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赤と銀の硝煙二銃奏14

さて、かなり短いですが、これにて今話は終了となります。

それとあとがきに、一応書いたけど没になったシーンを勿体ないからという理由で乗せときました(笑)

よかったら見てみてください。



 カンッ、カランカランッ



 嫌に耳に響く金属の音。床をコロコロと転がる音。



 浮かぶのは、驚愕、動揺、懐疑。

 それら全てを綯交ぜにした表情をしながら、彼女(・・)は蒼瞳を揺らす。



「なん、で…………」



 立ち昇る紫煙。フワリと漂う硝煙の香り。

 見つめる視線の先には、真横(・・)に向いた銃口。

 事故の喧騒が遠くに聞こえるかのように、静寂がこの場を支配していた。



 確実に、自分を殺すことができたタイミングだった。彼女はそう信じて疑わず、そして殺さないメリットも思い浮かばない。そうして次に上がるのは、疑念だ。



 どうして自分を殺さなかったのか、と。



「チッ、余所者(よそもん)が……漁夫の利でも狙ったか」



 忌々し気に、言葉が彼の口から吐き出される。

 ふと、顔を向ければ、銃口の先には割れた小窓があり、その奥からホテルと思しき建物が覗いていた。

 目を凝らせば、そこから落下する小さな影が見える。近くに細長い影も見えることから、それが狙撃手だったのだろうと経験則から判断した。



 彼が狙われていたのだろうか。しかし、彼女には応援を呼んだ覚えはなかった。

 『ライカ』を含め、あの場にいた組織の部隊は全滅。戦場をただの死地に変えた元凶を殺し、武功を上げるためにこの場に一人で来たのであって、増員の要請はしていない。そして、要請してもこの短時間で来られるとも考えられなかった。

 ならば、先の傭兵の生き残りだったのか、ただの賞金稼ぎたちか。あるいは───



「命拾いしたな。おかげで、最後の一発を使うハメになった」



 カラン、と。マガジンが床を打つ音が辺りに響く。視線を戻せば、無用の長物となった拳銃を懐にしまい、マックスの視線が再び彼女を見下ろしていた。その目にどんな感情を宿しているのか、それは彼女からは窺い知ることはできない。

 しかしふと、彼女は今の言葉に疑問を覚えた。



───命、拾い……?



 それは妙な話だ、と彼女は思う。まだマックスにはナイフが残っており、それは戦意が失せ只の人となった彼女を屠るのに十分な凶器となるはずだ。只の一振り、只の一刺し。それだけで彼女の命は容易くのこの世から去るのだ。



