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戦火に駆られた哀玩人形1



 とある晴れた日の昼下がり。

 真っ昼間から酒場で酔ったチンピラ供が実銃でロシアンルーレットをおっぱじめたり、勢力抗争に敗れた者たちが人知れず街から旅立って行くのが日常と化した日々の最中。欲望と策謀が蠢き巨悪小悪が入り乱れる街、ここアトロシャスの一角で、俺は今日もまた事務所で仕事に精を出しているところだった。

 と言っても、今の両手を埋めているのは銃でもペンでもなく、鼻腔を擽る香りを揺蕩わせるコーヒーカップだ。小洒落た柄のカップとソーサーは目立ち過ぎずにいいアクセントとなっており、外向けではあるが意外と気に入っているデザインだったりする。



「いやぁ悪いね。態々コーヒーまで淹れて貰っちゃって」

「殺し屋が来たんなら回れ右してお帰り願うところだが、依頼をしに来たなら話は別だ。客人にこれくらいのもてなしはしてやれるさ」



 コトリとテーブルにカップを置いてやれば、眼鏡をかけた金髪の男が柔和に笑って礼を言った。クセのある薄い金髪を揺らし、笑顔で話しかける姿は草臥れたライトグレーのスーツも相まって仕事終わりの気のいいサラリーマンのソレなのだが、シャツの袖口から薄っすらと覗く生々しい傷痕が、男がただの気がいいだけの人物ではないことを雄弁に語っていた。



『フォラータ・アルマ』所属、レオニダ・アルべルジェッティ。

 表向きの軍の階級は中尉にして、かのカルラ・A・スペランツァ大佐の副官を務めている男。知的で柔和な面持ちとは裏腹に、その身体には鍛え上げられた筋肉の鎧が備わっていることだろう。そこらのチンピラ数人に絡まれたところで、無傷で無力化できるだけの力を、目の前の男は持っているのだ。対面のソファーに座っていても、スーツを押し上げる筋肉は隠せないでいる。



「ハハハ。平和的に交渉を進めようとしても、気付けば引き金に指を掛けているのがこの街だからね。本国にでも戻らない限り、こういった紳士的な対応をしてくれるところはないんだよ」

ならず者(アウトロー)が集まるこの街に礼儀(マナー)なんて求めんなよ。心得てるやつなんざ一部のもの好きか、一等ヤバい連中くらいだろうさ」

「確かに、それもそうだね」



 具体的にはランバート商会(物好きな方)と、三大勢力(一等ヤバい方)があるんだろうな、なんて言葉は外には零さない。教養がありながらもこの街にいる人間は、そう言った表でも裏でもかなりの影響力のある奴らがほとんどだろう。どちらにおいても生きられる力と、闇を抱え込んでも堕ちない精神性を持った傑物たち。いずれにしろ、この街のヒエラルキーの上に座す大物ばかりだ。



「ん?…………おぉ、この味は」



 そして徐にカップに口を付けた瞬間、男───レオニダが感嘆の溜息を零した。

 その顔は予想外の美味しさもあるのだろうが、どちらかと言えば驚きも相まってと言った方が適切だろうか。確かに、嗜好品にそこまで金を掛けるやつは少ないだろうからその反応は間違っちゃいないんだが………悲しきかな。金を掛けるしかない事情があったりするのだ。



「気に入ってくれたか? オレの行きつけの店で買ったやつだ」

「いい豆を使ってるね。それに挽き方も申し分ない。この風味、それにこの香り………カラチェタ通りのロレンゾ爺さんの品かい?」

「なんだ、知ってたのか?」



 思わず、口笛を吹いた。レオニダの言葉通り、このコーヒー豆を買ったのはあの店だったからだ。カラチェタ通りは、人の往来が激しい中央通りより少し中に入った閑散とした通りのことだ。それほど人通りが多いというわけではないが、しかしそこに点在する店全てが高額な金額の代わりに品質が保証されているという、所謂隠れた名店ということで知られている。

