伝説の始まり 1
初めてのまともな戦闘回……難産でした
『玉樹會』
ここアトロシャスに手を伸ばしている大マフィアの一角。香港に拠点を置く彼らは2000年代に突入した頃に世界規模で起こったマフィア撲滅騒動を生き残った生え抜きだ。それまで香港で栄えていた一大マフィアが疲弊しているところを突いて実権を奪った成り上がりであるが、今や世界各国にその根を伸ばす盤石にして強大な組織にまで成長している。
その勢力をさらに拡大せんと手を伸ばしているのがここ、アトロシャスである。叩き上げの幹部が一人送り込まれ、この地を手中に収めようとしているが、未だに難航している。
その幹部の名は、劉 伊健
実力もさることながら、特筆すべきはその人脈。どうやって取り付けたんだと思える組織ともパイプを持ち、しかし鉄火場に放り込んでも敵を殲滅して生き残るだけの腕を持つ男だ。その腕を見込まれ、満を持してボスからここの支部に送り込まれたのが彼だ。
考え抜かれた戦略と腕利きの部隊を以て、彼は次々とアトロシャスに蔓延っていた敵対マフィアを討った。そして街では知らぬ者がいないほどにまで拡大させた勢力だが、そこから先は一向に動けず仕舞いだった。
ロシアン・マフィア『S.R.H』
イタリアン・マフィア『フォラータ・アルマ』
それまで狩ってきたゴロツキ共とは一線を画する、正真正銘の闇の根源。これまでとは違い一筋縄ではいかない相手だからこそ、慎重に、そして確実に仕留めなければならなかった。
だから、ここで彼を失うのは痛かった。
張 黎
劉の右腕にして懐刀。同じ香港の生まれで、玉樹會に入る以前から同じ釜の飯を食った親友であり戦友だった。この膠着した状況を打開する上で必要不可欠な人材であった彼は、しかし5日前に殺された。現場には誰かと争ったような形跡が残されており、幾つもの弾痕が残されていた。最後まで戦ったのか、至る所に鉛玉を撃ち込まれボロボロの身体で発見され、愛用だったトカレフは持ち去られていた。自分が死ぬ時はこのトカレフと一緒に埋めて欲しいと言っていたほどだ。もはやトカレフは彼の半身と言っても過言ではなかった。
故にそれを奪われたのは、屈辱でしかなかった。亡き親友を土足で踏み荒らされた気分だった。
そこからの彼の動きは、子飼いの部下たちは簡単に予想できた。いや、むしろ言われなかったら命令無視をしてでも自分たちで弔い合戦をするつもりであった。それだけ、亡くなった張には恩があった。
地元警察に賄賂を貢がせて情報を流してもらい、情報を掻き集めた。そして浮上したのは年若い東洋人。争ったせいなのかボロボロの服装をして当日に現場近くの大通りを通ったことが判明した。
その線で部下を動かしていた際に見つけたのが、2日後、大通りに面する酒場『フラット・フラッグ』から出てくる人物を部下が発見した。ボロボロの服装に黒髪の東洋人。その容姿は情報に限りなく一致しており、しかもその酒場で黒人の大男を素手であしらったというではないか。この東洋人が限りなく黒に近いことは、明白だった。
つい先日の飛行機事故の乗客という線もチラついたが、高度1000m以上からのパラシュートなしスカイダイビングで生き残れる確率など絶望的だ。故にその可能性を排除し、その東洋人を主犯と断定して劉は部下の展開を命じた。
3日かけて彼の近辺を監視し、敵はどこかの組織に属するわけでもなく、フリーであることがわかった。その情報を織り込み、行動範囲から部下を配置する場所、そして彼を仕留める墓場の場所を決める。緻密に、そして執拗に攻める計算され尽くした脚本はできあがり、後は実行に移すだけとなった。
作戦決行日。夜の色に染まった歓楽街の近くにある裏路地から、劉は各部下に対して通信を開いていた。ワックスで固められた黒髪、黒のサングラス、黒のコート、黒の革靴と全身黒一色に染められている。片耳につけられたインカムに口を当て、そこから震わせられる声が憎悪を込めて部下に伝番される。
