赤と銀の硝煙二銃奏11
空に舞い上がる白い帯。
もうもうと、そして高々に打ち上げられたそれを見ればどこか飛行機雲にも見えなくもないのだろうが、ここは思い浮かぶだけの平穏と安寧とはかけ離れた劣悪な戦場だ。空に浮かぶ煙は人や物が燃える証であり、飛び交う喧騒は戦場の怒号で、空を舞うヘリは報道ではなく命を屠る戦闘ヘリ。
そんな環境で地上から打ち上げられたそれは、慣れ親しんだ者ならば悪態の一つでもつきたくなるロケットランチャーの狼煙だ。
その白煙の数は、都合5つ。
5条の軌跡を宙に描き、噴射口から生み出される推進力で重力を振り切り、まっしぐらに標的目掛けて突き進む。
轟、轟ッ!───轟轟轟ッッッ!!!
着弾と爆発。計5回繰り返されたその工程は、廃墟を瓦礫へと変貌させるには十分な威力を誇っていた。圧縮された炎を纏う熱風が大気を焦がし、その熱風に背中を押されるようにマックスは宙を舞い、しかし焦燥ひとつ見せずにクルリと回って体勢を戻し、ガシャンッ と窓ガラスを割って隣の建物へと飛び込んだ。
右肩から背中へと床を伝わせて勢いを殺し、すかさず返礼代わりの一発を床越しに下手人へと送りつけた。 ドゴンッ と床から勢いよく土煙が舞い、階下からは薄らと断末魔が上ってくる。殺気感知に引っ掛かった場所へと放っただけだが、どうやら当たったらしい。そう思うと、アナスタシアがどれほど練度が高かったのだろうという思いがこみ上げてくるが、それはこの際置いておく。
再び後方からRPGが飛来。
爆発の余波を背に受けながら、マックスはその場を離れて建物の奥へと進んでいく。だがこれはチャンスメイクのための布石。本命は別にある。そうマックスは内心で思っていたが、それが何かを突き止める前に再びのRPG。今度は左側面の壁に大穴が空く。
「全方位からRPGの大盤振る舞いと来たか……奴さんは本気でオレを炙りサーモンにしたいらしいなぁ!!」
悪態をつくも、その表情には笑みがあった。殺気感知には、特に濃いものがそこそこ近い距離を保ちながらマックスを囲むようにしているのが見られる。考えを止めることなく、ライフルを構え発砲。すると今度は、右方向からRPGが飛来する。この場を囲んでいる全員が全員、RPGを持っているわけではないだろうが、それでも全方位から執拗に撃たれ続けるのは厄介なことに変わりはない。
フッ と一息吐き出して、一気に攻勢に打って出る。良くも悪くも風通しが良くなった建物の中から拳銃を抜き放ち、引き金を引いた。乾いた銃声が幾つも鳴って鉛玉が飛び出すが、今度はこちらが返礼する番とでも言うように煙の向こうからはアサルトライフルの発砲音が返ってくる。その軌道は当てるというよりも、ばら撒くというもの。敵の狙いが何なのか、その軌道が雄弁に語っていた。
「足止め狙いなところ悪ぃが、生憎とこっちは重役出勤してくる奴を待ってる暇はねぇんだよ!!」
空に吼える大喝と共に引き金を引く指には一切のブレはなく、放たれた弾丸は撃ち手の意思を映すかのように速度以上のナニかを纏って空を駆る。
互いに向き合い、そして互いに対して撃たれた凶弾は虚空にて相まみえる。『SVインフィニティ』と『AK 12』。片やハンドガンで片やアサルトライフル。撃ち合いをした場合射手の数と銃の性能から物量差は明らかなはずなのに、実際に嫌な予感に苛まれているのは襲撃者たち。
忽然と、何の前触れもなく。心の奥底から不穏な何か湧き上がり彼らの脳裏に『まさか』の未来がチラつく。組織で鍛え上げられ、更に実戦で研ぎ澄まされ熟練へと至った彼ら全員が、実践経験の中で極稀にしか起こり得ない不慮の事故を頭で思い浮かべた。
そして、得てして現実は小説より奇なりと言う。
懸念は現実に
予感は確信に
運命の女神に振られたダイスは相手にとって最悪の目
真っ向から向かい合い、刹那を駆ける鈍色の弾丸が擦れ合いキンッ と金属音と火花を散らす。弾かれたもの同士は等しく戦場から弾き出されるのが世の常。しかしこの場においてはそうはならない。弾かれた相手の弾は軌道を逸らされ、全く関係ない場所に向かって突撃していく。
が、マックスが撃った弾はどうだろうか?
