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赤と銀の硝煙二銃奏13

バッテリー交換終わりましたのでようやく投稿。

5000字の書き溜めがあってよかった……



 嗅ぎ慣れた火薬の香り。肌を切りつける殺意の空気。

 闘いの火蓋は切って落とされ、淀んだ裏路地の空気は闘争の気に煽られ変貌していく。



 鋭く。鋭利に。尖鋭に。



 油断したなら切り殺すぞと言わんばかりに背中を突き付け、肌を突き刺し、退路を刻一刻と奪っていく。突き動かされる衝動に後押しされるように、両者は躊躇いなく引き金を引く。

9×21mmの弾丸と9×19mmパラベラム弾が夜闇に踊り、銀閃が煌めく。



 それに合わせるように、()白銀(彼女)とが動き出す。軽快かつ最小限のステップで射線上から立ち退き次弾を装填。マックスは距離を詰めるべく前へと踏み出し、アナスタシアがそれを迎え撃つ。

 皮膚や服に弾丸が掠めようとも、怯むこと知らないマックスの体躯は一歩、二歩、三歩と無駄のない動きで弾丸を避け続け、徐々に距離を縮めていく。交錯する銃弾に迫りくる殺意の圧。自分の間合い(レンジ)を侵されそうになったアナスタシアはたまらずバックステップを踏む。



「せっかちさんね。……でも、足元がお留守よ」



 カチンッ、と。



「生憎と、そいつには見覚えがあるなァッ!!」



 爆発。




ドゴォォォァァァンンンッッ!!!




 後退に見せかけ、後ろに仕掛けてあったワイヤーを自ら踏み抜き、その先端に結われていた爆弾のピンが外される。設置位置はちょうど、走り出しているマックスの真横。狙いすまされた爆発が空気を巻き込み、横殴りにマックスに襲いかかる。



 しかし侮ることなかれ。最終戦争と銘打つにふさわしいあの戦場を、たった一日で潰した逸般人が、この程度で後れをとるはずもない。



 タンッ、と。

 薄暗がりの中、目敏くワイヤーを視認したマックスは咄嗟の判断で地面を横に蹴り、進路を右に変更していた。踏み出した左足で地面を踏みしめ、失速しない内に身体を沈ませ脚のバネに加圧する。収束し凝集したエネルギーは反動として宙へと身を躍らせ、足りない勢いは背中を押す爆風を利用し壁へと着地する。

 重力が身体を引き摺り下ろす前に素早く身体の向きを整え、銃からナイフへと得物を持ち替えると同時に前へ飛び出すが────その先には、美麗な銀。



「|いらっしゃい《Добро пожаловать》」



 ドゴンッ、と。生々しい音と共にマックスが宙を舞う。

 甲高い音と共に窓ガラスを突き破り、破片の上を錐揉み状態となって踏みしめる。破片がザクザクと肌を突き刺し、服越しでも相応のダメージが伝わってくる。勢いを殺す合間に視線を向ければ、この惨状を引き起こした張本人は長い脚を綺麗に折り畳み、空中でクルリと回って華麗に着地していた。フワリと乱れた銀髪を払い除け、冷徹なパライバトルマリンの瞳がこちらを見据えている。



 ユラリと揺れ動いた蒼の瞳が、静から動へと移行する。そして、間髪入れずに発泡音。引き金が引かれた数だけ火花が飛び散り、引いた数だけ空の薬莢が零れ落ちる。強引に転がる体躯を立ち上がらせ剥き出しの柱の陰に飛び込むと、直後に背後のコンクリートが削られる音が聞こえてくる。



「随分と見覚えのある攻撃だな。……ホテルに仕掛けてあったクレイモア。あれもお前の仕業だろ」

「ええ、そうよ。避けた場合の伏兵も配置してたけど……それでも足りなかったようね」



 今更何を、と言わんばかりの声色で、返答はあっさりと返ってきた。しかしそれは隠しても特に痛くもない事実だからだろう。なにせあの時、あの場所で、最も部屋の中に仕掛けを施しやすい人物と言われれば彼女が真っ先に思い浮かぶ。