「全員、動きを止めずに聞け」
インカムからは、何も返ってこない。ただ一方的に、劉の声だけが伝えられている
「張 伊健はかけがえのない仲間だった。それはきっと誰もが思っていたことだろう。だが、俺は思い出話に花を咲かせるつもりはない。俺達は一刻も早く張の片割を、彼の下へと届けてやらねばならない。それが、仲間として俺達がすべき義務だ」
言葉が区切られる。だが部下は分かっている。次に語られる言葉が、この作戦に込められた全てだと
「故に、俺達は義務を遂行する。──戦友から半身を奪った墓場泥棒に、誰に手ぇ出したか骨の髄まで教えてやれェ!!!!」
『 『 『了解ッッ!!』 』 』
無音だったインカムから一斉に返答が返ってくる。士気は十分、策は万全。アトロシャス三大勢力が一つ、玉樹會は総出を上げて動き出した。
◆◇◆◇
走る、奔る、疾走る
夜闇が蔓延る静かな裏路地。月光すらロクに届かず表通りのネオン灯が主な光源となっているこの場所を、俺は全力で駆け抜けていた。一歩前に通った地面は鉛玉に貫かれ、すぐそばの壁は一瞬にしてハチの巣にされた。初撃のライフル弾は事前に場所が割れていたから躱すことはできたが、流石に面制圧射撃は受け続けると避け切れない。
いくらか牽制を入れなければマズい。そう思って、懐から獲物を引き抜く。
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ロットンの武器屋で購入した俺の相棒。それを二挺取り出し、両手に握らせる。これを使うのは今回が初めてだ。そしてこれを使うということは、すなわち人を殺すということ。
平和大国に生まれた俺の肩に、初めて命の重みがのしかかり、手先が思うように定まらない。
重くて冷たい。引き金を引こうと決意した瞬間に泥水のようなものが俺に纏わりつく。肩に、頭にまで絡みつき、底の見えない泥沼に引きずり込もうとしてくる。
なるほど。この重さは俺の持つ善性が俺を引きずり込もうとする泥水に抗っているからこそ感じる重さなのか。
なるほど、なるほど。とても素晴らしい機能じゃないか。理性が働いている間は、こうした防御機構がちゃんとはたらくというのか。引き金を引けば戻れぬと、人を撃てば後戻りはできないと理性がわかっているのだろう。
だが、今の俺は『俺』ではなく『オレ』なのだ。
冷酷無比に、容赦なく、敵の眉間に風穴を穿つのが『オレ』なのだ。
躊躇うな。逃げ出すな。身に危機が迫ったというなら、『オレ』を演じているというのなら、その引き金を引いてみせろ……!
ズドンッ!
安全装置を外し、最後の一線を踏み抜いた俺の指はその引き金を勢いよく引く。狙いなんて程遠い。見えてすらいない暗闇に向て放たれた弾丸は、闇の中に消えていく
鳴り響く銃声。暗闇を差すマズルフラッシュ。鼻孔を突く火薬の臭い。じんわりとした鈍痛。
肩にかかっていた重みは何もなかったかのように霧散し、代わりに全身が泥に浸かったかのような感覚に襲われる。
撃ってみればあっけないものだった。人に向けて撃った瞬間に霧散したのは、俺を縛っていた善性と言う名の鎖だ。俺はもう泥をかぶった人間になった。もう引き返せない。底なしの罪の泥沼に身を投じたなら、浮上することは叶わない。只々永遠に沈んでいくしかない。罪の泥に、染まり続けるしかないのだ
「チィ───ッ!!!」
本来なら湧き上がってくるはずの吐き気は一向に訪れない。緊急事態に伴うアドレナリンラッシュ、体内でドバドバと放出されるアドレナリンに脳が侵されているからだろうか。自分の感情だというのに理解ができなくて気持ち悪さすら覚える。
それでも、今はそんなことに構っている状況ではない。頭を振って、思考を切り替える。