最初の弾丸に弾かれ軌道をズラされたところで、連射式のアサルトライフルはその次の弾も撃ち出している。真正面からぶつかり合って勢いが相殺されたならばともかく、掠め軌道をズラされた程度で弾丸の勢いは死に切らない。
それが後に控える弾丸の射線上に入ったならば再度、次弾でも同じことが起きても不思議はない。
弾かれた弾丸はさらに別の弾丸を弾き、マックスの放った弾丸はビリヤード台を転がり回る白球のように屈折した軌道を描き続ける。蓄積された衝撃に弾丸の速度を奪われようとも、後続の弾が即座にその役目を引き継ぐことでこの曲芸染みた御業は終息を先延ばしにする。
マックスの弾丸は内を征き、そこから弾かれた敵の弾丸は外へと軌道を拡散させる。その存在を際立たせるかのように彼の周囲には百花繚乱の火花が迸り、対して絶望の淵へと誘うように敵には一矢必殺の凶弾が確実に迫る。
漏斗を伝う水の様に徐々に敵との距離を詰め、そして確実に狙いを急所へと絞っていく。
その不慮の事故に目も口も唖然と見開き、急いで場を移そうにも時すでに遅し。乱雑な屈折軌道で以て空を駆る凶弾は獲物を逃すことなく、顔を背けた襲撃者のこめかみを撃ち貫いた。
「おいおいおいおい……奴は本当に人間かよ!?」
飛び散った血が起爆剤となり、動揺が波紋となって敵部隊に伝番する。
「……チッ、足止めに専念しろってそういう意味かよ……ッ!」
「上が指示した理由がよーやくわかったよチクショウめ!!」
彼を倒そうという気概、真っ向から敵意をぶつける確かな意思が、徐々に敵の中から失われていく。敵に回すと恐ろしい『絶対的な個』を目の当たりにし、あわよくばを狙った彼らは現実を思い知る。
何故、他の傭兵たちと同じく『殺害しろ』の指示が出されないのか。その理由がこれ。これこそが指示が出ない所以。『戦術』では太刀打ちできないからこそ『戦略』が生まれた。圧倒的な個の前では群れる程度では意味を成さない。知略を巡らし、数で以て思い通りに動かさず、数と武器の暴力で以て力を発揮させる前に封殺しなければならないのだ。
彼我の戦力差に恐れ戦き、部隊の連携が崩れかけた今。しかしだからこそ、そういう時にこそ、集団の長には部下を纏める力が求められる。
「各員に今一度厳命する。殺そうとするな。足止めに徹しろ。……俺たちがやる任務に、一切の変更はない」
ハッ と隊員たちの雑念が失せ、意識がクリアとなる。そうだ、何をやっているんだ。欲を出さずに、ただ元々の命令通り足止めに徹すればいいだけではないか。
そう意識を切り替えた隊員たちの間から、動揺の波がサァーっと消えていく。崩れかけた部隊がその言葉に気を引き締め直し、焦りを消して冷静に、そして堅実な動きで止まりかけていた攻撃を再開した。
意識の切り替え、気持ちの仕切り直し。興奮し、パニックを起こしかけた窮地にて実行するのは至難の業だが、それを実行させる手腕こそが長には求められる。
経験の積み重ねによって得た基礎的なことを窮地であろうと当たり前にこなせる者たちはそう簡単には崩れない。そして、絶望的状況でもそれを実行する、実行させる者がいる部隊は、一様に、強い。
再び幕を開けた銃撃戦は、自然と苛烈なものとなった。
直接的な攻撃ではなく、全方位からのRPGとアサルトライフルによる面制圧射撃。断続的な射撃ではなく、区切り区切りに弾を撃つことで先程のビリヤード撃ちを封じ込み、無駄弾を一切気にせずマックスがいる階以外も含めて徹底的に銃弾と弾頭を撃ち込むことにより、マックスを確かにこの場所に縫い留めることに成功している。
そんな彼らだからこそ───
「チィッ! 時間を稼がれたか……ッ!」
