れることはなかったのだろう。
そんな地位と名誉への執着心と、粗品のアフリカ原産ダイヤに目が眩んだかつての議員たちは今、己の汚れた血の上で事切れていた。言わずもがな、処理をしたのはここにいる彼らである。
しかし、彼らが元議員らの邸宅を襲撃した時には武装教徒を潜伏させている位置データは既に抹消されていたため、彼らが何処に潜伏しているかわからない状態であった。そして、力技で強襲しようにも向こうの持ち込んだ武器リストにヤベー奴が載っていたためにそれもできずにいた。やったらやったで街の大部分が廃墟に様変わりするようなブツである。それに駐屯地からの武器支援を絶たないことには、相手にはそのヤベー奴がどんどん支給されることになり、街中での戦闘がかなり激化してしまう。上からの命令もあって、それは避けなくてはならない事態だ。
「まぁ、マックスが上手くやってくれれば、こっちも堂々とあの街で行動できるようになる。それまでに、連中の位置だけでも割り出しておこう」
本当は真っ向から乗り込んでもいいんだけどなぁ、なんて物騒な考えは胸の奥にしまい込み、同僚二人はおう、と答えた。
◆◇◆◇
パタリ、と携帯を折り畳み、懐にしまい込む。
「『街中での戦闘は極力抑えろ』って言われてもなぁ……」
ニヒルな笑みを浮かべているいつもの顔はやや引き攣り、笑いたくても笑えないと言った具合に微妙な笑みを浮かべていた。こめかみあたりの嫌な汗を指で拭き取りながら、壁に背を預けたままチラリと横を見やる。
───う……あ、ぁ………。
───ち、くしょう……ッ。
「どー見ても手遅れだよなぁ。これ……」
見渡す限りの死屍累々。肌の露出を抑えるべしという本来の訓示とは異なる趣向で用いられたターバンは赤濡れとなり、何も知らない来訪者たちを騙し討ちし続けてきた男たちは今度は自分たちの骸を晒す番だった。未だ苦渋の言葉を零せるだけの生き残りもいるが、腹部の夥しい出血量を考えれば息を引き取るのも時間の問題だろうか。だが、別の場所にいる仲間を呼ばれても面倒なので拳銃で撃ち殺しておく。
現状、レオニダとの通信では一切話に出さなかったが既に接触どころか交戦までしている有り様だった。これをレオニダが知ったならば情けない悲鳴の一つでも上げたんだろうか。しかし、裏路地の中でもかなり人目につかない場所で戦ったおかげでまだ敵には察知されていない……はずだ。
「ったく、政治がらみか。……チッ、これ以上は大事になるな」
場所が場所だったおかげでおそらく大々的に敵に周知されてはいないだろうが、連中の潜伏場所はここ以外にもいくつか存在しているはずだ。それぞれの場所から連絡は定期的に取り合っているだろうし、このまま襲撃を掛けても気取られて他の場所から応援が駆けつけるだろう。そうなれば、この街はハムドチェラ地区の二の舞だ。この緊張状態だけでない、銃弾が飛び交い火薬が舞い上がるバトルフィールドに様変わりするのだ。
街や住人の被害を度外視すればやりようはあるが、今回クライアントはその被害を望んでいない。依頼を受けた側からすれば、その意向は汲まなければならないものだ。
「……行くか。ここがバレて騒ぎになるのはマズい─────ん?」
これ以上の戦闘は無用。そろそろ移動しようかというところで、男たちが潜んでいた場所の奥に何やら光るものが見えた。早急にこの場から離れなければならない現状、そんなものには目もくれずに立ち去るべきかもしれないが───それが見慣れた光沢ならば話は別だった。
方向を180°変え、出口とは逆方向に歩を進める。ピチャリ、ピチャリ、と赤い液体を踏みしめ、死体を跨ぎながら、薄暗がりの奥に見えたものに向かっていく。
「ここか……?」
辿り着いたのは、錆び付きが酷い鉄製のドア。恐らく見えたのは横合いにある窓からだろうと当たりをつけ、俺はその取っ手を躊躇いなく捻った。
キィィィィィィィ───
「…………おいおいおい。こりゃ本当に街中でドンパチやってたらダメなやつじゃねぇか」
耳を劈く金属が擦れる音。外気が入り込んで舞い上がる埃の粒子。不快な要因たるそれらを払い除け、そしてその先にあるものに目を見開いた。
武器である。
それも一つや二つではない。拳銃にアサルトライフル、軽機関銃、RPG、6連グレネードランチャー、各種弾薬。更には防弾チョッキに手榴弾、催眠ガス、煙幕に至るまで全てが揃い踏みな状態で保管されていた。
もし仮に、街中で目立つ行動を起こし、それに勘付いた武装教徒がこれを持ちだして戦闘に加わった場合を考えると───ゾッとする思いだった。
武器の保管場所がここだけなはずがない。暴れている場所を知られれば、ここを含めて街中の武器保管場所から次々に弾薬が供給され続け、終わる頃には街は廃墟に様変わりしていただろうということは想像に難くない。
だが…………。
「しっかしまぁ………街の外に引っ張り出せば、別に問題ないよなぁ?」
周りの被害が怖いなら、被害が出ないところでやればいい。そうでも言わんばかりに、俺は人の悪い笑みを浮かべて置かれている武器に手を掛けた。
◆◇◆◇
「んぁ? なんだあの車……?」
場所は変わって街の北西部。人の手が入っていないに伸びる街道の途中。『工事によりこの先通行止め』という看板を立て掛け、柵で道を塞いでいる道の傍らに寝そべっていた作業服姿の男が、起き抜けにそんなことを言った。
視線の先に見えるのは街から出てくる一台の車両。山道であろうとものともしない力強いフォルムに太いタイヤ、色褪せが見えるグレーカラー、普通車よりも高い車高。……彼らの後援者が手配してくれたジープラングラーが、猛スピードでこっちに迫っていた。様子が明らかにおかしい。男は慌てて、停止棒と笛を使って車を止めにかかった。
「止まれぇーーー!! ここから先は通行ど──おぅあっ!!?」
だが、それでもジープは止まる気配すら見せず、通行止めの柵を豪快に吹き飛ばして突っ込んできた。倒れた男が起き上がった頃には、遥か先を土煙を上げて街道を突き進んでいた。男は懐のトランシーバーに手を掛ける。
「ベース1! ベース1! こちらワーデン2。応答せよ、ベース1!!」
『こちらベース1。何があった』
通信に出たのは、くぐもった男の声。この先にある拠点の通信室にいる男のものだ。
そして作業服の男も、偽装した武装教徒の一人。この通行止めも偽装であり、この先の拠点に誰も行かないようにするためのものだった。
「車が一台検問を突き破ってそっちに向かった! それもこっちが用意した車でだ!」
『チィッ。軍かマフィアがもう勘付いたか』
通信の男の声にも、苛立ちが混じる。仮に車両が偶々同じものだったとしても、態々通行止めの標識を無視して強行突破してきた時点で確実に黒だった。
『そっちから何人か出せ。挟み撃ちにする。減らしすぎるなよ?』
「わかった!!」
軍があからさまな単騎強襲を仕掛けてくるとは考えにくい。つまりはマフィアの腕利きか、どこかの雇われ戦力か。相手の男はそう考え、これからの作戦を踏まえて預けられた用心棒を出すことにした。
『こういう時にこそ、働いてもらわなきゃな。
─────『ダルフールの双鷲』を出す。作戦実行は明日だ。なんとしてでもここで殺せ!!』