 加えて、既に彼女の身元がバレているというのも、返答を簡単に零すことに拍車をかけているのだろう。



「冗談。殺意の高さが身に染みて伝わってきたぜ。よっぽどオレを殺しておきたかったらしいな」

「そうね。組織内でも取り込もうって声もあったみたいだけれど、やっぱり禍根が大きかった所為ね。その話は白紙になったわ」

「それで殺しに来た、ってわけか。……ったく、つくづくオレはそういう話に事欠かねぇなぁ」

「あら、そういう立ち回りをしているからでしょう?」

「そいつは違ぇねぇ!」



 再びの銃撃戦。相手のマズルフラッシュと発砲音で位置を特定し、間髪入れずにこちらも半身を隠しながら発砲する。暗がりを駆ける流線型の飛翔体。ライフリビング機構を取り入れて直線に飛ぶ軌道は、短い金属音を高鳴らせて敵の銃弾を弾き逸らす。光の屈折現象を起こすかのように、銃弾は正道を大きく外れて飛んでいく。

 厄介な。そんな感情を抱いているのだろうか。しかし澄んだ蒼眼は揺れる気配はなく、感情の機敏をマックスに悟らせない。



 瞬間接敵。突き抜けた身体能力を余すことなく発揮したマックスが、柱の影から飛び出し最短最速でアナスタシアに近づく。逆手に構えたサバイバルナイフで横薙ぎに一閃。しかし利き手に伝わったのは、硬質な金属の感触。



 すぐに刃を弾き合い距離を取るが、間を開けることなくアナスタシアが肉薄する。肘から先のスナップを利かせて加速させたナイフで逆袈裟に突き上げ。その一撃はマックスの頸動脈へと迫るが、マックスはそれを外回りに振ったナイフをカチ当てることで軌道をズラした。

 しかし、それはジャブ。軌道をズラすために右腕を左へ大きく逸らしたことで、マックスの視界は自身の腕に遮られ、腹部より下は完全な死角となっている。故に、次の一手が本命。



 狙われるなら、胴の中で一番弱い場所。それはどこだろうか?

 脳裏に過った問いにマックスは瞬時に答えを出し、空いた左手を鳩尾の前に置く。その直後、寸分違わず左の掌に衝撃が走った。感触からして左拳。力強さではなく速度で勝負に出た拳は、隙を作るために十分な威力がある。



 押戸を開くようにして、マックスは重心を乗せて両腕を一気に開放する。しかし彼女が直前にバックステップの体勢に入っていた所為で開かれる距離は僅か。銃を抜く暇すらないこの距離は、未だ近接戦闘領域(インファイト・レンジ)



 一息と共に殺気が吐き出され、彼女の長い脚が鞭にように唸りを上げる。その威力は拳撃などとは比較にならず、頭に当たれば脳震盪は免れ得ない。しかしマックスは、それを見て前へと動く。ナイフを持った右手で受け止めるのは、爪先ではなく膝の下。半ば殴りつけるようにして彼女の蹴りを僅かな間失速させ、その隙にマックスは右脚を軸にその場で回転。右手の衝撃を加速剤代わりとし、己の背で彼女の死角となっている左肘を、一瞬で加速させ抜き放つ。



 しかし、彼女とて軟な女ではない。眼前に迫る肘打ちを受け止め、軸足で地面を蹴って

勢いを逃がす。

 着地と同時に、今度は蹴り上げていた右脚で推進力を生み出し再び接近する。

 ナイフの刺突、的確な関節への殴打、衝撃を体内へ通す掌底。しなやかに、滑らかに。反撃の隙を与えない攻撃のラッシュが繰り出され、一気呵成に攻め立てる。



「玉樹會の工作員には一度キッチリ問い詰める必要がありそうだな。一体お前のどこが暗殺特化だ……どっからどう見ても全距離対応(オールレンジ)型万能戦士(ファイター)じゃねぇかッ」



 打ち払い、逸らし、時に足払いで牽制を。その一手一手を凌ぎ、マックスは彼女から直撃を貰わないように立ち回る。



「あら、別に間違ってないわよ。これでも私、れっきとした工作員(・・・)よ?」

「工作員………ッ。ああ、そうかよ、そういうことかよ。敢えてそっちの情報だけ漏らしてたってわけか!」



 情報戦で向こうが一歩上手だったか、と内心ぼやくが、実際はそうではない。彼女も一定水準の心得はあるが、真正面から近接戦闘をすれば彼女が勝つ可能性は低い。

 こうしてマックスが防戦一方になっているのは、彼が周囲に仕掛けられた罠に気を張っているためだ。本来、意識を目の前の彼女に集中させていれば、ここまで打ち合いが長引くことはない。