切り札を呼び込むまでの時間を、十二分に稼ぐことはできた。
バララララララ と、空を駆るモーター音。大音が鳴り響き聴覚が麻痺しかけるこの戦場においてなお、耳に届く独特な音はそれと同時に敵に絶望を運ぶ空の狩人。
『Mi 24 P』───通称『ハウンドE』
1978年以降、旧ソ連にて2000機以上も生産され各国にも数百機が輸出された戦闘ヘリ。17.3mの長さを持つ5枚羽メインローターと3枚羽のテイルローターを備え、腹部には23mm連想機関砲GSh-23L、両脇には対戦車ミサイル9M120 アターカーVを4基揃え、た、ロシア軍の所有する最新鋭機体。
その機体が砲門を容赦なくマックスへと向け、猛然と建物の横を通り過ぎる。吹きすさぶ突風が唸りを上げ、彼のコートを巻き上げる。
ヘリはそのまま速度を落とさず旋回し、今度こそ彼に狙いを定めた。煩かったはず周りの銃声とさっきはいつのまにかどこかへと消え去り、この場には狩人と獲物とが1対1で残された構図となる。
「おうおうおう。たった一人に機関砲と対戦車ミサイルを装備したヘリを宛がうとは、こっちも依頼を後回しにして腹を括らなきゃならなくなったじゃねぇか……!」
口では軽口を述べつつも、そのすぐ横には嫌な汗が伝っている。
人一人が立ち向かうべき相手ではないと頭の何処かで理性的な『彼』の声が聞こえている。しかしどうしてだろうか。心臓は煩いほどに鼓動を早め、身体から血の気が引いたはずなのに身体の芯はこれ以上なく火照っている。動かせば全力で動かせるぞと、頭の声に反するように身体が答えてくれている。
フゥゥゥゥゥ と一つ、長い溜息を吐き、彼は肺の空気と一緒に余計な思考も吐き出した。思考をクリアに、雑念を廃棄。お望み通り動かしてやるぞと身体に言えば、応えてやるぞと熱を上げる。
置いてあった己のライフルを拾い上げ、ボルトアクションを起こす。
カシャン と音が鳴れば、いつでも撃てるぞと言われているような気がした。
そうして、引き金に指をかけ、銃口を向こうのパイロットへと向け───
引き金を引くのは、互いに同時で
───ドガンッ──!!
───ズガガガガガガガガガガガガガッッ!!!
対物ライフルと機関銃が、同時に吼えた。
またしても起こるピンボール撃ち。連続する金属音。焦げる金属の異臭。うなりを上げる殺意の弾丸。しかしいくら理解不可能の挙動で相手に迫ろうとも、奇跡を連発させようとも、貫けないものは貫けない。
カンッ と間の抜ける音が聞こえ、23mm連想機関砲の掃射音が全て掻き消した。ヘリの速度は100kmを優に超え、次弾を撃とうにもすぐに目の前に迫っている。
撃った瞬間にはその場から身を翻し、階段を利用して上へ登る。背後の室内が穴あきチーズの如き形容へと変貌していくのを横目で視認し、その破壊力を脳に焼き付ける。当たれば四肢の一つが吹き飛ぶぞと、身体に刻み付ける。
パイロットも彼がどういう動きをしているのかが予測していたようで、彼が上に上がった瞬間には目の前の階が破壊の嵐に無残な姿へと変えられていた。
砲撃音とホバリング音が通り過ぎた瞬間を狙い、物陰からヘリの背後を撃ったものの、またしても甲高い音とともに装甲に弾かれる。余程装甲が厚いようで、この装備ではアレを貫けないことがわかる。
クソッ と悪態を一つ吐き出して再び上の階へと向かう。闇雲に上に上がるだけでなく、その中で突破口となり得る道を懸命に見出そうと頭を回している。何かないか、この窮地を脱す方法は、何か。
そう考えている思考を遮るかのように、ゾッとする悪寒。
方向と高度から位置を割り出し、ダンッ と力強くその場を踏みしめ、アクロバティックにダイブを敢行。着地と同時に左手で床を横殴りにし、身体を左へとズラす。
