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赤と銀の硝煙二銃奏15

閑話書いてたら気が付いたらエピローグになってた……



 アトロシャス北部に位置する『S.R.H』の本拠地。

 それは街の中心部からやや離れた場所に位置し、多種多様なものが雑多に詰め込まれている中心部とは違い形あるものが無理なく整然と並べられている区域の一角にあった。

 そこには都市中心部に建てられた先進的な高層建築ではなく、日本のロシア大使館に見られる懐かしさと新しさの調和がとれたレトロモダンな意匠が拵えられた建物。しかし2500㎡ほどはある敷地面積には、風情を求めた庭園などはなく、機能性を求めて建築物が敷地のほとんどを占める造りとなっていた。



 ここはその最上階。明るいガラス張りの南側から北側に伸びた廊下の先、やや薄暗く、しかし趣あるステンドグラスランプによって厳かな雰囲気が醸し出される廊下の突き当りにある執務室。

 中世の貴族階級の書斎を思わせる本棚に囲まれた部屋にブラインドから漏れた斜光が差し込み、上質な絨毯の上に二つの人影を作り出している。一つは豪著な机の向こうに座る男のもの。そしてもう一つは、その机を境にして床に傅き身動ぎ一つしない女性のもの。



「───報告は以上です」

「うむ、ご苦労。今は英気を養うといい」

「はっ。それでは、失礼します」



 傅いていた女性───アナスタシアがすっくと立ち上がると、礼を一つして部屋を後にする。それを見届けた男は腰かけていた椅子をクルリと回し、肺に溜め込んでいた灰白色の煙を吐き出した。モワモワと立ち昇る紫煙が、蜘蛛の子を散らすように消えていく。

 男の顔に浮かぶのは思案の色。つい今し方アナスタシアから齎された情報について、男が頭の中で思考を巡らせていた。



───向こうの人間は撤収した諜報員を除けば現状二人のみ。以後も日雇い戦力(傭兵たち)を利用できるように早めに情報操作はしておいた。そこは問題はあるまい。



 一先ず安堵すべきは、傭兵たちは敵味方問わず全滅させれたことだろう。最初に裏切ったのは、他でもない雇い主であった彼らの方だ。目的のためならば雇われた自分たちを容赦なく殺すと傭兵業界に知られたならば、彼らの下に付く者たちはいなくなる。そのため外に漏れる口を封じられただけでも、男にとっては作戦が失敗してもプラス収支であった。加えてその事実から目を逸らさせる噂も流せれたため、事実の隠匿はほぼ完了していた。

 だが、それ以上に思慮を巡らせねばならないことは他にある。



───連絡役(メッセンジャー)として見逃された、か。……本人はそう言ってはいたが、果たして実際のところはどうなのか



 チラリ、と流し目で下段の引き出しに視線を向ける。そこにあるのは、昨夜の内に別の『ポインター』の隊員から届けられた報告書。ハムドチェラ地区での彼女の戦闘記録からその紛争の終局、果てはバグダッドに戻ってから彼女が強行した市街戦までの記録が記されている。最後の最後で彼女が窮地に陥ったところで報告書の内容は途切れているが、彼女の行動とその経緯は大方この男に把握されていた。



 しかしだからこそ、男にとってはマックスの行動が不可解に思えてならなかった。

 記録を見る限りは計三度、彼女はマックスの殺害を目論んで襲撃を敢行している。彼と彼女は明らかな敵対関係にあったはずなのに、しかし彼女は今もこうして生きている。



 その理由は、なんだ?



───襲撃の回数からして、執拗に己を何度も殺しに来る輩を生かしはせんだろう。誰しも我が身は可愛いもの。しかし取り逃がすならまだしも、見逃すというのはあまりに非合理に過ぎる。



 合理的ではない、道理のない行動。

 ならばそこにあるのは、道理を通したくないという感情の介入に外ならない。



───玉樹會の劉 維建(ブラックマン)とのコネクションは既に確立させ、フォラータ・アルマのカルラ・A・スペランツァとも面識を持っていることから、世渡りのいろはは心得ていると見える。とすれば、件の男があの女を生かした理由は──────ふむ?