 しかしこれは、逆に彼女の側にも当てはまること。正面の打ち合いではマックスに勝つことはできず、こうして集中力を散らしていても彼女にマックスを抜けるだけの格闘技術はない。その差を埋める罠を発動させようとすれば、その瞬間に決定的な隙が生まれてしまう。



 彼はあるかもしれない罠に意識を割き、彼女は打ち合いに集中している。そうしているからこそ、この均衡は首の皮一つの状態で保たれていたのだ。



 しかしそれは時間の問題。いつ崩れるかもわからない均衡に焦りを覚えた彼女が、決定打を打つためにどうやって隙を作るかを模索する。

 彼女の脳裏を過る一瞬の逡巡。そして生まれたその思考こそが、彼女の隙となる。



「く───っ!」



 ドゴッ、と。一瞬の隙を突いて繰り出された掌底が彼女の胴を打ち据え、その場から吹き飛んだ。

 距離が空き、隙が生まれる。レンジが変わったと断じたマックスは空いた左手でホルスターから銃を引き抜き構えるが、それに気付くのは彼女も同じ。床を転がりながら、彼女もまた銃を引き抜いていた。



 そこでふと、マックスは違和感を覚えた。彼女が向ける射線上に彼はおらず、銃口はその更に上を狙っている。先程の一撃は腕でガードされたために、彼女が脳震盪は起こしていることはない。ならば、わざわざそこを狙う理由は何だろうか?

 これまでの攻撃手段。巧妙な罠。彼女の動き。そこから導き出されるのは───



───チッ、誘導されたかッ



「頭上注意、よ!」



 パンッ、と発砲音。そして、天井が崩落する。

 今日だけでも幾度と聞かされた破砕音と共に天井に亀裂が走り、瓦礫が飛び散る。被害が大きいのは当然、爆心地の真下であるマックスの位置。



 一拍出遅れたマックスは完全に破片を避けることはできず、急所をガードすることでダメージを最小限に留める。しかし秒もかからず迫る土塊は生身の人間には十分すぎる脅威。頬を小塊が掠め、ガードしている腕を中塊が打ち付け、がら空きの胴を大塊が打ち抜く。鈍い音の中に何かが罅割れる音が混ざったのを身体で感じ、苦渋に顔を歪める。



 胸に走る痛み。恐らくあばら骨が何本か罅割れているだろうが、動けないほどの痛みはない。出し切ったと思っていたアドレナリンは再びマックスの身体を侵し、彼の意思に100%応えられるよう身体を最適化させている。



 眼前には舞い上がった粉塵と崩れ落ちる瓦礫により形作られた白いカーテン。相手が見えないのはお互い様。ならば向こうの機先を封じ、牽制も兼ねて向こうの銃を撃つタイミングを潰すまで。



 銃口から、刹那に火花が散る。白のカーテンにぼんやりと赤みが差し、その瞬間だけ彩りが齎される。

 しかし白煙が晴れた時、そこに彼女の姿はなかった。だがその一方で、殺気はヒシヒシと彼の皮膚を刺していた。おそらく柱の陰に身を潜めているのだろうと、マックスは当たりを付ける。どこからでも迎え撃てるよう全方位に注意を向け、ゆっくりと、その場から移動する。

 すると、暗闇の中に凛とした声が反響した。



『ふふ。いいのかしら? そんなに弾を使っても』



───こっちの弾薬事情はお見通し、ってわけか……



 内心、舌打ちがこぼれる。

 マガジンの数が底を尽いているのは事実。最後の攻防を切り抜けるためにサブマシンの弾薬も使い切り、拳銃のマガジンも現在両方にセットされているもので最後だった。倒した敵の武器や、落ちている武器も使いはしたが、あの戦場を切り抜けるためにはそれ相応の弾薬を要した。

 しかし、焦りを見せては付け入る隙を晒すも同然。表情筋と声帯を操り、不安を抱いていない風体を装い言葉を返す。



「なぁに、焦ることはねぇよ。どれだけ弾を消費しようが、最後の一発までにお前を仕留められれば結果オーライ。そうだろ?」

『……あなた、ギャンブルやったら破産するタイプね?』

「自覚はあるからやらねぇよ」



───まぁ、有事の際は賭けに出るが



 ここぞという場面で運が強いという自覚はあるが、その言葉は彼の口から発せられることはない。そして、この言葉の応酬の間に向こうの位置は特定できた。マックスはマガジンの残弾に躊躇うことなく、その引き金を引いた。