直後、対物ライフルに引けを取らない破壊の衝動を叩きつけながら、機関砲の訪問から放たれた弾丸が容赦なく先程マックスがいた位置をハチの巣にしていく。
「………ん、こいつは…?」
そこでふと、何かが頭を過った。目の前の床に痛々しく刻まれた弾痕の道筋と、壁に空いた弾痕を頭の中で図面とし、撃ち放たれたであろう角度を計算。そこに先ほどの二階分の破壊の爪痕を照らし合わせ、全てを比較していく。
「使えるか? ………………いや、使わなきゃいけねぇか」
照らし合わせて出された結論。見つかったはいいが、それを利用するにはそれなり以上にリスクを払わなければならないというハイリスクハイリターンな博打戦法。
しかしここで逃げても、あとはジリ貧。命の賭けどころは、ここを置いて他になかった。
「ハッ、いいぜェ……一か八かの大穴勝負といこうじゃねぇか!!」
パンッ と左手に右拳を打ち付け、気合と共に吼える。
ニヒルに、そして獰猛に。嗤いを顔に貼り付け、腹の底で覚悟を決めた彼は躊躇うことなく再び階段を駆け上がる。まるで早く上がって来いと催促でもするかのように、近すぎず遠すぎずの位置を弾幕が薙いだ。駆け上がった先に次の階はなく。そこにあるのは遮蔽物のないガランとした屋上のみ。
そこで己を仕留めるつもりなのだろうと、マックスは思った。
そして同時に、討ち取られてたまるかと己を鼓舞する。
階段を駆け上がり、踊り場でクルリと180度ターンをすれば、その先にあるのは階段と屋上へつながる扉があるだけ。
そしてここが終着点にして、ここが決着点。
最上段より数段下に陣取り、腰を据え、ライフルを構えて敵を迎え撃つ。
マックスが見つけた一つの手がかり。それはパイロットが機関砲を撃ってくるのはほぼヘリの正面に対して。加えて同じ角度にしか撃ってこないということ。
むこうのパイロットには時速100km以上の速度で、尚且つ高度100m以上の上空からマックスを見つけて撃つという高度な技術が求められており、ただ闇雲に射線を広げてばら撒いて撃っても当たるわけがない。
だから向こうのパイロットは撃つ角度を固定して、彼に照準が合うように機体を操縦して射線を合わせているのだ。
つまり射線を辿っていけば自然と機関砲の砲門に行きつき、そこから横へズレれば対戦車ミサイルがあるということ。外に出て1対1で撃ち合えば機体を動かされて狙いを定まらせてくれそうにないことから、位置がバレずに撃つことができるのはこのタイミングがラストチャンス。
「───そうら、お出ましか……!」
カチャリ と銃器が擦れ合い、その銃口が虚空へと向く。先程ヘリが去った方向は、丁度ドアに入ろうとするマックスを背後から強襲できる方向。そして、己に向かってくる吐きそうなほどに強い殺気が飛んでくるのも、その方向。
そこへ向けて、マックスは銃を構えた。そして向こうも、容赦なく操縦桿のスイッチを押した。
───ズガガガガガガガガガガガガガッッ!!!
一矢必殺の鉄塊が空を征き、音を置き去りに、壁を発泡スチロールのように容易くぶち抜いた。ドドドドドドッ と轟音と共に猛然と穿たれ続ける弾痕は、その威力を保持したままヘリの速度に合わせてマックスに迫る。
撃ち込まれる度に舞い上がる土煙を顔に被るも彼の貌は欠片も動かず、サングラスに隠れた瞳は虎視眈々と獲物を狙う狩り人のそれ。
撃ち込むタイミングは、一瞬。
角度から敵機の通る位置を予測。
機体に備えたミサイルの位置を割り出し、彼我の距離から角度を調節。
よって、そのミサイルが通る位置は───
「ここしかねぇよなぁッ!!」
ドガァンッッ───!!!