 ただしコーヒー豆を始めそこで扱われているのは嗜好品ばかりなため、金銭に余力がある者たちしか興味がないというのが実情だ。まさに知る(in)人ぞ(the)知る(know)、と言うべき通りなのだ。



「コーヒーにはちょっとした通でね。この街で買うならあそこの店と決めているんだ」

「他の店は粗悪品が混じってるからな。一度市場で買ったら酷でぇもん掴まされたよ」



 あの時ばかりは、コーヒーなんぞ泥水と一緒だ、とか言った人物の言葉に初めて共感を覚えた。コーヒー独特の苦味の他に仄かな酸味や塩味、歯を鑢の如く削る細かな砂が混じっていたあれは断じてコーヒーなどではない。下手に味が付いている分、あれは泥水よりも酷い代物だった。おかげで今はかなり値が張るコーヒーを買わざるを得ないでいる、というわけだ。



「それは誰もが一度は通る道さ。どうだい? もし君がよければ、僕がめくるめくコーヒー道へと───」

「馬鹿野郎。ここが喫茶店に変わっちまうじゃねぇか」



 それはあれだ、社会の闇に蔓延るカフェイン愛好家たちの内約40%を占める一大派閥『コーヒー党』が信奉する流派の名前だ。人知れず日夜敵対派閥の『紅茶党』との熾烈な争いを繰り広げている連中だが、こういった手合いにそれ以上は喋らせてはならない。

 昔の話だが、とあるクラスメートがその派閥入りした途端、まるで恋の病に罹ったかのように、コーヒーについて愛を語るようになったのだ。あの時は本気で引いていた。そしてクラスメートも当然引いていた。その例でいけば、恐らくこのままでは延々とコーヒー談義に花を咲かせるハメになる。生憎と俺は、カフェインの沼に沈むつもりはなかった。



「それは残念。僕としては同士が増えることは大歓迎なんだけど………」

「与太話と本題を入れ替えてねぇかお前……?」

「僕としてはどちらも本命なのさ」



 そう言うと男は、ゆっくりとコーヒーを一口飲み下す。所作だけで見ればそれなりの教養を修めていそうな感じなのだが、しかしどうしても裏で生きる者独特の雰囲気というものを感じない。それこそ、表ならどこにでもいる普通の男。だが、そんな印象が───



「さて、では仕事の話と行こう」



 ───その仕草を皮切りに、ガラリと変わる。手を組み顔を俯かせたことで眼鏡に光が反射し、男の目元が完全に見えなくなる。しかし男の纏う空気、笑みの消えた表情が、ここから先が仕事の話だと、言外にこちらに話しかけてくる。



「……今回の依頼は、トルコ・シリア間で起こっている宗教的武力衝突に支援を行った外部勢力、『ブラック・ギャング』が設営した駐屯地の破壊だ。破壊の手段、及びそこにいる人間の殺傷はそちらに全て委任。ただし事は迅速かつ確実に収拾して欲しい」

「こりゃまた、難易度の高い依頼をよこしてくれたな」



 『ブラック・ギャング』

 それはアフリカ大陸で幅を利かせるギャングの一大勢力で、特にアフリカ大陸で産出されるレアメタルや鉄鉱石などの豊富な地下資源で莫大な資金力を得た組織だったはずだ。その資金を元手に大量の武器弾薬を購入し潤沢な装備を揃えているなど、余りある暴力で万事の障害を解決している所為か、アフリカ大陸の治安はどんどん悪化していく一方だとか。他大陸への侵略は今の所聞いていなかったが、他の組織からしてみれば“遂に”と言った具合だろうか。



「『ブラック・ギャング』……たしかアフリカ系の組織だったか?」

「そう。そして最近ウチとちょくちょく衝突が起きてる組織でもある」

「経路で言えばそこら辺はエジプトからの陸続き。……狙いはヨーロッパ(そっち)に行くための陸の足掛かり、と言ったところか。 ……言っちゃあ何だが、こういう案件こそ表向き軍の体をした『フォラータ・アルマ(おたくら)』の出番じゃねぇのか?」