 乾いた破裂音が2発。狙いは牽制と燻り出し。彼女が隠れているであろう柱の影、そこに背を当てているならば否応なく視界に入る目の前の柱に対して銃弾を撃ち込む。しかしそれはただの牽制に留まらず、銃弾は柱に当たると同時に跳弾する。相手からしてみれば、慮外の神の悪戯。



 驚愕に身を固めているのだろうか。そうなれば被弾は免れず、ここで大きな手傷を負うことになるだろう。もし咄嗟に動けたとしても、その動きを強制させたのはこちら。後手に回っているならば、対処は先手を打ったこちらが格段に楽となる。



 だが───



ガシャンッ!



 鳴り響くのは無機物にぶつかる音。硬質な物体が壊れる音。

 暗所に慣れた瞳が捉えたのは、ガラクタと化したスピーカー(・・・・)の残骸。



「────ッ」



 気付いたらそこに居た。

 そう評する他ない見事な隠密歩法。美しい銀髪すらも覆い隠すフードを被り完全に暗闇に紛れる服装で、それとは逆方向からマックスへと迫る。



 隠密を後押しするのは、視覚の誤魔化しを利用した黒装束(・・・)。今までの白銀の髪を彩るようにしていた白い服装は、謂わば視覚への擦り込みだ。一時でも彼女を見失ったならば、目印となるのは目立っていた白色(・・)だろう。

 しかし、それがいきなり闇夜に紛れる真っ黒な服装に変わったならばどうだろうか。暗闇の中で、ただでさえ見づらくなった視界では彼女を探すのは困難を極める。それも音をまるで響かせない隠密歩法を用いられては尚のこと。




 しかし───



キィィィンッ!!



「───ッ!



 それは、対象が気付いていなかったらの話。

 間合いに入ったその瞬間、マックスはクルリとその場で向きを変え、彼女と正面に向かい合った。

 蒼眼が揺れる(一瞬の驚愕)。そしてそのまま振るわれたナイフはグリップの底で弾かれ、甲高い叫び声を上げた。そして戦いは、再び近接戦にもつれ込まれる。



「くッ! 最高のタイミングだと思ったのだけれど、よく気付けたわね。やっぱり殺気がわかる(・・・・・・)所為かしら?」

「あぁ、そうだな。殺気も消されてたなら、今頃ここに寝てるのはオレだったんだろうな」



 マックスは弾薬が尽きたマガジンを自重で落下させ、素早くもう一丁に持ち替え銃刃一対のスタイルで攻勢に出る。

 攻守は先程とは真逆。マックスが果敢に攻め立て、アナスタシアがそれを捌いている。着かず離れず、ナイフの間合いギリギリに留まりながら守りに入っている。



「そう、あなたはそうなのね(・・・・・)。これでも私、一度たりとも他人に殺気が気付かれたことがなかったのよ? どう? 私の初めての相手になった気分は?」

「いい女の初めてを貰い受けるのは男冥利に尽きる、ってもんだ」



 鋭い一手を凌ぐは洗練された柔の技。離れすぎれば、それは銃の間合い。それをわかっている彼女は、彼から一定以上離れられない。一歩で銃の動きを制限できる距離でいながら、ナイフと時折混ぜられる足技の対処を強いられる。優勢・劣勢は明らかで、実際彼女の顔を覆うフードの合間から苦渋の表情が窺える。



 肉を打ち付け、金属を削り合う不協和音。路地裏の喧嘩等が稚拙なお遊びと思えるような、より洗練された闘争。生物の本能がこの場は危険だと脳へと語りかける。



 そして二人は理解している。戦闘は既に、佳境であると。



「ならこっちは、礼の一つでもあげるとしようかッ」

「それは結構……っ! あなたまさか───」



 ハッ、となるも、もう遅い。

 大人数を前にして尚捉えられなかったマックスの初動。それは例え戦闘訓練を受けた一流の工作員(アナスタシア)をしても、極度の集中状態による思考加速に頼らなければ捉えることは難しいある種の極致。一息、一拍、一瞬の迷い。その刹那の時があれば、既に弾丸は凶手を離れている。現に彼の腕は、既に照準を定めていた。