 だというのに、マックスからは殺意というものが感じられない。

 殺意が込められていない言葉は、それこそ世間話に興じる友人とで交わされる言葉の様。

 クルリと、マックスが反転する。



「ここも派手に爆破したことだし、そろそろ外の警察(サツ)も勘付く頃だろ。厄介になりたくなかったら、さっさとここからズラかることだな」



 その言葉で、憶測が確信に変わった。彼は自分を見逃すつもりなのだろう、と。



「……せっかく私を殺せるチャンスなのに、あなたはそれをふいにするの?」



 おどけるように肩を竦める彼に、彼女が追及する。

 そこにあるのは見逃したことに対する感謝はなく、その行為に対する疑念のみ。

 顔だけ振り返ったマックスが、訝し気に細められたパライバトルマリンの瞳をチラリと一瞥する。



「ゴザン・ハルツェナフを殺して既に依頼は終えている。弾を全て使い切ったが、最後の襲撃者はこうして無力化できた。……なら、ここで余計な殺しをする理由はないな」

「……それが、あなたの本心?」



 多くの敵を鎧袖一触に蹴散らしたカーチェイス、屋上を走りながらの銃撃戦、ヘリの襲撃をものともしない胆力、そして……数の暴力すら撥ね退ける力。

 目の前に突き付けられた、罠ありきの不利な状況で彼女を下してみせたその実力に、疑いの余地はない。今でこそ、殺そうと思えばナイフ一刺で彼女を簡単に殺せるはずだ。

 なのに、それをやらない。やろうとしているのは、敵に情けをかけ見逃すというあるまじき愚行。



 彼女の勘が告げていた。そんなチープな理由なわけがないだろうと。



 しかしマックスは彼女の言葉に耳を傾けることもせず、言い終わるや否や再び歩みを進めた。話すことはもうないとでも言うように、振り返る素振りすら見せずに去っていく。



───……今なら、殺れるかもしれない。



 唐突に湧き上がった思いに流されるように、彼女は手持ちのハイパワーのグリップを取った。

 狙いはマックスの頭。延髄を貫くヘッドショット。無防備に背中を晒した今ならば、彼を仕留められるのではないかという誘惑(思い)が、彼女の思考を呑んでいた。



 と、ここで、彼女の脳裏にある記憶がフラッシュバックする。

 それはマックスと対話をしている時のこと。互いに仕事として割り切っているために必要以上の情報を流さない中で、マックスの口から零れた言葉。



『オレはお前らを利用する。そしてお前らもオレを利用する。劉のやつもそこは割り切っているからな。ビジネスパートナーとしては申し分はねぇよ』


『潰す? ねぇな、それは。こっちは向こうの利潤に一枚噛むつもりもねぇし、利潤を妨げるつもりもねぇ。……向こうがオレを潰しにくるって言うなら、話は別だがな』


『欲しいのは安寧だ。どこまでいっても、オレは世の公道から外れちまってる。……しかしまぁ、そういう奴に落ちぶれたとしても、腰を落ち着けられる場所っていうのはやっぱ欲しいんだよ』



───それってつまり……



 彼の安寧を脅かさない限りは、彼が敵対することはないということ。『ライカ』の部隊を沈めてみせた戦闘力が、条件さえ満たせばこちらの戦力として運用できることを意味している。

 そして彼女は『ライカ』とは別の部隊。諜報・暗殺を主任務とする影の部隊、『ポインター』のエース。ボスと面識もあり、話を通すことも容易い。



 すべての事象が結びつき、一筋の糸となって物事が連鎖的に彼女の中で腑に落ちていく。

 そして彼女は思った。彼はもしかして、そこまで知っていて見逃したのではないか、と。



「…………」



 ほんの一瞬か、はたまた数十秒か。

 しかし場を支配するのは秒針が時を刻む幻聴すらが聞こえてくる静寂の空間。立ち行く足音と、外の喧騒だけが穏やかに流れる夜闇の時間が、静かに凪がれていく。




 そして程なくして、スッとその瞳が閉じられ、銃も力なく下ろされる。




 彼女の手から、引き金が引かれることはなかった。






◆◇◆◇






 ダンッ───!



 先の場所から少し離れた人目につかない裏路地。壁にあった鏡に向かって、苛立ちに任せて右の拳をあらん限りに打ち付ける。ヒリヒリとした痛みが腕を伝わるが、その痛みすら受け付けないドロドロとした感情が俺の心中を渦巻いている。さながら今の俺は悔恨に打ちひしがれる罪人か、聖罰に怯える悪神の徒のようで、見るも情けない顔をしているのだろう。



 動悸が疼く。己の浅ましさと醜さに吐き気すら込み上がってくる。

 殺せたはずだ、彼女を。ナイフで一突き、ナイフで一振り。心臓に突き立て、項を一裂きすれば、それですべては禍根なく終わるはずだったのだ。



 なのに俺は、一体何をした? 何と言った? 無力化できたから殺す必要がない?