「如何にも。何とも耳が痛い言葉だが、しかしこちらも中々手の離せない案件を抱えているんでね。今回は応援として君に依頼することにしたんだよ」



 詮索はするまい。こいつらは依頼人でありビジネスパートナーではあるが仲間ではないのだ。踏み入ることは虎の尾を踏むも同然。向こうもそれがわかっているため、こちらに込み入った情報は流してこない。



「………なるほど、連中はそっちが出張れないところに付け込んできたってわけか。ある程度の情報網と狡賢い頭は持っているようだな」



 ハァ、と内心溜息が出る。遠く離れたリビングでテレビ越しに聞かされるなら精々が武力衝突までだろうが、ここにいるとその裏側がよく見える。宗教絡みの武装蜂起に、政治的な思惑。一昔前の政治家と建設会社の癒着問題を彷彿させるとてもキナ臭いフレーズの組み合わせだ。しかも起こしているのが政治家でなくギャングなのだから始末に負えない。武力による解決以外に選択肢が見当たらねぇじゃねぇか。



「『マフィア撲滅運動(ミレニアム・ウォー)』は終わっても、残った生え抜き共が利権の奪い合いに組織間の勢力抗争。結局は争ってた連中の首が挿げ変わっただけ、ってか?」

「いつの時代もそれは変わらないよ。裏を支配しているのはいつだって『暴力』なんだから」

「悲しい世の中だねぇ、ホント」

「そうだねぇ」



 そうやって嘆きを上げているが、俺の顔には一ミリだって哀愁が浮かんでいないのだろう。そしてそれは、目の前の男もまた同じ。

 俺もこちらに来て3ヶ月は経つが、その間にずっとこうした光景を見せつけられ続ければ嫌でも理解する。

 それはもうそういうものだ(・・・・・・・)、と。

 間違っていると指摘することがそもそも根本的に間違っていて、そうするには既に遅すぎたのだと。



「オーライ、依頼を引き受けよう。天にましますヤハウェに代わって、無粋な茶々入れたネグロイド共に天罰を下すとしようか」

「ああ、武運を祈るよ。君の武勇をとくと示してくれ『紛争潰し(ウォー・マッシャー)』」



 お互いに立ち上がり、手を握り合って依頼の受領を確認し合う。

 そうと決まれば、迅速に行動に移すべきだ。武器弾薬に移動経路、現地の状況に拠点の場所。やらなければならないことはいくらでもある。迅速なる依頼完遂を望まれているならば、可及的速やかなる行動をしなければならない。



 と、そこで、後ろから「ああ」と言葉が付け加えられる。




「そう言えば、言い忘れてたんだけどね───」






◆◇◆◇






 吹きすさぶ冬の訪れを告げる風。

 肌を突き抜けて寒さだけを届けてくれる有り難くない(運び屋)が飛び交っているこの時期に、俺はアトロシャスより遠く離れたトルコの大地へと降り立っていた。

 場所はトルコの南西部、シリアとの国境よりもっとも近い空港。自然が豊かで木々の姿が良く目につく市街地が近接しているが、冬の足音がこの時期にはすっかりと寂しいカラーリングになってしまっている。生き残っている緑と言えば針葉樹林か、冬の寒さでも耐えれる人工芝くらいだろう。



 ぐるりと街並みを見回してみる。街行く人々は冬衣装に身を包み寒さに身を縮こませながら歩いている。時差を含めて今朝方到着したばかりだが、生憎の曇り空となっているために気温は一向に上がる気配がない。おそらく今日一日はこの気温のままなのだろう。



 ………だが、何故だろうか。



 初めて訪れる国、見たこともない土地。目新しさに擽られる好奇心や、これから起こりうる未知への緊張が身体に起こってもいいものなのに、欠片もそういうものが湧き上がってこない。