 火薬の破裂音が一つ上がれば、それは悪夢の道標。畑違い故に自分と同じ土俵まで引きずり込むための仕掛けが、刻一刻と減らされていくカウントダウン。



 爆発。夜闇を照らす赤。柱の陰に隠されていたクレイモア地雷のワイヤーを的確に撃ち抜き、彼女の意思を問わずしてその戦力が次々と削られていく。



「くっ───! このッ!」



 マックスの手の内を知った彼女は、今度はその手を封じようと攻勢に出る。

 彼の意識を割く地雷が取り除かれては、彼女に近接戦の勝ち目はない。しかしその勝つための道標を必死で守ろうとするあまり、彼女の心から余裕が失われていった。



 一挙手一投足。培われた腕は確かに健在だが、それには心が伴っていない。

 冷静沈着、用意周到。それこそが彼女の任務における心構えであり、任務により養われたもの。しかし暗殺と狙撃を主任務としてこなし続けてきたからこそ、彼女は闘争における心の動揺を抑える術を知らない。



 地力の差、予期せぬ事態、闘争に酔わされる精神。戦場で対峙し、互いに命を掛けて敵を殺し合う中でしか得られない心の制し方を、彼女が知る術はなかった。彼女は謂わば調律者。全てを己が手の上で転がし、思うままに操り、そうして標的を殺してきた。が、それ故に彼女は、感情が思考を呑み込むのを抑えることができなかった。



「随分な慌てようじゃねぇか、アナスタシア!」

「誰の所為だと───!」



 右手に銃を、左手にナイフを。双方を巧みに操り、マックスは彼女の攻撃をいなす。その間にも次々と弾丸は罠を機動させ、彼女の手札を確実に奪っていく。



 そして



「あぐっ───!」



その終わりは、唐突に訪れた。






◆◇◆◇






───抜かった───ッ!




 すぐそばに仕掛けられていた罠が作動し、爆風が彼女を薙ぎ払う。飛散した瓦礫が礫となって彼女に襲い掛かった。思考が感情に呑まれ、消費されていない罠を見落としていたが故に起きた失態。

 発動のタイミングは完璧。意識の外から浴びせられた奇襲に彼女は対応する暇もなく、爆風に煽られて吹き飛ばされる。フードは外れ銀髪を晒し、無視できないダメージに顔を歪ませながらも、壁に受け止められることでようやく止まった。



 肺の空気が追い出され、苦し気な呼吸が続く。脳が揺れて思考が定まらない。全身の筋肉が被害が甚大だと神経を通して脳へと訴えかけ、身体の動きを阻害している。力めばズキリ、と痛みが走る。頭を礫が掠めたのか、右半分の視界が血で赤くなっている。

 戦闘継続は困難。だがそんな中で、微かに床を打つ足音を聞き取り、朦朧とする意識のまま近づいてくる男に視線を向ける。



 サングラスで目元を隠し、返り血を浴びたかのような臙脂のコートを着込み、あの戦場を潰してみせた傑物。見上げる形で目の前に立つ男の名は、マックス。その右手に握られた銃は、彼女に向けられていた。



「チェックメイト、だな」

「……ええ、そうみたいね」



 ダメージと疲労は向こうが上だというのに結果がこれか、と彼女は内心一人ごちる。

 油断もない、慢心もない。確実に仕留めようとして、それでも敵わなかった。頼りにしていた『能力』すら無力化され、戦闘では完全にマックスに太刀打ちできなかった。

 その事実と目の前の状況が彼女の脳へと無意識に働きかけ、戦う気力が嘘のようにスゥ、と消えていく。



 自然と、恐怖は思い浮かばなかった。戦場で負けた女の末路など、裏にいれば誰でも知っていることだが、しかし目の前の男は決してそんなことはしないという信頼にも似た確信があった。



「残念なお知らせだが、こっちの弾はまだ一発残ってるぞ」

「そう……。本当に、最後の一発で私を仕留めることになるなんてね。フィクションなら大衆受けする展開よね」

「残念ながら、ここはノンフィクションだぞ」



 不思議な感覚だ、と彼女は思う。

 会ったのも数日前、肌を重ねたのも一夜だけ。そして自分と彼は敵同士。それだというのに、こうも心が落ち着いている。




───それが、あなたの持つ『恩恵(ギフト)』の力なのかしら……?




 ならばやはり、あの説(・・・)は正しかったのかもしれない。




 しかしもう、それはどうでもいいことか、と彼女は現状を受け入れる。



「ふふ、そう…………あなたとの一夜、悪くはなかったわよ」

「そうか。そいつは良かったよ」




 パァンッ、と。



 乾いた銃声が、夜闇に鳴り響いた。




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