 ふざけるな。敵に情けをかけてどうなるというのだ。



 無関係の命を無駄に奪うことは殺人ではなく殺戮。『マックス』を演じる上でそこは侵すつもりはないので納得はしよう。

 だが………だが彼女は……アナスタシアは、紛れもない()であったはずだ。それなのに、よもや行き着いた結末が彼女を見逃すというもの。……呆れを通り越して笑いすらこみ上げてくる。

 そして、それを間違っていないと心の何処かで思っている自分にも嫌気がしてくる。



 今ですら蘇る。何度でも思い起こされる。脳裏に喚起される彼女と過ごした一時の記憶。



 その記憶があの瞬間、俺の行動を捻じ曲げた。

 頭では殺すつもりでいた。実際、ホルスターに銃をしまえばその後、腰のナイフに手を伸ばすつもりでいた。



 だが、現実はどうだ。その記憶が脳裏をちらついた瞬間、おかしなことに思考が頭の中だけで完結し、あまつさえ身体が思考を離れて勝手に行動し出すではないか。口から紡がれる唾棄すべき言葉の数々。創り上げた『マックス』という人格を塗りつぶした『俺』という人格が吐き出した、臆病にも彼女の殺害から逃げるためだけの言葉の数々。



 『マックス』を演じてみせると言っておきながら、役の中に『自分』を混ぜて脚本をぶち壊すという役者にあるまじき愚行。殺しておくべき人間を、自分の我が儘で生かす。その行為がこの『マックス』にどれほどの影響を与えるのか。よもやフェミニストなどと認識されるようでは目も当てられない。



 そうまでして(お前)は、虚構の愛ですら壊したくないというのか。嘘偽りだらけだと知りながら、尚もそれに手を伸ばそうというのか。



───俺があいつを、アナスタシアを……ありもしない幻想(・・・・・・・・)と重ね合わせているというのだろうか。



 この胸の奥底に燻っている醜い本性。どれだけ満たそうとしても、どれだけ次に進もうとしても、絶えず心を蝕むこの渇望。自分のことながら、その愚かさに吐き気がする。






「無様なもんだな。顔も、名前も……何もかも知らない。存在しているかすら怪しい遺伝子の片割れ(ははおや)の愛に今でも飢えているのかと思うと…………自己嫌悪でどうにかなりそうだ」




 ちらりと見えた鏡の向こう。そこに映った顔が、くしゃりと歪んだ。





おまけというか、完全な蛇足です。

実際にあったけど、態々書かなくてもいいかな? と思いつつも書いてしまったもの。

時系列的にはこの話のすぐ後に起きたものです。





◆◇◆◇






『番組の途中ですが、只今速報が入りました。今日午後6時頃、シャーマル通りにてトラックが対向車線にはみ出し、走っていた乗用車と衝突する事故が発生しました。そしてその後、近くの建物から爆発音と銃声のような音が聞こえた、と近隣の住民から新たに警察に通報がありました。警察に取材をしたところ、警察内部ではハムドチェラ地区にいた傭兵たちの抗争ではないかという見解が挙げられており、武装勢力が潜んでいる可能性が高いとのことです。住民への被害を鑑みた警察は鎮圧のために軍への要請を検討していると発表しており、現場は油断のできない状況となっています。この件に関してですが───』



「先輩~、交代の時間ですよ~」

「はーい。それじゃ、後はよろしくね」

「お疲れ様で~す」



 気心の知れた女性同士の会話が、狭い室内で行われる。

 ここはバグダード空港の入国ゲート裏側。職員をはじめとした関係者以外立ち入り禁止区域の控室の扉を潜ってラナ───マックスが入国時に手続きをした女性職員───が、先輩職員と入れ替わるようにして部屋に入った。



 椅子に腰かければ年季の入った備品がキィ、と音を立てる。決してそれは自分が重いからではなくこの椅子が使い古されている所為だ、と心の中の自分に言い聞かせ、彼女は仕事に取り掛かった。

 時刻は午後6時を回ったあたり。時間帯で言えば旅行客や出張先での仕事を終えたビジネスマンが帰りの便に乗り込む時刻のため、昼間に比べて人混みが増す頃合いだった。



 と、そこでふと、備え付けられた小型テレビの内容が耳に入った。



『現場付近の目撃者の聞き込みによると、路地裏から黒髪で赤いコートにサングラスをかけた若い男が飛び出してきた、という証言があり、警察はこの男を重要参考人として捜査していくとともに、事件の真相解明に乗り出していくと表明しており───』