引き金を引いたと同時に、確かな手応え。真横を通り過ぎる破壊の嵐の余波が頬を掠めるも、放たれた弾丸はその射手の覚悟を携えて猛然と天を征く。
幾多の銃弾の雨の中をまるで空を泳いで登る竜のように掻い潜り、撃ち手に当たりかねない弾丸を払いのけ、ついに乗った軌道はまごうことなき致命の一撃。
瞬間、ホバリング音と機関砲の掃射音を無に帰する一際巨大な爆発音を轟かせ、『ハウンドE』に巨大な炎の華が咲き誇る。熱と爆風が大気を焼き、衝撃が地上の灰燼を吹き飛ばし、次いでこの戦いを目の当たりにした兵士たちの勝気をも吹き飛ばす。
ヘリは操縦機能を一瞬にして奪い取られ、黒い煙と燃え盛る炎を吐き出しながら回転落下する。それまで得ていた運動エネルギーは失われることはなく、未だ尚ヘリを前へ前へと押し続けている。
「───ッ!」
しかし、それでも生きながらえたパイロットにより、最後の悪あがきが行われる。
手に持った操縦桿をあらん限りに握りしめ、持ちうる全ての技術と経験をつぎ込んでヘリを旋回。その先にあるのは、ヘリをこの状態にしてくれた元凶がいる建物。
ニヤリ とパイロットの口元が歪に嗤う。
「ハ、ハハッ…………そいつは笑えない冗談ってやつだぞ…っ!」
左頬から赤い筋を垂らしながら、マックスは旋律を覚える。その言葉を言うや否や、再びヘリが爆発を上げる。一輪の赤い炎花が機体を覆い、徐々に機体が傾いていくのと同時に狙いを定め、一直線にマックスのいる建物へと特攻する。さながらその様は隕石の落下の如く。燃え盛る機体と黒々とした煙を後ろに靡かせて勇往邁進に突き進み、遂にソレは建物を捉えた。
ッッッッ─────ゴオオオォォァァァンンン!!!!!!
音がなくなる世界。天を墜つ赤の炎塊は音の伝手たる空気を巻き込み、その身に溜め込んだ衝撃と燃える空気を撒き散らし、果ての断末魔をこれでもかと戦場に鳴り響かせる。私は確かにここにいたぞ! と。最後に一矢報いてやったぞ! と。辺りの味方に雄姿の末路を刻み付け、その役目をここに全うする。
そして、その敵機が為した最後の任務は確かにここに遂行された。
───メキメキメキッ……!!
───バキバキバキッ……!!
解き放たれたエネルギーはRPGとアサルトライフルと機関砲により耐久値をすり減らした建物の、残り粕に等しい耐久値を根こそぎ奪い去った。グラグラと揺れる建物に罅が走り、亀裂が更に抉り広げられ、建物として立っていることすら限界になったそれは、遂に倒壊へと誘われた。
ガラガラと崩れ去るフロアの床。ボロボロと破片が零れだす支柱。建物が瓦礫へと変貌していき、支えるべく柱が失われたことで建物全体が傾き出す。その様は急所を穿たれた巨人が倒れ伏すようで。ゆっくりと、そして確実に地面に向けて倒れこんでいく。
徐々に傾斜を増していく建物のてっぺん。そこには手摺に掴まり傾斜に負けて滑り落ちるのを必死に堪えているマックスの姿があった。右手で手摺を、左手でライフルを握りしめ、徐々に重力に掴まりつつある自身を支えている。
「やりやがったなあの狂信者めっ……! 大博打に勝ったってのにこれオチでした、じゃあ話にならねぇぞ……!」
苛立ち混じりの悪態を叫ぼうにも、その受け手はすでにこの世にはいない。その声は一人虚しく天に伸び、虚空へと消えていく。
「ハッ、上等だ……! こっちも一矢報いてやろうかァ!!」
建物の倒壊と共に地面へと叩きつけられる未来を幻視し、その前に少しでも足搔いてやろうという気概がマックスを突き動かす。右腕と左腕を手摺に乗せ、両の腕だけで身体を支えてライフルを手摺の上で構える。上半身の動かせる重心を右肘に一点集中させ、それを補助するように左腕でライフルと共に身体を支える。