身体を半身にし、左の銃で後方の集団へ牽制を入れると同時に右の銃で奇襲を謀っていた敵に牽制を入れる。場所は右上方の建物の三階の窓。奇襲するタイミングと場所は踏んできたシナリオですぐに割り出せる。
だが悲しきかな、動いていない状態ならば狙いは定められるというのに、今は走っている最中だから銃身がブレてロクな射撃ができていない。壁や地面に当たる音すらすら聞こえてこないのだから、その軌道は言うに及ばず。大方、遥か上空にでも向かっているのだろう。もっと射撃訓練をしなければ……
しかしある程度の効果はあったのか、散発的撃っていると飛んでくる銃弾の数が減っていく。おそらく警戒して物陰に退避したりしているのだろう。こちらとしては嬉しい限りだ。
一応、事前に地図は購入して街の全体像は把握しているが、あくまでそれは平面での話。どの道がどこに繋がっているかは分かるが、その道がどうなっているのかは分からない。だから見たらすぐに判断しなければならない。
正面に捉えた曲がり角を右に曲がったところで、続くのはほぼ直線の一本道。見たところ比較的遮蔽物の少ない道のようだ。ここらで待ち構えて反撃に出てもいいが、それは愚策だろう。なぜならここは数百m先に見える高いマンションから丸見えだからだ。俺が脚本家なら、ここでマンションの屋上あたりに狙撃手を配置して逃走者に狙撃を見舞わせる。歓楽街の裏路地への入口をスタート地点と考えるなら、大体の人間なら息切れを起こす頃合いだし、そこで揺さぶりをかければ動揺を誘って思考力を奪うことができる。実際そういう配置は何度か見かけた覚えがある。
外れの可能性もあるが、俺はそれっぽく不敵に笑って屋上目掛けて牽制弾を撃つ。別に当たらなくてもいい。そもそも拳銃の射程範囲外なのだから当てるのは無理だ。俺としては、狙撃手がいたならこっちは気づいているぞと思わせれば十分だ。それで警戒して引き金が引かれなければ儲けものだ。
それからというのも、俺のやることは変わらなかった。策が張られているところは、用心深く避けるか、出端を挫いて奇襲の意味をなくす。
すぐ脇の窓から軽機関銃で乱射されそうだったらスライディングしつつ下方から窓に向かって銃弾を撃ち込む。
道路脇に放置された自動車にトラップが仕掛けられてそうだったら、すぐそばでなく対面の壁を蹴って強引に足場として爆破をすり抜ける。
止まることなく、俺は走り続ける。隠れるなんて以ての外だ。もうかれこれ随分と走っているが、敵はまだ相当数残っているのだろう。まだ銃弾の雨は止みそうにない。弾薬は大量に購入したし、牽制のために必要最低限にしか撃っていないから余裕はあるが、だからといって無限じゃない。このままいけばいずれ弾が尽きるのは明白。そろそろ、どこかで落としどころを──
「おっと、暗い夜道を走っていると危ないぜ東洋人」
男の声が真横から聞こえた瞬間、灼けるような激痛が身体を駆け巡る
「───ッ!!?!」
激痛に苛まれるも、何とか身体を引っ張って対面の物陰に飛び込む。
読めなかった。追い立てる後方の配置を除いて極力味方の危機を避け、トラップと配置した位置からの狙撃と制圧射撃が主な手段だったはず。だというのに、この男はあろうことか単身で車の影に隠れて気を窺っていた。これが本命だというなら、この男はかなりの食わせ者だ。
月夜に拝める男の姿は、一言でいうと『黒づくめ』だった。
顔立ちはアジア系で、黒髪にサングラス、黒のスーツに黒のコート、黒の革靴。怪しさ満点だったが、それは彼の放つ雰囲気で彼の手強さを一層引き立てていた。
勘が告げる、こいつがボスだ
「お前さんに聞きたいことがあったんでね。悪いがちょいと俺の問いに答えて欲しい」
「……おい、まさかそのためにオレをこの鬼ごっこに嵌めたのか?」