───物騒なのは変わらない、かぁ……



 やや諦観の滲んだ声色で、心の中に愚痴を零す。

 テロリズムが日常に定着してしまったこの街では、自分の親族友人に危害が及ばなければそれは全て対岸の火事という認識が普及している。ハムドチェラ地区に銃火器が流れてしまった影響でテロリストたちに武器が流れず、ここしばらくバグダッドではテロ活動が起きていなかったが、それでも幼少の頃から染み着いた彼女の認識が崩れることはなかった。



『すまない。パスポートのチェックを頼めるか?』

『えっ、あ、はい! 失礼しました………あ』



 意識を割いていた所為で、利用客が来るのを見逃していた。唐突に声を掛けられたことで対応がおっかなびっくりとなってしまったことを反省しつつ、よく見れば、その旅行客が見覚えのある人物であることを思い出した。



『昨日来られた方でしたか。旅行は楽しめましたか?』

『へぇ覚えていてくれたのか?』

『ええ、アラビア語が話せる東洋人の方は珍しいですから。よく覚えていますよ』



 パスポートを受け取りながら、何気ない話に花を咲かせるラナ。特にぶっきらぼうや粗暴といった印象を受けなかったからだろうか、受け答えもスムーズに行われている。



『随分と賑やかな海外旅行になったよ。はしゃぎすぎた気もしなくもないけどな』

『旅先で舞い上がってしまうのも、旅行の醍醐味ですよ』

『そういうものか?』

『そういうものですよ』



 ここでふと、ラナの視線がマックスの服装へと動いた



───あれ……?



 赤いコート、サングラス、黒髪、若い男。……マックスの出で立ちの何もかもが、テレビで語られていた内容と一致していることに気が付いた。

 ギギギ、と首を僅かに動かし、目線も一緒にテレビへと向けられる。しかし辛うじてニュースの内容は次の内容に移っており、マックスに気付かれることはなかった。



───えっと、どうしよう……



通報するべきか。と彼女の手が自然と手元の警報ボタンへと伸ばされる。これを押せば、警備室の警報装置が作動し武装した警備員がものの数十秒でここに到着することになっている。

 しかし、本当に押していいものかと思う自分もいる。

 物腰柔らかで、礼儀正しい印象を受ける彼が、果たしてそのようなことをするのだろうか、と。東洋において普段は決して使わないであろうアラビア語までも修得するほどなのだから、その実はよほどの勤勉家のように思える。

 海外住まいの人間が、態々この国でテロなどという物騒なことをするのだろうか、という疑念が、彼女の心中に浮かび上がった。



 もしかしたら別人ではないのだろうか。しかし容姿は条件とまったく一致しているではないか。そんな葛藤が心の内に渦巻き誰の目にも見えない格闘を繰り広げる。

 しかしそうこうしている内に、気付けば手続きは終わってしまっていた。彼女は無意識のうちに、染み着いた一連の流れでマックスにパスポートを返却してしまった。



『は、拝見いたしました。通って大丈夫ですよ』

『ああ、礼を言う』



───あ……



 声をかけようにも、既に彼はゲートの向こう側。果たして自分がしたことは間違いだったのか、今からでも押せば警備員は間に合うのではないか。そんな思いもムクムクと込み上がってくる。



 しかし彼女の心の内の葛藤は、次の利用客がゲートに訪れたことで霧散した。



「パスポートだ。チェックを早く済ませてくれ」

「あ、はい。わかりまし……た」



 ポンッ、と無造作にパスポートを放ったのは、筋肉質でガタイの良い若い男(・・・)。肩口でバッサリと切られた年季の入った赤いコート(・・・・・)に、下はダメージ加工がされたジーンズ。顔の1/3を覆うウェリントン型のサングラス(・・・・・)に、無精髭が誂われた堀の深い顔には、どこか精悍さと荒々しい野性味を感じさせる。そして彼の存在感をより一層際立てているのは、頭部の体積を2倍ほどに押し上げる黒髪(・・)のアフロヘアー。




 …………あ、この人だ。




 ポチっと。

 ボタンを押す彼女の指に、一切の躊躇いはなかった。


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