 とここで、単純な事実に目が行った。

 マックスは男で、アナスタシアは女。彼女は街行く人々10人に問えば10人全員から美女と言われるであろう美貌の持ち主であり、そして彼と彼女は一晩同衾した間柄である。そこで暗殺をし損ねたのには目を瞑るとして、二人はつまりそういう関係である。一度だけとは言えそうそうお目にかかれない美女と甘い一時を過ごした男が、果たしてその翌日に敵に回ったその女に手を掛けることができるのか。

 熟練の手練れであれば煩悩を切り捨てて即座に殺しにかかれるのだろうが、報告書を読む限りマックスは若い男であるということがわかる。未だ身体の性機能が活発な時期であるがために、煩悩を捨てられないということも往々にしてあり得ることだ。




───……ことは意外にも、単純なものやもしれぬな



「いつの時代も、男を堕とすのは魔性の女、か。これも男の悲しき性よ」



 憐憫を含んだ物言いに反して、口角が悦を含んで吊り上がる。リードも付いているのなら、それを握ってやればいいだけ。要点さえ押さえれば、使い方も自然と思いつくというもの。

 葉巻を咥え、男はもう一度肺にニコチンを送り込むと、灰皿で火を消してから机の回線を開く。キッチリ2コール鳴った後、通信が繋がった。



総帥(・・)、いかがいたしましたか?』

「今からでよい。至急、玉樹會の劉 維建(ブラックマン)に連絡を取りつけろ」

『はっ……ブラックマンに、ですか……?』

「その通りだ」



 スピーカー越しに、部下の男の困惑した声が聞こえてくる。その困惑の意図するところを理解しながらも、しかし総帥と呼ばれた男は間違いではないと男に念を押す。



 所詮は誇張や脚色混じりの噂が一人歩きしている程度だとマックスのことを認識していたが、その噂に見合うだけの戦力があると確信できた。そして今恐れるべきは、玉樹會(向こう)がマックスの全面的なバックアップ体制を取り、この地の三つ巴の均衡を崩壊させること。裏貿易の重要な港一つを手中に収められては、主に南東方面の物資輸送においてかなりの痛手を被ることになる。それを防ぐために、なるべく早期に牽制を入れる必要があった。



「そうだな……狂犬の手綱の握り方について話をしたい、と伝えておけ。それで奴もわかるだろう」

『はっ。それでは、すぐに手配いたします』



 通信を切り、鼻先で手を組み一呼吸する。仕込みは上々。後はゆるりと待つばかり。

 老いて尚衰えぬ眼光が、虚空を睨む。



「さて、並行してこちらの件も進めなくてはな」



 男は徐に引き出しから紙束を取り出し、それに目を通していく。

 それは中東にて敢えて目立つように(・・・・・・・・・)進めた攻勢の裏で行われていた、本命の作戦の報告書。



「ようやく太いパイプができたか。……ふむ、そろそろあの島国も手中に収めておきたいところか」



 ロシアンマフィア『S.R.H』総帥 パーヴェル・エリツィン。

 神算鬼謀で怖れられる北の智将が狙うのは──────日本。






◆◇◆◇






「お前さん、また何かやらかしたようだな」




 場所は所変わって、フラット・フラッグのカウンター席。カウンター越しにいるカールにそんなつもりはねぇ、と睨んでやっても目の前のカールどこ吹く風。俺がこの街に来た時から知っている所為か、おお怖い、と肩を竦めるくらいだ。



 仕事終わりに一杯飲もうと思い、こうしてカールの店にまで足を運んでいたのだが、その間に聞こえてくるわ聞こえてくるわ、人間辞めてるとしか思えない俺の新しい噂が。



 曰く、紛争をその身一つで終わらせて見せたイカレ野郎、『紛争潰し(ウォー・マッシャー)



───誇張表現が過ぎるだろ……!



 一体どこの最終兵器の名前だろうか、果たしてそれは個人に付けていい二つ名なのだろうか。心中で絶え間なく荒れ狂う愚痴を宥めるように勢い良く酒を煽る。程よくアルコールが脳を浸していく感覚が心地いい。出来ればここで寝落ちして夢でした、なんてオチがあったら最高だ。…………どうせないだろうけど。



「聞けば例の紛争を一つ潰したとか何とか。それでどーして平和を愛すると法螺吹けるのやら、俺にはさっぱりわからんよ」

「争いが一つなくなって世は事もなし。余計な死人が出なくて世界は平和(ハッピーエンド)だろ?」

「『明日は我が身』って日本(ジャパン)の格言があってだな。次にその矛先が自分に向くんじゃねぇかって街の連中は戦々恐々してんだ。ここは物語の勇者様よろしくかっこよく相討ちになって斃れる、ってのが街にとっての平和(トゥルーエンド)だったんじゃないのか?」