ボルトアクションを済ませた銃口が向けられるのは、敵の本拠地。自由落下の浮遊感と絶えず動き続ける視界。振動に揺れる下半身。敵の首領がどの位置にいるのかすらわからないこの状況で狙撃を行おうとするなど正気の沙汰とは思えない。しかしその挙動、その仕草。その自信に満ちた大胆で躊躇いのない行動は、その居場所が分かっているのではないかという思いを知らず知らずの内に周囲に刻みこんでいく。
逸る鼓動に揺れ動く視界。振動が安定を奪い去り、カタカタと銃が音を立てる劣悪な狙撃環境。ドォン と重々しい破裂音と共に放たれた凶弾は、戦火の上がる空を一直線に駆け抜けて───
◆◇◆◇
「指令!! 指令!! 気を確かにしてください!! 指令ッ!!」
悲痛な面持をした男が倒れている男の肩を揺すっている。悲壮感を隠そうとしない切羽詰まった声色は、この現実が嘘であって欲しいという彼の願望を如実に表していた。
しかし、その現実は変わらない。
現実に、IFは存在しない
そこにあるのが、どうしようもない現実で
「指令……指令ぇぇぇぇえええぇェェェェ!!!!」
男は叫び続ける。今もそこにある首のない肉塊を、まるで戦友であるかのように抱き上げて。血潮に彩られた部屋の中で、一人の慟哭が虚しく響いた。
◆◇◆◇
『──────ッ、───』
声が聞こえる。
『ふ───な! あい───!?』
何を言っているのか、薄ぼんやりにしか聞こえない。
『人数を──っちに───せ!!』
いや、これは違う。聞き取れてはいるが、理解ができていないだけだ。
そういえば、ここはどこだ。俺は、一体何をしていた───?
「掃討が終わったなら戦車も回せ!! 指令が殺された今、俺たちにできるのはこの任務を遂行することだけだ!!」
「────ッ!!」
崩れ落ちた瓦礫が重なり合ってできた僅かな隙間で、俺はその言葉に意識が奥底から引き摺り上げられた。
そうだ、思い出した。あのヘリが神風特攻した所為で崩れた建物に巻き込まれて、俺は瓦礫に呑まれて落ちたんだ。落ちる途中、死ぬ未来を予感してがむしゃらにあがいて撃った弾は、どうにも話を聞く限り運よく敵のボスを仕留めてくれたらしい。運命の女神様にはあとで供物でも捧げてやろうか、と益体もないことを考えられるあたり、まだ身体は大丈夫そうだ。
一度、大きく深呼吸をして、肺に空気を送り込む。
胸は膨らんだ肺につられて膨張し、息を吐けば収縮していく。
ギュッと、右拳を強く握り、腕に力を込める。
そうすれば筋肉が隆起し、皮膚の下を通る血管が浮き上がる。
────ハハッ……ちゃんと生きてやがる
賭けには勝った。任務も、運頼みであったが遂行することができた。
その認識がキーとなり、遅れてやってきた生の充実感が身体を駆け巡る。むず痒いようで、それでいて心を高揚させる感触。
ああ、これほどまでに生きているのは素晴らしいことなのかと、今日を以てその認識は心の髄まで刷り込まれた。
後は、むさ苦しい死臭が舞うこの地からズラかるだけだ。
頭、首、胴、腕、脚と順に調子を確かめる。打撲の痕跡が随所にあるが、アドレナリンに犯されているせいか今は動く分には支障はない。おそらくは量が量であるために骨折をしていても気づかないのだろうが、それが今回はありがたい。手持ちのライフルは瓦礫に押しつぶされて変形してしまったために、ここに置いておくとする。
目の前の瓦礫を退かして、外へ出る。数瞬振りの日の光を浴びて、小高い丘の高さにまで詰み上がった瓦礫の上から眼下の景色を見下ろした。
幾人かの、驚いた顔が見られた。爆発に寄ってきた他の部隊も合流したのか敵の人数が増えたようにも見えるが、俺のやることに変わりはない。
ニヒルに口角を上げ、余裕を見せて動揺を誘う。しかし覚悟は鋼の如く。
戦況をひっくり返した今だからこそ、混乱したこの状況での油断は命取り。統制が乱れ始めているからこそ、予期せぬ動きが見られることがある。
故に一切の油断をせずに、予測に頼らず勘も働かせてこの場から全力で撤退する────!
「さぁて……最後の一仕事と行こうかァ!!」
最後の一仕事(意味深)
(・∀・)「お仕事の香りがする……!!」