 代わりに浮かんで来るのは既知(・・)という感覚。どこか見慣れている雰囲気(・・・・・・・・・)という感想。




 この、仄暗い死と暴力の匂いが漂う街並みを、俺はよく知っているような気がするのだ。




「そこのお前! 止まれ!!」



 不意に、俺を呼び止める声がした。顔だけ振り返って見れば、冬の寒さを凌ぐために幾重にも服を重ね、そして頭部に特徴的なタリバンを巻いた(・・・・・・・・)男が、俺に銃を向けていた。銃種はおそらくAK-47。護身というにはあまりにも強力な威力を持つ銃………間違っても、街中で抜いていい代物じゃあない。



 ───………なるほど。こりゃあ早々に片付けなきゃいけねぇ案件な訳だ



 一歩間違えるもなにも、これは現在進行形で国際問題が勃発していることに外ならない。衝突があったのはもっと国境付近だとニュースで行っていたが、どうやら事態は気付かれない内に進行していたらしかった。

 この街の雰囲気に見覚えがあると思ったのは、恐らくこの前の紛争地帯の街並みがチラついたからだ。いつ銃撃戦が起こるかも知れない緊張状態。背中を銃で突き付けられたかのような恐怖。この街に蔓延したそれが、この既視感の正体。



「見かけない顔だな。………さてはお前も異教徒かっ!!」



 黙っているのをいいことに、男が徐々に近づいてくる。ご丁寧にこちらに聞こえるように、カチャリとブローバックも引く徹底ぶり。大半の人間はこれで恐怖で身が竦むはずだから、俺も同じとでも思っているのだろうか。



───しっかし………妙に手慣れてるな(・・・・・・)



 だが、それ以上に気になるのはその所作だ。

 足取りにも声色にも震えは混じっておらず、あくまで動作は自然体。そうなった経緯を考えると、これまでも似たようなことを何度も繰り返していることになる。



 記憶の中の脚本(バイブル)を漁り、選択肢を絞っていく。

 何も知らない人間にいきなり背後から銃を突き付け、宗派を聞き出す。それを何度も繰り返すようならば、何かしら求めるものがあるのだろう。

 そうした連中がしそうなことで、この言葉の次に出てくるのはおそらく───



「いや、同門ならば話は別だ。他の地より来たのならば先ず神へ捧げる賽銭の場へと赴かなければならない。もしよければ、同門の好でこのまま案内してやろう」



───……まぁ、そう来るよな。



 予想通りと言えばいいのか悪いのか、やはり金を無心するつもりのようだ………。

 かの宗教も地に落ちたものだ、と思う。誰かの入れ知恵か、はたまた次第に教えが歪んでいったのか。どちらにしろ、この現状を神が見たらきっと涙を流して嘆くのではなかろうか。



「ハッ! 生憎とオレは無神論者なもんでね。得体の知れない神様とやらには拝まない主義なんだよ」

「貴様ッ」



 それにな、と言葉を繋げ半身で相手を睨みつけ、右手は拳銃のグリップへ。

 この手の相手は、こちら引けば優越感に浸って勝手に増長する。だから退かず、むしろ喧嘩上等の構えで言葉を返した。周りは早々に険悪な空気を感じ取ったのか、既に人影一つ残っていない。過去に何度かあった光景なのだろうが、それはそれで好都合だった。これで周囲を気にすることなく、心置きなく銃が撃てる。



 相手は既に怒り心頭。しかし周囲に味方の殺気はなく、相手は一人だけだ。ここで発砲しても、恐らく問題はない。だから俺は、躊躇わずに言葉を投げかける。



「宗教を盾に金をせびるゴロツキ風情に、くれてやる金なんて1¢も持ち合わせちゃいねぇよ」

「貴様は……余程死にたいらしいな!!」



 憤怒。相手の顔は怒りの形相に変化し、見逃すという選択肢が理性と共に消失した。これで開戦は必定。もはやこの場で遠慮はいらないと、忍ばせた右手で拳銃のハンマーを下ろし、銃撃戦に持ち込もうとして───



「お兄さん、こっち!!」



 空っ風に乗った無垢な幼な声が、俺を裏路地へと引き摺り込んだ。




*本来は公用語は二か国でことなっていますが、作品の都合上、ここでの言語は英語で統一させて頂きます。


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