「おいおい、せっかくの客を邪険にしてくれるなよ。ほら、もう一杯頼んでやるから」

「一丁前に商売人の扱いを心得やがって」



 口では悪態をつきながらもちゃんと次の酒を用意しに行ってくれるカールを見届けて、俺はそのまま思考に耽る。

 この噂はどうにも、尾鰭が付きまくっているように思えてならない。確かに敵の首領は殺して紛争を終わらせたし、あの場を切り抜けるためにいくらか敵を殺したが、噂の内容を聞く限り俺が敵を全滅させたという内容しか聞こえてこないのだ。



 例え極限までわかりやすい説明をしたところで、自分の話が相手に伝わるのはせいぜい70%だ。それに準じればこの噂は、まるで人を幾人も介したかのような脚色具合と見える。この街からそれなり以上に離れた他国の内容が、昨日の今日でこうも尾鰭が付いて回っている状況にはどこか違和感を覚えるしかなかった。



「はいよ。追加の一杯だ」

「ああ。……ちなみに聞くが、今回の噂はいつぐらいから流れてたんだ?」

「そうだな……少なくとも今日の昼前には出回ってたはずだ。店を開けてすぐ入ってきた客が早々に騒いでいたのを覚えている。なんだ? 自分の噂が気になるのか? 意外にかわいい所あるじゃねぇか」

「ばーか。気になるのは内容じゃあねぇよ。タイミングだ」

「タイミング……?」

「ああ。そいつはな───」



 俺がその訳を口にしようとしたその時、背後から入店の軋み音が聞こえてくる。そしてそれと同時に、客の色めき立った声が上がった。釣られてそちらを見たカールが、思わずといった感じで口笛を吹く。



「ヒュ~、かなり上玉な姉ちゃんじゃねぇか。こりゃ男連中が放っておかねぇぞ……おい、どうしたマックス。またとお目にかかれない女だぞ? 見ておかなくていいのか?」

「いや、オレはいい。……ああ、そうだ。もう一杯同じのを頼めるか?」



 狙いすましたかのような完璧なタイミング。男連中が騒ぎ立てるほどの美女に、何故か顔を合わせなくとも知り合いだと察せられてしまった自分が恨めしい。自然と寄った眉間の皴を解しつつ、カールにもう一杯注文をしておく。



 そしてカールが後ろを向いた隙を見計らい───腰のナイフを背後に向けて投擲する(バックスナイプ)



 ここから入口まではテーブルが配置されていないため障害物のない一直線。入って間もないため酔った客が彼女の行く手を遮ることもない。

 よって、防がれない限りは命中することは確実だろう。……防がれなければ、だが。



「随分な挨拶じゃないかしら、マックス?」

「別に挨拶の仕方は間違ってねぇはずだけどなぁ……?」



 クルリと背後を見やれば、案の定とでも言うべきかクスクスと笑いながらこちらを見つめるアナスタシアの姿があった。投擲したナイフは綺麗に彼女の指に挟みこまれているようで、彼女自身に一切の傷はなかった。

 声を掛けようと立ち上がった男客は俺の行動で動きを止め、お楽しみタイムと思って野次を飛ばしていた連中も困惑して静まり返る。顔は見えないが、後ろにいるカールも似たように唖然としているのだろうか。



「あら、酷い男ね。褥を共にした仲じゃない」

「起き抜けに部屋のドアに爆薬しかけたのをオレは忘れてねぇぞ?」

「いい目覚ましだったでしょ?」

永眠(二度寝)させる魂胆だったってのはよーく伝わったよ。北の猟犬様も随分なことしてくれやがって」



 一触即発。邂逅一番に言葉のナイフで互いにザクザク切りつけ合う。

 この会話で目の前の女が手を出したらヤバい類の人間だと勘付いた客は、そそくさと自分の席へ戻っていった。大方、知らなかったら酔った勢いでレイプでもするつもりだったのだろうか。……たぶん、しないのが正解なのだろう。組織的に殺される未来しか見えない。



「マスター、私も一杯貰えるかしら?」

「あ、ああ。わかった。………………もう一杯ってそういうことか」

「そういうこった」



 注文と共に俺に向かって飛ばしてきたナイフを同じように指に挟んで受け止め、鞘に収める。その間にアナスタシアが間を詰めると───堂々と隣の席に座ってくる。昨日殺し合いをしておいてこの様子……こいつ、相当肝が太いんじゃないだろうか。いや、もしかしてそれが普通なのか?