「そうとも。さぁ、九分九厘ネタは割れてるがお前さんの口からハッキリと言ってもらわないと、こちらとしても本気でお前の命をとれない」
「ハッ! 今さっきオレの脇腹をブチ抜いた野郎が何を今更」
ふざけるな。今ので殺す気がないだと? 冗談も大概にしろよ。今で尚、オイル漏れしたドラム缶のようにドバドバ血が流れているというのに、本気じゃないだと? 明らかに確殺コースの軌道だったはずだ。
上ずった声も、震えもない。俺の内心の動揺などまるで意に介した様子もなく、堂々とした振る舞いで『オレ』はヤツと対話する。
「さぁ、答えて貰おうか。お前が、うちの幹部に手を出して、トカレフを奪った東洋人か? あいつの愛用だったトカレフを返すというなら、五体満足残したままケツの穴が増えるだけで逝かしてやるぞ」
「あいつ……?」
思考し、記憶を漁る。『あいつ』というのが誰を指しているのか不明だが、ここに来てから俺の周囲で起きた出来事の中から該当しそうな人物を探し出す。
先ずは、彼らと同じく『アジア系の人物』を検索エンジンに打ち込む。
……該当なし
これは違った。そもそもアジア系の人種には会っていないのだからこれは当然と言える。
ならば次の重要そうな単語『トカレフ』。彼らが言うからにはかなり重要なものなのだろうか。早速検索エンジンにかけて──
……………ヒット
「ああ、黒人の大男か。あのトカレフならとっくに売り払ったが」
……そういえば、ここに来て初日にそんなことあったな。あれは確かフラット・フラッグという酒場での出来事だったはずだ。いきなり黒人の大男に背後から拳銃突き付けられそうになったのを半ば直感で感じ取って締め墜としたアレだ。
なんだ、あれが幹部だったのか。隙が多かったから簡単に意識を墜とせたが……なるほど、それだと面子が丸つぶれだから総動員して俺を始末しに来たというわけか。組織──ことマフィアだとそれが華著になるのだろうか。
アイツは黒人だったが、流石に組織ともなれば人種はさしてデメリット足り得ないのか。裏の世界でものをいうのは『力』。なるほど確かに黒人なら、アジア系よりも腕力は強いから妥当と言えるか。
───そう言えば、さっきからやけに静かなんだが……
俺、地雷踏んだ?
◆◇◆◇
───ビンゴだ
壁越しに返された返答に、劉は内心ほくそ笑む。
確証は得た。音質も取った。言い逃れのできない決定的なものだ。これで大義名分は揃った。
なら、あとは粛清するのみだ
友を斃した東洋人は確かに憎い。ぶち殺してやりたいというのが本音だ。だが、それだけだ。それで怒り狂うほど劉は組織の頭として落ちぶれていない。殺られたらそこで終わり、この世は力がすべてというのもまた事実。殺られたなら、理性的に、合理的に、相応の手段を用いて報復するまでだ。
それに、実質ナンバーツーの張を討ち取った東洋人は私情を抜きにしても看過するにはあまりにも危険すぎる。こと三勢力が鎬を削って覇権争いをしている中で、単騎でそんな芸当をやってのける輩は不安要素でしかない。
しかし味方に引き込むには、あまりに遺恨が残る。ナンバーツーを討った下手人を組織に加えてどういう波紋が及ぶのか想像に難くない。
だから、ここで始末してしまうのが手っ取り早い
───相手が悪かったと諦めな、東洋人
両手に握るは、彼の愛銃たるCz 75。数多の戦場で血を吸ってきた無双の牙が、ゆっくりと構えられる。
静寂は刹那。音もなく飛び出した敵と、己の視線が交錯し、共に構える銃が同時に火を噴いた。
こうして、どこか致命的に両者の認識が噛み合っていないはずなのに、戦いは第二ラウンドに突入し、一層の激しさを増す。
噛み合っていないはずの歯車はそれでも何故か動き続け、物語を進めていくのだった。
キリがいいのでここまで。戦闘回は二話に分けました
今年の投稿は次でラストになりそうです