「そんで、北の猟犬様は何てお達しで? まさか、またオレを殺しに行けとでも?」

「今日はもうオフだから仕事は受けてないわよ。それに、S.R.H(ウチ)の『ライカ』の部隊一つ相手取ったあなたを相手にするなんて、私はもう懲り懲りよ」

「どの口が言いやがるんだか」



 俺をトラップハウスに誘い込んで罠を使って嵌め殺しにしようとしていた奴が何を言っているのだろうか、思わずジト目で見てしまう。全方位を罠で囲まれていると想定して心臓をはち切れそうなほどバクバク言わせて戦っていた俺を一体なんだと思っているのだろうか。そろそろ人をサイボーグか何かと思っているのかと問い質したい。



 だがそれを置いておいて今、気になる言葉があったな。



「『ライカ』、ね。確かロシアの犬種の名前だったか?」

「由来はそうね。そして、その名を与えられているのはS.R.H(ウチ)の精鋭部隊のみ。あなたも見たんじゃないかしら? 黒と赤の迷彩服を着た集団を」

「……ああ。あいつらか」




───そういえばそんな奴らもいたなぁ………………あ




 なんて思った束の間、自分のしでかしたことに気が付いた。

 しかしもう遅い。一度口にした言葉は取り消すことはできず、そしてその失態が齎す影響を如実に表すかのように背後の客が騒めき出した。



『おいおいマジかよ』


『ってなると、噂はやっぱりあの本物なんじゃねぇか?』


『『ライカ』の部隊相手取ったってだけで、裏じゃ凄腕の扱いだぞ』


『あいつ、悪魔に魂でも売ったんじゃないの?』


『おいバカッ、睨まれたらどーすんだよ!』



 俺の口から漏れた言葉を聞き取った後ろの客連中が噂の内容に確信を持ち、口々に俺に対する議論が巻き起こる。全滅させたということは口走ってないが、噂の一端が真実であると匂わせる内容を他ならぬ俺の口から漏らしてしまったために、俺にはもうこの流れを止めることはできようもない。

 せめてもの反攻として、これを誘った隣の元凶を恨めし気に睨みつける。



「テメェ、(はな)っからこれが狙いか」

「知ってるかしら? 噂を事実に変えるのは、いつだって当事者の言葉なのよ?」

「言質を取らせたのはお前の方だろうが」

「さて、何のことかしらね」



 澄まし顔で惚けてくるあたり、こいつはわかっててやったのだろう。一体何処がオフなのだろうか、しっかり仕事しにきてるじゃねぇか……!



「どう思うよ、カール? これが上玉とか言っていた女の本性だぞ」

「そこで俺に振ってくれるなよ。変なこと言って『S.R.H(北の猟犬)』に睨まれたかねぇ」

「別に言ったところで、命は取られないわよ。ただ、その場合は脅迫(話し合い)をしてこの店がS.R.H(こちら)の傘下に加わるだけよ」

「おっかねぇ話だな、そりゃ」



 ちょうど追加の一杯をカウンターに置いたカールに話を振れば、余計ないざこざに巻き込まないでくれ、と言うように首を横に振る。その心中を言葉にするなら、金は落としていって欲しいが禍根だけは残さないでくれ、だろうか。



 しかし何故だろうな。こいつとは厄介事繋がりでそれなりに長い付き合いになりそうな予感がして止まない。



「さて、それじゃあお酒も出てきたことだし、乾杯といきましょうか」

「人を弄んでおいてよく言えるよな、ホント」



 しゃあしゃあと言ってのけるが、こいつは俺が敵に回らないことを解った上で俺を揶揄っているのだろう。クライアントとコントラクター。今後とも、『S.R.H』とその繋がりを持つ上で、こいつは上手いこと組織にとって都合のいいように俺に盤外戦術(情報操作)を仕掛けてくるのだろう。それもその手に長けているが故に、劉よりも厄介だ。



 ……俺は、ひょっとしたら見逃した相手を間違えたのかもしれない。



「それじゃ、乾杯」



 チン、と。グラスを鳴らす。



 嗚呼。ホント、このクソッ垂れた出会いに、乾杯。





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